静寂の娘、オラリオで怪物(モンスター)を狩る 作:上杉絵梨衣
「……この城壁、ちょっと高すぎないか……」
オラリオの城門前に立って、最初に口をついた言葉がこれだった。
ありえないくらい高い。
首を仰け反らせて上まで数えてみたけど、四十階で数を見失った。目が回ったんじゃない、首の後ろが先に悲鳴を上げて、痺れちまったんだ。気がつけば、エサを待つ魚みたいに口をポカンと開けて、優に三十秒は突っ立っていた。
(恥ずかしすぎる)
慌てて口を閉じて、肘までずり落ちたボロい風呂敷包みを抱え直し、こっそり周りを見回す。よかった、誰も見てない。
誰も見てない、当然だ。
お母様が遺してくれた古い黒ローブは、袖口が擦り切れてボロボロだ。
髪は適当に一括りにした銀白色。誰かに掻き回されたみたいにボサボサ。
実際、掻き回されたんだけど。風呂敷の中には着替えが数枚と、近所の手伝いで貯めた全財産だけ。
物語が本格的に始まる前に、観客の皆さんに自己紹介をさせてほしい。
名前:シャト・ホワイト。
年齢:十四歳。
現在の資産:一袋のヴァリス、道中で買った中古のダガー、そして持つべきじゃない好奇心。
どう見ても田舎から出てきたばかりの、脅威ゼロのガキ……実際その通りだ。
大きく深呼吸をして、息を吐き出す。
よし、まずはお母様のことを話そう。
お母様の名前はアルフィア。苗字は不明。私は実の娘じゃない、拾われた養女だ。その時は汚い布に包まれていて、泣きすぎて声が枯れていたらしい。
「シャト」は彼女が適当に付けた。
「ホワイト」は私の髪の色を見て、ついでに付け加えたもの。本人も認めていたし、それも堂々と。
「名前があれば生きていける。後は後で考えなさい」
……そんな適当な言葉を、私は十数年も信じてきたんだ。
お母様はとても変わった大人だった。
容赦なくモノを言い、説教も手加減なし。私の頭を撫でるのが好きで、そのたびに髪をグチャグチャにされた。体はずっと弱くて、本人曰く【才禍代償】という先天性スキルに少しずつ生命力を削られているらしい。夜中によく咳き込んでいたのに、朝には何事もなかったかのようにお粥を作ってくれた。
彼女はよくこのオラリオという街にいたけど、田舎の私のところにも会いに来てくれた。
七年前のある日。私に会いに来た彼女は、いつものように私の頭を鳥の巣にして、もうすぐまたオラリオに行くから、村で待っていなさいと言った。
そして、彼女は二度と戻らなかった。
真実を知ったのは、ごく最近のことだ。
通りすがりの行商人が村の入り口で世間話をしていて、何気なく口にしたんだ——七年前、オラリオにアルフィアという女がいて、街全体を大混乱に陥れた挙げ句、笑いながら火の中に飛び込み、骨の欠片すら残らなかった、と。
ある人は彼女を悪役だと言う。永遠に罵られるべきだと言う。
彼女の名前は、今日のオラリオでもタブーだ。
あの火は三日三晩燃え続けた、と言う人もいる。
(三日三晩)
私は村の入り口の石段に座り込んで、その話を一言残らず聞き終えた。だから翌日、旅立ったんだ。
目的地は迷宮都市オラリオ。そこで何をするのかは……自分でもよく分からない。
お母様が最後にいた場所を、この目で見てみたかったのかもしれない。みんなに罵られるあの女が、私にとってはただ頭をグチャグチャに撫でるのが好きな、おっちょこちょいな大人でしかないのは、どういうことなのかを知りたかったのかもしれない。
それに、どうせ行くなら、ついでに冒険者になってみようかな、と。
(……多分、ついでだ)
「おいおい、嬢ちゃん、門の前を塞ぐな!」
「あっ、ごめんなさい!」
巨大な荷物を担いだドワーフにぶつかられてよろめき、慌てて脇に避ける。
城門は大きく開かれ、商人や冒険者たちがひっきりなしに出入りしている。掛け声と車輪の音がごちゃ混ぜになって響いていた。威風堂々たる獣人の冒険者は危険な装備で身を固め、鎧が鳴り響いている。美しいエルフの冒険者は長いローブを石畳に引きずり、ずんぐりとしたドワーフの職人たちは鉱石を満載した荷車を押している。小人族のパルゥムは歩きながら金袋のヴァリスを数えていた。様々な種族の子供たちが、人混みの足元を縫うように駆け回っている。
(すっごく賑やかだ!)
これが……オラリオ……!
心臓がドキドキと高鳴った。
多分、この興奮に頭がやられたんだろう。私は勇気を振り絞って、城門のそばにいた、見るからに冒険者っぽい最初の一人に声をかけた。
「あの!そ、その!どうすれば冒険者になれるんでしょうか……」
「あ?」
二十歳そこそこの青年で、腰には二本のショートソード、鎧はピカピカに磨かれている。彼は私を上から下まで品定めするように見て、まるで道端で汚いものでも踏んだかのような顔をした。
「ガキ、冒険者になりたいだと?田舎に帰って畑でも耕してろ」
……え?
その目は、村にいた「親なし子の野生児」と私を罵っていたあの農夫と、まったく同じだった。
言い返さなかった。別に怖かったわけじゃない。
お母様が言っていた。口先で勝ち取る優越なんて一文の価値もない。相手を黙らせたいなら、ただ彼より高く立つことだ——彼が見上げても、あなたの顔が見えないほどに。
だから、私はその顔を覚えておくことにした。いつか必ず、今日言ったことを後悔させる日が来る。
それから、丸々一午後かけての——
「お、お願いします!私をファミリアに入れてください!」
「お断りだ」
パタン。
……人生で一番早いお断りだったと思う。
一軒目は、門すらくぐらせてもらえなかった。門番のドワーフの冒険者は私を一瞥して、考えるまでもなく言った。「ファミリアは託児所じゃない、大人を探して出直してこい」
二軒目のファミリアは、主神が直々に対応してくれた。気さくそうな女神が椅子に座ってお茶を飲み、優雅に足を組んで話を聞いた後、こう尋ねた。「あなたの特技は何かしら?」
「雑用……あと、大根抜き……」
彼女はクスクスと、長いこと笑っていた。そして私は丁重に追い出された。
三軒目、上級冒険者らしき男が、私の黒ローブをじっと見つめていた。
「全身真っ黒な装い、コソコソしやがって……てめぇ、闇派閥の回し者だな?」
「違います!」
相手は説明を聞く気などさらさらないようだった。私は襟首を掴まれて、外へ放り出された。
ドサッ。
お尻を石畳に打ちつけて、痛さに何度も息を呑んだ。
四軒目は逆に一番丁寧だった。犬人の団長は、私が冒険者になりたいという思いと、ファミリアに入りたいという話を辛抱強く聞いてくれた。そして振り返ってファミリアの仲間と小声で相談し、最後には申し訳なさそうに肩をすくめた。
「うちのファミリアが求めているのは即戦力だ。【神の恩恵】すらないなら……すまないな、嬢ちゃん」
ファミリアに入りたいと言った時点で、そこの主神から【神の恩恵(ファルナ)】を受けるのは当然のことだ。なのに、即戦力だなんだと言い訳をされて……
要するに、私を受け入れたくないだけなんだ……
私は肩を落としてあるファミリアの拠点から出てきた。いつの間にか、空の色は真昼の白から、夕暮れのオレンジ色へと変わっていた。
道の両脇に立つ魔石灯が、次々と灯りをともしていく。街行く人はどんどん増えていくのに、誰一人として私を見ない。正確に言えば、田舎から来た【神の恩恵(ファルナ)】すらないガキなんて、誰も気にかけないのだ。
(別に、悔しくなんかない。)
……悔しくなんかない。
手ぶらで、何の取り柄もない。そんな状態で冒険者になりたいなんて、誰が信じてくれるというんだ。
お母様だけは、きっと笑って「やってみなさい」と言ってくれただろう。私は強く唇を噛みしめ、風呂敷包みを拾い上げ、さらに人通りの少ない路地へと歩き出した。
そのうち、もうファミリアを探しているわけでもなくなっていた。ただ街に沿って機械的に歩き、扉があればノックし、手を振られて追い払われ、また次の家へ向かう。
●
すっかり日が落ちた頃、私は西大街の一番奥にある神殿の前に立っていた。そこは、私が見つけた唯一、夜を越せそうな場所だった。
正確に言えば、「神殿の遺跡」だ。石段には雑草が生い茂り、門の鉄部分は錆びついて原型を留めていない。ただ、扉の隙間からかすかなロウソクの光が漏れていた。
……誰か、いる?
私は扉を押し開けた。ホコリが一気に舞い込み、何度か咳をしてから目を細める。天井は半分崩れ落ち、欠けた部分から月光が降り注ぎ、倒れた石柱を青白く染め上げていた。
祭壇の中央に、一人の人間が座っていた。
私より少し年上に見える少女。ダークブロンドのショートヘアで、少しだけ天然パーマがかかっている。右耳に小さな金のイヤリングをつけていた。
灰色の瞳。霧に包まれた鉄器のように、優しくもなく、かといって威圧的でもない。
けれど、そんなに目立たない姿であっても、彼女が俗世のものではない神物だということは感じ取れた。
つまり彼女は、【神】だ。
彼女は倒れた石柱に足を組み、片手で顎を支え、もう片方の手の指先でだらりと膝を叩いていた。そして、大きなあくびをした。
「あー、退屈だ!下界も思ったほど面白くないな。歩き回って三日、まともに話ができるガキにすら出会えないとは」
「あ、あなたは神様……?」
「当たり前だ。まともな奴がここで蚊の餌になってるかよ」
彼女は石柱から飛び降りた。まるで階段の最後の一段を飛び越えるように、軽やかに着地する。
「吾が名はルシフェル。天界から降りてきてまだ日が浅い。お前は?」
「シャ、シャト・ホワイトです!」
「ふーん、悪くない名前だな」
彼女は私の周りを一周し、少し腰をかがめて、灰色の瞳で私と目線を合わせた。
「冒険者になりたいのか?」
「……はい」
「ファミリアは見つかったか?」
「いいえ」
「なぜ冒険者になりたい?ここは結構危険だぞ?」
——なぜ。
口を開けて、この問いにどう答えるべきか、全く考えていなかったことに気づく。
「……強くなりたい。生き残りたい」
声は、自分で思っていたよりも小さかった。
でも、それが事実だ。お母様の庇護を失った今、これといった特技もない私が、田舎の家で飢え死にするのは時間の問題だった。
「私のお母様は……とても凄い人でした。彼女が歩いた道を見てみたい。彼女がどんな人だったのか、知りたい。それに——」
私は袖口を強く握りしめ、勇気を振り絞って顔を上げ、目の前の女神の灰色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「それに、もうあんな目で見られるのは嫌なんです」
ルシフェルは笑わなかった。長いこと私を見つめた後、口角を吊り上げた。
「いいじゃないか。動機が絶妙に不純で」
「……え?」
「強くなりたい奴ってのは、誰かに見下されたか、何かを失ったかした奴が多い。だが、そういう奴ほど意外と遠くまで行けるもんだ」
「で、では!」私は勇気を出して、「私をファミリアに迎え入れてくれますか?」
「その質問は、後で答えてやるよ」
彼女は振り返って祭壇へ向かい、何気なく針を一本手に取ると、火の上であぶった。
「まずは寝な。俺が【神の恩恵(ファルナ)】を授けてやる」
「えっ?!い、今すぐですか?」
「他にどうするんだ?先に履歴書でも提出するか?」
私は冷たい石畳にうつ伏せになった。背中から彼女の指先の温度が伝わってくる。熱くもなく、冷たくもない。まるで、体内にまだ通っていない道を一本一本切り開いていくようだった。
田舎から長旅をしてオラリオに来て、丸々一午後かけて何軒ものファミリアから追い出され、挙げ句の果てに、今にも崩れそうなこの神殿で、初対面の神に対して上着を脱いでうつ伏せになっている。
人生ってやつは、本当に分からない。
「よし、見てみろ」
彼女が一枚の紙を差し出してきた。そこには書き写された【ステイタス】が記されていた。
シャト・ホワイト
LV.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
私はその紙をじっと、長いこと見つめた。
力、耐久、器用、敏捷……目に入るものすべてが、予想外のゼロ。
魔法、空白。スキル、空白。
え?
「あ、あの、神様、何か間違ってませんか?」
「間違ってないぞ」
彼女は腕を組み、何食わぬ顔で。
「何もないぞ。真っ白な紙のようだ」
「……」
やっぱりそうだ。
私はどこかで密かに期待していたんだろう。英雄譚の英雄たちのように、突然とんでもないスキルや、驚くべき魔法を手に入れて、私を門前払いした奴らを唖然とさせるんじゃないかって。
現実はそんなに甘くない。
私は思わず笑ってしまった。
自分でもよく分からない、小さな笑い声。ルシフェルは何を笑っているのか聞かなかった。
ただ傍らに立って、その灰色の瞳で静かに私を見つめていた。
「だが、白紙だからこそいいんだよ」
彼女はそう言った。
「好きなように書き込めるからな」
私は紙を折りたたんで胸にしまい、立ち上がって、黒ローブをきつく羽織り直した。
「ルシフェル様」
「ん?」
「【ルシフェル・ファミリア】は今日から、私の家です。第一歩として、ここをゴミ溜めから人が住める場所に変えます。第二歩として、お金を稼いで、あなたにはそこでゆっくりお茶を淹れていてください。そして第三歩……オラリオ最強の冒険者になります。い、異論は?」
「異論はない。ただ、その計画を他の神が聞いたら、お前は全オラリオで一番身の程知らずなガキだって言うだろうな」
「なら、一番の身の程知らずでいいです!どうせ——どうせ図々しいほうが、死ににくいんです!」
彼女はついに声を出して笑った。
「ちなみに、ここも隣の展望台も、宿代は無料だぞ」
「え?」
「なにせ、屋根がないからな」
(……ここは多分、オラリオで唯一のぼったくりじゃない宿だ)
そう思い、笑うに笑えない気分になった。
彼女は燭台を持ち上げて神殿の奥へ数歩進み、不意に振り返った。
「おい、俺の初代団長」
「は、はい!」
「さっき、俺がお前を受け入れるかどうか聞いたよな。まだ答えを返してなかっただろ?」
「はい」
彼女はロウソクの光と月光の交わる半ば暗がりに立っていた。その口調は、これ以上強調する必要がないほど真剣だった。
「俺はお前を信じる。お前があの高い塔よりも、もっと高くまで行けると信じている」
「だから、絶対に生き残れ」
私は頷いた。お礼は言わなかった。お礼を言うには、あまりにも軽すぎた。
けれど、誓いを立てるには、あまりにも騒がしすぎた。
私は袖口をきつく結び直し、道中で買った中古のダガーを握りしめ、神殿の扉を押し開けて、オラリオの夜風を招き入れた。
……足はまだ震えている。
でも、大丈夫だ。
私は口角を吊り上げて、笑った。
お母様、オラリオに着きました。
あなたを悪役扱いするこの街で、私の冒険が——
今、始まります。
初めまして!中国から来た新人作家です。AI翻訳を使用しているため、読みにくい部分があるかもしれませんが、温かい目で見守っていただけると嬉しいです!
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