U.C.0069
私は十五歳のときにサイド6を離れた。
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ミドルハイスクール(中学)二年生の冬、担任教師が教室で言った。「月面アナハイム工業専門学校の留学生枠に、来年度から一部門を増やす」と。サイド6とアナハイムの間で何か政治的な取引があったらしい。詳しくは分からない。だが興味を持ったのは、科名だけだ。
航宙科。
船に乗るための学科。
新設の航宙科に行けば、艦艇操縦士の免許を三年で取れる。早ければ十八歳で船に乗れる。もしサイド6に留まれば、最短でも十八歳で大学入学で、卒業は二十二歳。四年以上の差が出る。
迷わず志願した。
入学試験は簡単だった。前年の成績と面接だけ。遠隔面接で、私の目の前に現れたのは細面の中年女性だった。三年間の居住場所は学寮になること、学費は奨学金で賄えるということ、生活費も支給されるので実家からの送金は不要ということ、卒業後はアナハイムで最低五年働くことが条件ということ、が事務的に告げられた。
アナハイムに勤めなければならないということを除けば望外の好条件だった。前述の条件すらも、超巨大企業アナハイムの末席に連ねられるということも悪くない。
親は少し驚いていたが、止めなかった。むしろほっとしているように見えた。私が「未来の戦争」について口にし始めたのは高校一年生の頃からで……具体的なことを言ったわけではない。「最近、宇宙は少し物騒な気がする」程度のことだ。それでも同級生から距離を取られ始めたのを見て、母親は目を伏せた。父親はただ「気をつけて行け」とだけ言った。
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月面都市フォン・ブラウンからシャトルで降下し、アナハイムのカンパニータウンの空港に着いた瞬間、体が軽くなった。
月の重力。
六分の一。
空気の重さも違う。足の裏が離陸する感覚が、クセになる。
「新入生か?」
ホームに立っていた整備士風の男が声をかけてきた。背中にはアナハイムのロゴ。四十代くらいで、訛りがきつい。
「はい、航宙科です」
「そうか。あまり重い荷物を持つなよ。重力ブロックに入ったときに腰を壊す」
「気をつけます」
そのままタクシーに乗って、学寮に向かった。窓の外には、アナハイムの工場群が広がっていた。整然とした灰色のビル群と、その間を縫うように走るモノレール。遠くには採掘クレーターが連なり、その向こうに地球が青く浮かんでいる。この光景が、三年間、私の日常になるのだと思った。
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航宙科の授業は忙しかった。
座学は四割。残り六割が実技訓練と整備体験。月面アナハイムの船渠で実際に作業を行う。生活空間の重力ブロックでは異なり、月の低G下で油まみれになって、配線を直して、噴射管を磨く。教員は現役の船乗り出身ばかりで、授業より大声が大きい。無駄口を叩けば、制裁や懲罰にされる。テストの点数が悪ければ実地研修の順番が最後に回る。体力がなければ脱落する。進級試験を一回でも不合格になれば、一般科に回される。最初の一年で、二割がやめた。
覚えることは多い。船の操縦法、航行理論、積載計算、通信技術、空間管制、地球圏各国の通関手続き、ネームタグ二種免許。何があっても早く回避するための危機管理。貨物船の維持方法。
私は勉強が苦手ではなかった。むしろ、この世界の技術を体系的に学べる機会が珍しかった。ある意味、前世で学んだ知識と、現実の整合性を確かめる場でもあった。例えば、教科書には「宇宙世紀の推進理論は一九八〇年代の物理学を基礎としている」と書いてある。パルスレーザー、宇宙開発への道筋、そしてある種の粒子技術。これらは私の前世の知識と重なる。
それでも、テストの点数だけは取れた。講義の最中、以前の記憶と照らし合わせる癖がついた。授業の内容が、映画や小説で見聞きした描写と重なる瞬間がある。「あ、あれはこういう構造なのか」と思うと、世界が少しだけ立体的になる。
二年の春。三度目の低G下体験から戻った夜、仲の良い友人が「お前、趣味悪いな」と笑った。整備体験で担当する船を選択した先は中古のコロンブス級の同型船で、新しくて綺麗な客船とは異なり武骨で人気がなかった。しかも艦内はどこかカビと汗の臭いが混じったような独特な臭気が漂っていた。
「古い船が好きなんだよ」
「嘘つけ。お前、あの船の構造図暗記してただろ」
「バレた?」
「バレてる。気持ち悪いって」
「ああいった船が結局のことろ一番使い出がいいんだよ。俺は将来アナハイムで働き続けるつもりはないし、あの構造がわかりやすい」
「は? じゃあなんでわざわざこの専門学校に?」
「航宙科で船乗らせてもらえるからね。それも三年で免許取らせてくれるからさ」
「ふーん」
彼は興味無さげに返事をするとそのまま横になってしまった。そんな感じで、友達からは変わった奴扱いされていた。
彼は航宙科ではなかった。機関科の整備コースでアナハイムの工場に就職が決まっていた。私は船に乗る。彼は工場で船を作る。立場が違う。
それでも仲が良かった。彼とは月面の安いバーで安い合成ビールを飲むようになった。彼は私が時折見せる遠い目を気にしなかった。
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三年の終わりに艦艇操縦士の資格試験があった。
合格した。
十八歳。
これで船に乗れる。免許取得後は半年間の研修期間を経てアナハイムの船団に配属される。
卒業式の日。私は学寮の自分の部屋で荷物をまとめた。少ない荷物。三年間で増えたのは教科書と整備道具と数枚の写真だけ。窓から見えるフォン・ブラウンの街並み。もう見慣れた景色だ。
「行くのか」
部屋を訪ねてきたのはあの友人だった。
「うん」
「戻ってくるか?」
「分からない」
「そっか」
彼はポケットから小さな何かを取り出して私に渡した。金属のキーホルダーだ。月面の地図が刻印されている。
「お守り。迷ったら月を見ろ」
「……ありがとう」
「いいって。お前、変なやつだけど嫌いじゃないぜ」
彼はそう言って部屋を出て行った。
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アナハイムの船団に配属されてから五年。
最初の三年は近距離航路。サイド7を除く、各サイドと月を往復して貨物を運ぶ。グラナダとサイド3、サイド1とサイド5の間。ルートは決まっている。一航路につき往復二週間、三ヶ月で一区切り。休暇は月面かサイドの居住区で取る。
四年目から中距離航路。小惑星帯への資源採掘船の支援。往復三ヶ月。船内生活が長くなる。乗組員との関係性が濃くなる。零G下での生活にもすっかり慣れた。パイロットではあるが、結局のところ空いている手は何でも使われるので、整備を手伝うことも多く技術も上がった。船長からは「お前は配線を見る目がある」と言われた。工専で学んだことが通用するのはどこか達成感がある。
五年目。船長が定年で降りた。後任の船長は私より十歳上の女性で、口が悪くて腕が良かった。彼女は私を副長に指名した。
「お前なら船を止めずに進められる」
そう言われたとき何故か背筋が伸びた。
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二十五歳の9月。
留学の条件であった五年をプラス二年超えて勤めあげたアナハイムを離れた。
辞表を出した日、人事部の担当者は「もっと上に行けたのに」と言った。出世コースに乗っていたらしい。だが私は首を横に振った。
独立する。
貯めた金で中古の輸送船を買う。
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アナハイムの売却船リストにあったのは四百トン級のコロニー間輸送船ザンザーだった。船齢十八年。前オーナーが中古で買ってさらに十七年乗っていたと契約書にあった。三年前の検査期限をまだ一回延長できる。整備は万全だ、と売主は言った。
万全なわけがない。
十八年だ。十八年間、この船は宇宙を走り続けてきた。金属疲労もあるだろう。配線の劣化もあるだろう。エンジンの推力低下もあるだろう。だが安かった。私の貯金で買えるギリギリのラインだった。
契約書にサインした日。売主の事務員が「がんばってくださいね」と言った。その目は「いつ沈んでもおかしくない船だ」と語っていた。
それでもいい。
私の船だ。
自分で操縦して自分で整備して自分で航路を選ぶ。