カツ・ワンソー・アポン・ア・タイム 作:ウキヨエ版でキュア=さんを見たい
ニュービーヘッズです。初投稿です
NEO-SAITAMA / NIGHT / DEEP FRYING AND DEATH
ネオサイタマの夜は、油と排気ガス、安価な合成アルコールの匂いに満ちている。
無数のネオン看板が明滅する大通りから一本外れた路地。そこには、サラリマンたちが仕事帰りに立ち寄る小さな串カツ屋があった。
店名は「カツ・ワンソー」。店先には三本のノボリが立っている。
『実際安い』
『疲れに効く』
『二度漬け厳禁』
その日の夜、ヤモト・コキはニチョームでの手伝いを終え、帰路についていた。
「……お腹すいたな」
彼女は小さく呟いた。
時刻は午後九時を回っている。夕食を食べ損ねた彼女の胃袋は、控えめながらも明確な抗議を行っていた。
その時、視界の端に串カツ屋のノボリが入った。
『疲れに効く』
「……本当かな」
ヤモトは足を止めた。
実際、疲労はある。ニンジャとしての鍛錬を怠っているわけではないが、今日はモータルたちの手伝いであちこちを走り回ったのだ。
串カツ程度で疲れが取れるなら、実際安い。
彼女は暖簾をくぐった。
「ラッシャイ」
低く、偏屈そうな声。
「空いてる席に座んな」
「お邪魔します」
ヤモトはカウンターの一番近い席に腰を下ろした。
そして、店主の顔を見た。
「…………」
沈黙。
店主は焦げ茶色のニンジャ装束を着ていた。
顔面を覆うのは、使い古した鉄板めいた焼け色のメンポ。表面には無数の細かな傷が走り、長年の使用によるくすみがある。
その体格、装束、そして何よりも漂うニンジャ存在感。
どう見てもニンジャである。
(ニンジャ……!?)
ヤモトのニューロンに軽い混乱が走った。
彼女自身もニンジャだ。ニンジャの気配を見誤ることはない。
しかし、ここは串カツ屋である。店主は客に注文を聞き、揚げ物を作っている。それだけならば、まだ理解できる。
問題は、店主がニンジャ装束のまま、あまりにも自然に商売をしていることだった。
しかも、店内の客たちは誰一人として気にしていない。
「はいよ」
「今日は牛多めで頼むぜ」
「自分で食う分くらい覚えとけ」
「ガハハ! 違いねえ!」
サラリマンたちは談笑している。
ヤモトは恐る恐る口を開いた。
「あの……おすすめは何ですか?」
店主はヤモトを見た。
「全部だ」
「えっ」
「嫌いなもんはあるか」
「いえ、特には」
「なら五本。牛、レンコン、タマネギ、エビ、あと紅ショウガ」
「お願いします」
「はいよ」
店主は再び油鍋に向き直った。ヤモトは改めて彼を観察する。焦げ茶色の装束。鉄板色のメンポ。使い込まれた揚げ網。
そして、あからさまにニンジャ装束の店主の身体から感じられるニンジャソウルの気配。
(この人……何者なんだろう)
「お嬢ちゃん」
隣のサラリマンが声をかけた。
「初めてかい?」
「はい」
「ここはいい店だよ。店主は無愛想だが、腕は確かだ。ここの串カツを食えば疲れも吹っ飛ぶ」
「疲れに効く、ってノボリに書いてありましたね」
「そうそう! 俺なんか、ここで食ってなきゃ今頃とっくに過労死してるよ!」
「それは大変ですね……」
「お待ち」
店主が皿を差し出した。
揚げたての串カツ五本。衣は黄金色。余分な油は切られ、表面には薄く湯気が立っている。ヤモトは一本を手に取った。
ソースに一度だけ浸す。
サクッ。
「……!」
衣の歯触り。具材の甘み。ソースの酸味。
何よりも、油の重さがない。
「おいしい……!」
「そうか」
「これ、すごくおいしいです!」
「そりゃよかった」
店主は短く答えた。
口元に僅かな衣がついたままなことにも気づかず、ヤモトは二本目に手を伸ばした。その時である。
ガシャーン!店の外で何かが蹴り倒された。続いて、乱暴な怒声が入口からかき分けるように響いた。
「オイ! ジジイ! いるんだろうが!」
店内の客たちが一斉に入口を見た。
暖簾が乱暴に押し上げられる。
現れたのは、黒い革ジャンを着た大柄な男だった。
さらにその背後には、無表情な男たちが数人。黒いスーツ。安価なサングラス。規格化された刈り上げ。クローンヤクザである。
ヤモトは持ち上げかけていた3本目の串を皿に戻した。
(……ソウカイヤ)
最初に声を上げたのであろう、大柄な男の腕には、分厚い金属装甲が取り付けられていた。彼は店内を苛立だしげに見回すと、店主を睨みつけた。
「この土地はソウカイヤの管理下に入る。今夜中に店を畳め」
店主は油鍋から目を離さない。
「断る」
「ア?」
「商売中だ」
男の額に青筋が浮かんだ。
「テメエ……!」
ヤモトは確信した。この男もニンジャだ。
そして、店主もまた。
「ドーモ。グリース・モンキーです」
大柄な男はアイサツした。
「ドーモ、グリース・モンキー=サン」
店主は揚げ網を置き、静かにオジギした。
「ダブルディップです」
ヤモトは目を見張った。
ダブルディップ。焦げ茶色のニンジャ装束が揺れる。
「ダブルディップ=サン。貴様の店はソウカイヤの再開発計画において邪魔なのだ。立ち退け。さもなくば、ここを更地にする」
「断る」
「理由は?」
「俺の店だからだ」
「貴様……!」
グリース・モンキーの周囲で、冷気が揺らめいた。身の毛もよだつような殺気が、物理的に彼の足元を凍らせ、薄氷を走らせていく。
「俺のジツを知らんようだな」
ダブルディップは返答しない。
「俺はグリース・モンキー! 貴様のような老いぼれを凍り漬けにすることなど容易いんだぞ!」
「そうか」
「その油鍋も、カウンターも、客も、全部まとめて凍らせて「油鍋に近づくな」
「ハ?」
「火傷する」
一瞬、奇妙な沈黙があった。
そして、グリース・モンキーは激昂した。
「ブッ殺す!」
彼が腕を振り上げた瞬間、クローンヤクザたちが一斉に動いた。
「ザッケンナコラー!」
「スッゾコラー!」
コワイ!ヤクザスラングとともに彼らは拳銃を抜いた。
店内のモータルたちが悲鳴を上げる。
「アイエエエエ! ニンジャ!?」
「逃げろ! 伏せろ!」
ヤモトが愛刀のウバステに手をかけながら立ち上がった。ダブルディップは静かに油鍋の火を止め、後方にチラリと視線を移した。
「裏口だ」
「えっ?」
「奥の戸を開けろ。全員、裏から出ろ」
その声は大きくない。しかし、店内の誰もが従い厨房奥の裏口をめがけて這々の体で逃げ出した。一人の常連が振り返って叫ぶ。
「お、おっちゃんは!?」
「店主だ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえ!」
「いいから行け」
ダブルディップはカウンターを越え、客たちと敵の間に立った。
「急げ。転ぶな。財布は後で拾え」
「アイエエエ!」
残ったサラリマンたちが裏口へ殺到する。ヤモトも彼らの避難を手伝った。
「こっちです! 慌てないで!」
ドカタの男が腰を抜かしていたので、彼女はその腕を掴み、裏口へ押し込んだ。最後の一人が外へ出る。
その瞬間。
「撃て!」
グリース・モンキーの命令が響く。
BLAM!BLAM!BLAM!
クローンヤクザたちが一斉に発砲した。しかし、ダブルディップの掌から小さな火球が生まれた。
ボッ!それは空中で弾け、熱風となって銃弾の軌道を逸らした。弾丸は壁に突き刺さり誰も傷つけられなかった。
「何だと……!」
「客に当てるな」
ダブルディップは言った。
「店の外でやれ」
「何を――」
「店が汚れた」
彼のメンポの奥で、炎が揺らめいた。
「イヤーッ!」
グリース・モンキーが踏み込んだ。右腕から冷気が噴出する。コリ・ジツだ!床面が瞬時に凍結した。ダブルディップは後方へ跳ぶ。
凍結した床に靴底が触れる寸前、彼は壁を蹴り、厨房の棚を足場にして天井近くへ跳躍した。
「イヤーッ!」
グリース・モンキーの拳がカウンターを叩き割る。
バキバキバキ!
木片が飛び散り、油鍋が傾いた。
「油が!」
ダブルディップの声に、ヤモトが振り返る。
彼は空中で身体を捻り、掌を油鍋に向けていた。
「カトン・ジツ!」
ボウッ!小さな炎が走る。傾いた鍋の底を熱風が押し上げ、鍋は辛うじて元の位置に戻った。ワザマエ!しかし、その瞬間を狙ってグリース・モンキーが氷塊を投げつけた。
「イヤーッ!」
氷塊は空気を切り裂き、ダブルディップの胸部を直撃する。
「グワーッ!」
彼の身体が壁に叩きつけられた。だが傷は浅い。
「ハハハ! どうした! 火遊びが得意なだけか!」
グリース・モンキーは両手を広げた。冷気が店内に広がる。壁面が凍りつき、天井から氷柱が垂れ下がる。
油鍋の表面にも薄い氷が張り始めた。
「ダブルディップ=サン!」
ヤモトが叫ぶ。
「逃げろ、嬢ちゃん!」
「でも!」
「客を連れて行けと言った!」
「もう全員逃がしました!」
「ならば、下がれ!」
グリース・モンキーは鼻を鳴らした。
「お涙頂戴か? くだらねえ。俺はこの街の土地を買い叩く。店も人間も、ソウカイヤの資産だ!」
「そうか」
ダブルディップは立ち上がった。
胸部装甲には氷が張り付いている。
「ならば、俺は店を守る」
「ハハハ! 守れるものなら守ってみろ!」
グリース・モンキーが掌を突き出した。
「コリ・ブラスト!」
冷気の奔流が店内を薙ぎ払う。
ダブルディップは掌を合わせた。
「カトン・ジツ」
ボウッ!炎が噴き上がる。冷気と炎が衝突し、蒸気が爆発的に広がる。視界が埋め尽くされ白く染まる。
水蒸気の熱に晒されながらも、ヤモトは目を細めた。
(すごい……!)
単純な火力では、グリース・モンキーのコリ・ジツが勝っているだろう。しかし、ダブルディップのカトン・ジツの炎は大きくない。むしろ、極めて小さい。
おお、しかし見よ。必要な場所に必要な熱だけを送り込んでいる。
氷を溶かし、蒸気を作る。結果、視界を遮る。
そして、相手の足元だけを加熱する。
「イヤーッ!」
なんたるワザマエか。ダブルディップが踏み込んだ。そう、その地面の氷が溶けているから踏み込めたのである。グリース・モンキーはとっさに腕を交差させて防御する。
拳と装甲が激突。
「ヌウッ!」
ダブルディップの拳が弾かれる。
そこへグリース・モンキーの膝蹴りが飛ぶ。
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
しかしカラテはグリース・モンキーが上回る!ダブルディップは腹部を打たれ、床を滑った。彼の焦げ茶色の装束に霜が広がる。白の斑模様がダブルディップの劣勢を示しているようではないか。
「ジジイ! もう終わりだ!」
グリース・モンキーが両手を掲げた。
「凍れ! 死ね! コリ・ジツ!」
天井、壁、床。店内のあらゆる水分が凍結し始める。油鍋の表面も完全に氷に覆われた。ダブルディップは立ち上がろうとした。だが、咄嗟でカトンを使えずその足が滑る。
(……油が凍ったか)
彼は油鍋を見た。
その瞬間、グリース・モンキーの拳が迫った。
「死ねェーッ!」
ダブルディップは身を捻った。
拳がメンポを掠める。
そして、彼は敵の腕を掴み、体勢を崩した。
「何ッ!?」
「出ていけ」
「何だと?」
「ここは店だ」
ダブルディップはグリース・モンキーの身体を掴み、全身の力を込めた。
「イヤーッ!」
投げ飛ばす!反動でダブルディップの体は大きく滑り壁に当たるが、グリース・モンキーの巨体が暖簾を突き破り、店の外へ吹き飛んだ。
看板が砕ける。
ネオサイタマの路地に、ニンジャの身体が転がった。
「……フン!」
グリース・モンキーは即座に立ち上がった。
周囲にはクローンヤクザたちが展開している。
「テメエ……よくもやってくれたな!」
ダブルディップが店の外へ出てくる。
その後ろにはヤモトがいた。
さらに、路地の反対側から赤黒の影が現れた。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです。おちおち食事もできんな、この街は」
「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。ヤモト・コキです」
ヤモトが声を上げた。
赤黒のニンジャは彼女を一瞥し、店主に視線を移した。
「ドーモ、ダブルディップ=サン」
「ドーモ」
「この騒ぎは何だ」
「地上げだ」
「そうか」
「嬢ちゃん、ニンジャだったか」
「ゴメンナサイ、店で暴れるわけにはいかないと思って」
眉を上げるダブルディップ。
ニンジャスレイヤーの視線が、グリース・モンキーに向く。
「ソウカイヤのニンジャか」
「テメエがニンジャスレイヤーか! ちょうどいい! まとめて殺してやる!」
グリース・モンキーは両腕を広げた。
「クローンヤクザ! 撃て!」
「ザッケンナコラー!」
クローンヤクザのチャカ・ガンが一糸乱れぬ連携で火を噴いた。BLAM!BLAM!BLAM!
ニンジャスレイヤーは構わず前進した。
「イヤーッ!」
指に挟んだスリケンが飛ぶ。
一枚目が銃身を破壊。
二枚目がクローンヤクザの手首を切断。
三枚目が街灯に当たり、跳ね返って背後の敵の額を打つ。
「アバーッ!」
「スッゾコラー!」
クローンヤクザたちは倒れながらも、残った者が射撃を続ける。先ほどまでは店の中だったが、表に出た以上長物を振る空間がある。ヤモトはイクサに参加すべくカタナを抜いた。
「イヤーッ!」
彼女の斬撃が弾丸の軌道を逸らし、二人のクローンヤクザを転倒させる。
「助かる、ヤモト=サン」
「こちらこそ!」
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーの回し蹴りが、最後のクローンヤクザを壁に叩きつけた。
「グワーッ!」
数秒後、路地には倒れたクローンヤクザたちだけが残った。
グリース・モンキーは舌打ちした。
「役立たずどもめ!」
彼は地面に掌を叩きつけた。
「コリ・ジツ!」
路面が一瞬で凍結する。
さらに、凍った路面から無数の氷柱が突き出した。貫かれればモズ=サクリファイスめいて屍を晒すことになるだろう。
「イヤーッ!」
ヤモトは跳躍した。ニンジャ動体視力で見極めた、先端がとがり切る前の氷柱を足場にして宙へ飛び、カタナを構える。
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
しかし、グリース・モンキーは氷の盾を生成して受け止めた。
「小娘が!」
氷の盾が砕け、破片がヤモトに襲いかかる。
彼女は身体を捻って回避したが、左腕を掠めた。
「くっ……!」
「ヤモト=サン!」
ニンジャスレイヤーが踏み込もうとする。しかし、グリース・モンキーは地面を凍らせ、滑走するように後退した。
「俺のコリ・ジツを舐めるな!」
氷のスリケンが複数生成される。
「ササメコリ!」
氷の飛び道具が雨のように降り注いだ。ニンジャスレイヤーは腕を交差させて防御する。ヤモトはカタナで弾く。
そして、ダブルディップは――。
店の前で、串カツの皿を持っていた。
「アイエッ?」
ヤモトが振り返る。
「店主さん!?」
「食え」
「えっ?」
「冷める」
皿の上には串カツが六本。
牛肉、レンコン、タマネギ、エビ、紅ショウガ、そして何かの練り物。揚げたてである。
「今、それどころじゃ……!」
「食え」
ダブルディップは、皿を差し出した。
「疲れに効く」
ヤモトは一瞬、言葉を失った。そうだ。
店先のノボリ。
『疲れに効く』
あれは単なる宣伝文句ではなかったのか。
「でも、イクサ中ですよ!」
「だからだ」
ダブルディップは淡々と言った。
「腹が減ってはイクサはできん」
ニンジャスレイヤーが氷のクナイを弾き飛ばしながら、横目で皿を見た。
「……店主」
「食え」
「ニンジャがいる」
「敵がいる」
「揚げたてだ」
「……」
ニンジャスレイヤーは一瞬だけ沈黙した。
そして、左手で串カツを一本取った。
「いただこう」
「はい」
ヤモトも一本取った。そして頬張る
「……おいしい!」
「当然だ」
ダブルディップは頷いた。
「油の温度は百七十度。衣は薄く。具材に火を通しすぎない」
「そういう問題じゃ……イエ、おいしいです!」
ヤモトは二本目を口に運ぶ。
ニンジャスレイヤーも串カツを食べた。
「……ワザマエ!」
「そうか」
「実際、疲労が軽減される」
「ならよかった」
ダブルディップは皿を下げた。
「残りはイクサが終わってからだ」
ヤモトは頷いた。不思議なことに、身体に力が戻ってくる。
揚げたての食事。温かい具材。適度な塩気。何より、誰かが自分のために作ってくれた食事というものが、心身を支えてくれる。
「店主さん!」
「何だ」
「ごちそうさまでした!」
「まだ食い終わってない」
「はい!」
ヤモトはカタナを構え直した。
その目に、先ほどまでの疲労はない。
ニンジャスレイヤーもまた、静かに拳を握った。
グリース・モンキーは怒りに震えていた。
「貴様ら……! イクサの最中に飯を食うとは……!」
ダブルディップは答えた。
「飯時だ」
「ブッ殺す!」
グリース・モンキーの身体から、猛烈な冷気が噴き出した。路地の空気が凍りつく。店内の光景の焼き直しだ。周囲の水たまりが白く染まり、建物の壁面に霜が走った。
「コリ・フィールド!」
おお、見よ!いまやこの路地そのものがグリース・モンキーのキリングフィールドだ。ヤモトの足元が凍結し、ニンジャスレイヤーの装束にも霜が付着する。
「これが俺の本気だ! 全て凍らせてやる!」
グリース・モンキーは両手を掲げた。
巨大な氷塊が形成される。
「イヤーッ!」
氷塊が落下する。ニンジャスレイヤーは横へ跳んだ。ヤモトも回避する。巨大な氷が路面を砕き、氷の破片がヤマアラシの針のように飛び散った。
「イヤーッ!」
ヤモトが踏み込み、カタナが閃く。しかし、グリース・モンキーは腕に氷の装甲を形成し、斬撃を受け止めた。なんたるジツの精度であろうか。
しかし、グリース・モンキーは腕に氷の装甲を形成し、斬撃を受け止めた。
「効かん!」
「まだぁ!」
ヤモトは剣を引き、下段から切り上げる。
「イヤーッ!」
氷の装甲が砕けた。その瞬間、グリース・モンキーの反対の手が彼女に向けられた。
「凍れ!」
冷気がヤモトを襲う。その隙にニンジャスレイヤーが割り込んだ。
「イヤーッ!」
彼の拳がグリース・モンキーの腕を弾く。しかし、冷気は止まらない。ニンジャスレイヤーの腕が白く凍りつく。
「ヌウッ!」
「ニンジャスレイヤー=サン!」
「問題ない!」
ニンジャスレイヤーは凍った腕を振るい、氷を砕いた。
その時、ダブルディップが一歩前に出た。
「……火加減が必要だな」
彼は右手を掲げた。
掌に小さな炎が生まれ、ゆっくりと大きくなる。しかし、巨大な火球にはならない。むしろ、細い炎の帯となって彼の腕に巻きついた。
反対に、莫大な冷気を携えたグリース・モンキーが嘲笑する。
「そんな小さな火で何ができる!」
ダブルディップは答えなかった。
彼は地面に掌を向けた。
「……イヤーッ!」
炎が路面を走った。凍結した水たまりの表面が瞬時に溶ける。
しかし、炎は水を一瞬で蒸発させるほど強くない。
だがこれは、ゴ、ゴウランガ!!繰り返し熱せられた水が、白い蒸気となって立ち上る。その蒸気は、グリース・モンキーの周囲を包んだ。
「今更目眩ましを……!」
彼はコリ・ジツを強めた。蒸気が凍り始める。
ダブルディップはさらに炎を走らせる。相反する二つの力が路地裏で激突する。
グリース・モンキーのニューロンに、初めて困惑が生じた。
(何だ、この男……!)
コリ・ジツは周囲の温度を奪う。
しかし、ダブルディップは単純に熱で対抗しているのではない。熱の位置、範囲、時間。その全てを精密に調整している。
冷気で固まった蒸気を再び熱し、局所的な気流を作る。その気流はグリース・モンキーの足元を撫でた。
「グッ……!」
彼の氷が、一瞬だけ緩む。
その隙を逃さない。
「イヤーッ!」
ヤモトが飛び込む。
カタナの斬撃。
「グワーッ!」
グリース・モンキーの肩が裂けた。
「貴様ァ!」
彼は反射的にヤモトを殴り飛ばそうとした。
しかし、その拳はニンジャスレイヤーに阻まれた。
「イヤーッ!」
拳と拳が激突する。
「ヌウッ!」
「貴様の相手は私だ」
ニンジャスレイヤーのカラテが炸裂する。
「イヤーッ! イヤーッ!」
鍛え上げられたカラテの二連撃。
ジツという絶対の防御を揺るがされたグリース・モンキーは後退した。
だが、彼はすぐに氷の盾を形成する。
「甘いぞ!」
盾がニンジャスレイヤーの拳を受け止めた。
そして、その表面から鋭い氷柱が突き出す。爆発反応装甲めいた氷柱がその拳を貫いてしまうのだろうか。
「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーは身体を捻り、氷柱を回避した。
しかし、盾の裏側からグリース・モンキーの膝蹴りが飛ぶ。
「グワーッ!」
ニンジャスレイヤーの身体が壁に叩きつけられた。
「ニンジャスレイヤー=サン!」
ヤモトが駆け寄ろうとする。
「来るな! ヤモト=サン。奴の足元を狙え」
「ハイ!」
ヤモトはカタナを構える。
その瞬間、ダブルディップの声が響いた。
「えっ?」
「三歩右。そこなら滑らん」
ヤモトは指示に従った。その場所だけ氷が溶けている。
「イヤーッ!」
彼女は踏み込んだ。
カタナが走る。
グリース・モンキーの右脚を斬り裂いた。
「グワーッ!」
体勢が崩れる。
そこへニンジャスレイヤーが突進した。
「イヤーッ!」
拳が腹部に突き刺さる。
グリース・モンキーの身体が浮いた。
「ヌオオオーッ!」
しかし、彼は空中で冷気を放ち、氷の足場を作った。
その上に着地。そして、両腕を広げる。
「貴様ら全員!ここでネギトロだぁぁぁ!!」
冷気が爆発的に広がる。路地の壁面が白く染まり、頭上の配管が凍りつく。周囲の空気が急激に冷えた。
ダブルディップは、店の前に立ったまま、その光景を見つめた。彼の背後にはカツ・ワンソー。破壊された入口。壊れた看板。傾いた暖簾。
彼は小さく息を吐いた。
「……店を壊すなと言っただろう」
右手を掲げる。
「カトン・ジツ!」
今度の炎は、これまでよりも強かった。
しかし、それでも巨大な火柱ではない。細く、鋭く、無駄のない炎。彼は掌を握り込んだ。
炎が収束し、解き放たれる。
「イヤーッ!」
炎が路地を貫いた。
グリース・モンキーの冷気と正面衝突する。
膨大な蒸気が発生し、視界が完全に白くなる。
「しまっ!?」
グリース・モンキーの声。
その瞬間。
「イヤーッ!」
蒸気の中から、ニンジャスレイヤーが現れた。
彼の拳は、既に引き絞られている。
「ニンジャ殺すべし!」
「なッ……!」
「イヤーッ!」
恐るべきカラテ技、ポン・パンチ。拳はグリース・モンキーの胸部を捉え撃ち抜いた。
「アバーッ!」
装甲が砕ける。
グリース・モンキーは路地の奥まで吹き飛ばされ、壁に激突した。さらにヤモトが追撃する。
「イヤーッ!」
「アバーッ!?」
カタナの峰が、男の手首を切り裂いた。氷のジツが途切れる。グリース・モンキーは地面に崩れ落ちた。
「バカな……俺の……コリ・ジツが……」
ニンジャスレイヤーが近づく。
「ソウカイヤの地上げ屋と言ったかか」
「くそ……」
「貴様のような者が、モータルの日常を踏みにじる」
ニンジャスレイヤーは拳を握った。
「その報いを受けよ」
「ま、待て……!」
「イヤーッ!」
拳が振り下ろされた。
「アバーッ!サヨナラ!」
グリース・モンキーは爆発四散。
静寂が戻った。
路地裏には、砕けた氷と蒸気、そして倒れたクローンヤクザたちが散乱していた。ヤモトはカタナを鞘に収める。
「終わったね……」
「そうだな」
ニンジャスレイヤーは周囲を見回した。そして、カツ・ワンソーに視線を向けた。店の入口は半壊。看板は落下。窓ガラスも割れている。カウンターに至っては、もはやカウンターとしての機能を果たしていない。
「……被害は甚大だな」
「そう、だね…」
ヤモトは申し訳なさそうに店主を見た。
ダブルディップは、破壊された店の前に立っていた。
しばらく無言である。やがて、彼は店内へ戻った。
「店主さん……?」
ヤモトが後を追う。
ダブルディップは厨房に入り、油鍋を確認した。
鍋は無事だった。油も残っている。彼は頷いた。
「……よし」
「修理、大変そうですね……」
「まあな」
ダブルディップは新しい串を取り出した。
合成牛肉を串に刺す。レンコンを切る。衣を用意する。
「……何をしているんですか?」
「営業だ」
「えっ?」
「客がいる」
ヤモトは振り返った。
ニンジャスレイヤーが店の入口に立っている。
「……私のことか」
「他に誰がいる」
「そうか」
ニンジャスレイヤーはカウンターに座った。
おずおずとヤモトも隣に座る。ダブルディップは黙々と串を揚げ始めた。
油の音が耳を刺激する。衣が色づいていく。
そして、数分後。
「お待ち」
皿が二枚、カウンターに置かれた。
合成牛肉。レンコン。タマネギ。合成エビ。紅ショウガ。
さらに、サービスらしき串が一本ずつ添えられている。
「これは……?」
「サービスだ」
「いいんですか?」
「客だからな」
ヤモトは笑った。
「ありがとうございます!」
ニンジャスレイヤーは串カツを手に取った。
「代金は払う」
「いらん」
「しかし」
「食え」
「……わかった」
ニンジャスレイヤーは串カツを口に運んだ。
サクッ。
「……美味い」
「そうか」
ヤモトも食べる。
「本当に、疲れに効きますね」
「揚げたてだからな」
「それだけじゃないと、思います」
ダブルディップは返事をしなかった。
彼は油鍋の温度を確認していた。
その時、ニンジャスレイヤーが口を開いた。
「店主」
「あ?」
「助かった」
ダブルディップは動きを止めた。
「何がだ」
「ヤモト=サンのことだ。食事を与え、戦闘を支えた」
「腹が減っていたんだろう」
「それだけではない」
ニンジャスレイヤーは皿を置いた。
「この店を守るために戦ったことも含めて、礼を言う」
ダブルディップはしばらく黙っていた。
やがて、短く答えた。
「……ああ」
それだけだった。
ヤモトは串を持ったまま、二人を見比べた。
「店主さん。アタイからも、ありがとうございました」
「おう」
「また来ます」
「腹を空かせてこい」
「はい!」
ニンジャスレイヤーも立ち上がった。
「次に来る時は、代金を払う」
「そうしろ」
「では」
二人は店を出た。
暖簾が揺れる。
ダブルディップは、その背中を見送った。
そして、店の外に出る。
路地裏には、まだ蒸気が漂っていた。
彼は壊れた看板を拾い上げる。
『カツ・ワンソー』
文字の一部が欠けていた。
「……やれやれ」
ダブルディップは看板を壁に立てかけた。
明日には修理業者を呼ばなければならない。
その費用は馬鹿にならないだろう。
ソウカイヤがまた来る可能性もある。
面倒なことばかりだ。
しかし。
油鍋は無事だった。
暖簾も残っている。
店の名前も、まだ読める。
「……十分だ」
彼は店内に戻った。
カツ・ワンソー・アポン・ア・タイム エンド