北海道独立編
第一章:重力と空間を歪める石
「で、これがその『ホッカイニウム』のサンプルというわけかね、中坊君」
「ええ、まあ。見た目はただの紫がかかった黒い石ころですけどね、神田参事官」
内閣官房特別調査室――永田町の地下深くに位置する、組織のあだ花のような閑職部署の執務室で、中坊浩平(ちゅうぼう・こうへい)は欠伸を噛み殺しながら言った。
デスクの上に置かれた透明アクリルケースの中には、親指大の鉱石がひとつ浮遊していた。そう、ケースの底にも天井にも触れず、空中の中央でゆらゆらと静止しているのだ。
「空間および重力制御機能を持つ新元素『ホッカイニウム』……。地球上の物理学の常識を覆す大発見だ。これが日高山脈の地下深くから無制限に掘り出せるとなれば、我が国のエネルギー事情も軍事・物流のパワーバランスも一変する」
神田参事官は興奮で鼻息を荒くしていた。
「我が日本国は、ついに世界を支配する資源大国へとのし上がるのだよ! これすべて我が政府の英断による開発事業の成果だ!」
中坊は生ぬるいお茶をすすりながら、心の中で「ハッ」と鼻で笑った。
(開発事業の成果、ねぇ。地元住民の猛反対を押し切って山を切り拓いたら、偶然ヘンテコな鉱石が掘り当てられただけだろうに)
しかし、問題はその先にあった。
政府は「ホッカイニウムは国家の重要戦略物資である」と宣言し、採掘権から管理権、利権のすべてを本省――つまり中央省庁と東京の大手ゼネコンで独占した。
地元である北海道には、採掘に伴うダンプカーの騒音と排気ガス、そして「重要防衛施設地域」として敷地を立ち入り禁止にされた理不尽さだけが残されたのだ。
「で? その北海道から不満の声が上がっていると」
「不満どころの話じゃないよ、神田参事官。道内の自治体や住民から『掘ったのは国かもしれないが、北海道の土地から出た資産で北海道がまったく潤わないのはいかなることだ』って猛抗議ですよ。知事も本省に突っつかれて平謝りするしかなくて、現地は今、いつ爆発してもおかしくない状態です」
神田参事官は面倒そうに手を振った。
「やれやれ、地方の田舎者が欲をかくから困るのだ。北海道のインフラ整備にどれだけ国の予算が投じられてきたと思っている。恩知らずめ。……よし、中坊君。君が現地に行ってきなさい」
「僕ですか?」
「そう立ち聞きや雑用ばかりしていないで、たまには仕事をしたまえ。『不満の声がうるさいからちょっと様子を見てこい』という名目だ。まあ適当に話を聞いて、聞き置いたという顔をして戻ってくればいい」
こうして、中坊浩平は初冬の冷たい風が吹き荒れる北海道へと飛ぶ羽目になったのだった。
第二章:不満の渦と、余計な一言
札幌の道庁周辺や、ホッカイニウム採掘現場に近い町では、住民たちの不満が渦巻いていた。
「なーにが『国家戦略』だ! 俺たちの山を削って、トラックで東京に運び出して、北海道には一文も落ちねぇじゃねえか!」
「町は赤字で病院もバス路線も廃止寸前だってのに、国の奴らは『国益のためだから我慢しろ』の一点張りだ!」
中坊は地元の居酒屋や公聴会の片隅で、ノートとペンを手に彼らの愚痴を聞いていた。
最初は「まあ、お役所なんてどこもそんなもんですよ」と適当にあしらうつもりだった。しかし、聞けば聞くほど中央政府の強欲さと傲慢さが目につく。
本省が提示した北海道への見返りは、わずかな「環境保全補助金」と、採掘現場での単純労働者の雇用枠だけ。何兆円もの価値を生み出すホッカイニウムの利権は、すべて東京の省庁と天下り団体に吸い上げられていたのだ。
(やれやれ……上も上なら、やり方もゲスいな。少しは地元に還元してやれば丸く収まるものを、全部独り占めしようとするからこうなる)
中坊の中に、小さなイラつきと、持ち前の捻くれた義憤が湧き上がってきた。
そして訪れた、道庁の小会議室で開かれた「住民意見陳述会」。
形式だけの公聴会に痺れを切らした住民や地元の若者たちが、東京から派遣された官僚(中坊)に向かって怒号を浴びせていた。
「おい、官僚さんよ! 俺たちの声は上まで届いてるのか!? このままじゃ北海道は干上がるんだよ!」
「どうしたら国は俺たちの話を聞いてくれるんだ!?」
中央の役人らしく、適当な謝罪とマニュアル通りの回答でやり過ごすこともできた。だが、中坊はフッと溜息をつくと、缶コーヒーを口にして呟いた。
「……無理でしょうね」
「ああ!?」
「日本政府っていうのはね、大人しくお願いしている内は絶対に予算も利権も渡しませんよ。彼らが動くのは、脅かされた時か、自分たちの立場が危うくなった時だけです」
会場が静まり返った。中坊は面倒くさそうに頭を掻きながら続けた。
「自分たちの資産で自分たちが潤いたい? だったら、国に頼むのをやめればいいじゃないですか。……いっそのこと、独立してみたらどうですか?」
「……は?」
「北海道独立国、とかね。自分たちで国を造って、ホッカイニウムの所有権を主張すればいい。国と対等に交渉したいなら、最初から国になっちゃえばいいんですよ」
中坊にとっては、単なる皮肉と意地悪混じりの「絶対無理なジョーク」のつもりだった。
しかし――不満が鬱積していた北海道の人間たちの目に、怪しい怪光が宿ったのを、中坊は見落としていた。
第三章:旗頭と高校生と商店街の面々
「おい、あの東京の役人……すごいこと言ったぞ」
「独立……そうだ、独立だ! なんで俺たちは日本国に従わなきゃいけないんだ!?」
公聴会の夜、札幌の小さな居酒屋に熱熱とした面々が集まっていた。
中心にいるのは、地元の商店街のリーダー格である小林親父、酒屋の佐藤、電気屋の佐々木たちだ。
「よし、独立だ! だが、ただの暴動や内紛じゃ、日本政府は『暴徒鎮圧』で警察や自衛隊を出して終わりだ。話にならない」
小林親父が拳を叩きつける。
「国際問題にしなきゃダメだ。世界を巻き込んで、日本政府が手をだせないようにするんだよ!」
「国際問題? どうやって?」
「民族自決の原則だよ! 北海道にはアイヌがいるだろ! 先住民族としての自決権を主張して、独立を宣言するんだ!」
「でも小林さん、誰をリーダーにするんだ? 俺たちオッサンが旗頭じゃ格好がつかねえぞ」
そこで白羽の矢が立ったのが、商店街の佐藤の甥であり、小林親父の近所に住む高校生の結城 樹(ゆうき・いつき)だった。
樹はどこにでもいる普通の高校生だったが、ひいおばあちゃんがアイヌの血を引いており、顔立ちにどこか凛とした面影があった。
「ええっ!? 僕が独立国のリーダー!? 無理ですよそんなの!」
塾帰りに突然居酒屋に連れ込まれた樹は、目を丸くして叫んだ。
「大丈夫だ樹! お前はただ『独立国の代表』としてカメラの前で胸を張っていればいい! 実務は俺たち商店街の大人と、学校の仲間がやる!」
さらに、樹の同級生たちも巻き込まれた。
情報オタクでパソコンに詳しい相原 蓮(あいはら・れん)がIT・広報・仮想通貨決済の基盤を担当し、映えとSNS発信に長けた道産子ギャルの新渡戸 葵(にとべ・あおい)が「#北海道独立」のムーブメントをTikTokやX(旧Twitter)で爆発的に拡散させる役割を担った。
「樹くん超カッコいいじゃん! 『十代の若き独立リーダー』とか絶対バズるって!」
葵がスマホを構えて動画を撮り始める。
「おいおい、冗談だろ……」
樹は頭を抱えたが、大人たちの熱気と同級生たちのノリ、そして何より「このままじゃ北海道の未来がない」という怒りに押し切られ、ついに腹を括った。
こうして、「独立国北海道」の結成が、SNSとローカルメディアを通じて世界に宣言されたのである。
第四章:無視する本省と、大国のカード
当初、日本政府の対応は冷淡そのものだった。
「独立国北海道? ハハハ、馬鹿言え。高校生と商店街のおっさんたちがごっこ遊びをしているだけだろ」
永田町の官僚や政治家たちは鼻で笑い、無視を決め込んだ。
テレビのニュースも「若者の暴走」「ユニークな地域興し(?)イベント」程度に扱い、まともに取り合おうとはしなかった。
だが、樹たちと商店街の面々は、最初から政府が無視することなど百も承知だった。
「政府が無視するのは織り込み済みだ。だったら、無視できない奴らを引っ張り出すまでだ」
樹たちは、国際社会に向けた特大の爆弾を破裂させた。
アメリカ、中国、ロシアの大使館および主要メディアに対し、緊急の声明を発表したのだ。
『独立国北海道は、自国の領域内にあるホッカイニウムの採掘・研究権を、我が国の独立を正式に承認する外国政府に対し、優先的に付与する用意がある』
この声明は世界を激震させた。
「なに……!? ホッカイニウムの利権を他国に譲渡するだと!?」
日本政府の官房長官は顔面を蒼白にした。
日本政府の言い分はこうだ。「ホッカイニウムを外国に売り渡すというのか! 裏切り者め!」
しかし、樹は海外メディアのインタビューで堂々とと言い放った。
「売り渡すも何も、日本政府のままでは北海道には一円も還元されず、ただ吸い上げられるだけです。どうせ何も得られないのなら、北海道の独立を認めてくれる国々と分け合った方が、僕たちにとって100倍マシです。文句があるなら、最初から北海道に利益を還元すべきだったんじゃないですか?」
この樹の正論とハッタリは、世界的な大国を即座に動かした。
アメリカは「エネルギー資源の多様化の観点から、北海道の自決権を尊重する姿勢を検討する」と表明。
中国とロシアも「地域情勢の安定のため」と称して、すかさず北海道沖への調査船派遣を打診してきた。
「ヤバい! アメリカも中国も本気だ! このままじゃホッカイニウムの利権が他国に奪われる!!」
日本政府は大パニックに陥った。知事は国との板挟みになり、道民からの激しい不信任と不満の渦の中で、辞職に追い込まれた。
第五章:自衛隊の好感と、平和な「独立戦争」
さらに、日本政府を脅かしたのは駐屯する自衛隊の動きだった。
北海道には北部方面隊をはじめ、多数の陸上自衛隊・航空自衛隊の駐屯地が存在する。政府は「独立宣言などという不法行為を速やかに制圧せよ」と密かに命じようとしたが、現場の自衛官たちの空気はまるで違っていた。
樹と小林親父たちは、自衛隊の駐屯地に足繁く通い、隊員たちに直接訴えかけていたのだ。
「隊員のみなさん。僕たちは日本政府と戦争をする気なんてサラサラありません。自衛隊の皆さんと戦うつもりもありません。ただ、北海道の富がすべて東京に奪われるのが許せないだけです」
「独立国北海道が正式に機能すれば、隊員の皆さんの給与・手当は現在の1.5倍に引き上げます。施設整備も北海道の予算で最優先で行います。そして何より、あなた方を『我が国の正式な国防・警備軍』として敬意をもって扱います!」
北海道出身の隊員も多く、日頃から地方での扱いや待遇に不満を抱いていた現場の自衛官たちは、すっかり樹たちに懐柔されてしまった。
「まあ……確かに、俺たちの家族も北海道に住んでるしな」
「命令で地元住民に銃を向けるなんて冗談じゃない。治安維持の名目で警備にはつくが、独立運動の妨害はしない」
結果として、自衛隊は「中立」を決め込み、実質的に独立国北海道の盾となったのだ。
ここに至り、前代未聞の奇妙な状態が完成した。
国際的には「日本国内で独立戦争・民族自決運動が発生」と大々的に報じられている。
しかし、現地北海道では、一切の血が流れていなかった。
衝突や暴力事件はゼロ。
JR北海道の電車はダイヤ通りに走り、道外からの観光客もパスポートなしでこれまで通り自由に旅行できる。高速道路も普段通り、コンビニの品揃えも変わらない。
「日本国民であれば入国手続きは不要です。これまで通り観光もお仕事もお楽しみください。ただし、ホッカイニウムの利権だけは渡しません」
という樹たちのスタンスにより、実生活への影響は皆無だったのだ。
そして、アメリカ・中国・ロシア・そして日本による「国際共同採掘枠組み」が設置され、ホッカイニウムから得られる膨大な特許料・採掘料・税収は、すべて独立国北海道の国庫(旧道庁の金庫)へと直接振り込まれることになった。
破綻寸前だった道内の夕張市をはじめとする自治体は一夜にして財政赤字を解消。医療費の無料化、インフラ整備、教育費の無償化が次々と実現し、北海道は空前の大繁栄を享受することとなったのである。
第六章:外患誘致罪と、賢者の独り言
「……で、どういうことだね、中坊君!!!!」
永田町の内閣官房特別調査室。
部屋に響き渡ったのは、神田参事官の血吐くような叫びだった。
神田参事官は目を血走らせ、デスクを叩き割らんばかりの勢いで中坊に詰め寄っていた。
「ちょっと様子を見てこいと言ったら、北海道が独立してしまったじゃないか!! 外国を巻き込んでホッカイニウムの利権を山分けだと!? 自衛隊まで牙を抜かれただと!? 噂によれば、君が現地で『独立してみたら?』なんて余計なことを吹き込んだのが原因だというじゃないか!!」
中坊は耳をほじくりながら、心底ウザそうに神田参事官を見上げた。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ神田参事官。僕が言ったのはただの冗談ですよ。それを真に受けて本気で国を作っちゃった地元の人たちの行動力がすごかっただけで」
「ふざけるな!! これは国家に対する反逆だ! 外患誘致罪だぞ!! 法定刑は死刑しかないんだぞ!! 君を死刑にしてやる!!」
「外患誘致罪ねぇ……」
中坊はふっと呆れたように笑った。
「どうぞ、起訴できるならしてみてくださいよ。適用例すらない重罪を、ただの木っ端役人一人のせいにできるんですかね? 裁判になったら、僕、法廷で本省の汚い利権独占の手口を全部喋っちゃいますけどいいですか? 『東京の官僚が欲望をむき出しにして北海道を搾取しようとしたから、住民が怒ったんです』って」
「くっ……! 貴様……!!」
神田参事官は言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にしてプルプルと震えた。
中坊は荷物を小さくまとめると、コートを羽織った。
「まあ、更迭……いや、クビですかね。お世話になりました」
「……待て、中坊君」
「はい?」
神田参事官は悔しそうに歯噛みをしながら、絞り出すように言った。
「……処罰は、なしだ」
「ほう?」
「上からの通達だ。……結局のところ、我が国単独でホッカイニウムを独占しようとしていた時は、技術的限界で研究がまったく進んでいなかった。だが、アメリカや中国の技術が入ってきたおかげで、研究と製品化のスピードが劇的に上がった。結果として……我が国が得られる実益も、単独独占の時より大きくなったのだ」
中坊は思わず笑ってしまった。
「ハハッ、なんだそれ。じゃあ最初からみんなで協力して、北海道にもちゃんと利益を渡していればよかっただけの話じゃないですか」
「黙れ! とにかく、君の処分は見送りだ。……ただし! 今後、独立国北海道との交渉やパイプ役はすべて君にやってもらう! 『内閣官房地域連携特例調整官』という新役職をやるから、二度と妙な気を起こすなよ!」
昇進とは名ばかりの、相変わらず地下の暗い部屋での雑用係。だが、これでクビも死刑も免れた。
数日後。中坊は事務手続きのため、再び新千歳空港に降り立っていた。
ロビーでは、スーツを着こなした高校生独立リーダー・結城 樹と、同級生の蓮、葵、そして商店街の小林親父たちが出迎えてくれた。
「やあ、樹君。すっかり一国の宰相の顔だね」
「中坊さん。お噂は聞いてますよ。お咎めなしだったそうで、良かったです」
樹は爽やかに笑い、中坊の手を固く握った。
「もし日本政府を追い出されたら、いつでも北海道に来てくださいね。うちの『外務大臣』か『経済産業大臣』のポストを開けて待ってますから」
「勘弁してくれよ。僕は地下室で缶コーヒー飲んでるくらいがちょうどいいんだ」
二人は顔を見合わせて笑った。
飛行機の搭乗案内が流れる中、中坊はターミナルビルの巨大なガラス窓から、どこまでも広がる北海道の雄大な雪景色と、遠くに見えるホッカイニウムの採掘施設を見つめた。
破綻しかけていた街には活気が戻り、人々は笑顔で暮らしている。
諸外国との共同開発により、新しい技術が次々と生まれようとしていた。
「素直に北海道に利益を還元して一緒にやっていれば、日本全体が潤う本物の資源大国になれたのに……。欲張ったあげく取り分を減らして、内紛の種まで撒くなんて、本省のバカどもは本当にアホなことをしたもんだな」
中坊浩平は、コートのポケットに両手を突っ込み、誰にも聞こえないような小さな声で独り言を呟いた。
そして、いつものように面倒くさそうに欠伸をひとつ吐くと、東京行きの搭乗ゲートへと歩き出したのだった。
(了)
意外とやれるもんだなあ、とか私より文章上手いじゃないかとか、そんな風に思いました。
『もしもZOEのメタトロン(みたいな新鉱石)が別の惑星じゃなく、北海道で見つかったらどうなるか?』
というお話。