復活5人組制度編
第一章:狂気の善意
「少子高齢化に伴う年金財政の破綻を劇的に回避し、高齢者の勤労意欲と家庭内における尊厳を回復させる画期的な新制度——」
かつて政府が誇らしげに閣議決定を発表したとき、いったい当時の官僚達はどんな気持ちでそれを聞いていたのだろうか。いや、今だからその愚行ぶりが分かるだけで、当時は官僚すらも諸手を上げて賛成し、嬉々として制度設計に取り組んていたのだろう。
その制度の通称は『復活5人組制度』。
江戸時代の五人組に倣ったとされるが、その実態は相互扶助や連帯責任などという生ぬるいものではなかった。
一定の年齢——七十歳に達した高齢者を、居住地域や健康状態を問わずランダムに「五人一組」のグループにまとめる。そして、その五人のうち【最後のひとり】になるまで生き残った者だけに、本来支給されるはずだった年金の「五倍」を一括・終身で給付する、という狂気の勝ち抜きサバイバルシステムであった。
設計段階において、厚生労働省の高級官僚や政治家たちはこれを最高の政策と自画自賛していた。
曰く、受給資格を得るまでの期間(平均して十年以上)は、国が支払う年金財政の支出が実質ゼロになる。
曰く、高齢者は支給を目指して健康維持に励み、死ぬまで元気に働き続ける。
曰く、見事勝ち抜いて「五倍年金」を手にすれば、その高齢者は家庭内で膨大な富をもたらす「大黒柱」となり、家族から至れり尽くせりの敬意と愛を受けることになる。だからこそ、家族も高齢者を少しでも長生きさせようと必死に介護し、大切にするはずだ——と。
要するに「国は年金を払わずに済み、高齢者は健康になり、家庭は円満になる」という、永田町の綺麗な会議室で描かれただけの、完璧な理想郷(ディストピア)だったのだ。
だが、現実というものは、官僚の描いた皮算用ほど優しくはなかった。
制度運用から五年。早くも致命的な綻びが表面化する。
当初、プライバシー保護および余計なトラブル防止という名目で「誰が誰と5人組を組まされているか」は完全非公開の極秘扱いにされていた。しかし、非公開であるがゆえに、国民からは「本当に年金など払う気があるのか」「政府による高齢者を対象にした巨大な受給詐欺ではないか」という猛烈な疑心暗鬼が広まった。
そもそも、制度開始から五年程度では、病死や事故などの自然死によって「5人中4人が死亡し、最後のひとりになる」などという極端な条件を達成する組など、全国でもごく僅かしか現れなかったのだ。
膨れ上がる世論の不公平感と野党からの激しい追及に耐えかねた政府は、制度発足五年にして大きな方針転換を行う。
「透明性の確保と公平な運用のために、5人組の構成メンバーおよび生存状況を全面公開する」
これで国民の疑問は解消され、すべてが公正かつ円滑に回るはずだった。
……しかし、ここからが本当の「人類史上の地獄」の始まりだった。
第二章:壊れた敬老精神
構成メンバーが公開されたことで、高齢者を巡る家庭環境および社会の空気は一変した。
「長生きが望まれ、家族から歓迎される」——それは、ごく一部の条件を揃えた幸運な高齢者だけの話だった。
公開された政府のデータベースによって、自分の親や祖父母が「あと何人生き残っているか」が白日の下に晒されたのだ。
まだ同組の他四人がピンピンしている「受給の見込みが遠い高齢者」は、家庭内において露骨に「金にならない飯食い虫」「のうのうと長生きして他人に負けている役立たず」として冷遇された。食卓には冷めた残り物しか並ばず、介護の現場では露骨な小言や無視、ため息が横行した。
逆に、運よく他のメンバーが病死などで減り、受給権を手にしかけた途端、それまで年賀状一枚寄越さなかった親戚や家族が手のひらを返したように群がり、たかり始めた。
「おじいちゃん、長生きしてね!」「おばあちゃんのためなら何でもするよ!」
そう囁きながら高齢者の肩を叩く家族の目は、老親への純粋な愛情ではなく、毎月振り込まれる予定の莫大な札束への欲望でギラギラと濁っていた。
そこに存在したのは「敬老精神」などではなく、ただの「年金という利権への欲望」だけだった。
さらに事態は悪化の一途を辿る。
冷遇される家庭内で居場所を失い、家族からの冷ややかな視線に耐えかねた高齢者たちは、家族に愛されたい、認めてもらいたい一心で、同じ5人組のメンバーを「呪い」始めたのだ。
ライバルの死を神仏に祈る程度ならまだ可愛げがあった。やがて、体調を崩した相手の家に嫌がらせの電話をかける、健康食品と偽って下剤や毒物を送りつける、深夜に徘徊して相手の家の前で大声を上げる——といった露骨な妨害工作が横行し始めた。
それが、直接的な「殺人事件」へと発展するのに、大した時間はかからなかった。
第三章:介護施設と化した監獄
5人組公開から十数年が経過した頃。
内閣総理室の自席で書類の山を眺めながら欠伸を噛み殺していた中坊浩平(ちゅうぼう・こうへい)のもとに、上司である参事官からの指示が下りてきた。
「中坊、例の5人組制度に関する現場の運用状況を調査して、報告書(レポート)をまとめてくれ」
調査とは名ばかりの暇潰し企画だった。
世間では5人組制度に起因する凄惨な事件が連日のように報じられていたが、政府に制度を廃止・見直す気などサラサラなかった。
なぜなら、まだ受給資格年齢に達していない四十代・五十代の現役世代や、制度に組み込まれて間もない六十代後半の高齢者たちは、「自分たちの将来の問題」として実感が湧かないのか、あるいは「勝ち抜けば一発逆転で5倍の年金がもらえる」というギャンブル性に魅せられているのか、制度賛成派が全体の六割以上を占めていたからだ。
「はぁ……また面倒くさい貧乏くじですか」
ぼやきながら中坊が最初に足を運んだのは、都内近郊にある大型の刑務所だった。
応接室で出迎えた刑務所長は、目の下に深い隈をつくり、げっそりとやつれた顔で中坊に溜息を吐いた。
「中坊さん、百聞は一見に如かずです。まず現場を見てください」
連れられて歩いた特別舎房の廊下には、ツーンとする尿の臭いと湿布の匂い、そして独特の生臭い気が充満していた。
そこに収監されていたのは、映画に出てくるような凶悪犯のコワモテなど微塵もない、腰の曲がった超後期高齢者ばかりだった。
「5人組の相手を殺害して収監された連中です。……ですがね、中坊さん。そもそも5人組で直接的な実力行使(殺人)にまで及ぶのはどういう人間か分かりますか? 家庭内で『早く勝って年金を入れろ』と追い詰められ、針の筵(むしろ)で生きているような、八十歳を超えた超後期高齢者ばかりなんですよ」
刑務所長が悲しそうに鍵束をシャリシャリと鳴らす。
「そんな高齢者を刑務所に送ったらどうなるか。……当然、入所して数ヶ月でボケます。あるいは、厳しい規則と慣れない収監生活のストレスで、一気に認知症が進行する。いまやこの舎房は刑罰を与える場所じゃない。夜中に『おしっこー』と叫ぶ老人のオムツを替え、徘徊する老人をなだめる、介護施設以下の地獄ですよ。看守たちの離職率が過去最高を更新し続けています」
中坊は、鉄格子の中のベッドの上で空ろな目をしながら「あうー、あうー」と声を上げる元・受給権志願者の老人を見つめ、絶句するしかなかった。
法による処罰も、反省も、ここには何ひとつ存在していなかった。あるのは破綻した国家制度のしわ寄せと、惨めな老いだけだった。
第四章:老人のバトルロワイヤル
次に向かったのは、関東郊外の深い山奥だった。
鬱蒼と茂る杉林に囲まれた旧道沿いの空き地で、中坊を待っていたのは、黒い高級外車に乗った風采の上がらない男——指定暴力団系の組員・黒木(仮名)だった。
「中坊さんだね。本省からの話は通ってる。……まあ、あっちの高台から見てみな」
黒木に促され、双眼鏡を覗き込んだ中坊は、自分の目を疑った。
整備された山林のフェンスの向こう側で、手に竹槍や農具、錆びた包丁を持った数人の老人が、泥まみれになりながら互いに殴り合い、刺し合っていた。ハアハアと荒い息を吐きながら、七十、八十を超えた老人が、血みどろになって生き残りをかけて殺し合っている。
「……なんだ、これは」
「見ての通り、老人のバトルロワイヤルですよ」
黒木は気だるそうに安タバコに火をつけた。
「俺たちの仕事は簡単です。山を一つ買い取って仕切りを作り、中に適当な武器を転がして、外部の人間が入らないように警備するだけ。一昔前はね、遺族や家族から依頼を受けて、5人組の老人を暗殺して回る仕事が多かったんです。でもね、それじゃリスクが高すぎるし、足がつく。だから今は、老人たち自身にここで決着をつけてもらうのさ」
黒木の説明によれば、裏社会の仕組みはこうだった。
家庭内で追い詰められた5人組の老人たちは、お互いに合意の上でこの「決闘場」に集まる。
勝者はそのまま下山して「最後の生存者」として年金5倍の受給手続きを行う。もし警察に捕まったとしても、「同意の上の決闘・過失致死に近いもの」として処理され、高齢であることを考慮されて数年で仮釈放されるか、執行猶予がつく。
刑期を終えて出てくれば、そこには待望の「年金5倍」が待っている。たとえ殺人犯のレッテルを貼られようと、毎月大金を運んでくる老人は、家族から「偉大なヒーロー」として大歓迎されるのだ。
「俺たちの罪なんてせいぜい『決闘罪のあっせん』か『軽犯罪法違反』止まりですよ。老人どもは納得して殺し合い、家族は金が手に入り、俺たちはショバ代をもらう。……警察も半ば見て見ぬふりです」
中坊は煙草の煙を吐き出す黒木をジロリと睨みつけた。
「なあ、黒木さん。なんで僕みたいな内閣官僚に、こんな違法行為をペラペラ見せるんだ? 僕が報告すれば、君らは一網打尽だぞ」
黒木は煙草を地面に揉み消すと、心の底から嫌そうな、酷く疲れ切った顔で吐き捨てた。
「……中坊さんよ。報告したけりゃすればいいさ。だがな……これが、あと二・三十年後の『自分の未来』かと思うと、俺はぞっとするんだよ」
暴力団員という裏社会の人間から漏れ出た、あまりにも切実で生々しい本音。
その言葉の重みに、中坊は言い返す言葉を持たなかった。
第五章:新幹線テロと最後の抗議
庁舎に戻った中坊は、胸の中に渦巻く強烈なイラつきを覚えながら、報告書の作成に取りかかっていた。
自分が何に対して苛立っているのかすら分からなかった。狂った制度を推し進める政府か、金に目が眩んで身内を追い詰める国民か、あるいは何も変えられない無力な自分自身か。
その時、庁舎のテレビニュースがけたたましい警報音を鳴らした。
『ニュース速報です。本日午後二時ごろ、東海道新幹線のぞみ号の車内において、大規模な無差別殺傷テロ事件が発生しました——』
画面に映し出されたのは、脱線し、激しく煙を上げる新幹線の無惨な姿だった。
犯人グループは、なんと先日の山奥の決闘場(バトルロワイヤル)から逃走した「5人組」の老人たちだった。
彼らは暴力団の用意した武器を奪い、監視の目を盗んで山を脱走。乗車した新幹線の車内で結託し、刃物や自家製の火炎瓶を振り回して暴れ回ったのだ。
乗客乗員を巻き込んだ惨劇の被害は、死傷者合わせて五百名以上。
単独・グループによる無差別テロとしては、世界最悪の「殺人ワールドレコード」として全世界に報じられた。
日本中が激震に見舞われた。
当然、逮捕された老人たちは身柄を拘束され、裁判にかけられることになった。
しかし、判決が下りる前に、5人のうち4人が急速な認知症の進行、あるいは拘置所内での衰弱死によって死亡・公訴棄棄となり、法廷に立たせることすら不可能な状態に陥った。
事件から1年後。
中坊は、唯一奇跡的に正気を保ったまま独房に収監されている最後の老人——加藤(八十一歳)のもとを訪れた。
アクリル板の向こう側に座る加藤は、白髪交じりの頭を力なく下げていた。
「加藤さん……なぜ、あんなことをしたんですか」
中坊の問いかけに、加藤はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、怨念でも狂気でもなく、ただ底なしの悲しみが宿っていた。
「……中坊さん。世間様がね……国も、家族も、街を歩く若者もみんな、目つきでわしらに言ってくるんですよ。『早く死ね』『お前が死ねばみんなが助かる』とな」
加藤の声は静かに、しかし重く震えていた。
「あの日、山奥の殺し合いの場に集められた時、わしら5人はお互いの顔を見て悟ったんです。……ああ、わしらはもう、人間として生きることを許されていないんだな、と。だから誓ったんです。どうせ殺し合って一人が生き残る見世物にされるくらいなら、世間様がわしらに突きつけてくる『死』を、そのまま大量の死としてお返ししてやろう、とな」
「……」
「あの山に足を踏み入れた日から、わしらはもう死んでいたようなものでした。……中坊さん、どうか、どうにかしてください。仲間はみんな死ぬかボケるかしてしまった。せめてわし一人くらいは、世間様に対して、この狂った仕組みに対して、責任を取って死ななきゃいかんのですから」
数日後、加藤は一審の死刑判決をそのまま受け入れ、控訴を放棄して刑場の露と消えた。
最終章:残された選択
加藤の処刑と、中坊が提出した惨痛な調査報告書が、どれほど政府の政策に影響を与えたのかは分からない。
だが、世論の猛反発と国際社会からの激しい非難を浴びた政府は、制度発足二十年にしてようやく小さな法改正を行った。
『5人組制度からの離脱の自由を認める』
年金の受給権利そのものを完全に辞退(放棄)すれば、いつでも5人組のグループから抜け出すことができる、という特例措置である。
制度そのものの撤廃でもなければ、年金財政の根本的な解決でもない。ただの気休めのような抜け道だった。
だが、その改正が発表された日、全国で数十万人の高齢者が一斉に受給放棄の手続きに殺到したという。
自室のデスクでそのニュースを聞いた中坊浩平は、冷めたお茶を飲み干すと、深く大きな溜息をついた。
「ハァ……多分、国民や高齢者が求めていたのは、そんな『見捨てられる権利』じゃないと思うんだけどな」
中坊はパソコンの画面を閉じ、自分の給料明細の控除欄をじっと見つめた。
「……まあいいか。僕が年寄りになる頃には、どうせこの国ごとおかしくなってるだろうし。今のうちから個人的にタンス預金でも貯めて、老後に備えるとするかな」
窓の外では、今日もどこかで「長寿をお祝いする」という名目の、冷ややかな街頭アナウンスが虚しく響いていた。
(了)
現代の生類憐みの令、みたいな?
救いがなさすぎる、こんなの実現したら人類終わりだよ、とはAIにも言われました。