参議院をぶっ壊した男編
第一章:黒い翼の誕生と「名義貸し」
「中坊君、ちょっといいかね」
内閣官房の湿気た会議室で、上司が苦虫を噛み潰したような顔で一枚の書類を突き出してきた。
「新興政党の調査だ。最近、与野党からポロポロ離党者が出ているだろう。あいつらが合流して作った木っ端政党だ。まあ、どうせ次の選挙で泡と消える泡沫候補の集まりだろうが、一応どんな動きをしているか探ってきてくれ」
渡された資料に書かれていた政党名は『黒い翼の会』。
そして括弧書きで、異様なルビが振られていた。
(大政翼賛会——と書いて『ブラックスワン』と読む)
「……痛々しいネーミングですね」
「痛かろうが何だろうが調査は調査だ。さっさと行ってこい」
中坊浩平は溜息をつきながら、雑居ビルの一角にある『黒い翼の会』の事務所を訪れた。
事務所にいたのは、議員がたったの五名。そして、どこか飄々とした雰囲気を纏った男が一人、淹れたてのコーヒーを飲んでいた。党首の星野夕大(ほしの・ゆうだい)教授である。現役の大学教授にして政治学者、そしてなぜか国会議員という異色の肩書を持つ男だった。
「やあ、内閣官房の人だね? どうぞどうぞ。立ち話もなんだから、コーヒーでも飲みなよ」
星野教授は屈託のない笑顔で中坊を迎え入れた。
「ウチの調査? 全然隠すことなんてないよ。なんだったら、中坊君もウチの党に入っていかないかい?」
「はい?」
思わず耳を疑う中坊に、星野教授は悪びれもせずに続けた。
「なに、ただの名義貸しだよ。ウチの党員になってくれれば、内部の情報なんていくらでも持っていって構わない。抜けたい時にいつでも抜けてくれていいからさ」
「……そんな無茶苦茶な」
「無茶じゃないよ。法的には何も問題ない。それに、中坊君にとっても公務の一環として密着取材できるなら好都合だろ?」
あまりにもテキトーな誘いだったが、断るのも面倒に思えた中坊は「まあ、報告書が書ければいいか」と軽はずみに承諾してしまった。これが全ての始まりだった。
『黒い翼の会』の活動方針は拍子抜けするほどシンプルだった。
国会に提出された法案や議題をそのまま専用のネットシステムに公開し、ユーザーアンケートを実施。その得票率通りに、国会で「賛成」「反対」のボタンを押すだけ。党独自の政策もなければ、イデオロギーもない。いわゆる「直接民主制」をネットで代行するだけの集団だった。
「過去にも『支持政党なし』みたいな似たような政党はありましたよね。ここはどう違うんですか?」
中坊の問いに、星野教授は人差し指を立ててニヤリと笑った。
「良い質問だね。これまでの政党は二つの欠陥があった。一つは党員資格に『戸籍』を明確に要求しなかったこと。だからネット上の工作や海外からの不正操作を疑われて自滅した。ウチは厳格な本人確認と戸籍提示を条件にしている」
「なるほど……」
「そしてもう一つ。これが一番重要なんだが、日本の政治は『現職の国会議員を揃えてから発足』しないと、法律上も報道上も門前払いを喰らうシステムになっている」
星野教授は冷めた目で言った。
「既存の政治家がいない新規の党は、どんなに素晴らしい理念を掲げても選挙制度の壁でスタートラインにすら立てない。だから僕は、与野党から不満を持っている現職議員をあらかじめ引き抜いて『5名』の最低ラインを揃えてから旗を揚げたんだ。卑怯だろ?」
「……ええ、すこぶる卑怯だと思います」
中坊は呆れた。だが同時に、日本の政治システムが持つ『新規参入を絶対に許さない排他的な構造』を、この男が冷徹にハックしたのだと理解した。
「次の国政選挙で比例代表に絞って勝負をかける。五十人規模の議席を取れれば、この国の間接民主制は本当の意味で揺らぐよ」
星野教授はそう言って、楽しそうに目を輝かせていた。
第二章:比例40議席と兼業国会議員
星野教授の予言は、恐ろしい精度で現実となった。
次の衆議院選挙。『黒い翼の会』はネットを中心に爆発的な支持を集めた。「自分たちの手で直接国会に票を投じられる」というシステムは、既存の政治に絶望していた若者や無党派層の心を掴んだのだ。
結果、比例代表で『黒い翼の会』は怒涛の【四十議席】を獲得。
永田町に巨大な旋風が巻き起こった。
……そして、その大波に乗っかってしまった男が一人。
名簿の末尾に「ただの名前貸し」として名前を置かれていた中坊浩平である。
「当選……しちゃいましたけど……」
選挙事務所のテレビの前で、中坊は引きつった顔でつぶやいた。
自慢じゃないが、選挙運動など一度もしていない。街頭演説どころか、マイクすら握っていない。それなのに、党が大勝ちしたせいで名簿が下まで繰り上がり、国家公務員であるはずの中坊浩平が「衆議院議員」になってしまったのだ。
「星野さん、僕、官僚辞めるべきですよね?」
頭を抱える中坊に、星野教授は缶コーヒーを飲みながらケロッと言い放った。
「え? なんで? 別に辞めなくていいんじゃない?」
「いやいやおかしいでしょ! 国家公務員と国会議員の兼業なんて聞いたことありませんよ!」
「大丈夫だって。国会議員ってのは凄まじい特権と曖昧さに守られてるんだから。ほら、過去にも二重国籍とか経歴詐称とか、バレなきゃセーフだった例なんて山ほどあるでしょ? それに比べたら兼業くらい可愛いもんじゃない。気になるなら、議員報酬を全額国庫に返還しておけばいいよ。全権を僕に委任してくれれば、君は国会に出てくる必要すらない」
「……全額返還すればセーフなんですか?」
「セーフセーフ。僕が保証するよ」
星野教授の口車に乗せられ、中坊は国会議員としての全権を党に委任し、自分は一度も議場に足を運ばない「幽霊国会議員」として過ごすことになった。
だが、そんなデタラメが永田町で通り続けるはずがない。
数週間後、中坊は本省の幹部室に呼び出された。上司たちの顔は般若のように般若の如く怒りに満ちていた。
「中坊! お前、何をやっているんだ! 報道で見たぞ! お前、『黒い翼の会』の当選議員名簿に名前が載っているじゃないか!! 官僚が国会議員を兼任するなど前代未聞だぞ!」
上司の怒号が部屋に響き渡る。
中坊は一切動じることなく、事前に考えておいた理屈を淡々と述べた。
「まあ落ち着いてください。議員報酬はすべて全額辞退して返還手続きをとっています。それに、僕が議員として党内に留まっているおかげで、『黒い翼の会』の内部情報や資金の流れはすべて我が省にツーカーで入ってきますよ。実質的に無給の極秘潜入調査です。何か問題でも?」
「なっ……!?」
上司は絶句した。
「し、しかし、政党側が黙っているはずが……!」
上司はその場で震える手で『黒い翼の会』の本部に電話をかけ、党首の星野教授を問いただした。
電話を切った後、上司は実に怪訝で、複雑極まりない表情で中坊を見た。
「……星野党首は『中坊君はそのままでいい。政党交付金の使途についても一切の隠し立てなく回答する。不審な点があれば中坊君に内部監査させてもらって構わない』と言っておられる……」
「ほらね」と中坊は頷いた。
「報酬はゼロ。党の透明性は100%。本省にとっても情報源として最高じゃないですか」
こうして、誰も責任を取りたくない官僚機構の「事なかれ主義」と「実利優先」が見事に噛み合い、中坊浩平は国家公務員『内閣官房地域連携特例調整官』と『衆議院議員』を兼任するという、日本の憲政史上前代未聞の存在として公認されてしまったのである。
第三章:最悪のハニートラップ
四十議席を得た『黒い翼の会』の登場により、国会は荒れに荒れた。
既存の与野党にとって、これほどやりづらい相手は存在しなかった。
党利党略が一切存在しない。
裏取引も、ポストの打診も、予算の暗闘も一切通用しない。
なぜなら、彼らはネットアンケートの投票結果に従って機械的に「賛成」「反対」のボタンを押すだけだからだ。
国会に出席するのも、党首の星野教授と最低限の議員だけ。肝心の星野教授すら、「僕本当は大学で講義してたいんだけどね。出ないと怒られるから仕方なく来てるんだよ」と、権力欲ゼロの態度で淡々と答弁に立つ始末だった。
与党は法案を一本通すために、ネット世論(民意)に頭を下げるか、渋々野党と調整するかの二択を迫られた。この痛快な構図は、ますます国民の支持を集めた。
星野教授は講義の合間に中坊に語った。
「ネットが発達した現代において、何から何まで代議士に丸投げする間接民主制なんて、本来はナンセンスなんだよ。基本は民意の直接反映。ただしね、未来のために本当に決めなきゃいけない苦しい選択……増税とか改革とかね……そういうことだけは、責任を持って政治家が決める。それが僕の考える政治理論さ」
追い詰められた既存の政党たちは、なりふり構わず『黒い翼の会』の切り崩しにかかった。
そして彼らが目をつけたのが、他ならぬ「中坊浩平」だった。
「『黒い翼の会』には、国家公務員と兼業している幽霊議員がいる!」
「それだけじゃない! 議員名簿には『トラさん』という本名不明の元浮浪者まで含まれている! これは国会に対する愚弄であり、重大なスキャンダルだ!」
野党も与党も一致団結して、国会審議で星野教授と中坊を猛烈に追及し始めた。マスコミもこぞって「兼業スキャンダル」「謎の浮浪者議員」と大騒ぎした。
国会中継の場で、マイクを向けられた中坊浩平は、困ったような顔で正直に答えた。
「えーと、僕自身はただの名義貸しで、潜入調査のために党に名前を置かせてもらっているだけです。議員報酬は一分一銭も受け取っておらず、すべて全額国庫に返還しています」
続いてマイクを握った星野教授が、ニヤニヤしながら追及側の議員たちを見渡した。
「中坊君だけじゃないですよ。ウチの党の議員は全員、報酬を大幅にカットするか全額返還しています。浮浪者のトラさんだって、生活保護の範囲内でつつましく暮らしていて、手当なんて貰っていません。僕らはね、こんな無駄金(議員報酬や政党助成金)をジャブジャブ使わなきゃ動かない今の政治が異常だと言ってるんです。……ところで、僕らを追及している先生方は、その巨額の議員報酬やパーティー券の収入、裏金、政治資金パーティの上がりを、一体何に使ってらっしゃるんですか?」
その瞬間、永田町に巨大な空爆が落ちた。
「黒い翼の会を叩こうとしたら、自分たちの金権政治に火の手が回った」のである。
マスコミの矛先は一瞬で反転した。
『自腹で活動する黒い翼の会! 一方、既存政党の裏金疑惑!』
『議員報酬全額返還の公務員議員・中坊氏 vs 巨額手当に群がる与野党政治家』
連日連夜、既存政党の金まみれの体質が大バッシングを受け、与野党の幹部たちが次々と辞任に追い込まれた。
党本部で、中坊はため息をつきながら星野教授を見た。
「……星野さん。僕のこと、最初からハニートラップ(罠)として使いましたね?」
星野教授は大腹を抱えて大爆笑した。
「いやあ! 盛大に引っ掛かってくれたねぇ! 相手が君の兼業を追及してくるのを、今か今かと待ってたんだよ! 最高だったよ中坊君!」
「……ホント、悪魔ですねあなた」
中坊は脱力するしかなかった。
第四章:大誤算の総選挙と議員レンタル
そして迎えた、二度目の総選挙。
既存政党への怒りと『黒い翼の会』への熱狂は頂点に達していた。
結果——『黒い翼の会』は、衆議院で【定数の三分の二を超える議席】を獲得するという、誰も予測しなかった超大勝利を収めてしまった。
「……どうすんのこれ」
党本部の当確ランプで真っ赤に染まった日本地図を前に、星野教授が頭を抱えていた。
「え、星野さんでも困ることあるんですか?」
「当たり前だろ! 勝ちすぎなんだよ! 僕は比例で数割取って、国会のチェック機能を強められればいいと思ってたんだ! 単独で三分の二なんて取ったら、ウチが与党になって政策を出さなきゃいけなくなるじゃないか!」
実はこの大勝利、追い詰められた既存政党が仕掛けた「自爆テロ的な罠」でもあった。
「政策決定能力のない『黒い翼の会』を勝たせまくって与党にし、政治を空転させて国民に後悔させてやる」という、マスコミを使った捨て身の焦土作戦だったのだ。もっとも、既存政党へのバッシングが効きすぎて、想像以上に大勝してしまったのだが。
「調整のために議員を大量辞職させるのは、投票してくれた国民への裏切りになる……かといって、僕らが内閣を組織して国政を担うなんて冗談じゃない……」
珍しく本気で頭を痛める星野教授に、中坊浩平はふと喉まで出かかったアイデアを口にした。
「……じゃあ、他の政党に議員を貸せばいいんじゃないですか?」
「……は?」
星野教授が目を見開いた。
「どうせ今の与野党の雛壇議員なんて、党の幹部の指示通りにボタンを押すだけのロボットでしょう。ウチの議員を各政党に『議決権レンタル』として派遣して、政策論争は勝手に既存政党同士でやらせればいいんです。ウチは裏でアンケートの得票率に合わせて、貸し出した議員の挙手率をコントロールするだけにすればいい」
星野教授はポンと膝を叩いた。
「それだ!! 中坊君、君は天才か! 制度の形骸化を逆手に取った最高のシステムハックだ!」
こうして、『黒い翼の会』から各党へ議員が「レンタル」派遣され、国会は前代未聞のシステムで動き始めた。
そして、三分の二という「絶対的多数の議席」を手に入れた星野教授は、かねてから日本の政治において最も無意味だと感じていた「ある機関」へ大ナタを振るうことにした。
第五章:参議院の破壊と「良識の府」
星野教授と『黒い翼の会』は、三分の二の超多数の力を使って、一気の法案を成立させた。
第一に、【参議院の完全無償化(議員報酬・手当・秘書給与のゼロ化)】。
第二に、【衆議院の定数を半分に削減】。
この二つの法案が可決された瞬間、永田町と政治家たちは阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
既存政党にとって、参議院とは「衆議院で落選したベテランの救済ポスト」であり、「引退間際の天下り先」であり、「党内ポジションを維持するための都合の良い腰掛け」だった。
それが突然、「自腹・無報酬・手当ゼロ」になったのである。
「議員活動はすべて完全自腹。資金のない人間は出馬すらできない。ただし、国のための名誉職としてならいくらでもどうぞ」
そんな条件で参議院に居座り続ける政治家など、一人もいなかった。
結果として、参議院からは政治屋が全員逃げ出した。
代わりに参議院に集まってきたのは、報酬などハナからあてにしていない各界の学者、引退した資産家、ボランティア団体、そして生活保護で暮らしているトラさんのような「本物の市井の人々」だった。
彼らは無報酬ゆえに、党利党略にも買収にも一切縛られない。
衆議院から送られてくる乱暴な法案を、忖度なしにバッサバッサと否決し、熟議を重ねるようになった。
かつて「衆議院のカーボンコピー」と揶揄され、ねじれ国会で政争の道具にされていた参議院は、文字通り**『完全な無償の良識の府』**へと変貌を遂げ、参議院としての本来の役割を取り戻したのである。
「いやあ、すっきりしたねぇ!」
用が済んだ星野教授は、あっさりと『黒い翼の会』の党首を辞任した。
彼はもとより、自身の政治理論の実験と実現にしか興味がなかったのだ。
「星野さん、これからどうするんですか?」
中坊が尋ねると、星野教授はカバンを肩にかけながらご機嫌に笑った。
「大学で講義を再開するよ。あ、それとね、新しくなった無報酬の参議院で『参議院議長』になってくれって頼まれちゃってさ。気楽で楽しそうだから、学者業の傍ら引き受けることにしたよ。じゃあね、中坊君!」
星野教授は風のように去っていった。
自分だけ楽しい実験をして、面倒な後始末と「遺産」をすべて残して。
最終章:官僚の去り際と新たな肩書
フィーバーが落ち着いた後、『黒い翼の会』は「一定の議席は必要だが、勝ちすぎても意味がない」という国民の賢明な判断に落ち着き、比例代表で一定の議席を維持する安定勢力となった。
そして、星野教授が去った後の『黒い翼の会』の党首に就任したのは……他ならぬ中坊浩平であった。
「ネットで法案を提示して、賛否を問い、結果を国会に持っていくだけ」
言葉にすれば簡単な仕事だが、現実には膨大な泥臭い作業が存在する。
不正投票の防止、サーバーのセキュリティ管理、党員の厳格な本人確認、システムトラブルへの対応、憲法解釈の調整……。
それらはすべて、政治的な野心ではなく、極めて精密で冷徹な『官僚的実務能力』を必要とする仕事だった。
「結局、誰かがこの泥臭い管理をやらないと、システムなんて回らないんだよな……」
中坊浩平は溜息をつき、長年勤めた内閣官房に辞表を提出した。
官僚を辞め、正式に『黒い翼の会』の党首として、このイタいほど先進的な政治システムの管理人に専念することを選んだのだ。
いずれは裁判員制度のように、国民からランダムに選ばれた人々に一定の議決権を付与する法人化へ移行させ、選挙制度そのものを介さなくても済むようにしたい……課題は山積みだった。
本省を去る日、あんなに険悪だった上司たちが、どこか寂しそうな、しかし誇らしげな顔で中坊の背中を叩いてくれた。
「中坊。党首の仕事が終わったら、いつでも二次天下り(顧問)として戻ってきていいぞ。お前みたいな使い勝手のいい奴、なかなかいないからな」
「……考えときます」
苦笑いを浮かべながら、中坊浩平は晴れ渡る永田町の空を見上げた。
官僚から国会議員へ、そして異色の政党党首へ。流されるままに歩んできた自分の妙な人生に呆れつつ、彼は新たな「管理業務」に向かって歩み出した。
(了)
この話をしたら、AIはえらいノリノリで執筆してくれました。
中坊浩平シリーズはこれで終わりです。