第壱話 邂逅
──鬼。
それは古来より、神やものの怪の類として見られ、人々に畏れられてきた存在。
赤い肌に頑堅な巨躯、大角と鋭牙を備え、常に巌しい形相と粗暴な態度で振る舞う。
『桃太郎』や『一寸法師』、『伊勢物語』…
様々な書物において、そのような風貌で描かれてきた。
しかし、この大日本帝国には、市井には知られざるもう一つの“鬼”が存在していた。
人の身から、鬼の生き血によって転じる生物。
人と獣の
──そして、その殆どが己が欲に恣する、残酷。
鬼の手にかかった人々は、ときに無辜の民草を鬼から守るため、時に復讐を果たすため、刀を手に取り、“鬼狩り”となる。
『鬼殺隊』。その数、数百名。
日の本津々浦々を駆け巡り、今日も、鬼を狩る。
───さすれば、彼の「日本一慈しい鬼退治」の裏にも、数多の剣士たちの足跡があるのは当然至極のことなり。
ここでは、彼の物語に描かれなかった人々のお噺をひとつ、案内していこう。
lニニニニニニ||ニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニニフ✴︎
時は大正。
東北地方・青森。
古く平安の世、
冬も深まるこの日の空は、雪を待つように曇りがかっていて、昼になっても街中には冷ややかな空気が漂っていた。
この街の中心には、明治期に日本鉄道奥州線の終点として鉄道が敷かれ、以来街の発展を見守ってきた立派な駅舎があった。
県一番の駅は変わらず盛況で、行き交う人々や人力車で、駅前は声やら音やらが絶えず響いている。
矢切にかけられた看板には『青森
その入り口に、1人の青年が立っていた。
「全く遅いな、十五時には着くと言っていたのに」
軽くため息とともに愚痴を吐き出した彼は、詰襟の黒服に薄く杉綾紋様が施された紺色の羽織を纏い、竹刀袋を肩に掛けている。
本を片手に時々ちらりと他所を向く、まさに道場帰りの、誰かと待ち合わせている学生といった様相である。
しかし、一点だけ、異様なことがあった。
周りを歩く通行人たちは、一切その青年を気にも留めず、流れるようにそばを通り抜けていくのである。
まるで彼が、その吐息までもが、その場所に無いかのように。
見る人が見れば、直ぐに気づくだろう。
小柄ながら、余す所なく鍛え上げられた身体、鋭い目つき、一分一厘の隙も無い佇まい。そして、“異質な呼吸音”。
凝らして見れば、明らかに堅気の者でない。
青年の名は、
一見何処にでもいそうな青年だが、彼にはとある特別な事情がある。
読者の皆様ならすでにお分かりだろう。
そう、彼の背中の竹刀袋、その中身は───
「・・・アナタが梁嶋祥介クン?」
ふと、彼の頭上に、唐突に影と声が落ちた。
祥介の眉がぴくり、とじろぐ。
「はい、俺は梁嶋ですが────」
訝しげに顔を上げて、目に飛び込んできた景色に、彼は思わず狐に化かされたような、困惑した表情を浮かべた。
「……………………はっ?」
そこには、綺麗に
大男がいた。
身の丈は六尺半*1ほどだろうか。
男前な濃ゆい鼻目立ちが霞んで見えるほどの筋骨隆々な身体を持っている。
そこまでなら良かった。
しかし、問題はその服装にある。
下半身こそ白い帯皮*2の締まった股引*3とふつうな装いであるのだが、男は上半身に服を着ず、その堅大な筋肉をさらけ出していた。
───つまるところ、上裸である!
しかも、冬の寒天の中で、である。
とても正気の沙汰だとは、祥介には思えなかった。
加えて、さらにおかしいことに、男はお江戸のぼんぼんな女性がするような厚い化粧をして、頭の頂点で結った髪には簪を差していた。
ゴツゴツした顔に頬紅や口紅についた貌や華やかな女物の簪は明らかに不釣り合いで、いっそ不細工に感じるほどだ。
───つまるところ、オカマである!
祥介は思わず、その奇怪な風体の、顔だけ女装半裸男を、上から下まで見つめるしか無かった。
「ちょっとアナタ!」
「うわぁっ!?なっ、なんでしょうか!?!?」
そうしていると、唐突に男が顔を近づけてきた。
祥介は、思わず素っ頓狂な声をあげて後ずさった。
「乙女の体を睨め回すように見つめるなんて、行儀のなってないことね!心地よくないわ!」
「は、はぁ…」
男は猫撫で声の女学生言葉*4で、祥介に説教をし始めた。
一丁前の男が自分のことを「乙女」と呼ぶなんて、頭がおかしくなってしまっているのだろうか。
突き出された顔があまりにも近いので、祥介は顔まで逸らし始めた。
通りがかった通行人は、厄介ごとに巻き込まれた人を憐れむような目で、祥介をちらりと一瞥した。
「…それで、いったい何の御用ですか、御仁」
とりあえず、祥介は無理矢理話題を逸らそうとした。
「ちょっと、私のことは「ご婦人」と呼びなさい!」
「……何の御用ですか、ご婦人」
いきなり話の腰を折ってしてきた要求がそれか、とツッコミたくなったが、もはやおとなしく従う方が穏便に済むだろう。
そう思って彼は、男の言う通りにした。
「用も何も、私は「コレ」よ!」
祥介の問いに、彼は・・・否、彼女はくるりと振り向いて、祥介に背中を晒してみせた。
そこには、鮮やかな薄桃色の、様々な意匠が施された入れ墨が肌を覆い尽くすほどに広がっていた。
その中に、浮かび上がるようにして見える、一際大きな『滅』の一文字。
祥介の目が、少しばかり驚きに染まった。
政府非公認組織、「鬼殺隊」の証。
そして、古来より鬼を「滅し」続ける、“鬼狩り”の証だ。
一陣の北風が吹き上げて、祥介の羽織を持ち上げる。
詰襟の背には、確かに白々と『滅』の字が揺れていた。
「ワタシは鬼殺隊、階級“甲”、金ヶ江裕蔵!
アナタと一緒に、今回の任務にあたる者よ。
よろしく頼むわね、“甲”の梁嶋クン!」
やはり化粧に似合わない豪快な笑顔で、振り返った彼女は、祥介に向かって手を差し伸べた。
後に鬼殺隊公式記録に深く刻まれることになる一大事件。
「陸奥百鬼夜行」。
その幕開けとなる、二人の剣士の邂逅だった。
「ち、近い…」
「あらごめんなさい、手を伸ばしすぎたわ!」
…なんとも締まらない邂逅である。
大正コソコソうわさ噺 その壱
金ヶ江さんの体つきは、『刃牙』シリーズの烈海王や、『呪術廻戦』のラルゥ、『北斗の拳』のレンタロウを想像してもらえるとわかりやすいぞ!
ただし、髪はお団子で簪を指している!
顔は、白粉塗り塗りほぺった真っ赤で口紅ベタベタの宇髄天元式変装スタイルだ!
詰まるところ、オカマということです。
「それでも私は一向に構わんッッ!!!」という心の優しい方は、是非とも次の話もお読みになって下さるとありがたいです…!
次回、第弍話、「滲み出る」
近日(不定)投稿!お楽しみに!