将棋が好きだった。
81マスの盤面に並ぶ40枚の駒。
歩が1つ進むだけで、盤上の景色は変わる。
たった1手が勝敗を分けることもあれば、何十手も前に指した一手が、終盤になって初めて意味を持つこともある。
同じ局面でも、指す人間が違えば選ぶ手は違う。
正解だと思っていた手が、相手の一手によって覆される。
読んでも、読んでも、その先にはまだ知らない世界が広がっている。
それが、たまらなく面白かった。
「おとうさん! もう1回!」
「おっ、また指すのか?」
「うん!」
幼い少年が、将棋盤の前で元気よく頷く。
猿飛角晴。
まだ3歳にも満たない、小さな男の子だった。
父親はそんな息子の頭を撫でると、笑いながら駒を並べ直した。
「よし! じゃあ次はお父さんも本気でいくぞ!」
「ぼくもほんき!」
「ははは! それは怖いなぁ!」
父親は決して強い棋士ではなかった。
将棋を趣味として楽しむ、ごく普通の会社員だった。
それでも、角晴にとっては誰よりも強い相手だった。
「んー……」
角晴は盤面をじっと見つめる。
そして、小さな指で駒を掴んだ。
「これ!」
パチンッ。
少し不格好な駒音が響く。
父親は盤面を見て、目を丸くした。
「おっ! そこに気付いたか!」
「えへへ!」
「いい手だなぁ、角晴!」
褒められた角晴は、嬉しそうに笑った。
その様子を、母親が微笑みながら見つめている。
「本当に将棋が好きなのね」
「うん! だいすき!」
「ふふっ。じゃあ、もっと強くならないとね」
「なる!」
角晴は力強く頷いた。
「おとうさんより、つよくなる!」
「おおっ! そりゃ大変だ!」
家族の笑い声が、部屋いっぱいに広がった。
角晴にとって将棋とは、そんな幸せな時間の象徴だった。
───
角晴が3歳になった頃。
父親は、息子をある人物のもとへ連れていった。
「初めましてやな。清滝鋼介や」
関西を代表するプロ棋士の1人。
清滝鋼介。
父親の知人を通じて紹介されたその棋士は、小さな角晴を見下ろして豪快に笑った。
「将棋が好きなんやて?」
「うん!」
「どれくらい好きなん?」
「すっごく!」
「ははは! そらええな!」
清滝は角晴の頭を軽く撫でた。
「ほな、ちょっと指してみよか」
「うん!」
最初は、子供相手の簡単な将棋のつもりだった。
3歳の子供が駒の動きを理解しているだけでも十分に珍しい。
まして、プロ棋士が驚くような将棋を指せるはずがない。
清滝も、そう思っていた。
しかし。
「……ほぉ?」
角晴が指した一手に、清滝の目が細くなった。
もちろん、棋力そのものはまだ幼い。
読み抜けも多い。
駒の損得を理解しきれていない場面もある。
だが、この少年は目の前の一手だけを考えていなかった。
自分がこう指したら、相手はどうするのか。
その次に、何ができるのか。
それを必死に考えようとしていた。
「……角晴くん」
「なぁに?」
「何で、そこに指したんや?」
「えっとね……」
角晴は盤面を指差した。
「こっちにきたら、こうするの!」
「……ほぉ」
「それでね、こっちだったら……」
清滝は目を見開いた。
決して完成された読みではない。
それでも、3歳の子供が自分なりに数手先を考え、しかもそれを楽しそうに説明している。
清滝は思わず笑みを浮かべた。
「なるほどなぁ。おもろいやないか!」
「えへへ!」
それから少し、難しい局面を作ってみた。
角晴は盤面を見つめる。
「……んー」
なかなか答えが出ない。
考えて、考えて。
それでも分からない。
ところが。
「……ふふっ」
角晴は笑っていた。
「ん? 何がそんなおもろいんや?」
「だって、むずかしいんだもん!」
「……難しいから、おもろいんか?」
「うん!」
迷いのない返事だった。
清滝は、しばらく角晴を見つめた。
そして、楽しそうに笑った。
「……ははっ!」
将棋を指していること自体が嬉しくて仕方がない。
この子供は、そういう人間なのだ。
「角晴くん。これからも将棋、指したいか?」
「うん!」
「もっと強くなりたいか?」
「なりたい!」
「そうか!」
清滝は大きく頷いた。
「ほな、ワシが教えたろ!」
「ほんと!?」
「ほんまや!」
こうして、角晴は清滝鋼介の弟子となった。
まだ幼い少年にとって、それがどれほど大きな意味を持つのかは分からなかった。
ただ、大好きな将棋をもっと指せる。
それだけで十分だった。
───
幸せな日々は、突然終わりを迎えた。
角晴が弟子入りしてまだ1ヶ月も経ってない頃。
両親は以前から計画していた遅めの新婚旅行へ出かけることになった。
まだ幼い角晴は、旅行の間、清滝家に預けられることになった。
「角晴、いい子にしてるんだぞ」
「うん!」
「おじさんの言うこと、ちゃんと聞くのよ?」
「わかってる!」
母親は微笑みながら、その場にしゃがみ込んだ。
「帰ってきたら、また一緒に将棋しましょうね」
「うん! やくそく!」
角晴が小指を差し出す。
母親も、そっと小指を絡ませた。
「約束」
父親はそんな2人を見て笑っていた。
「帰ってきたら、お父さんにも成長した姿見せてくれよ!」
「うん!」
「じゃあ、行ってくるな!」
「いってらっしゃーい!」
角晴は大きく手を振った。
父親も母親も、最後まで笑っていた。
その笑顔が、角晴の見た両親の最後の姿になった。
帰国するはずだった飛行機が、事故に遭った。
生存者はいなかった。
角晴の両親も、帰ってこなかった。
「……おとうさんは?」
清滝は答えられなかった。
「おかあさん、まだ?」
隣にいた桂香が、唇を噛み締める。
「……角晴くん」
「……?」
「……ごめんね」
幼い角晴には、何が起きたのか理解できなかった。
ただ、約束したはずだった。
帰ってきたら、また将棋をする。
そう約束したのに。
何日待っても。
何度聞いても。
父親も母親も帰ってこなかった。
やがて、その意味を知ったとき。
角晴は泣いた。
「……やだ」
小さな声だった。
「……やだ……!」
そして、堰を切ったように叫んだ。
「おとうさん!! おかあさん!!」
何度も名前を呼んだ。
「かえってきてよぉ……!」
桂香が抱き締める。
清滝も、何も言えずに小さな背中を撫で続けた。
それでも、角晴の涙は止まらなかった。
───
それから、角晴は清滝家で暮らすことになった。
清滝と桂香は、角晴を本当の家族のように大切にした。
だが、しばらくの間、角晴はほとんど笑わなくなった。
食事を出されれば食べる。
話しかけられれば、小さく返事をする。
けれど、自分から遊びたいとは言わない。
あれほど好きだった将棋盤にも、近づこうとしなかった。
そんなある日。
角晴は、部屋の隅に置かれていた将棋盤を見つけた。
清滝が用意してくれたものだった。
「…………」
小さな手が、王将を掴む。
続いて、金将。
銀将。
一枚ずつ駒を並べていく。
その途中で、父親の声が頭に浮かんだ。
『いい手だなぁ、角晴!』
母親の笑顔も思い出した。
『本当に将棋が好きなのね』
「……おとうさん……」
ぽつりと呟く。
返事はない。
「……おかあさん……」
しばらく盤面を見つめていた角晴は、やがて小さな声で言った。
「……しょうぎ、したい……」
その声を聞いた清滝は、静かに角晴の向かいへ座った。
「……ほな、指そか」
「……うん」
それから、角晴は少しずつ将棋を指すようになった。
最初は、両親との思い出を忘れないためだった。
将棋を指している間だけは、あの幸せだった日々がすぐそばにあるような気がした。
清滝は何度でも相手をした。
負けて泣いても。
上手く指せずに黙り込んでも。
決して急かさなかった。
そして、ある日。
「……あっ」
角晴が顔を上げた。
「おじさん!」
「ん?」
「これ、こうしたら?」
小さな指で駒を動かす。
清滝は盤面を見つめた。
「……ほぉ」
角晴の指した一手は、まだまだ未熟だった。
それでも、先ほどまで苦しんでいた局面に、今までとは違う可能性が生まれていた。
清滝は頷いた。
「ええ手やなぁ」
「……ほんと?」
「ほんまや。よう見つけたな」
その言葉を聞いた瞬間。
角晴の脳裏に、懐かしい声が蘇った。
『いい手だなぁ、角晴!』
大好きだった父親の声。
褒められるたびに頭を撫でてくれた、大きな手。
そして。
『本当に将棋が好きなのね』
いつも優しく微笑んでいた、母親の顔。
「…………っ」
ぽたり。
将棋盤の脇に、小さな雫が落ちた。
清滝が顔を上げる。
「……角晴?」
少年の目から、涙が零れていた。
「……おとうさん……」
ぽたり。
また一粒、涙が落ちる。
「……おかあさん……」
角晴は俯いた。
2人に会いたかった。
また一緒に将棋を指したかった。
勝ったら褒めてほしかった。
負けたら、もう1回って言いたかった。
帰ってきたら将棋をする。
そう約束したのに。
もう、二度と叶わない。
「……うぅ……」
小さな肩が震え始める。
清滝は立ち上がりかけた。
しかし、そのときだった。
「……ふ……」
角晴の口元が、ほんの少し持ち上がった。
「……ふふっ……」
泣いている。
涙が次々と溢れ、頬を伝っている。
それなのに。
角晴は、笑っていた。
「……角晴……?」
清滝は思わず動きを止める。
角晴は涙で滲む視界の向こうにある将棋盤を見つめた。
難しかった。
どうすればいいのか、全然分からなかった。
けれど、考えて、考えて。
ようやく、自分で一手を見つけた。
その瞬間。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
「……ふふっ……」
涙を流しながら、笑みが零れる。
「……おじさん……」
「……ん?」
「……しょうぎ……」
言葉が詰まる。
「……しょうぎね……」
角晴は涙を拭おうとした。
けれど、拭っても拭っても、新しい涙が溢れてくる。
「……おとうさんと……おかあさんと……」
「……うん」
「……また、したかった……」
清滝は何も言わず、頷いた。
「……もっと……いっぱい……」
「……せやな……」
「……っ……」
角晴は唇を噛み締める。
悲しかった。
寂しかった。
今すぐにでも、両親に会いたかった。
でも。
それでも。
目の前の将棋盤が、面白かった。
自分が指した手に、清滝がどんな手で応えるのか。
その次に、どんな手があるのか。
もっと知りたかった。
もっと指したかった。
角晴は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
そして。
「……しょうぎ……たのしい……っ!」
泣きながら、笑った。
「……おじさん……っ」
「……うん」
「……ぼく……やっぱり……しょうぎ、だいすき……!」
その言葉を聞いた瞬間。
清滝の視界が、滲んだ。
「……そうか……」
声が震える。
「……そうか、角晴……」
清滝はゆっくりと角晴の頭を撫でた。
「……よう言うたなぁ……」
「……うぅ……っ」
角晴は笑いながら泣き続けた。
清滝もまた、目元を拭いながら、小さな少年を見つめていた。
両親を失った悲しみが消えたわけではない。
これからも、きっと何度も泣くだろう。
寂しくて、どうしようもなくなる日もあるだろう。
それでも。
この子は、もう一度、将棋を楽しいと思えたのだ。
「……角晴」
「……なぁに……?」
「……もう1局、指すか?」
角晴は涙を流したまま、大きく頷いた。
「……うん!」
そして、泣き笑いの顔で続けた。
「……もう1回、しょうぎしよ……!」
「……おう!」
清滝も笑った。
「何局でも付き合うたる!」
その日。
角晴は、久しぶりに心から笑った。
涙を流しながら。
大好きな両親を思い出しながら。
それでも、将棋を指すことが嬉しくて、楽しくて。
泣きながら、笑った。
あの日から少しずつ。
本当に少しずつ。
角晴は笑顔を取り戻していった。
───
清滝家には、角晴のほかにも弟子たちが集まるようになった。
九頭竜八一。
そして、空銀子。
八一は角晴より1歳年上だったが、入門したのは角晴の方が先だった。
そのため、八一にとって角晴は兄弟子にあたる。
「兄弟子! もう1局お願いします!」
「いいよ!」
「次こそ勝ちますからね!」
「ふふっ、楽しみにしてる!」
幼い八一は負けず嫌いだった。
何度負けても、角晴へ挑み続けた。
角晴もまた、その姿を楽しそうに見ていた。
そして、銀子。
角晴より1歳年下の少女。
銀色の髪を持つその少女は、初対面から口数が少なかった。
「初めまして! 猿飛角晴です!」
「……空銀子」
「銀子ちゃんって呼んでいい?」
「……好きにすれば」
「じゃあ銀子ちゃん!」
「…………」
銀子は少しだけ眉を寄せた。
角晴は、そんな反応にも構わず笑った。
「一緒に将棋しよう!」
「……うん」
最初は、ただの兄弟子と妹弟子だった。
一緒に将棋を指し、研究をして、清滝家で食事をする。
時には口喧嘩もした。
角晴が不用意なことを言って銀子を怒らせることも、珍しくなかった。
けれど。
「……角晴」
「ん?」
「……もう1局」
「いいよ!」
角晴はいつでも笑って頷いた。
銀子が何度負けても。
不機嫌になっても。
涙を堪えていても。
角晴は決して銀子を見下さなかった。
むしろ、銀子が自分の知らない手を指すと、誰よりも嬉しそうに笑った。
「すごい! 銀子、今の手めっちゃいいね!」
「……別に」
「いや、本当に! ちょっともう1回並べよう!」
「…………」
そう言われるたび、銀子は顔を逸らした。
そして、誰にも見えないように小さく笑った。
幼い頃から、ずっと。
銀子の目は、角晴を追いかけていた。
───
年月が流れた。
角晴は、驚くべき速さで棋力を伸ばしていった。
定跡を学び、棋譜を並べ、何度も対局を重ねる。
勝てば喜んだ。
負ければ悔しがった。
それでも、対局が終われば必ず感想戦をした。
相手の手を知りたい。
自分が見落とした変化を知りたい。
まだ誰も見つけていない一手を、探してみたい。
その気持ちは、幼い頃から変わらなかった。
角晴は居飛車も振り飛車も指しこなした。
相手や局面に応じて戦い方を変える、柔軟な棋風。
ただし、そんな角晴にも、特別に好きな戦法があった。
相掛かり。
お互いが飛車先の歩を突き合い、そこから複雑な駆け引きが生まれる戦型。
細かな形の違いが、その後の展開を大きく左右する。
攻めにも受けにも、多くの選択肢がある。
そして何より、読みを深めれば深めるほど、新たな可能性が見つかる。
角晴は、その相掛かりが大好きだった。
「……ふふっ」
対局中。
難しい局面になるほど、角晴は笑った。
苦戦しているはずなのに。
考え込んでいるはずなのに。
それでも笑う。
相手の鋭い一手を見つけたとき。
自分の読みを覆されたとき。
未知の変化へ踏み込むとき。
角晴は心の底から楽しそうだった。
その一方で、相手が明らかな悪手を指したときには、その笑みが消えることもあった。
決して相手を馬鹿にしているわけではない。
ただ、もっと難しい将棋を指したかったのだ。
もっと考えたかった。
もっと、この盤面の先を見たかった。
やがて角晴は奨励会を勝ち上がり、中学1年生にしてプロ棋士となった。
史上最年少でのプロ入り。
そのニュースは、瞬く間に将棋界を駆け巡った。
そして、プロ入りした最初の年。
角晴は初めてタイトル戦の舞台へ立った。
帝位戦。
相手は長年、将棋界の第一線で活躍してきた強豪棋士だった。
当然、簡単な勝負ではなかった。
何度も読みを外された。
苦しい局面にも追い込まれた。
それでも角晴は、決して将棋を指す楽しさを失わなかった。
そして、タイトルの行方を決める最後の局。
角晴が選んだのは、相掛かりだった。
自分が一番好きな戦法。
幼い頃から何度も研究し、数え切れないほど指してきた将棋。
盤上で激しい攻防が繰り広げられる。
そして、長い戦いの末。
「……負けました」
相手の投了の声が響いた。
角晴は一瞬、動けなかった。
自分が勝った。
帝位を獲得した。
そう理解した瞬間。
「……っ!」
胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。
「……ありがとうございました!」
深く頭を下げる。
顔を上げたとき、角晴は笑っていた。
目元には、ほんの少し涙が浮かんでいた。
初タイトル。
帝位獲得。
若き天才の快進撃は、そこからさらに加速する。
翌年。
角晴は叡王位を獲得。
さらに棋帝位も奪取した。
帝位。
叡王。
棋帝。
3つのタイトルを保持する、15歳の三冠棋士が誕生した。
若くして九段へ昇段したこともあり、その存在は将棋界の内外で大きな注目を集めた。
そして、いつしか角晴には異名がついた。
『将棋界の帝王』
もっとも。
その名前が、将棋界で一番強いことを意味するわけではない。
棋士たちの中には、長年にわたって頂点を争い続けてきた者もいる。
角晴を苦しめる棋士も、勝利する棋士もいる。
三冠という実績を持ちながら、角晴自身も敗北を重ねていた。
それでも、彼の才能と実績が特別なものであることに疑いはなかった。
将棋界を代表する、若き天才棋士。
猿飛角晴。
それが、現在の彼だった。
───
3月。
関西将棋会館。
静寂に包まれた対局室で、2人の棋士が向かい合っていた。
片方は、長年第一線で活躍してきたベテラン棋士。
そして、もう片方。
黒に近い紺色の髪。
柔らかな目元と、整った顔立ち。
身長172cmの、まだあどけなさを残した少年。
猿飛角晴である。
盤面は、すでに終盤を迎えていた。
角晴は頬杖をつき、じっと将棋盤を見つめている。
(……うーん)
相手の攻めは鋭かった。
ここで対応を間違えれば、一気に敗勢へ転落しかねない。
持ち時間にも、それほど余裕はない。
しかし。
「……ふふっ」
角晴の口元に、笑みが浮かんだ。
記録係が、思わず顔を上げる。
対局相手も、その表情に気付いた。
(……面白いなぁ)
角晴は、盤面から目を離さない。
(ここで受けたら……いや、それだと向こうの攻めが続くか)
いくつもの変化を頭の中で組み立てる。
(だったら……)
ある手が浮かんだ。
だが、すぐには指さない。
その先を読む。
相手が最も厳しく応じてきた場合。
こちらの狙いを外してきた場合。
一見、得に見える順が、数手先で不利になる場合。
それらを1つずつ確かめていく。
(……ああ、そっか)
角晴の笑みが深くなった。
(これ、面白いかも)
パチンッ。
乾いた駒音が響いた。
相手の棋士が、盤面を見つめる。
「…………」
そして、わずかに眉を寄せた。
角晴の指した一手は、単に相手の攻めを受けるだけの手ではなかった。
受けながら、反撃の可能性を残す手。
しかも、対応を間違えれば攻守が一瞬で入れ替わる。
相手は長考に沈んだ。
角晴は静かに待った。
途中で水を飲み、盤面へ視線を戻す。
その表情には、まだ笑みが残っていた。
やがて。
「……負けました」
相手の棋士が頭を下げた。
角晴も姿勢を正す。
「ありがとうございました」
対局が終了した。
角晴は深く息を吐く。
「……ふぅ」
そして、すぐに顔を上げた。
「いやぁ、途中の攻め、すごく面白かったです!」
相手の棋士が苦笑する。
「……あの局面で笑っていたのは、そういうことか」
「あはは! すみません!」
「いや、謝ることではないが……」
角晴は駒を並べ直し始めた。
「ここなんですけど、別の変化もあったと思うんですよ!」
「……どれどれ」
2人は盤面を囲み、感想戦を始める。
「ここでこちらから攻めていたら?」
「それなら、こう受けるつもりでした!」
「……しかし、こちらにはこの手がある」
「あっ、ですよね! そこが難しくて!」
嬉しそうに話す角晴。
その姿を見て、ベテラン棋士は思わず笑った。
「……君は本当に将棋が好きなんだな」
「はい!」
即答だった。
角晴は、いつもの柔らかな笑顔を浮かべる。
「大好きです!」
そこには、少しの迷いもなかった。
───
「猿飛三冠! 本日の対局について、一言お願いします!」
「終盤の一手は、事前に研究されていたのでしょうか?」
「次のタイトル戦についてはいかがですか?」
対局後。
角晴は記者たちからの質問に答えていた。
「終盤は、その場で考えてましたね。途中からかなり難しかったです」
「難しかったということですが、対局中は笑っていらっしゃいましたね」
「あはは! そうでした?」
「はい。とても楽しそうでした」
角晴は少しだけ考えた。
そして、にっこりと笑う。
「だって、面白かったので!」
記者の1人が、思わず笑った。
「では、今後の目標は?」
「目標ですか?」
「はい。すでに三冠を保持されていますが、さらなるタイトル獲得を狙っていますか?」
「もちろん、タイトルは獲りたいです!」
角晴は明るく答えた。
「でも、それだけじゃないですね」
「と、言いますと?」
「もっと強くなりたいんです」
角晴は少しだけ視線を落とした。
「まだ知らない手がたくさんありますし、俺より強い人だっているので」
そして、再び顔を上げる。
「もっと勉強して、もっと面白い将棋を指せるようになりたいです!」
『将棋界の帝王』
そう呼ばれる少年は、決して自分を完成された棋士だとは思っていなかった。
勝てば嬉しい。
負ければ悔しい。
そして、まだまだ強くなりたい。
ただ、それだけだった。
───
その日の夜。
大阪市内のマンション。
「……ただいまー」
角晴は玄関の扉を開け、靴を脱いだ。
中学2年生の頃から暮らしている、一人暮らしの自宅だった。
間取りは2LDK。
リビングには大きなソファとテレビ。
キッチンには使い込まれた調理器具が並び、寝室とは別に将棋の研究部屋がある。
角晴は鞄を置き、ソファへ倒れ込んだ。
「……疲れたぁ」
対局後の心地よい疲労が、全身に広がっていた。
しばらく天井を見つめる。
それから、ふと思い出したように体を起こした。
「……お腹空いた」
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
「んー……今日は何作ろう」
肉。
野菜。
豆腐。
冷凍しておいたご飯。
食材を眺め、少し考える。
「……よし、豚丼!」
角晴は袖をまくった。
料理は昔から好きだった。
清滝家にいた頃から桂香の手伝いをしていたため、今では大抵の料理を作ることができる。
手際よく材料を切り、フライパンに火をつける。
そのとき。
ピロンッ。
スマートフォンが鳴った。
画面に表示されていたのは、九頭竜八一の名前だった。
『兄弟子、今日の対局お疲れ様でした』
角晴は笑った。
『ありがとー!』
すぐに返事が届く。
『最後の一手、すごかったですね』
『八一も見てたんだ?』
『もちろんですよ。俺ならあの局面、もっと考えてました』
『八一は長考しすぎなんだよ笑』
『兄弟子が早すぎるんです!!』
「……あははっ!」
角晴は思わず声を上げて笑った。
八一は自分より1歳年上の弟弟子。
幼い頃から何度も将棋を指してきた相手だった。
最近は竜王位を獲得したこともあり、八一も何かと忙しい。
それでも、こうして連絡を取り合う関係は昔から変わらなかった。
『そういえば、最近ゲームしてないね』
『忙しいんですよ!』
『また今度やろうよ!』
『今度こそ勝ちますからね』
『将棋? ゲーム?』
『ゲームです!』
『将棋では勝つ気ないの?笑』
『そんなこと言ってないでしょう!?』
角晴は肩を震わせた。
「……ほんと、八一は面白いなぁ」
そう呟き、再び料理へ戻る。
棋士としては、お互いにタイトルを持つ立場。
しかし、角晴にとって八一は今でも大切な弟弟子だった。
───
数日後。
春休み。
午前9時30分。
角晴のスマートフォンから、けたたましいアラームが鳴り響いた。
ピピピピピッ!
「……んぅ……」
ベッドの中から、ゆっくりと腕が伸びる。
手探りでスマートフォンを掴み、画面を操作した。
ピッ。
アラームが止まる。
「……あと、5分……」
角晴は再び布団へ潜り込んだ。
普段の角晴は、対局の日であれば朝早くても起きられる。
学校の日も、何とか自分で起きようとはする。
しかし、休日となると話は別だった。
そもそも、朝が苦手なのだ。
何も予定がなければ、昼近くまで眠ってしまうことも珍しくない。
そのため、休日の予定も基本的には昼以降に入れている。
そして今日も、例外ではなかった。
───
午前10時。
カチャリ。
玄関の鍵が開いた。
「……お邪魔します」
小さな声とともに、1人の少女が部屋へ入ってくる。
銀色の美しい髪。
整った顔立ち。
そして、どこか近寄りがたい雰囲気。
空銀子。
14歳。
『浪速の白雪姫』の異名で知られる、女流将棋界の天才少女だった。
もっとも、今は対局中ではない。
春休みということもあり、落ち着いた色合いのニットにスカートという私服姿だった。
銀子は靴を脱ぐと、慣れた足取りでリビングへ向かう。
「……角晴?」
返事はない。
「…………」
銀子は小さくため息をついた。
「……やっぱり」
予想どおりだった。
昨夜、角晴から連絡が来ていた。
『明日、暇だったら一緒に研究しない?』
銀子はもちろん了承した。
ただし、今朝になっても角晴から連絡がない。
嫌な予感がした銀子は、合鍵を持ってマンションを訪れたのだった。
銀子は寝室の扉を開ける。
「…………」
案の定。
角晴は布団にくるまって眠っていた。
「……角晴」
返事はない。
「……起きて」
「……んー……」
「……もう10時」
「……あと5分……」
「……さっきも言ってたでしょ」
「……言ってない……」
「……寝ぼけてる」
銀子は眉を寄せた。
(……本当に、朝だけはダメなんだから)
盤上では誰もが恐れる三冠棋士。
難しい局面ほど楽しそうに笑う天才。
しかし、普段の角晴はこうだった。
特に寝起きは、驚くほど無防備になる。
銀子はベッドの脇へ近づいた。
「……ほら、起きなさい」
肩へ手を伸ばす。
その瞬間だった。
「……ん」
角晴の手が、銀子の手首を掴んだ。
「……え?」
「……こっち……」
「ちょっ、角晴……!?」
ぐいっ。
「きゃっ!?」
突然引っ張られ、銀子はバランスを崩した。
気付けば、ベッドの上。
それも、角晴のすぐ隣だった。
「な、何して……!」
慌てて起き上がろうとする。
しかし、その前に。
「……あったかい……」
角晴が、銀子を抱き寄せた。
「…………っ!?」
銀子の顔が、一瞬で真っ赤になった。
(な、ななな何してるのよ、このバカ!!)
心臓がうるさい。
すぐ近くに角晴の顔がある。
少し乱れた紺色の髪。
長い睫毛。
普段より幼く見える寝顔。
そして、自分を抱き寄せている腕。
「……角晴……!」
小声で呼びかける。
「……すぅ……」
返事はなかった。
完全に眠っていた。
「…………」
銀子は唇を噛み締める。
(……もう……!)
怒るべきだった。
すぐに起こして、文句を言うべきだった。
それなのに。
(……あったかい……)
角晴の体温を感じると、どうしても強く出られなかった。
昔からそうだった。
角晴は銀子を家族のように大切にしている。
銀子が落ち込んでいれば気にかけ、将棋で悔しい思いをしたときには、何時間でも研究に付き合ってくれる。
けれど。
銀子にとって、角晴はただの兄弟子ではなかった。
幼い頃から。
ずっと。
好きだった。
(……バカ角晴)
銀子は小さく息を吐いた。
春休み。
学校へ行く必要もない。
特別に急ぐ予定もない。
(……少しだけ、なら……)
銀子は、そっと角晴の胸元に顔を寄せた。
「……5分だけだから……」
誰に言い訳しているのか、自分でも分からなかった。
角晴は相変わらず、穏やかな寝息を立てている。
銀子も、ゆっくりと目を閉じた。
───
「……ん?」
次に目を覚ましたのは、角晴だった。
ぼんやりと天井を見つめる。
「……あれ?」
体を動かそうとして、隣に誰かがいることに気付いた。
「……銀子?」
「……すぅ……」
銀子が眠っていた。
それも、自分の腕の中で。
「…………」
角晴は少し考えた。
どうして銀子がここにいるのだろう。
そもそも、いつ来たのだろう。
「……まあ、いっか」
あまり深く考えず、時計へ目を向ける。
午前10時43分。
「……あ」
角晴はゆっくりと体を起こした。
その動きで、銀子も目を覚ます。
「……ん……」
「おはよ、銀子!」
「…………っ!?」
目を開けた瞬間、角晴の顔が目の前にあった。
銀子は勢いよく飛び起きた。
「な、何……!?」
「ん? おはようって言ったんだけど」
「……そうじゃなくて!」
「え?」
角晴は不思議そうに首を傾げる。
「何で銀子、俺のベッドで寝てたの?」
「…………」
銀子は無言で角晴を見つめた。
「……誰のせいだと思ってるの?」
「え?」
「……この……」
顔を真っ赤にした銀子が叫んだ。
「バカ角晴!!」
「ええっ!? 何で怒ってるの!?」
春休みの静かなマンションに、角晴の情けない声が響き渡った。
───
「……いやぁ、よく寝た!」
「……でしょうね」
角晴は大きく伸びをした。
銀子はソファに座り、冷たい視線を向けている。
「銀子もよく寝られた?」
「…………」
「……銀子?」
「……別に」
「そっか!」
角晴はにこにこと笑い、キッチンへ向かった。
銀子は小さくため息をつく。
(……ほんと、何も覚えてないのね)
自分がどれだけ恥ずかしい思いをしたのか。
まったく分かっていない。
それが悔しい。
しかし、覚えていたら覚えていたで困る。
(……もう、何なのよ……)
銀子は赤くなった頬を隠すように、手で顔を覆った。
「銀子、お腹空いてる?」
「……少し」
「じゃあ、ブランチにしよっか!」
「……うん」
角晴は冷蔵庫を開けた。
「今日は何がいいかなぁ」
食材を眺めながら考える。
「……あ、フレンチトースト食べたい!」
「……自分が食べたいだけでしょ」
「あはは! バレた?」
「……バカ」
「銀子も食べる?」
「……食べる」
「了解!」
角晴は楽しそうに準備を始めた。
卵液を作り、パンを浸す。
フライパンにバターを溶かし、じっくりと焼き上げる。
甘い香りがリビングに広がった。
銀子はソファに座ったまま、その様子を眺めていた。
(……本当に、料理上手よね)
角晴は一人暮らしを始めてからも、ほとんど毎日自炊をしている。
銀子が訪れたときには、当たり前のように食事を作ってくれた。
「はい、お待たせ!」
角晴が皿を運んでくる。
綺麗に焼き色のついたフレンチトースト。
その隣にはサラダとヨーグルトが添えられていた。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
銀子は一口食べる。
「…………」
「どう?」
「……おいしい」
角晴は嬉しそうに笑った。
「よかった!」
銀子は、そんな彼の顔を見つめる。
(……ずるい)
寝起きは全然ダメ。
人を勝手に抱き寄せる。
それでいて、起きたら何事もなかったように笑う。
(……ほんと、バカ)
でも。
(……好き)
その気持ちだけは、どうしようもなかった。
───
昼食を終えた2人は、研究部屋へ移動した。
将棋盤。
棋譜集。
研究用のパソコン。
棚には、角晴がこれまでに獲得した賞状や記念品も並んでいる。
銀子は盤の前に座った。
「……今日は、これ」
持ってきた棋譜を角晴へ渡す。
「お、次の対局の研究?」
「……うん」
「いいね! やろっか!」
角晴も向かいへ座った。
2人で駒を並べる。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
パチンッ。
駒音が響いた。
銀子は真剣な表情で盤面を見つめる。
角晴も、先ほどまでの眠そうな姿から一変していた。
柔らかな目元の奥に、鋭い光が宿る。
対局が進む。
「……ふふっ」
角晴が小さく笑った。
「銀子、今の面白いね!」
「……そう?」
「うん! でも、ここからこう攻められたら?」
角晴が駒を動かす。
銀子は盤面を見つめた。
「…………」
しばらく考えた後。
パチンッ。
銀子が駒を進める。
角晴の目が輝いた。
「おおっ! なるほど!」
「……まだあるでしょ」
「もちろん!」
角晴は楽しそうに笑う。
「じゃあ、今度はこっち!」
銀子も、わずかに口元を緩めた。
角晴との研究は、昔からこうだった。
どれほど難しい局面でも。
どれほど厳しい指摘を受けても。
角晴は決して銀子を見下さない。
銀子の考えを聞き、良い手があれば素直に褒める。
そして自分が知らない変化を見つければ、誰よりも嬉しそうに笑う。
(……やっぱり)
銀子は盤面を見つめながら思った。
(……角晴の将棋、好きだな……)
勝ち負けだけではない。
将棋そのものを楽しんでいる、その姿が好きだった。
───
夕方。
研究を終えた角晴は、ソファへ腰を下ろした。
「ふぅー! 楽しかった!」
「……そうね」
銀子も隣に座る。
角晴はスマートフォンを取り出し、何かを調べ始めた。
「……んー」
「……何してるの?」
「お店探してる!」
「……お店?」
「うん!」
角晴は嬉しそうに画面を差し出した。
そこには、綺麗に盛り付けられた抹茶パフェの写真が映っていた。
濃厚そうな抹茶アイス。
白玉。
抹茶のわらび餅。
小豆と生クリーム。
「これ見て! すっごく美味しそうじゃない?」
「……抹茶パフェ?」
「そう! 最近見つけた和カフェなんだけど、新作なんだって!」
角晴の目が輝いている。
将棋の話をしているときと、ほとんど変わらない表情だった。
銀子は思わず小さく笑った。
「……本当に好きね、抹茶」
「うん! 大好き!」
「……知ってる」
角晴は嬉しそうに画面を眺めた。
そして、ふと思いついたように顔を上げる。
「ねえ、銀子!」
「……何?」
「明日、何か予定ある?」
銀子は瞬きをした。
「……特にないけど」
「じゃあ、一緒に食べに行かない?」
「…………」
銀子の動きが止まった。
「……一緒に?」
「うん!」
角晴は笑顔で頷く。
「せっかく春休みなんだし、たまには将棋以外のこともしようよ!」
「…………」
銀子は視線を逸らした。
(……角晴と、2人で……)
将棋会館ではなく。
清滝家でもなく。
2人で甘味処へ出かける。
ただ、それだけ。
それなのに、胸が温かくなった。
「……別に、いいけど」
「やった!」
角晴は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、明日は12時くらいに出よっか!」
「……遅くない?」
「あはは! だって休みの日くらいゆっくり寝たいじゃん!」
「……今日も寝てたでしょ」
「えー! 今日はちゃんと起きたよ?」
「……私が起こしたんでしょ」
「あれ、そうだっけ?」
「…………」
銀子は無言で角晴を睨んだ。
「……バカ」
「また!?」
角晴は困ったように笑う。
「じゃあ、明日は11時半には準備しておくね!」
「……本当に?」
「もちろん!」
「……信用できない」
「あはは! ひどいなぁ!」
銀子は小さくため息をついた。
けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
(……明日)
角晴と2人で出かける。
それだけの約束が、こんなにも楽しみだった。
「……角晴」
「ん?」
「……明日、楽しみにしてる」
角晴は少しだけ目を丸くした。
そして、柔らかく微笑む。
「うん! 俺も!」
「…………っ」
銀子は慌てて顔を逸らした。
「……そっか」
頬が熱い。
きっと、また赤くなっている。
そんな銀子の様子にも気付かず、角晴は楽しそうにメニューを眺めていた。
「銀子、こっちのほうじ茶パフェも美味しそう!」
「……明日決める」
「それもそうだね!」
「……角晴」
「ん?」
「……明日、寝坊したら置いていくから」
「ええっ!? それは困る!」
銀子は、ほんの少しだけ笑った。
「……じゃあ、ちゃんと起きなさい」
「はいはい!」
穏やかな会話が、夕暮れのリビングに響いていた。
───
猿飛角晴。
15歳。
帝位。
叡王。
棋帝。
3つのタイトルを保持する、若き天才棋士。
『将棋界の帝王』
その異名を持ちながら、彼の日常は意外なほど普通だった。
朝は弱く、休日には寝坊する。
料理が好きで、甘いものが好き。
友人とゲームをして笑い、気が向けば音楽を聴きながら散歩をする。
そして、幼い頃から一緒に過ごしてきた銀子の恋心には、まるで気付いていない。
盤上では鋭い読みを見せるのに、人の気持ちとなると途端に鈍感になる。
そんな、少し変わった少年だった。
だが。
彼の人生は、これから大きく変わっていく。
きっかけとなるのは、1人の少女。
雛鶴あい。
竜王・九頭竜八一への弟子入りを願い、大阪へやって来る小さな女の子。
そして、もう1人。
夜叉神天衣。
亡き父親との思い出を胸に、将棋を指し続ける少女。
彼女との出会いは、やがて角晴を師匠という立場へ導いていく。
勝利もある。
敗北もある。
誰かと笑い合う日もあれば、自分の弱さに打ちのめされる日もあるだろう。
それでも、今の角晴はまだ知らない。
自分がこれから、どんな人々と出会い、どんな将棋を指していくのか。
ただ1つ、確かなことがある。
彼は、これからも強くなりたいと願い続ける。
誰かに認められるためではない。
勝利だけを求めるためでもない。
まだ知らない一手に出会いたいから。
もっと面白い将棋を指したいから。
そして何より。
将棋が、大好きだから。
これは、将棋界に現れた若き帝王と、彼を取り巻く人々が紡ぐ物語。