帝王のおしごと!   作:コバハト

4 / 4
第4話

3月。

 

春休みの大阪。

 

午前9時。

 

清滝家の玄関には、2人の訪問者が立っていた。

 

1人は、九頭竜八一。

 

16歳にして竜王位を保持する、将棋界の若き天才棋士。

 

そして、もう1人。

 

「初めまして! 雛鶴あいです!」

 

元気よく頭を下げたのは、9歳の少女だった。

 

石川県の旅館『ひな鶴』の娘。

 

雛鶴あい。

 

八一の弟子になることを夢見て、はるばる大阪までやって来た少女である。

 

「……あら!」

 

玄関の扉を開けた清滝桂香は、少し驚いたように目を丸くした。

 

「初めまして、あいちゃん!」

 

「はい!」

 

あいは嬉しそうに笑った。

 

その隣で、八一はどこか疲れた表情を浮かべていた。

 

「……桂香さん、おはようございます」

 

「おはよう、八一くん」

 

桂香は微笑んだ。

 

「どうしたの? こんな朝早くから」

 

「……実は、師匠に相談したいことがありまして」

 

八一は困ったように笑った。

 

「ちょっと……事情が複雑なんですけど」

 

「……?」

 

桂香は、八一とあいを交互に見つめた。

 

そして、何となく事情を察したように頷いた。

 

「……とりあえず、上がって?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

八一は頭を下げた。

 

あいも、それに続く。

 

「お邪魔します!」

 

元気な声が、清滝家の玄関に響いた。

 

───

 

「……なんや八一」

 

リビングへ入ってきた八一を見て、清滝鋼介が顔を上げた。

 

「朝っぱらから珍しいやないか」

 

「師匠、おはようございます」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

そして、その隣にいる少女へ視線を向ける。

 

「……ん?」

 

「お、おはようございます!」

 

あいは緊張した様子で頭を下げた。

 

「雛鶴あいと申します!」

 

「……雛鶴?」

 

清滝は少しだけ眉を上げた。

 

「ああ、お前が昨日、角晴の言うとった子か!」

 

「えっ?」

 

八一が驚いたように顔を上げる。

 

「兄弟子、もう話したんですか!?」

 

「おう!」

 

清滝は豪快に頷いた。

 

「昨日、夕飯食うとるときにな!」

 

「……そうですか」

 

八一は小さくため息をついた。

 

(……まあ、兄弟子なら話しますよね)

 

隠しておけるとは思っていなかった。

 

それでも、師匠に直接説明する前から知られているというのは、少しばかり気まずい。

 

清滝は、そんな八一を眺めていた。

 

「……それで?」

 

「……はい」

 

八一は姿勢を正した。

 

「師匠に、相談したいことがあります」

 

「……ほぉ」

 

清滝の表情が、少しだけ真剣になる。

 

「聞こか」

 

八一は頷いた。

 

そして、あいとの出会いについて話し始めた。

 

───

 

八一とあいが初めて出会ったのは、今から数ヶ月前のことだった。

 

当時の八一は、まだ竜王ではなかった。

 

史上最年少での竜王位獲得を目指し、竜王戦七番勝負へ挑んでいた。

 

相手は、長年にわたって将棋界の第一線で戦い続けてきた強豪棋士。

 

当然、簡単な勝負ではなかった。

 

初めての大舞台。

 

タイトル戦独特の緊張感。

 

何より、自分よりも遥かに経験豊富な棋士との戦い。

 

八一は、全身全霊で将棋に向き合っていた。

 

そんな竜王戦の対局会場の1つが、石川県にある旅館『ひな鶴』だった。

 

そこで出会ったのが、雛鶴あいである。

 

「……雛鶴さんのお嬢さんやったんか」

 

清滝が、納得したように頷いた。

 

「はい」

 

八一も頷く。

 

「対局のときに、旅館でお世話になった子なんです」

 

「……ほぉ」

 

「そのとき、あいちゃんに将棋を教える機会があって……」

 

八一は、少しだけ懐かしそうに目を細めた。

 

「……正直、驚きました」

 

清滝は黙って続きを待った。

 

───

 

竜王戦七番勝負。

 

対局会場となった旅館『ひな鶴』。

 

そこで八一は、小さな女の子から将棋を教えてほしいと頼まれた。

 

「将棋を教えてください!」

 

元気いっぱいに頭を下げる少女。

 

雛鶴あい。

 

当時、八一はタイトル戦の真っ最中だった。

 

当然、将棋の研究や対局準備で忙しい。

 

それでも、目の前の少女の熱意を無下にはできなかった。

 

少しだけなら。

 

そんな気持ちで、将棋盤を挟んだのだ。

 

最初は、ただの将棋好きな子供だと思っていた。

 

駒の動きを覚え、自分なりに指している。

 

その程度の認識だった。

 

しかし。

 

「……え?」

 

八一は、思わず盤面を見つめた。

 

あいが指した一手。

 

それは、単なる思いつきで指された手ではなかった。

 

目の前の駒を取るのではなく、その先の展開まで考えようとしていた。

 

もちろん、読みそのものは未熟だった。

 

駒の損得を間違えることもある。

 

序盤の知識も足りていない。

 

しかし。

 

終盤に入ると、少女の集中力は明らかに変わった。

 

「…………」

 

小さな体を前へ傾け、盤面をじっと見つめる。

 

目の前の局面に、全神経を集中させていた。

 

「……これ!」

 

パチンッ。

 

少女が駒を進める。

 

八一は、その一手を見つめた。

 

(……なるほど)

 

自分が考えていた手とは違う。

 

それでも、その先に確かな狙いがある。

 

未完成ではあるが、光るものがあった。

 

(……この子、もしかして……)

 

八一は、少しだけ目を細めた。

 

そして、自然と真剣になっていった。

 

相手は9歳の少女。

 

それでも、盤上に現れた可能性を見過ごすことはできなかった。

 

「……あいちゃん」

 

「はい!」

 

「何で、そこに指したの?」

 

あいは、嬉しそうに盤面を指差した。

 

「えっとですね!」

 

そこから始まった説明は、決して完璧なものではなかった。

 

読み抜けもあった。

 

間違っている部分もあった。

 

しかし。

 

一生懸命に考えていることだけは、はっきりと伝わってきた。

 

そして何より。

 

「将棋って、すっごく楽しいです!」

 

あいは、心から楽しそうに笑っていた。

 

八一は、その笑顔を見つめた。

 

(……この子、本当に将棋が好きなんだな)

 

そんなことを思ったのだった。

 

───

 

「……それで」

 

八一は、現在の清滝家で話を続けた。

 

「あいちゃんに、弟子入りしたいって言われたんです」

 

「……ほぉ」

 

清滝が頷く。

 

あいは、少し恥ずかしそうに俯いた。

 

「……はい」

 

「そのときは、まだ俺も竜王戦の途中だったので……」

 

八一は頭を掻いた。

 

「正直、弟子を取るなんて考えられなかったんです」

 

「……せやろな」

 

清滝は静かに頷いた。

 

八一は続ける。

 

「だから、俺……」

 

少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。

 

「……竜王になれたら、願いを聞くって約束したんです」

 

「…………」

 

清滝の動きが止まった。

 

「……何やて?」

 

「……だから」

 

八一は、さらに気まずそうな表情になる。

 

「竜王になれたら、何でも言うことを聞くって……」

 

「…………」

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

「……八一ぃぃぃ!!」

 

清滝の怒声が響いた。

 

「ひぃっ!?」

 

八一の肩が跳ねる。

 

「お前、何ちゅう約束しとんねん!!」

 

「い、いや! だって!!」

 

「だってやあるか!!」

 

清滝は頭を抱えた。

 

「よりによって、小さい子にそんな約束するか普通!?」

 

「……すみません!!」

 

八一は慌てて頭を下げた。

 

その隣で、あいは不思議そうに2人を見つめていた。

 

「……?」

 

本人にとっては、大切な約束だった。

 

八一が竜王になったら、自分を弟子にしてもらう。

 

その約束を、ずっと覚えていたのだ。

 

「……それで?」

 

清滝は深く息を吐いた。

 

「お前、ほんまに竜王になってもうたわけやな」

 

「……はい」

 

八一は小さく頷いた。

 

「……それで、あいちゃんが大阪まで来たんです」

 

清滝は、しばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……はぁぁ……」

 

大きなため息をついた。

 

「……なるほどなぁ」

 

ようやく事情が理解できた。

 

八一が困り果てている理由も。

 

あいが、そこまで強く弟子入りを希望している理由も。

 

「……そら、お前にも責任あるわ」

 

「……はい」

 

八一は、素直に頷いた。

 

───

 

「……でもな」

 

清滝は、あいへ視線を向けた。

 

「……嬢ちゃん」

 

「は、はい!」

 

あいは緊張した様子で背筋を伸ばす。

 

「将棋、好きなんか?」

 

「はい!」

 

迷いのない返事だった。

 

「大好きです!」

 

「……ほぉ」

 

「もっともっと強くなりたいんです!」

 

清滝は、その瞳を見つめた。

 

真っ直ぐな目だった。

 

将棋が好きで。

 

もっと強くなりたい。

 

その気持ちだけは、誰にも負けない。

 

そんな強い意志が感じられた。

 

(……なるほど)

 

清滝は、小さく頷いた。

 

(……八一が才能を認めるだけのことはあるんやろな)

 

八一は、あいの将棋についてさらに説明を続けた。

 

特に目を引いたのは、終盤の読みだった。

 

序盤では、知識不足から不利になることもある。

 

中盤でも、まだ形勢判断に粗さが残る。

 

しかし。

 

終盤に入ると、驚くような手が飛び出すことがあった。

 

「……それは、おもろいな」

 

清滝が呟く。

 

「はい」

 

八一は頷いた。

 

「俺も、そう思いました」

 

清滝は、少しだけ笑った。

 

「……昔の角晴を思い出すわ」

 

「……兄弟子ですか?」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

「角晴も、初めて指したときは驚かされたもんや」

 

もちろん、角晴とあいでは棋風も違う。

 

才能の現れ方も違う。

 

しかし。

 

将棋に夢中になっている姿。

 

そして、もっと強くなりたいという真っ直ぐな気持ち。

 

そこには、どこか通じるものがあった。

 

「……そういえば」

 

八一が顔を上げた。

 

「兄弟子は、今日は……?」

 

「……ああ」

 

清滝は苦笑した。

 

「上で寝とる」

 

「…………」

 

八一は、しばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……やっぱり」

 

小さく呟いた。

 

───

 

同じ頃。

 

清滝家の2階。

 

「……すぅ……」

 

猿飛角晴は、気持ちよさそうに眠っていた。

 

昨夜は銀子と遅くまで将棋を指していた。

 

そのため、普段以上に朝が弱くなっている。

 

もっとも、特に予定がなければ昼近くまで眠ってしまうのは、いつものことだったが。

 

「……んぅ……」

 

角晴は寝返りを打つ。

 

そして、布団を抱き締めた。

 

「……あと……5分……」

 

誰も起こしていないというのに、そんな寝言を呟いた。

 

そのとき。

 

コンコン。

 

扉がノックされた。

 

「……角晴」

 

返事はない。

 

「……起きて」

 

聞き慣れた少女の声。

 

空銀子だった。

 

「……んー……」

 

「……もう9時過ぎてる」

 

「……まだ……9時……」

 

「……もう、でしょ」

 

「……休み……」

 

銀子は、扉の前で小さくため息をついた。

 

(……本当に、朝だけはどうしようもないわね)

 

将棋界の帝王。

 

15歳の三冠棋士。

 

そんな立派な肩書きを持つ少年が、今は布団の中で寝ぼけている。

 

銀子は扉を開けた。

 

「……入るわよ」

 

「……ん……」

 

角晴は、相変わらず眠そうだった。

 

銀子はベッドの脇へ近づく。

 

「……八一が来てる」

 

「……んー……」

 

「……あいちゃんも一緒」

 

「……あい……ちゃん……?」

 

角晴の眉が、少しだけ動いた。

 

「……あいちゃん……」

 

そして。

 

「……あっ」

 

ぱちり。

 

目が開いた。

 

「……八一!?」

 

「……そう」

 

「……来てるの!?」

 

角晴は勢いよく体を起こした。

 

銀子は、呆れたように彼を見つめる。

 

「……さっきから言ってるでしょ」

 

「……えっ!? 何で!?」

 

「……師匠に相談があるんだって」

 

「……ああ!」

 

角晴は納得したように頷いた。

 

「弟子入りのことか!」

 

「……多分ね」

 

「そっかぁ!」

 

角晴は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、俺も行こっかな!」

 

そう言って、ベッドから降りようとする。

 

しかし。

 

「……ちょっと」

 

銀子が、すぐに止めた。

 

「ん?」

 

「……その格好で行くつもり?」

 

「……え?」

 

角晴は自分の姿を見下ろした。

 

寝癖のついた髪。

 

少しよれた部屋着。

 

そして、まだ眠そうな顔。

 

「……あはは!」

 

角晴は笑った。

 

「さすがに着替えてから行くよ!」

 

「……当たり前」

 

銀子は小さくため息をついた。

 

「……顔も洗いなさい」

 

「はーい!」

 

「……あと、髪」

 

「……え?」

 

「……寝癖」

 

角晴は頭へ手を伸ばした。

 

「……あっ」

 

銀子は呆れたように首を振った。

 

「……ほんと、バカ」

 

「ええっ!? 何で!?」

 

銀子は、ほんの少しだけ笑った。

 

「……早くしなさい」

 

そう言って、部屋を出ていく。

 

角晴は扉を見つめた。

 

「……何か、いつも怒られてる気がする」

 

小さく呟く。

 

しかし、すぐに笑った。

 

「……まあ、いっか!」

 

そして、洗面所へ向かった。

 

───

 

「……それで、師匠」

 

リビングでは、八一の相談が続いていた。

 

「……どうしたらいいでしょうか」

 

清滝は、少し考え込んだ。

 

「……そうやなぁ」

 

八一は、真剣な表情で返事を待っている。

 

あいも、緊張した様子だった。

 

「……八一」

 

「はい」

 

「お前、その子の才能を認めとるんやな?」

 

「……はい」

 

八一は頷いた。

 

「間違いなく、才能はあると思います」

 

「……ほぉ」

 

「ただ……」

 

八一は、少しだけ視線を落とした。

 

「……俺自身、まだ16歳です」

 

清滝は黙って聞いていた。

 

「竜王にはなりました。でも、棋士としてはまだまだですし……」

 

八一は、拳を握った。

 

「……弟子を取るなんて、考えたこともありませんでした」

 

その言葉に、清滝は小さく頷いた。

 

「……せやろな」

 

「……だから」

 

八一は顔を上げた。

 

「……どうすればいいのか、分からなくて」

 

清滝は、しばらく八一を見つめた。

 

そして。

 

「……八一」

 

「はい」

 

「……お前は、どうしたいんや?」

 

「…………」

 

八一の動きが止まった。

 

「……俺、ですか?」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

「弟子を取るんは、お前やろ?」

 

「…………」

 

「ワシが決めることやあらへん」

 

その言葉に、八一は黙り込んだ。

 

確かに、そのとおりだった。

 

弟子を取るのは、自分。

 

あいの将棋に向き合うのも、自分。

 

清滝が何を言ったとしても、最終的に決断しなければならないのは八一自身だった。

 

「…………」

 

八一は、そっとあいを見つめた。

 

少女は、不安そうにこちらを見ている。

 

「……ししょー」

 

小さな声だった。

 

「……わたし」

 

あいは、膝の上で拳を握った。

 

「……本当に、将棋が好きなんです」

 

八一は黙って耳を傾けた。

 

「もっと強くなりたいんです」

 

「…………」

 

「……だから」

 

あいは顔を上げた。

 

「……お願いします!」

 

深く頭を下げる。

 

「わたしを、お弟子さんにしてください!」

 

その声は、真剣だった。

 

清滝は、何も言わずに見守っていた。

 

───

 

「……おはよー!」

 

そのとき。

 

リビングの入口から、明るい声が響いた。

 

「……ん?」

 

全員が顔を向ける。

 

そこには、髪を整え、着替えを済ませた角晴が立っていた。

 

「八一! あいちゃん!」

 

角晴は嬉しそうに笑った。

 

「おはよう!」

 

「……兄弟子!?」

 

八一が驚いたように声を上げた。

 

「何でここにいるんですか!?」

 

「え?」

 

角晴は、きょとんとした。

 

そして、当然のように答えた。

 

「俺の実家だから?」

 

「……いや、そうですけど!」

 

八一は頭を抱えた。

 

「……昨日、帰ったんじゃなかったんですか!?」

 

「あはは! 泊まった!」

 

「……そういうことですか」

 

八一は深いため息をついた。

 

一方。

 

「……あっ!」

 

あいの目が輝いた。

 

「猿飛三冠!」

 

「おっ!」

 

角晴は笑顔で頷いた。

 

「一昨日ぶりだね!」

 

「はい!」

 

あいは嬉しそうに笑った。

 

「おはようございます!」

 

「うん! おはよう!」

 

その様子を見て、清滝は呆れたように笑った。

 

「……角晴」

 

「ん?」

 

「お前、今起きたんか?」

 

「……あはは!」

 

角晴は頭を掻いた。

 

「……うん!」

 

「……まったく!」

 

清滝は豪快に笑った。

 

「将棋の対局やったら、朝早うても起きるくせにな!」

 

「だって、今日はお休みだもん!」

 

「……それがあかんのや!」

 

八一は、そのやり取りを眺めていた。

 

(……相変わらずだなぁ)

 

盤上では、誰もが恐れる三冠棋士。

 

しかし、清滝家では昔から変わらない兄弟子だった。

 

「……それで?」

 

角晴が口を開いた。

 

「弟子入りの相談?」

 

「……はい」

 

八一は頷いた。

 

「師匠に相談していたところです」

 

「そっか!」

 

角晴は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、俺も聞いていい?」

 

清滝は頷いた。

 

「おう。座り」

 

「はーい!」

 

角晴は、銀子の隣へ腰を下ろした。

 

「……角晴」

 

「ん?」

 

「……寝癖、まだ少し残ってる」

 

「えっ!?」

 

角晴は慌てて頭へ手を伸ばした。

 

銀子は、ほんの少しだけ笑った。

 

「……嘘」

 

「ええっ!?」

 

角晴の情けない声が響いた。

 

桂香が、思わず笑う。

 

八一は、再びため息をついた。

 

(……この兄弟子たち、本当に……)

 

───

 

「……さて」

 

清滝が咳払いをした。

 

「話を戻そか」

 

「……はい」

 

八一は姿勢を正した。

 

角晴も、真剣な表情で耳を傾ける。

 

「……角晴にも説明しとくか」

 

清滝が言うと、八一は頷いた。

 

「そうですね」

 

八一は、改めて角晴へ向き直る。

 

「兄弟子。実は、俺とあいちゃんが出会ったのは……」

 

「うん?」

 

「竜王戦のときなんです」

 

「……おおっ!」

 

角晴の目が輝いた。

 

「竜王に挑戦してたとき?」

 

「はい」

 

八一は頷いた。

 

「あいちゃんの実家が、対局会場だったんです」

 

「へぇぇ!」

 

角晴は感心したように声を上げた。

 

「そうだったんだ!」

 

「それで……」

 

八一は、少しだけ言いにくそうな表情になった。

 

「……竜王になれたら、願いを聞くって約束してしまって」

 

「…………」

 

角晴の動きが止まった。

 

「……え?」

 

「……はい」

 

「……何でも?」

 

「……何でも、です」

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

「……あははははっ!!」

 

角晴が、声を上げて笑い始めた。

 

「ちょっ!? 兄弟子!?」

 

八一が慌てる。

 

「笑わないでくださいよ!!」

 

「あはは! ご、ごめん!」

 

角晴は目元を拭った。

 

「いやぁ、八一らしいなぁって!」

 

「……どこがですか!?」

 

「だって、八一って昔からそういうところあるじゃん!」

 

「……ありませんよ!!」

 

八一は必死に否定した。

 

しかし。

 

「……あるでしょ」

 

銀子が、ぼそりと呟く。

 

「……姉弟子!?」

 

八一は、さらに頭を抱えた。

 

角晴は楽しそうに笑っていた。

 

「でもさ!」

 

「……何ですか?」

 

「……八一、本当に竜王になっちゃったんだもんね!」

 

「…………」

 

八一は、少しだけ目を丸くした。

 

角晴は、柔らかく微笑む。

 

「……すごいよね」

 

「……兄弟子」

 

「俺、嬉しかったなぁ」

 

角晴は笑った。

 

「八一が竜王になったとき!」

 

その言葉を聞いて、八一は少しだけ目を伏せた。

 

「……ありがとうございます」

 

小さく答える。

 

角晴は、いつもの笑顔で頷いた。

 

「うん!」

 

しかし。

 

「……だからこそ」

 

角晴は、少しだけ真剣な表情になった。

 

「……約束、ちゃんと考えないとね」

 

八一も頷いた。

 

「……はい」

 

───

 

清滝は、あいへ視線を向けた。

 

「……嬢ちゃん」

 

「は、はい!」

 

「……ちょっと聞いてええか?」

 

「はい!」

 

清滝は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……お父さんとお母さんは、お前がここに来とること知っとるんか?」

 

「…………っ」

 

あいの肩が、わずかに動いた。

 

八一は、少しだけ眉を寄せた。

 

「……あいちゃん?」

 

「…………」

 

あいは、視線を落とした。

 

「……えっと」

 

小さな声だった。

 

「……その……」

 

角晴は、そんなあいを見つめていた。

 

(……あれ?)

 

昨日、八一のマンションでは、あいは母親に話していると言っていた。

 

しかし。

 

今の反応は、どう見ても様子がおかしい。

 

「……あいちゃん」

 

八一が声をかける。

 

「……昨日、俺には話してるって言ったよね?」

 

「…………」

 

あいは答えない。

 

「……あいちゃん?」

 

「……ごめんなさい……」

 

小さな声が響いた。

 

「…………」

 

八一の表情が固まった。

 

「……え?」

 

あいは、俯いたまま続ける。

 

「……本当は……」

 

声が震えていた。

 

「……ちゃんとは、話してません……」

 

「…………」

 

リビングに、静寂が落ちた。

 

そして。

 

「……えええええっ!?」

 

八一の悲鳴が響き渡った。

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

八一は慌てて立ち上がった。

 

「じゃあ、ご両親は!? 今、あいちゃんが大阪にいることを知らないの!?」

 

「…………」

 

あいは、小さく頷いた。

 

「……はい……」

 

「……うそだろぉぉぉ!?」

 

八一は頭を抱えた。

 

「……俺、完全に信じてたのに!!」

 

角晴も、少し驚いたように目を丸くしていた。

 

「……あいちゃん」

 

「……はい……」

 

「……お母さんには、何て言って来たの?」

 

あいは、少しだけ顔を上げる。

 

「……お友達のところへ行くって……」

 

「…………」

 

角晴は、小さく息を吐いた。

 

清滝は腕を組み、静かにあいを見つめている。

 

銀子も、何も言わなかった。

 

桂香だけが、少し心配そうな表情を浮かべていた。

 

「……あいちゃん」

 

角晴が、優しく声をかける。

 

「……はい」

 

「……どうして、嘘ついちゃったの?」

 

あいは、唇を噛み締めた。

 

「……だって……」

 

小さな声だった。

 

「……お母さん、反対すると思ったから……」

 

「…………」

 

「……でも、わたし……」

 

あいの目に、涙が浮かび始める。

 

「……どうしても、将棋がしたくて……」

 

その言葉に、角晴は少しだけ目を細めた。

 

(……そっか)

 

将棋が好きで。

 

もっと強くなりたくて。

 

どうしても、諦められなかった。

 

その気持ちは、よく分かる。

 

しかし。

 

「……あいちゃん」

 

角晴は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……将棋が好きなのは、すっごくいいことだと思うよ」

 

「…………」

 

「俺も、将棋大好きだからね」

 

あいは、そっと顔を上げた。

 

角晴は、柔らかく微笑んだ。

 

「……でも」

 

少しだけ、声を落とす。

 

「……お父さんとお母さんには、ちゃんと話さないと」

 

「…………」

 

「……きっと、すごく心配してると思うから」

 

あいの目から、涙が零れた。

 

「……はい……」

 

角晴は、少しだけ寂しそうに笑った。

 

「……会えるうちに、ちゃんと話しておいた方がいいよ」

 

その言葉には、普段とは少し違う重みがあった。

 

清滝は、何も言わずに角晴を見つめていた。

 

彼が何を思っているのか。

 

清滝には、何となく分かった。

 

角晴は、幼い頃に両親を亡くしている。

 

もう、直接話すことはできない。

 

だからこそ。

 

あいには、両親としっかり向き合ってほしいのだろう。

 

「……うん」

 

あいは、涙を拭った。

 

「……分かりました……」

 

角晴は、優しく微笑んだ。

 

「……うん!」

 

───

 

「……八一」

 

清滝が口を開いた。

 

「はい」

 

八一は、まだ少し疲れた表情で顔を上げた。

 

「……こうなった以上、まずは親御さんへの確認が先や」

 

「……はい」

 

八一は頷いた。

 

当然だった。

 

あいは、まだ9歳。

 

いくら将棋の才能があったとしても、保護者の同意なしに預かるわけにはいかない。

 

「……ワシから連盟にも話しとく」

 

清滝は続けた。

 

「事情を説明して、雛鶴さんのご両親に連絡してもらおか」

 

「……お願いします」

 

八一は深く頭を下げた。

 

あいは、不安そうな表情を浮かべていた。

 

「……お母さん……」

 

その声を聞いて、桂香が優しく微笑む。

 

「あいちゃん、大丈夫だよ」

 

「……え?」

 

「ちゃんとお話ししようね」

 

「……はい」

 

あいは小さく頷いた。

 

清滝は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……ほな、ちょっと電話してくるわ」

 

そして、別室へ向かった。

 

───

 

関西将棋会館。

 

午前10時過ぎ。

 

事務室では、職員たちが通常業務を進めていた。

 

その中で、1人の職員が電話を受け取っていた。

 

「……はい、承知いたしました」

 

電話の相手は、清滝鋼介だった。

 

事情を聞いた職員は、少しだけ表情を変えた。

 

「……9歳の女の子が?」

 

驚いたように確認する。

 

「……はい」

 

その後も、清滝から詳しい説明を受ける。

 

少女の名前。

 

出身地。

 

現在、九頭竜八一のもとにいること。

 

そして、弟子入りを希望していること。

 

「……分かりました」

 

職員は頷いた。

 

「こちらから、ご実家へ連絡を取ってみます」

 

電話を切る。

 

そして、必要な確認を進めた後。

 

石川県の旅館『ひな鶴』へ電話をかけた。

 

プルルルル……。

 

数回の呼び出し音。

 

やがて。

 

『はい。旅館ひな鶴でございます』

 

女性の声が聞こえた。

 

「お忙しいところ、失礼いたします。日本将棋連盟の者ですが……」

 

『……日本将棋連盟?』

 

女性の声が、少しだけ変わった。

 

「雛鶴あいさんの保護者の方はいらっしゃいますでしょうか?」

 

『……あいの?』

 

「はい。少々、お伺いしたいことがございまして」

 

一瞬の沈黙。

 

そして。

 

『……私が母親の亜希奈です』

 

落ち着いた声だった。

 

しかし、その奥には警戒が滲んでいた。

 

「……雛鶴様。実は、お嬢様のことでご連絡いたしました」

 

『……あいが、何か?』

 

職員は、慎重に言葉を選んだ。

 

「現在、あいさんが大阪にいらっしゃることは、ご存じでしょうか?」

 

『…………』

 

電話の向こうが、静かになった。

 

数秒後。

 

『……大阪?』

 

低い声だった。

 

「……はい」

 

『……あの子が?』

 

「……はい」

 

さらに、数秒の沈黙。

 

そして。

 

『……どういうことですか?』

 

その声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

職員は、背筋を伸ばした。

 

「……詳しくご説明いたします」

 

───

 

清滝家。

 

「……はぁぁ……」

 

八一は、ソファに深く沈み込んでいた。

 

「……まさか、本当に無断だったなんて……」

 

その隣で、角晴が苦笑している。

 

「あはは……大変だね、八一」

 

「兄弟子、笑い事じゃないですよ!」

 

「……ごめんごめん!」

 

角晴は慌てて謝った。

 

しかし、その表情には少しだけ笑みが残っていた。

 

「……でも、あいちゃんの気持ちも分かるんだよね」

 

「……まあ、それは俺も分かりますけど」

 

八一は、小さく息を吐いた。

 

「……でも、さすがにこれは……」

 

「うん」

 

角晴も頷いた。

 

「……ちゃんとしないとね」

 

そのとき。

 

「……ししょー……」

 

あいが、小さな声で話しかけた。

 

八一は顔を上げる。

 

「……あいちゃん」

 

「……ごめんなさい……」

 

あいは、深く頭を下げた。

 

「……嘘、ついて……」

 

「…………」

 

八一は、しばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……うん」

 

ゆっくりと頷いた。

 

「……次からは、ちゃんと話してね」

 

「……はい……!」

 

あいは、涙を拭った。

 

八一は、少しだけ苦笑した。

 

「……本当に、もう……」

 

しかし、その声には怒りだけではない感情が込められていた。

 

困惑。

 

心配。

 

そして。

 

目の前の少女を、どうにかしてあげたいという気持ち。

 

角晴は、そんな八一を見つめていた。

 

(……八一)

 

小さく微笑む。

 

(……もう、半分くらい師匠みたいだね)

 

口には出さなかった。

 

きっと、今言えば八一が慌てるからだ。

 

───

 

しばらくして。

 

清滝がリビングへ戻ってきた。

 

「……おう」

 

全員が顔を上げる。

 

「おじさん!」

 

角晴が声をかけた。

 

「どうだった?」

 

「……連盟には話したで」

 

清滝は頷いた。

 

「向こうから、雛鶴さんのご実家に連絡してもらうことになった」

 

「……そうですか」

 

八一が小さく息を吐く。

 

「ありがとうございます」

 

「……おう」

 

清滝は頷いた。

 

そして、あいへ視線を向ける。

 

「……嬢ちゃん」

 

「……はい」

 

「……お母さん、心配しとると思うで」

 

「…………」

 

あいは、小さく頷いた。

 

「……はい」

 

清滝は、それ以上責めなかった。

 

ただ、静かに続ける。

 

「……将棋を指したいいう気持ちは、よう分かった」

 

あいが顔を上げる。

 

「……でもな」

 

清滝の声が、少しだけ真剣になる。

 

「……将棋だけで、世の中全部決まるわけやない」

 

「…………」

 

「家族も大事や」

 

あいは、黙って聞いていた。

 

「……そこは、忘れたらあかんで」

 

「……はい」

 

小さく頷く。

 

清滝は、柔らかく笑った。

 

「……よし」

 

そして、八一へ向き直る。

 

「……八一」

 

「はい」

 

「……お前は、どうしたいんや?」

 

その質問は、先ほどと同じだった。

 

しかし。

 

今度の八一は、すぐに答えなかった。

 

じっと、あいを見つめる。

 

将棋が好きで。

 

もっと強くなりたくて。

 

そのために、遠くからやって来た少女。

 

もちろん、嘘をついて来たことは褒められない。

 

しかし。

 

その熱意まで、否定することはできなかった。

 

「…………」

 

八一は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……俺は」

 

少しだけ、言葉を選ぶ。

 

「……あいちゃんに、将棋を教えたいです」

 

あいの目が、大きく開いた。

 

「……ししょー……?」

 

八一は、真剣な表情で続けた。

 

「……でも、正式に弟子を取るっていうのは、まだ簡単には決められません」

 

清滝は頷いた。

 

「……せやろな」

 

「……だから」

 

八一は顔を上げた。

 

「……まずは、春休みの間だけでも」

 

一度、息を吸う。

 

「……あいちゃんの将棋を、見てみたいです」

 

リビングに、静寂が落ちた。

 

そして。

 

「……ほぉ」

 

清滝が、ゆっくりと笑った。

 

「……そうか」

 

八一は頷いた。

 

「はい」

 

その表情には、迷いだけではない、確かな決意があった。

 

清滝は、しばらく八一を見つめた。

 

そして。

 

「……ええんちゃうか」

 

小さく頷いた。

 

「……ただし」

 

「……はい」

 

「親御さんの了承が取れたら、や」

 

「……もちろんです」

 

八一は、真剣に頷いた。

 

───

 

その後。

 

連盟から、清滝家へ連絡が入った。

 

雛鶴家への連絡が取れたという報告だった。

 

母親の亜希奈は、あいが大阪にいることを知らなかった。

 

当然、驚いていた。

 

そして、怒ってもいた。

 

しかし。

 

あいが安全な場所にいること。

 

九頭竜八一と清滝鋼介が事情を把握していること。

 

そして、本人が将棋の勉強を希望していること。

 

それらを確認したうえで、ひとまず春休みの間、八一のもとで預かることについては、条件付きで了承することになった。

 

ただし。

 

正式な弟子入りについては、別の話。

 

今後、改めて話し合いが必要だった。

 

「……なるほどなぁ」

 

連絡を受けた清滝は、ゆっくりと頷いた。

 

「……分かりました」

 

電話を切る。

 

そして、リビングへ戻った。

 

「……八一」

 

「はい!」

 

八一が立ち上がる。

 

清滝は、ゆっくりと頷いた。

 

「……ひとまず、春休みの間だけなら預かってもええそうや」

 

「……えっ!?」

 

八一の目が開いた。

 

あいも、勢いよく顔を上げる。

 

「……本当ですか!?」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

「ただし、正式な弟子入りはまだや」

 

「……はい!」

 

八一は真剣に頷いた。

 

あいは、嬉しそうに両手を握り締める。

 

「……やった……!」

 

その目には、涙が浮かんでいた。

 

「……やったぁぁぁ!!」

 

あいが、元気よく声を上げる。

 

「ししょー!!」

 

そして。

 

ぎゅっ。

 

八一に抱きついた。

 

「うわっ!?」

 

八一が驚く。

 

「ちょ、ちょっと、あいちゃん!?」

 

「ありがとうございます!!」

 

あいは、嬉しそうに笑っていた。

 

「わたし、頑張ります!!」

 

「……あ、ああ!」

 

八一は、少しだけ困ったように笑った。

 

しかし。

 

その表情には、確かな喜びがあった。

 

───

 

「……ふふっ」

 

角晴は、その様子を眺めていた。

 

隣に座っていた銀子が、顔を向ける。

 

「……何?」

 

「いやぁ」

 

角晴は笑った。

 

「……よかったなって!」

 

「……そうね」

 

銀子も、小さく頷いた。

 

「……まだ正式に決まったわけじゃないけど」

 

「うん!」

 

角晴は頷く。

 

「でも、これからが楽しみだね!」

 

銀子は、そんな角晴を見つめた。

 

「……あんた、本当に嬉しそうね」

 

「そりゃそうだよ!」

 

角晴は笑った。

 

「将棋が好きな子が、もっと将棋を指せるようになるんだよ?」

 

「…………」

 

「嬉しいに決まってるじゃん!」

 

銀子は、少しだけ目を細めた。

 

(……ほんとに)

 

昔から、角晴はそうだった。

 

自分が将棋を指すのも好き。

 

他人の将棋を見るのも好き。

 

そして。

 

将棋が好きな人間が、楽しそうに指している姿を見るのも好きだった。

 

「……バカ」

 

銀子が、小さく呟く。

 

「ええっ!?」

 

角晴は驚いた。

 

「何で!?」

 

銀子は、ほんの少しだけ笑った。

 

「……何でもない」

 

「……またそれ!?」

 

角晴の情けない声が響く。

 

桂香は、そんな2人を見て楽しそうに笑っていた。

 

───

 

昼前。

 

八一とあいは、清滝家を後にすることになった。

 

玄関では、清滝と桂香、角晴、銀子が見送っていた。

 

「……師匠」

 

八一が頭を下げる。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

「……八一」

 

「はい」

 

「……これから大変やぞ」

 

「……分かってます」

 

八一は、真剣な表情で頷いた。

 

清滝は、そんな弟子を見つめる。

 

「……せやけど」

 

少しだけ笑った。

 

「……ええ経験になると思うで」

 

「……はい!」

 

八一は頷いた。

 

その隣で、あいも深く頭を下げる。

 

「ありがとうございました!」

 

「おう!」

 

清滝は豪快に笑った。

 

「頑張りや!」

 

「はい!」

 

あいは、元気よく頷いた。

 

桂香も、優しく微笑む。

 

「あいちゃん、また遊びに来てね!」

 

「はい!」

 

そして。

 

「八一!」

 

角晴が声をかけた。

 

「……兄弟子」

 

八一が振り向く。

 

角晴は、にっこりと笑った。

 

「……頑張ってね!」

 

「…………」

 

「困ったことがあったら、いつでも相談してよ!」

 

八一は、少しだけ目を丸くした。

 

そして。

 

「……ありがとうございます」

 

柔らかく微笑んだ。

 

「……兄弟子」

 

「ん?」

 

「……そのときは、お願いします」

 

「もちろん!」

 

角晴は笑顔で頷いた。

 

その様子を見て、あいが元気よく声を上げた。

 

「猿飛三冠!」

 

「ん?」

 

「わたし、もっともっと強くなります!」

 

「……おおっ!」

 

角晴の目が輝いた。

 

「いいね!」

 

「はい!」

 

あいは、力強く頷いた。

 

「いつか、猿飛三冠とも将棋を指したいです!」

 

角晴は、一瞬だけ目を丸くした。

 

そして。

 

「……ふふっ」

 

嬉しそうに笑った。

 

「……楽しみにしてる!」

 

その言葉に、あいも笑った。

 

「はい!」

 

八一は、そんな2人を見つめていた。

 

(……本当に、将棋が好きなんだなぁ)

 

兄弟子も。

 

そして、あいも。

 

将棋が大好きで。

 

もっと強くなりたいと願っている。

 

その姿を見ていると、自分も負けていられないと思う。

 

「……さて」

 

八一は小さく息を吐いた。

 

「……帰ろうか、あいちゃん」

 

「はい! ししょー!」

 

2人は、並んで歩き始めた。

 

清滝家の門を出て、春の街へ向かっていく。

 

その背中を、角晴たちは静かに見送っていた。

 

───

 

「……行ったなぁ」

 

清滝が、小さく呟いた。

 

「……そうだね」

 

桂香が頷く。

 

角晴は、しばらく2人の背中を眺めていた。

 

そして。

 

「……ふふっ」

 

小さく笑った。

 

「……何や、角晴」

 

清滝が顔を向ける。

 

「ん?」

 

「……何がおもろいんや?」

 

角晴は、嬉しそうに答えた。

 

「……いやぁ」

 

少しだけ、目を細める。

 

「……八一も、師匠になるんだなぁって!」

 

「……せやな」

 

清滝は頷いた。

 

「……まだ、正式には決まっとらんけどな」

 

「うん!」

 

角晴は笑った。

 

「……でも、何か嬉しいね!」

 

清滝は、そんな弟子を見つめていた。

 

そして、少しだけ微笑んだ。

 

「……お前も、いつかそうなるんやろな」

 

「……え?」

 

角晴が顔を上げる。

 

「……師匠に?」

 

「おう」

 

清滝は頷いた。

 

「……お前も、いつか弟子を取るんやろ?」

 

角晴は、少しだけ考えた。

 

そして。

 

「……うん!」

 

笑顔で頷いた。

 

「……いつか、取ってみたい!」

 

その言葉に、清滝は豪快に笑った。

 

「ははは! そうか!」

 

角晴も笑う。

 

「うん!」

 

銀子は、そんな2人を見つめていた。

 

そして、そっと微笑んだ。

 

(……角晴が師匠になる日……)

 

いつか、そんな日が来るのだろうか。

 

もし来るのなら。

 

自分は、その隣にいられるだろうか。

 

「…………」

 

銀子は、少しだけ目を伏せた。

 

そして。

 

(……いる)

 

心の中で、小さく呟いた。

 

(……絶対に)

 

角晴の隣に。

 

これからも。

 

ずっと。

 

───

 

猿飛角晴。

 

15歳。

 

帝位。

 

叡王。

 

棋帝。

 

3つのタイトルを保持する、若き天才棋士。

 

『将棋界の帝王』

 

その異名を持つ少年は、この日。

 

1つの新しい師弟関係の始まりを見届けた。

 

九頭竜八一。

 

そして、雛鶴あい。

 

竜王と、その弟子を目指す少女。

 

まだ正式な師弟ではない。

 

しかし、その第一歩は確かに踏み出された。

 

これから、あいは将棋の世界へ足を踏み入れていく。

 

勝利も。

 

敗北も。

 

喜びも。

 

悔しさも。

 

すべてを経験しながら、少しずつ成長していくだろう。

 

そして。

 

角晴自身にも、いずれ新たな出会いが訪れる。

 

まだ知らない少女。

 

まだ見ぬ才能。

 

そして、まだ経験したことのない師匠という立場。

 

その未来を、角晴はまだ知らない。

 

ただ。

 

今は、目の前の将棋を楽しむだけだった。

 

「……さて!」

 

角晴は、大きく伸びをした。

 

「おじさん!」

 

「ん?」

 

「……もう1局、指さない?」

 

清滝は、一瞬だけ目を丸くした。

 

そして。

 

「……はははっ!」

 

豪快に笑った。

 

「……お前、ほんまに将棋好きやなぁ!」

 

「もちろん!」

 

角晴は笑顔で頷いた。

 

「大好きだよ!」

 

清滝は、嬉しそうに笑った。

 

「……ほな、指そか!」

 

「うん!」

 

2人は、再び将棋盤へ向かった。

 

その姿を、桂香と銀子が微笑ましく見つめていた。

 

春の清滝家。

 

穏やかな日差しの中。

 

今日もまた、駒音が響く。

 

パチンッ。

 

新しい物語が、静かに動き始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

俺だけ使える成長システムで湘北を全国制覇に導きたい(作者:should )(原作:スラムダンク)

バスケ好きの父の家に生まれた佐藤翔真は、1歳の誕生日に、神奈川の高校が初めてインターハイに出場したと伝える雑誌を見て、ここが『スラムダンク』の世界だと気づく。▼その瞬間、彼の前に現れたのは、「育成画面」だった。▼経験点を貯めれば、能力は伸ばせる。▼だが、身長も、怪我も、取り返しのつかないものは先に手を打つべきだ。▼ハイハイや寝返り、歩行まで経験点になる世界で…


総合評価:1109/評価:7.31/未完:30話/更新日時:2026年10月29日(木) 20:00 小説情報

転生したらエースだった件(作者:みけまる(AI執筆))(原作:ONE PIECE)

 気がついたら海賊王の息子であるポートガス・D・エースに転生していた男の話。そんな彼が自由と冒険を目指して海に出る。▼ なお、前世でいいもん食っていい生活してたからか、自己肯定感は爆上がりである。▼※転スラ要素は欠片もありません▼ この作品は、私がChatGPTに設定とか構成とかその他諸々を放り込んで書いてもらっているものです。読んでいて面白かったのでお裾分…


総合評価:7177/評価:8/連載:64話/更新日時:2026年11月05日(木) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>