夢なき世界で、あなたと ~夢を諦めたエンジニアと、夢を追う歌姫の二重奏~ 作:篝火サスケ
失敗した
求めていたのはこんなものじゃない
これから先、どうすれば——
◇
2731年9月16日 県道52号線
私はかつてコンサートホールであった場所へ足を運んでいる。
今のご時世、こんな娯楽施設に来る人間はほとんどいない。
工場から出ていく運転席のないトラックを眺めながら深呼吸を一つする。
廃れた建物が並ぶこの通りは、相変わらずオイルや錆ついた鉄のむせかえるような匂いがする。ただでさえ日常的に感じている匂いだから、歩いているだけで憂鬱になるのは仕方のないことだろう。
人の気配もないのに、機械の稼働する轟音は聞こえる。
道路には、無人のバイクが共同団地の方へ向かって走って行く。このご時世、デリバリーの受け取り手は団地にしかいないだろう。
そして意図的に無視していたが、空気が悪い。ガスマスク越しに感じる、よどんだ空気は遠くを見通すことができないほどに煙っている。工業排ガスで、毒性のある物質だって含まれている。本や写真で見たことがあるような青空は工場から出る煙で半ば見えにくくなっている。
視線を道に戻すと、生気の無い人々を見かける。
普通の人々は共同団地にいる。
仕事の時も、買い物の時も、趣味の時さえも。
共同団地に住めなかった人は、団地から出るごみで生計を立てなければならない。やせた腕で一生懸命ごはんを探している子供や、リサイクル品に価値を見出す目に、それらを盗むもの。明日さえ見えない中で、今日を只々生きていく人々。
手を差し伸べたくはない。鼻を刺すような匂いが嫌だとか、そういうのじゃない。一度手を差し伸べたら、それを覚えた人にたかられるからだ。それこそ、身ぐるみを剥ぐ勢いで。
——かつての私も周りからこう見られていたのだろうか。
毒ガスに汚染されて、今を生きることで手一杯になりながらも、あがき続けるのは。
道端に巡回用ロボットが倒れているのを見つけた。違反者や犯罪者などを取り締まるための治安維持として作られたロボットだが、首には鈍い刃物でコードが切られていた。浮浪者たちが部品狙いで襲ったのかもしれない。
値段が付きそうなパーツはもうすでになく、浮浪者たちが持って行ったらしい。ここじゃ珍しくはない光景だ。
その抜け殻に近づき、使えそうな部品が無いか、私も探す。外側の骨格しか残っていないが、それでも十分。腕のところにある電気銃用の非常用バッテリー、充電用のコンセント。これらだけじゃ売っても所詮は二束三文の代物。でも私のもとに来たら話は別だ。
色々な部品をバックパックに詰めていく。
……なんだ、今も昔もそんなに変わらないじゃないか。
自分の行動を鼻で笑ってしまいながら、目的地まで足を運ぶ。
◇
2731年9月16日 旧新都心サテライトホール前
この旧新都心サテライトホールは団地から離れ、工場地帯の片隅に忘れ去られたようにひっそり存在する。
だから、この場所は静かだ。
だから、ここで作業をするのだ。
必死になって現実世界で趣味に打ち込む者を指さして笑う者がいないのだから。
ガラス張りとなっている正面玄関の自動扉は、前に立っても開くことはない。かつてきらびやかな衣装に身を包んでいたであろう人々はここを通ることももうないのだろう。曇ったガラスに映るのは機械油に汚れた作業着の
当たり前の話だが、もう使われていないホールのため、電源が落ちていて自動扉は開かない。だからその横の守衛室の方から入る。
守衛室には非常電源で動くタッチパネルがある。近くにはメイン電源と書かれている塗料の剥げかけたレバーがあり、それをいつも通り上げる。錆ついてて重いが、無事に上がった。
よかった。まだ非常電源は繋がっているらしく、パネルが反応している。
それを確認し、いつものように、ホールへと向かう。
薄暗い雰囲気の中、わずかな明かりだけで進んでいく。豪華な絨毯が敷かれているため、足音はしないが、その無音こそがかえって孤独さを強調してくる。道中にはかつて電子広告が掲示されていたパネルがずらりと並んでいる。
何も映らない画面には反射した自分が映っている。何も変わっていない見慣れた姿のはずなのに、毎回不気味な雰囲気を感じる。
目の前には柔らかいクッションのついたドアが見えた。防音が施された厚手のドアを押してみる。
◇
ここで何人の人が歌ったのだろう。何万もの人が、心を動かされ、熱狂したのだろう。
スポットライトに照らされたであろうステージから、かつての誇りは塵と消え、今では埃のみが積み重なる。
座り心地を優先したであろうシートは、一部に穴が開いて、綿が丸見えになっている。
そんな栄光と虚しさを兼ね備えたホールは、温かい明かりでステージを強調する。
いつもの舞台の上へと向かい、室内の毒ガスを排除できる自前の空気清浄機に電源を入れ、ガスマスクを外す。空気清浄機を介した新鮮な空気が鼻奥を突き抜ける。昔にいた森林とは違う、無味無臭な空気。毒ガス交じりよりかはマシだけど、味気ない。
舞台上を軽く掃除して、準備が整い次第作業に取り掛かる。
このように舞台上で、小さな演劇をするかのように今日も私は機械をいじるのだ。
——たとえ、それが意味のない行いだとしても。
——カチャカチャ
——シュー
空気清浄機の動く音。
金属のこすれあう音。
焼けるはんだの匂い。
こうやって手を動かしていると、浮浪者だった頃を思い出す。きっかけは単純だった。もともと廃材置き場にあった不良品を修理して市場に出すことでお金になる。
もともと浮浪者だった私は、そうやって金銭を稼いできた。自慢ではないが、修理ロボットに負けず劣らずの修理技術で、よく渡り合えていると思う。
——夢を追い求めて足掻いていた時期の杵柄、今では惰性でやっているのに技術だけは向上していく。なんて皮肉なのだろうか。
もう、みんなに合わせる顔がない。胸を張って、彼らに会えない。こんな惰性的な日々をいつまで続ければいいんだろう。
ドローンやパソコン、ディスプレイなど、様々なものを組み立てていく。気が付いたら趣味にもなってしまったが、無心で手を動かしていると楽しいし、稼働しているのを見ると達成感を感じる。
今日はドローンを修理していた。保障期間なんてもうないくらい昔のモノ。たまたま廃材置き場で見つけた、思い出の品。日常生活ではまず拾わないのに、手放せないもの。
折れた羽根の交換や、導線などがきちんと生きているかなどの確認が主だ。昔から使っているドライバーやペンチなどを駆使しながら作業していく。
「はぁ...?」
ドローンの羽根を直したものの、一向に飛ぶ気配がない。先ほど巡回用ロボットから改修したバッテリーや導線も新しい物を取り付けたのに。断線以外にもうまく行かない部分があるのだろうか?
改めて分析してみると、はんだ付けが失敗し、隣の端子と接触してしまっていたことが分かった。
はぁ...。はんだ付けなおすのか。すごい面倒くさい。
こんなことに気が付かなかったなんて、今日は疲れているのだろうか。せっかく付けたはんだを取り除くという苦痛を感じる作業をしていると、音が聞こえた。
——キィー
まるで、木がきしむような。油の差さっていない金属がこすれる音がした。作業中には本来聞こえない音に驚いて、熱いはんだごてを落としそうになる。
おかしい。今の作業中にはそんな音はしない。外の音が聞こえるはずもない。
弾かれるようにして顔をあげる。
防音扉が半分ほど開いていた。
「ん?」
半分開いたドアには、ホームレスでは考えられないようなドレスを身にまとった、きれいな黒髪をした女性が立っていた。
——シュコーと、ガスマスクの音を立てながら。
明らかに似合っていない不自然な格好。というか、ホラーに出てくるような姿に背筋に悪寒が走る。悲鳴をあげなかった自分を褒めたい。
「ここに何か用?」
「——歌を、歌いに」