夢なき世界で、あなたと ~夢を諦めたエンジニアと、夢を追う歌姫の二重奏~ 作:篝火サスケ
「少しだけ、お手伝いしていただけませんか?」
そう言って、彼女は不安そうに揺れる瞳でこちらを見上げている。
さっきまでの客席に向けていた笑顔は消え、今はまるで迷子になった子供のような、年相応の表情を浮かべていた。
そういう表情もできるのか……。
「なんで、私に頼るの?自分の夢なら自分でやればいいじゃん」
「あはは、私、機械に疎くて…。今電気ついてるの、チトセさんのおかげですよね。機械も修理してるし、詳しそうだなと!」
そんな雑な考察ある?
間違ってないけどさ、私手伝う理由がないんだけど。
……。
……あんまり、他人とは関わらないようにしたかった。
けど、夢を追っている人間を、無下に扱ってしまうのも気が引ける。
「……。話、聞くくらいなら」
「ありがとうございます! 実は、今までここに何回か見に来たんです。ただ、1回も電気が通っているのを見たことがなくって。 ぜひ、このホールの使い方を教えてください!」
えぇ、私もメインの設備以外は使ったことがないから細かく知らないんだが。
確か、この建物は2500年代にできたはず。その年代の施設なら照明や音響などは館内のAIが全て管理しているんじゃないかな。
「予想だけど、建物ができた年代からして、AI管理の施設だと思う。だから、操作室とかを探せば何とかなるはず」
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
私がホールを出るように誘導すると、彼女はついてくる。
改めて彼女を見てみる。
手入れが行き届いているだろう髪は歩くたびにしなやかに揺れる。動きやすさを重視したおしゃれな服は、埃一つついていない。
横目で見ていると、視線に気づいたのか、彼女が声をかけてくる。
「えっと、私に何かありましたか?」
「いんや、大したことじゃないから平気」
「そうですか。」
いけない、あまりにも見すぎてしまったか。まぁ、いなせたなら良し。
「ちなみに今、どこに向かっているんですか?」
「第一ホール管理室かな」
「そんなところがあるんですか」
「知らない」
「えっ」
彼女は目をまん丸くしてこちらを見てくる。そんな反応もできるんだ。思わず笑っちゃった。
「言ったでしょ? 大方予想できているって。舞台が見渡せる場所が、VIP席とは別で見えたんだ。そこにライトとかモニターが見えたから、そこが管理室になってると思う。そこで色々制御できるはず」
「なるほど、よくそんなところを見てますね」
この建物で作業することになった時、防火設備とか一通り確認してあったしね。
◇
さて、そろそろ見えてくるかな。ここに来てからメンテナンス用のロボットなど何台か見かけるようになってきた。やはりこの先に重要な区画があるのだろう。
階段を上り、関係者以外立ち入り禁止のドアを見つけた。
貼り付けられたプレートにも、”第一調光音源制御室”と書かれている。
場所からしても、これが目的の部屋だろう。ドアを押してみる。鍵がかかっているのか、案の定開かない。
「ここですか?」
「多分ね」
「鍵...、かかってますね。マスターキーとか探しますか?」
ドアノブ付近にはデジタル認証らしい端末がある。見たところ物理的な鍵穴は見当たらない。
「いや、これなら必要ない」
「……なんですかそれ」
「ハッキングツール」
「えっ」
画面を見るとScan Completeと表示され、open、 closeのボタンが表示される。
openのボタンを押すとピーという音と共に開錠する音がした。
「開いた⁉」
「開いたな。入るか」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「どうした?」
首をかしげて彼女を見ると、信じられないものを目にしたかのような顔をしていた。何か、おかしなことでもしてしまったのだろうか。
「いや、その機械なんですか⁉ なんでドアが開くんですか⁉」
「昔に知り合いからもらったハッキングツール。鍵のon,off程度なら簡単にできるぞ」
「なんてものを持ってるんですか⁉ 団地でそんなものを使ったら一発で刑務所行きですよ⁉」
「ここは団地じゃないからへーき。それに、私は団地に住んでないし」
「えっ?」
彼女は一瞬だけ固まった。
おー、そんなに驚いて大丈夫?心臓に悪くない?
いや、最後の発言は戸惑いの方が大きそうだけど。
まぁ私自身、このツールは結構まずいものだと自覚はしているよ。特にAIで管理された団地では見られただけでも大騒ぎだろう。ただ、ここは100年以上放置されたホール。誰にも迷惑はかけてないから大丈夫。多分。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも…。団地に住んでないなんて珍しいですね」
精一杯ごまかしたな。まぁ、まともな暮らしができていないって自己紹介してるようなもんだし。
「団地に住むと制限が厳しくてね。お金も足りないし」
彼女はなんていえばいいのか、といったような顔をしている。
自分で決めたことだから気にしなくていいのに。
「あの「とりあえず、入るよ」……、はい」
せっかく開けたんだからさっさと用事を済ませないと。
◇
ドアを開けると、下のホール以上に埃をかぶった機器が並んでいた。長いこと使われていなかったのだろう。どれも沈黙していて本当に動くのかさえ怪しい。
正面には大きな窓が設けられている。カメラもいくつかあったので、ここから音響や光源を調整していたのだろう。ガラス越しに見える舞台は、先ほどの光景がスクリーンに映ったように見える。
「これは…、すごい景色ですね」
彼女はここから見える舞台に感銘を受けたらしい。まるで欲しいおもちゃを見つけた子供のように目が輝いている。
「そうだね。今じゃこんな娯楽用の建物の数なんてデジタルでしかお目にかかれないし」
「それもですけど、なんかグワーッって、煌びやかな雰囲気と威圧感というか、なんというか!」
確かに厳かな感じはするよね。間違いなく廃れてはいる。ただ、過去に歌ってきた人とかがその存在、誇りを示すように輝いて見える。
「でも本題はこっち」
私は唯一光がついていた機械に目を向ける。埃をかぶっていて分かりにくいが、払うと確かに光が点灯してる。メンテナンスロボットもいたし、完全には死んでいないらしい。
それにしても100年は前の機械だろうから動けば御の字かな。
マニュアルは近くの机の上に置かれていた。試しに装置を動かしてみる。
反応は一応あり、空間にホログラムが展開される。古い型式だけど、操作方法は何とかなりそうな画面だ。流石、高齢化社会に優しかった時代。ただ、長年放置されていたためだろう。表示された画面は一部が歪んでいて、まともな文字が表示できていない。幸い、真ん中の方はきれいに映っているのでそのままでも扱えるかもだが。
「おおー、すごい! 端っこの方は歪んでますね。舞台のライトとか調整できそうですか?」
彼女は展開されたホログラムを輝いた顔で見つめていた。対して私は、険しい顔をしているのだろう。
「いんや、すぐには難しいかな。照明関係のワードとかが見当たらない。」
いくつかのタブやメニューを見てはいるが、照明や音響を操作できる項目が出てこない。
そのまま、画面を睨むこと数秒。突然ロードが入ったのか、処理が重くなった。画面が明滅し、新しくウィンドウが立ち上がっては消えていく。
「手を離してどうしたんですか?」
「いや、見て。ロードが入って操作ができなくなった。長い間起動されていなかったから読み込みに時間がかかっているか、何かしらのソフトが立ち上がろうとしてるんだと思う」
「無事に動くんでしょうか……」
「さてな」
二人で色々なウィンドウを表示してくる画面を見続ける。
処理中……
システム作動中……
復旧箇所修正中……
管理AIのデータを確認中……
「管理AI?」
「この建物は多分、照明とか全部AIで管轄していただろうから。これが動けばできるはず」
「なるほど!」
管理AI起動中……
新しくウィンドウが立ち上がり、そこにぬいぐるみの顔のような絵が浮かび上がる。
「”第一ホール管理AI モノ” 起動しました」
100年以上沈黙していたホールが、再び目が覚めた瞬間だった。