チート持ち「どうせなら色んな人や動物に面白い走馬灯を仕込むか」 作:劇的な人生
「それ、探す必要ある?」
言ってから、嫌な言い方をしたと思った。
母はベッドに座っていた。昨日までよりずっと顔色がよくて、手元には病院で出された紙とペンがある。だから私は少し安心して、余計なことを言ってしまったらしい。
「どうして?」
「だって、どこにあるかも分からない施設でしょう。そもそも本当にあったの?」
「……分からない」
そこで話が終わるなら、よかった。
母は自分で書いたメモを裏返し、端に小さく数字を書き始めた。
「七番、と言ったのは覚えてるの?」
「それを言ったかは覚えてない。でも、七番を落とさなきゃいけないことだけは覚えてる」
「何の七番」
「分からない」
「ほら」
「うん。だから確かめたいの」
母は笑わなかった。
その真顔が怖かった。病気のせいで混乱しているのかもしれない。本人にとっては夢でも、今ここにいる母には実際のことのように感じられるのかもしれない。
「もう仕事のこととか、考えないでよ」
「仕事とは限らないんだよ」
「何それ」
「そこが一番困ってる」
私は窓の外を見た。駐車場には青い車が一台停まっていて、運転席の人が缶コーヒーを飲んでいた。何も不思議なことのない景色だった。
「夢だったら?」
母は少し考えた。
「夢だったなら、たぶん笑えると思う。変な夢を見たね、って。でも、私にとっては、あそこにいた人たちと過ごした時間が長いの」
「夢でも?」
「夢でも」
どうしても、昔の母の職場を探す話には聞こえなかった。
「じゃあ、何をすればいいの」
「何か、あの場所に似た施設の名前がないか見てほしい。どこかへ行けって話じゃない。地図とか、古い資料とか」
私はため息をついた。
「検索するだけだからね。見つからなくても、それで終わりにするかも」
「うん」
「約束できる?」
「終わりにするかどうかは、そのとき考えさせて」
ずるい人だと思った。元気になってきた証拠かもしれない。
私はスマホを取り出した。
「空の海、地下施設、七番……」
まず地図と施設の情報を探した。母はそこを、長く勤めた本当の職場として話す。ならば何かしら場所の手掛かりがあると思った。
けれど、検索結果には天気の記事や海辺の工事、施設の見学会が並ぶだけだった。『空の海』という言葉も、普通の海を見上げた写真の説明に使われている。母の言う街は出てこない。
建物の名前も分からない。街の名前も、いつの時代かも、聞けば聞くほど曖昧だった。
「これ、どこを探してるのか分からないよ」
「そうだよね」
母はしょんぼりした。
私は画面を閉じかけた。それでも、さっきの顔が気になった。
「ねえ。七番って、本当に大事なところだったの?」
「うん」
「何で?」
母は少しうつむいた。
「それを落としたから、あの人が帰れなくなった」
その言い方が、妙に静かだった。
私はもう一度、検索欄を開いた。探す場所は分からない。でも母は、何を後悔しているのかだけは、はっきり覚えている。
「今日はここまで。次は、資料の残るような施設を調べる。昔の地図とか」
母はうなずいた。
「ありがとう」
「まだ何も見つけてないよ」
「うん。でも、一緒に探してくれた」
病室を出るとき、私のスマホには検索履歴が残っていた。
存在しないかもしれない場所の、最初の調査記録だった。