球児と球女   作:藤嶋 こもれび

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inning:2 失われた時間

 ……充実した練習は自信に変わる。心は穏やかで落ち着いて心地良さすら感じる。しかし今日はそれと同時に、私の中には1つの疑問が渦巻いていた。

 

「扇詩くん! 今日——」

「——悪い」

 

 ……あの日からずっと、彼はそう言って私から逃げるようにして教室を去っていく。

 

「……」

「美空、なんしょん?」

「あ、ごめんね。行こっか」

 

 昔亡くなったお父さんに連れて行ってもらった甲子園。あのグラウンドで躍動する選手達の投げるボール、放つ打球、そして溌剌としたあのただずまい——全てが雲の上の世界のものに見えた。文字通りテレビの中の光景を生で見たのもそうだけど、どこか空の上の手の届かない光景をこの目で見たような——私は、昨日の扇詩くんの姿を見てそんな風に思った。

 

 ——でも、彼は何故か浮かない顔をしていた。こんな凄い人がチームに入ってくれたら百人力だし、何より扇詩くんが野球をしてる時……とても楽しそうだった。

 

 なのにどうして、こうやって私を避けるのかが——チ(・)ー(・)ム(・)を避けるのかが、私には分からなかった。

 

「ただいま~」

「おうお帰り。美空ちゃん」

「ただいま、お父さん」

 

 足下を一瞥する。彼の靴は、まだ無い。

 

「……ん? 美空ちゃん、家入らんのか?」

「扇詩くん、まだ帰ってないんですか?」

「まだやと思うぞ。どないした?」

「……ごめんなさい、どこに居るとかって分かりますか?」

「ああ……阪神高速の下に、確か公共で使える野球のグラウンドみたいなんがあんねんよ。いつもそこで練習しとるで」

「あ、ありがとうございます!」

「い、今から行くんかいな! もう遅いで!」

「——大丈夫です! 行ってきます!」

 

 グローブ片手に、さっきまで背にしてきた夕暮れの道を駆け抜ける。点滅する青信号を勢い良く横断し、駆け出してから10分余り——高架橋下に轟く打球音に気が付いた。

 

「——扇詩くん!」

「……! 美空」

 

 滝のように流れる汗を拭い、合流した私を訝しげな目で上から下まで眺めると、

 

「……何しに来たん?」

「あ、え、えーっと…………」

「……見学すんのは自由やけど、邪魔はせんといてな」

「う、うん!」

 

 それから扇詩くんは一頻り打撃練習(ティーバッティング)を熟した。すると今度は防具を身に纏い高架橋の柱の前に移動。至近距離から柱に向かってボールを投げ、それを体で受け止める。またそれを何度も反復する。キャッチャーに必須となるブロッキングの鍛錬。ピッチャーの投げたボールを後ろに逸らさない事は、キャッチャーとしての信頼に直結する——時間と私の存在を忘れ、送球までの流れも含めて練習をし続けた。

 

「はぁ——はぁ——はぁ——」

「……」

 

 肩で息をした後、彼の呼吸はすぐに落ち着いていく——いや、口呼吸から鼻呼吸に切り替えたのだろうか。柱から距離を取り、今度はその柱に向かって盗塁阻止のイメージで送球練習を開始。キャッチングから素早く握り替えてスローイング。何とその後には、立ち上がらずに座ったまま矢のようなスローイングをしてもいた。

 

 強肩強打、更に堅守を兼ね備える大型捕手——彼の姿を見続けた私の胸は、確かに

高鳴っていた。

 

「……ふぅ」

「く、クールダウン! 手伝おっか?」

「……頼むわ」

「うん!」

 

 汗が地面に滴り落ちる。そんな彼の様相は疲れ切っているように見えるが、その眼は充実と——何かの覚悟が滲み出ている。そんなボールを受ける事が私には恐れ多く感じる。一球一球が、速さ以上の重さを感じさせる——。

 

「……すまん、助かった」

「うぅん! 大丈夫! お疲れ様!」

 

 バット同士がぶつかる音が静かにこだまする。汗に染まったユニフォーム、その上からでも分かる体格の良さ。普段見る彼のイメージは華奢なものだったが、半袖から露出した両腕は非常に筋肉質で鍛え込まれている。

 

速やかに準備を終えた扇詩くんは、

 

「待たせた」

「大丈夫。帰ろ」

「おう」

 

 まだ冬の寒さが残る夜。ここまで走ってきたからか、汗ばんだ体に夜風が心地良い。それは扇詩くんも同じだからか、サウナで整う客のような穏やかな顔付きになっていた。

 

「……」

「……わざわざ迎えに来たんか?」

「あ、えと……ま、まぁ、そうなんだけど」

「……ずっと避けとったよな、俺。美空のこと」

「……うん。正直ちょっと傷付いた」

「……そうか。ごめん」

 

 信号、音響が規則的に鳴る。横断歩道を渡って暫く行けば、やがて物静かな住宅街が見えると、街灯がお互いの熱った顔を艶まで照らしていた。

 

「……1つ、聞いて良い?」

「何や?」

「……野球、嫌い?」

「……いいや」

「じゃあ、好き?」

「……」

「……どう?」

「……分からん。でも、多分……好きなんやと思う」

「そうじゃなかったら、あそこまで練習しないもんね」

「……かなぁ」

 

 と、彼は首を傾げながら納得した。

 

「……聞かへんのか?」

「何を?」

「……いや。何でもない」

「……」

 

 今の質問は、それを聞く唯一のチャンスだったのだろう。聞きたいことはあった。だけど、彼の顔を見ていると聞こうと思えない。

 

 そうこう歩いていると、目の前で扇詩くんが自宅のフェンスを開けてくれた。

 

「「ただいまー」」

「おうお帰り。ちゃんと2人で帰ってきたか」

「おう」

 

 扇詩くんはその足でシャワーへ、洗面所で手を洗った私はリビングに入り、テレビの電源を入れた父さんの前に座った。

 

「……あの、お父さん」

「ん? どうした美空ちゃん」

「扇詩くん、何かあったんですか?」

「何でそんなこと聞くんや?」

「……私、扇詩くんのこと混合野球部に誘ったんです。でもそれから避けられるようになって……」

「んんん……? あぁ、そうか……」

「何か知ってるんですか?」

「扇詩なぁ、中学の時野球部の先輩とか先生と揉めたんよ」

「揉めた?」

「同級生にな、松尾君って言う親友の子が居(お)ったんよ。でもその子先輩に虐められてもて自殺してもうてなぁ……」

「じ……自殺……!?」

「良(え)え子やったんよ、すごい。でも先生は知らんふりして先輩らもお咎め無しやったから、扇詩怒って職員室に怒鳴り込みに行ったりしたんや。それが問題視されて野球部追い出されて、一時は高校受験もできひんかもしれへん状態になったんや」

「そんなの……理不尽じゃないですか。本当の事なんですか?」

「あいつの顔見た時にな、相当溜め込んどるのは一目で分かったわ。でもどうしようもなかったから、もう爆発してもてその先生の車に自転車ぶん投げて停学くらったんよ。それからや。1人で野球やるって言い出したんは」

「……」

「あの子は元々、お父さんの前の奥さんの方に引き取られたんよ。でも地震に遭ってもうて、友達もお母さんも全部流されてこっちに来て、馴染めへん中で漸くできた友達やったんや。やから、相当やったんやろなぁ……」

「……私、扇詩くんに……酷い事言っちゃったのかな」

「そんなことはあらへんよ美空ちゃん。寧ろ良(え)えことや。野球は1人でなんかできひん。あいつはプロ野球のテスト受けてプロになって、甲子園行くっていう松尾君との約束果たすとか言(ゆ)うとるけどな。今の扇詩がプロ野球に入れたとしてもようやっていけへんわ絶対。これは、人生の先輩として確かに言える事や」

「……甲子園……それが、扇詩くんの目標なんですか」

「そうや。2人で甲子園に行くって松尾君と約束してたんや。でももう居(お)らんから、1人で成し遂げようとしとるんや」

「……だから、あんなに練習してるんだ」

「美空ちゃん、俺から頼みがあるわ。あいつと一緒に混合野球やってくれ」

「え……?」

「混合野球部に甲子園は無いんかも分からん。混合野球でどんだけ活躍しても、今までプロ入りした人は居(お)らん。でも悪いけど俺は、今のあいつがあのまま大人になって社会に出るのは危険やとしか思えんのんよ。野球で失った気持ちを取り戻せるのは野球だけなんや。やから頼む、美空ちゃん。この通り」

「……でも、扇詩くんは甲子園に行きたいのに……甲子園の無い混合野球に、入ってくれるんでしょうか」

「そこなんよなぁ……あいつ決めたら曲げへんからなぁ……アホみたいに変化球投げるくせになぁ」

「でも扇詩くんは野球……好きって言ってました。あんなに野球、したがってる」

「……俺はあいつが真っ当に社会に出るだけで、良(え)えんやがなぁ……」

「……」

 

 ……決意してから、もう3年が経過した。

 

 絶望の荒野を走り回り、血みどろの両手でバットを握り締め、怒りを打球に変え、決意をボールに伝えて来た。文字通り骨身を削るような想いでここまでやって来た。

 

全ては約束を果たす為。亡き親友と交わした、約束を守る為。

 

だがこの人生は大きく遠回りしている。硬式野球部すら無く、硬球を自由に使うにも気を遣わないといけない環境。選んだ道は、目標に辿り着く道ではない。

 

何年掛かっても良い。でもその近道は、強豪私学、大学や社会人——そういう場所に行かないと話にならない。でもそこに行く為には、今この瞬間結果を残し続けなければならないのも事実だ。

 

この辺りに高校生が入れるようなクラブチームは無く、入るにはプロ野球のテストを受けて合格し吉報を待つ他無い。頭を抱えたくなるような状況だ。

 

 

(……それでも、こうなったのは俺の責任)

 

 

 そう、俺の責任だ。こんな状況に至らしめたのは俺の未熟さ故。だから文句など言えない。

 

どれだけ苦しくても前に進む。松尾と一緒に行くはずだったこの道を、這ってでも——。

 

 シャワーで熱った体を冷ましながら、リビングで会話する2人の声を聞いて——俺は、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 △▽

 

 

 

 

 

 ……翌日、放課後。

 

「……」

 

 美空の姿は無い。心の中で安堵と、その安堵に対する罪悪感が共存し後ろめたさに変わる。居た堪れなくなって足早に教室を去ろうとすると、校内に放送アナウンスが鳴り響いた。

 

《2年A組、花咲扇詩。2年A組、花咲扇詩。職員室までお越しください》

「この声は平山先生? 何の用や」

 

 訝しみながらも職員室に急ぐ。慇懃に扉を叩き、手招きする女傑のもとへと急いだ。

 

「お疲れ様です。来ました」

「うむ、御苦労」

 

 白衣の裾を払う。一枚のプリントを摘み、端正な顔立ちをこちらに向けた。

 

「今週中にそれを提出するように。要件は以上だ」

「……部活動入部届」

「我が校が3年間の中で1年間、部活動に所属し活動する事が規則となっているのは君も知っているかとは思うが……去年君は、それを期限までに提出しなかった。今年がラストチャンスだぞ」

「……俺、忙しいんです」

「斉投から野球の練習をしているとは聞いている。ここに硬式野球部は無いが、私が顧問を務める男女混合野球部ならばある。問題無ければここで受理しよう」

「……」

「何だ?」

「……いえ、今週中ですよね。書いて持って来ます。失礼します」

「分かった」

 

 入れ違い、サイドポニーが揺れる。

 

「……どうでしたか?」

「気もそぞろ、と言った所か」

「……」

「花咲に相当な実力があるという話だが、あの雰囲気じゃ学校に来るかどうかも怪しい。それに、去年もそうだが人と話している所を見た事が無い。筋金入りの案山子(かかし)だ」

「……甲子園」

「ん?」

「甲子園が、あれば……」

「……言いたい事は分かるが、それは我々にはどうする事もできない事だ。人には色々都合がある。君ももう行き給え。もうすぐ目標にしていた夏の大会の要項が届く」

「……はい」

 

 誰しもが、人と上手くやっていけるわけではない。皆が笑っている光景に、背中を向けるしかない者も居る。

 

 人とは難しいものだ。彼を縛り付ける足枷は、最早呪いになりつつある——。

 

「……これは」

「平山先生、ちょっと」

「あ、はい……」

 

 パソコンの画面に表示した一通のメール。添付されたワードファイル。その内容に感じた好天の予感。それらを隠しながら、平山はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ▽△

 

 

 

 

 ……夕闇にグラウンドが染まり始め、生徒達は家路に着く準備を始める。混合野球部の面々も例に漏れず、練習を終えた心地良い疲労感に一喜一憂を終えていた。

 

「お疲れぃ、美空ちゃん」

「あ、鈴原くん。お疲れ様」

「どうなんどうなん? 噂の新人の様子は」

「あ——……まだ、ちょっと」

「あれ静音(しずね)ちゃんも声掛けたんやろ? えっと……誰やっけ」

「花咲扇詩くん。クラス違うから分からないかもだけど」

「おうじ、ね。なんか偉そうな名前やなぁ」

「優しくて良い人だよ」

「騙されたらあかんでぇ。そういう人畜無害な奴ほど豹変すんねん。一緒に住んどっても慣れたら襲われるで、ガオ~って」

「ははは。かもね」

「ちゃんと人は見なあかん。せんかったら静音ちゃんみたいに生き遅れるだけや。取り敢えず今は俺にしとき」

「考えとく」

「人の人生に口出しするとは、良い御身分だな? 鈴原」

「オウチ、お疲れ様です~」

「うむ、御苦労。で? 誰が生き遅れると?」

「い、いやぁ何の事か分かりません。平山先生珍しいですね。この時間にこっち来るんは」

「……もう殆ど帰ってしまったようだな」

「どういうことですか?」

「実は、先程校長から話があってな——」

 

 平山の言葉に、思わず美空は自失する。

 

「ほ、ホンマなんですか!?」

「……ああ。間違い無い。あの人は嘘を言わない人だ」

「いやぁでも、今年2人だけですけど新入部員来ましたよ?」

「実績不足、それに活動実態の希薄さ……週2回の練習では、信用を得られなかったということだ。だが、校長は最後のチャンスを与えてくださった」

「チャンスって……何ですか!?」

「……今週の土曜日、校庭で練習試合を組んでくださった」

「ど、土曜!? 明々後日ですよ!?」

「……相手は昨夏3位白楼(はくろう)学園。そことの練習試合で、校長の信頼を得る結果を残せなければ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——混合野球部は、廃部だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 △▽

 

 

 ……練習を終えて、例によってシャワーを浴びる。まだ少し汗ばんだ体でリビングに向かうと、両親は何やら考え込んでいた。

 

「……えらい神妙やな」

「……扇詩」

 

 親父とは思えない程の速さで俺に近付き、物凄い勢いで両肩を掴まれ、

 

「お前!! 何で美空ちゃん守ったらんかったんやぁああ!!」

「はあ!?」

 

 飛んでくる唾の量が桁違いだ。もう一回シャワーを浴び直さなければならない。しかしそんな冗談すらも思いつかないほど、親父の剣幕は込み入っていた。

 

「何!? 何やねん!? 何があったんか説明せぇや!」

「お前……美空ちゃんから何も聞いてないんか! 落ち込んで部屋から出て来(こ)えへんど! おお!?」

「何やねんちゃんと喋れや」

「混合野球部!! このままやと廃部やぞ!!」

「……はぁ?」

「何やその反応は! 一大事や! 美空ちゃんの一大事は我が家の大惨事や!! 分かっとんのんかお前は!!」

「いや何でやねん!? 意味分からんわ! なんでいきなり廃部やねん!」

「分からんわそんなん! 土曜日の練習試合で勝てへんかったら廃部や!! 美空ちゃん野球でけへんねんで!! これが大惨事やなかったらお前は何なんや! 大谷翔平が野球引退します言(ゆ)うたら世界中でリーマンショックが起こるど!!」

「言いすぎやろ……で、その美空は」

「まだ部屋に閉じこもっとるわ! お前が守ったらへんから……! お前! 混合野球部に入って美空ちゃん守ったらんかい!」

「はぁ!? いや待てや! そんなんいきなり言われても無理や!」

「甲子園の前に! 1人の女の子も守られへん奴がプロなんか行けるかぁ!! ほら! 早よ美空ちゃんに謝って来い!!」

「はぁあ……? もう何やねん……」

 

 ……意味の分からない展開だが、取り敢えずこのままリビングに戻ったら家を閉め出されそうだ。ここは美空に機嫌を取ってもらおう。

 

「……美空、居(お)るか?」

 

 そうノックすると、泣きじゃくったのか目を腫らした美空が弱々しく現れた。

 

「……何?」

「……聞いたわ。混合野球部、廃部……やとか何とか」

「……」

「……」

「……1人にしてくれない?」

「あ、ま、待って。その……俺に何か出来ひんか? その……れ、練習相手とか」

「……扇詩くんには関係ないから!」

「あ——」

 

 勢いよく扉を閉める。何かの敗北を決める残酷な音だけが、辺りに響き渡った。

 

「……あ——……っ、くっそ、やってもうた」

 

 火に油を注いでしまった。この調子じゃ恐らく全部終わっても口を聞いてくれない……その未来を想像して、俺は思わず項垂れる。手摺りに突っ伏した時、足下に光が差し込んだのに気が付いた。

 

「……美空?」

「……入って」

「……わ、分かった」

 

 女の子の部屋に入るのは初めてだ。イメージできるのはぬいぐるみや洋服が所狭しと並んでいる光景だが、引っ越したばかりで女の子らしさはあまり無い。荷解きもあまり進んでいないようだ。

 

あまり女子の部屋を凝視するわけにもいかない。ベッドに座り込んだ美空は、隣に座るようジェスチャー、それに従って隣に腰掛けた。

 

「……お父さんから聞いたの」

「ああ……い、いつから決まっとったん?」

「今日部活終わった時、平山先生が……」

「……チームのみんなは何(なん)て言(ゆ)っとん?」

「グループラインで連絡したら……まぁそうだよねって……ここで終わりかって。解散会でもやろって……」

「……えらい他人事やな……」

「元々、私が立ち上げてみんなに無理言って入ってもらったチームだから。付き合いの部分もあるし……」

「何も言(ゆ)えへんな。誰か前向きな意見くれる人は居(お)らへんの?」

「鈴原くんって子と、果捕(かほ)ちゃんって子は何とかしようって言ってくれてる。でも他の子はもう、諦めムードか未読無視」

「……因みに相手は?」

「去年の夏の大会3位の、白楼学園ってとこ……」

「夏3位……規模小さいとはいえ強豪ちゃうん?」

「うん。部員が何人も居て、スカウトもやってる」

「最早潰しにきとるやんけ……」

「……私、どうすれば勝てるのかな。どうしたら……どんな風にすれば、みんなを勝たせられるかな」

「それをずっと考えとったんやな」

「……扇詩くんならどうする? こういう時」

「まず白楼学園の選手がどんなんか理解しな始まらんな。でも混合野球なんてユーチューブでも探せるかどうか」

「……いっそ、扇詩くんが混合野球部に入ってくれたら良いのに」

「……」

「……ごめん。お父さんから聞いたの。色々……親友のこととか、プロ目指してることとか」

「あのクソ親父……まぁそれは良(え)えんやけどな。要は俺のプライドっていうか、こだわりみたいなもんやし……」

「……」

 

 ジャージの袖を、美空の小さな指はつまむ。

 

「……今回だけで良いの。お願い……混合野球部に入って。この試合に勝つまでで良いから」

「聞こえは簡単やけど、問題は戦力……あとみんなのやる気やろ。やる気あんの3人だけって試合以前の問題やで。そら付き合い程度やから強くは言(ゆ)えんけど、そこに俺1人入ったかて限界がある」

「それでも、やらなきゃダメなの!!……勝たなきゃ野球できなくなる……みんなと、もっと野球したい……みんなとする野球、終わらせたくないよ」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【みんなとする野球、終わらせたないんよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……松尾」

「え……?」

「いぃや。松尾もそんなこと言(ゆ)うとったなぁって。みんなとする野球終わらせたないって、少年野球の時の話やけどな」

「……松尾くんって、親友の」

「美空みたいに、チームの事みんなの事第一で走り回る奴やった。ピッチャーもバッターもやって、文字通りの大谷翔平や。チームで1番実力あるくせにな、誰よりもチームの事最優先で野球やりおった。やからみんな着いて行っきょったんよ。今のお前と同(おんな)じや」

「……」

「……取り敢えず、俺は俺でやれる事やるわ」

「え……? 入ってくれるの!?」

「丁度部活入れって平山先生に言われとったからな。まぁ期間限定や。処分くらってプロテスト受けられへんってなんのも嫌やし、それに実践感覚は必要や。バッセンだけじゃ感覚は身に付かん。更に相手が強豪なんやったら上等よ。取り敢えず、チームの奴らに連絡はしといて。明日グラウンド行くわ」

「~っ! 扇詩くん! ありがとう!!」

「おおう、抱き付くな抱き付くな。落ち着け」

「~っ、よぅし! 落ち込んでられない! 絶対勝つぞぉ!」

「おぉう」

 

 取り敢えず元気を取り戻したようで何より。涙を拭いて立ち上がった美空と一頻りハイタッチを交わし、腹が減っては戦はできぬとリビングに降りて行った。

 

「……宏太(こうた)」

 

 自室。枕元に置いた、かつての自分と親友の写真。感傷的な心を慰めて欲しいからか、俺は松尾の顔を少し眺め、

 

「……ちょっとだけ、寄り道さしてな」

 

 そう呟いて、俺は決意を覚悟に変えるのだった。

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