……翌日の放課後、職員室。サラサラの髪の毛を払った平山先生は、プリントを一瞥して俺を見上げた。
「……分かった、入部届を受理する。そして歓迎しよう。君の噂は
「そうですか? 姉の手伝いするだけですよ」
「そうか。君達は義理の姉弟だったな。まぁ理由はどうあれ、強力な援軍なのは間違い無い。期待させてもらおう」
「そんな大層な言われ方されても困りますよ。体がデカいだけの
「卑屈なのは去年から変わらないな。まぁ良い。みんなが待っている、行き給え」
「はい。失礼します」
足早に去って行った大きな背中を見送って、
「援軍……いや、追い風だな」
仏頂に近い唇が、優しく緩んだ。
▽△
校内裏門手前、混合野球部グラウンド。
「……というわけで! 新入部員の花咲扇詩くんです!」
「2年の花咲扇詩です。よろしくお願いします」
「よぉ~し! みんな! 張り切っていこう!」
「おー!」という美空の声だけがグラウンドに響き渡り、練習はスタート。最初は例によってランニング——なのだが、美空に着いてきているのは俺を含めて4人だけだった。
「おう新入り、名前何やっけ?」
「花咲扇詩です」
「ポジションは?」
「キャッチャーです」
「キャッチャー! 被ったな聖川ちゃん」
「走りながら喋るな。舌を噛むぞ馬鹿者」
毛先だけ白く染めた
「俺は
「184です」
「でっか。てか敬語やめぇや、
「そうか。助かる」
「えらい変なタイミングで入って来たんやな。ウチ今週で下手したら廃部やで」
「知っとるよ」
「ほんなら何でや? 何で入って来たんやこんなタイミングで。あれか? 部活入らなあかんのやってなかったんか? それで有耶無耶にしようってことか」
「想像力豊かやなぁ。まぁ任せるわ想像に」
「ほぉん……?」
肩、肘、腰、膝——関節を解し暖まっていく。ふと周りを見ると、テキパキとメニューを熟していく美空や聖川と比べ、向こうにいる者達の動きはダラダラと鈍重だ。
「いつもこんな感じなんか?」
「そうやで。でも特に今日はダラついとんなぁ。いっつもは今日休みやからかなぁ」
「ほぉん」
恐らくあそこにいるギャルや地味眼鏡達が付き合いの子達なのだろう。美空もあまり強く言えず放置するしか無い。それが分かっているからか、気の抜けたギャルは大きな欠伸をしてダルさを隠そうともしない。あとこちらを睨み付けてきた。
「こんな有様やけど、まぁみんな
「勝てるかどうかは俺次第やない。チーム全体の問題や。大谷翔平でも1人では勝てんよ。やから、全員で団結して勝たんとな」
「おお、良い事言う」
「うし……」
「お、打つんか? 手伝ったるわ」
「助かる」
必要なウォーミングアップを終え、各々が個人の練習に入る。美空は聖川と共にブルペンへ、俺は鈴原と共に打撃練習を開始した。
「——ん゛っっっ!!」
グラウンドから放たれて60m、80m——打感は良好。どこまでも伸びていく打球は、グラウンド眼前のプールを超える。その爆音にプールサイドを歩く水泳部員は思わず恐怖し、頭上を超えたボールを一瞥してこちらを恐る恐る見直した。
「ぉおぉう、おおおう。ばっけもんやんけお前。ほんまに救世主サマやんけ」
「ボール」
「お、おう。悪い悪い」
快音を響かせる俺の背中に突き刺さる視線。一通り打ち終えると、ギャル達がこちらを見ているのが分かった。
「——おいっしょ!」
「ナイスボールだ、美空」
尚も聞こえてくるボールの破裂音。それが気にならないほど、2人も大人ではない。
「……凄まじいバッティングだな。あれが捕手とは」
「ふふん、扇詩くんは凄いんだよ! 肩も強いし捕るのも上手いし!」
「それは私に対する宣戦布告と受け取って良いのか?」
「ああ、違う違う! 違うよ
「冗談だ。しかし、当日あの男をキャッチャーとして使うのか?」
「ん~、ちょっっと悩んでるかなぁ~。果補外したくないし、指名打者があったらなぁ」
「無いものねだりは心と頭を貧しくするだけだ。もう一刻しか猶予が無いぞ。ピッチング練習はここまでにして、それを考える時間にあてよう」
「そう……だね」
「不安か?」
「……うん。正直」
「私もだ。このグラウンドの有様を見れば嫌でも思う。生徒会で忙しい浜崎と三田村はともかく、まともに練習をしているのが我々と花咲だけとなればな。今日それを払拭したかったのだろう?」
「……いくら練習しても不安が消えない。こんなの初めてだよ」
「何事にも手を抜かず、自責と任務を秘めて事に当たるべし。お前は立派だよ、美空」
「……ありがとう、果捕ちゃん」
「……さて。私も打撃練習をするとしよう。あの新参者にレギュラーを奪われてはかなわないからな」
「頑張れ、果捕ちゃん」
「うむ。大船に乗ったつもりでいると良い」
そう笑って、果補ちゃんは扇詩くんの隣で打ち始める。ベンチに腰掛け、やや重い肩を回した後、寝そべった子達を一瞥。
(……私が、しっかりしなきゃ)
試合は明後日。この部の運命は、この右肩にかかっている——。
△▽
試合を翌日に控え、俺はいつもの高架橋下に向かう。陽も高くなり、散った桜が地面に落ち始めるのと同時に気温も高くなる。だがそれ以上に、翌日に試合を控えているという緊張感と高揚感が心臓を高鳴らせている。
「……ん?」
どうやら先客がいるようだ。マウンドから柱に向かって投げ込むのは——。
「美空」
「あ……扇詩くん」
滝のような汗を流す相手を見つめる。今回は逆の立場になった。今日全体練習は休み。珍しくグラウンドに行かず早々に帰宅したと思ったら、こういうことだったのか。
「明日試合やぞ。そんなに投げ込んで大丈夫か」
「う、うん……大丈夫」
「……」
「……何?」
「いいや。大方、学校で投げとったら聖川に止められるから逃げてきたんやろ」
「ゔ……」
「……もう
「お、扇詩くんはやったら良いよ。私は……もうちょっとで帰るから」
「……松尾もそうやった。前日も試合終わった後もそうやって投げ込んどった。そんな姿を見てた俺からすれば、正直止めてやりたいんや。あいつ、それで肩壊しよったから」
「……」
「帰ろう。な」
「……分かった」
……と、美空は肩を落として帰宅の準備を始めた。
「……不安か?」
「え……?」
「不安やわな。俺もや。やらかしてまわへんかってな……自分のせいで負けたりでもしたらもう生きていかれへん。気持ちはよく分かるよ」
「……扇詩くんは、いくら練習しても不安が消えないことってある?」
「そんなん毎日や。なんぼ練習しても不安は消えへん。できても気休めや。だってテレビつけたら俺以上の奴らがゴロゴロおって、そんな奴らが失敗しとるからな」
「……そっか……」
「実際俺が最後に試合出たんは中1の頃や。あの時から体も何もかも変わってる。通用するんか、今も不安や。でも微かな希望はある。アスリートはそれに懸ける。その僅かなチャンスでやる為に練習やな」
「……そうだね」
「……まぁ、答えにもなってないけどな」
「うんうん、そんなことないよ。ありがとう、扇詩くん」
「そうか。……明日、俺は力になれるかは分からんけど出れたら全力でやる。全員で勝とうや」
「うん!」
柄にも無いが、かっこ良い事を言ってしまった。だけどアスリートである以上、相手が誰であれ全力で挑まなければならない。何より、自分の決定には責任を持たねば。
皆同じだ。不安が無いわけではない。俺が積み重ねてきた研鑽が通用するかも分からない。ましてや男女混合野球なんていう異界の地に、なし崩し的にでも足を踏み入れたのだから。
「……」
最後に出場した試合は中学生になって初めてのゴールデンウィーク。俺と松尾のバッテリーが結果を残して、市総体前に組まれた強豪中との練習試合に出場した時だった。
思えばあの時、松尾の様子は明らかにおかしかった。序盤こそ自慢のシュートで凡打の山を築いていたものの、2巡目から捕まりだし、何とか4回を3点に纏めたものの——腕はふれておらず、投げる事すら怖がっているようにも見えた。
そうしてそれ以降から学校を休みがちになり、あの悲劇が起きた——。
「……大丈夫だ松尾、大丈夫だ」
——この腕には松尾の魂が宿っている。最後の最後までやり遂げられなかった無念が、挫折を乗り越えた先の未来を見る事なくその生涯を終えた後悔が、甲子園への夢を抱いた決意が。この右肩には乗っている。どれだけ振っても届かなかった未来に、俺はもう少しで挑戦できる。
右肩が拍動を刻むように疼く。右肩にもう1つの心臓があるような気がする。どんなピンチでも動じなかったあいつの心臓はこの右腕に——宿って、いるのだろうか。
「……じゃ、見守っといてな」
そう呟いて、俺は明日に向かって目を閉じた。
▽△
——明朝。あまり眠れなかった俺は、グラウンドの準備をする名目で美空より早く家を出た。学校に到着し、やや荒れているグラウンドをモップを使って整備していく。
野球は多角的な動きが求められるスポーツ。足場が不安定なら怪我は免れない。しかし当然この校庭は他部活が共同で練習する場所だ。各々が手入れしているだろうが、やはり面倒な作業だからか細かい所に穴が複数見られる。
少し前までの冬の気配はどこへやら、汗ばむことの方が多くなってきた。最早この整備作業がウォーミングアップ代わりになっている。
「ふぅ……さて、あとはフェンス……両翼90mだっけか」
両翼100m、中堅122m。野球規則上はその距離が望ましい。だがここは学校の校庭、無茶は言えない。距離測定器でそれぞれの距離を取り、印を入れて簡易的な防球フェンスを設置していく。これが重いんよ。
「えーっと、あ。そうだ。
男女混合野球は文字通り男女が同じチームで野球をするスポーツだが、普通の野球とは少し違うルールも存在する。
例えばこの「ホームランライン」。女子限定のルールで、90m以上の位置にノーバンでボールが着地した場合、ホームランと認定される。そして男子投手から女子打者が打つ場合、それは85mまで短縮される。因みに外野手がそのラインを越えてボールをキャッチした場合はアウトとなる。
両翼85mの所から、中堅88mの位置を中継。ラインが綺麗に引けた。我ながら誇らしい。
そしてもう1つ。マウンドの距離だ。通常野球のマウンドの距離は約18.4mと規定されているが、混合野球は男女の力量を拮抗させる為、
・投手(男)VS打者(男)
投手(女)VS打者(女) →18.4m。
・投手(男)VS打者(女) →21m。
・投手(女)VS打者(男) →16.5m。
と、規定されている。それぞれの距離に作られたマウンドは高さも違う。普通の野球には無いギミックへの対応力が求められるのだ。
「精が出るな」
「平山先生、おはようございます」
ビジネスカジュアルスーツがそのスタイルの良さを際立たせる。靡く白衣のポケットに手を入れて悠然と歩く姿は、ランウェイでスポットライトを浴びるファッションモデルのようだ。
「おはよう花咲。1人でやったのか」
「上手く眠れなくて。遠足前の子どもみたいな感じですね」
「ふふ。そうか。にしてもその姿、様になっているな」
「辞めてください。ただの高校生です」
「世辞じゃないさ。それにどこかいきいきしているようにも見える。余程に野球がやりたかったのだろうな、君の心は」
「……まぁ、それはそうですね」
「……そうか。調子はどうだ?」
「悪くありません。でもまぁ、試合に出してもらえるかどうかは分かりませんが」
「悪いが私は野球に関しては門外漢でね。学生の頃はスポーツとも縁が無かったんだ」
「ってことは、試合のレギュラーメンバーは美空が?」
「そうなるな。その条件で私が顧問を引き受けた」
「なるほど。しかし、美空のコミュニケーション能力はバケモノ級ですね。よく部なんて立ち上げたもんです」
「私もそう思う。だからこそ、ここ最近は気合いの入り方が違っていた。部の立ち上げが決まった時は泣いて喜んでいたからな。試合には……まだ、勝てた事は無いが」
「廃部理由は実績が無い事、でしたよね。まぁ試合に勝っとらんかったら存続する理由は無いか。寧ろ、チャンスをくれたと捉えるべきですね」
「そうだな……そろそろ9時か」
試合は10時丁度。予想通りと言うべきか、1番乗りした美空がこっちに走ってやって来た。
「おはよ! おはようございます!」
「おう、おはよう」
「おはよう。今日も元気だな」
「はい! よぉし準備……ってあれ? もう終わってる!」
「俺が終わらした。みんな来たらアップしよか」
「……まさかこの為に早く出たの?」
「眠れんかっただけや」
「そう……なんだ……」
「……お、続々とやってきたな」
集合時間きっかり。彗勢高校男女混合野球部全員が顔を合わせた。
「先生おざーっす」
「おはようございまーす」
「おはよう
「おう新入り、早いな」
「おう」
「……まさかこれ全部お前と美空ちゃん?」
「まぁそうだな」
「扇詩くんが全部やってくれたんだよ」
「ほ~、ありがとうな。殊勝な心掛けやな」
「上から目線どうも」
「おはようございます……」
「……」
「……あ! 扇詩くん二葉ちゃんと秋乃ちゃん初対面だよね。普段生徒会やってるからあんまり来れないけど」
「新入部員、2年の花咲扇詩です。よろしくお願いします」
「は、浜崎二葉です。よろしくお願いします」
「三田村秋乃です、よろしく」
つくづく思うが、この部女子のレベル高くないか? 浜崎さんは所謂黒髪ロング清楚系の美女だし、三田村さんは目付き悪いけどポニテは似合うしシュシュは可愛いし美人だし。向こうのギャルの乾もかなりのものだし。女難の相?
「おいおい、秋乃ちゃんに見惚れてんのか?」
「……いいや。こんな多感な思春期になぁ、お前はよぉ1人でこの部に
「ほーん。美空ちゃんと同じ屋根の下で暮らしとるお前も大概やけどな」
よく思えばウチの男子メンバーは俺と鈴原だけか。鈴原がまともに練習してるとこ見た事無いが、実力は如何程か。
「……10人全員居るな。美空、この中でレギュラーメンバーでない者は」
「あ、えーっと……」
「俺やな」
「花咲か。それ以外のメンバーはウォーミングアップに入り給え。花咲、先方を向こうのベンチに案内する役目を頼む」
「分かりました」
「美空、我々のベンチは一塁側。白楼学園様は三塁側を使って頂く。皆、くれぐれも失礼と粗相の無いように」
「「はい!」」
「花咲、行くぞ」
「はい」
「よぉ~し! みんな! 絶対勝とうね!」
「ああ」
「おぅし、俺も一肌脱いだるか」
「……試合、試合……私普段全然練習してないけど大丈夫かしら……もしチャンスで回って来たら……」
「はいはい、浜崎さん落ち着いて。私も条件一緒。みんな着いてるから」
「み、三田村さん……あ、ありがとう……でも、ほんとに大丈夫かしら……」
「生徒会でナイーブになる癖直したいんでしょ? ほらほら、立ち止まってないで行くよ」
「え、ええ。ごめんなさい」
「……美空めっちゃやる気やし」
「そやね。まぁでも来たし頑張ろ?
「うぇ~、今週練習しすぎてしんどいわ」
「やね~」
そう言って体を伸ばす乾と、眼鏡を直しながら同意する螺子松。そうして始めたウォーミングアップだが、やはりそれぞれのモチベーションが如実に表れている。
「……」
「君も、いつでも行けるよう準備しておいてくれ」
「当然」
「うむ」
全員が集まった10分後。白楼学園の選手を乗せたシャトルバスが姿を見せた。
「「おはようございます」」
「おはようございます。白楼学園です。今日はよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
サングラスをかけた荘厳な男性が慇懃に腰を折り、それに倣って選手らも頭を下げる。礼節もさることながら、男子選手の体格は逞しく、女子選手は無駄なものが見えない。さすがは昨夏3位の実力校だ。
「花咲、選手の皆様を案内して差し上げてくれ」
「分かりました。こっちです」
白楼学園の選手らは息の合った返事をする。こういうところも強豪の振る舞いか。
「……扇詩」
「……ん? ……えっ、
「久しぶりだね。扇詩……中学以来かな」
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花——正しくそれを地で行く。白馬の王子様かと見紛うほどの美丈婦は、俺に向かって優しく微笑んだ。
「まさか混合野球で会う事になるとは思いもよらなかったよ、今日は試合に出るのかい?」
「生憎、俺は新入部員やからな。新参者を出す程世の中甘ない」
「そうか……残念だけど、成長した姿を君に見せられるのは嬉しいな」
「期待しとくわ。じゃ、このベンチ使ってください。今日はよろしくお願いします」
「よろしくね、扇詩。また話そう。ゆっくりと」
「おう」
相変わらず美人だなぁ。そして。
「何? あの変な奴……麗奈先輩の彼氏?」
「んなわけあらへん。麗奈先輩があんなんと」
「麗奈先輩も何であんなんとさぁ」
……こんなんで悪かったな。
……
今では白楼の2年生エース。その姿を見て「白楼の貴公女」なんて呼ばれている。昔はグラウンドの隅で小さくなってたのに、あそこまで立派になられたら立つ瀬がないな。
「おう。どうやった?」
「どういう意味やねん」
「あれ、白楼の神童麗奈さんやろ? どうやった? 美人やった?」
「鈴原。試合前だ、緊張感を持て」
「ごめんごめん、そんな怒らんといて。聖川ちゃん」
「……ふん」
「美空。投げるか?」
「うん!」
相手は強豪。こちらが持てる武器などたかが知れている。緊張感など持ったところで大した意味はないのかもしれない。だがそれでも、勝ちたいと願って踠く奴もいる。
「——ん゛っ!!」
このボールから伝わってくる力こそ、その想いの強さだろう。部を背負う責任が、彼女の想いを更に強くしていく。
定刻は刻一刻と迫る。片やただの練習試合ではあるが、片や部の存続を懸けた大一番を迎えようとしている。置かれた立場の違いを、白楼ナインも感じ取っていた。
「何か気合入っとんね」
「相手弱いんやろ? やからベンチ外のあたしら連れて来られて……面倒やわぁ。まぁ応援よりはマシやけど」
「あたし塁審やで。普通向こうが準備するもんやと思わん?」
「おい、わちゃわちゃやってねぇで向こうに合流してこい。失礼だろ」
「「すいませ~ん」」
「……神童。調子は?」
「良好です」
「そうか。ほんなら予定通り先発さすけど、無理はせんようにな。ピッチャーやり始めてまだ期間も短い。お前の本番は今年と来年の夏やねんからな。疲れたら言いや。変えるから」
「……分かりました」
「……神童」
「どうしたんだい?
「さっき話してたあいつ、何者だ? どう見てもあいつらの中であいつが1番の選手だと思うんだが」
「幼馴染だよ。僕を野球と出会わせてくれた恩人さ。ああは言うが、実力は確かだ。慶四郎も、良い相手になると思うよ」
「……そうか」
……定刻2分前。今日審判を務めてくれるソフトボール部の顧問の先生が中央に立ち、白楼が出してくれた塁審らも連なる。
「——整列!」
——中央に整列し、互い一礼。先攻の白楼はベンチへと撤収し、後攻の彗勢はグラウンドに散る。
先発マウンドには主将・斉投美空。受けるキャッチャーは聖川果捕。各々がポジションに就く。
先攻・白楼。1番打者が左打席に入る。定刻5秒前、主審が右手を挙げる。
「——プレイボール!」
運命の時、幕開ける——その第1球。
「——ん゛っっっ!!」
緊張と不安を切り裂いて。渾身の一球が、聖川のミットを劈いた。
▽△
後攻
1番 ショート
2番 セカンド
3番 キャッチャー
4番 ピッチャー
5番 サード
6番 ファースト
7番 レフト
8番 センター
9番 ライト