球児と球女   作:藤嶋 こもれび

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inning:5 存続試合② 〜快投乱麻〜

 ——最後に見えたのは、ボールの赤い縫い目だった。

 

 両手を抱え込むような所作。両腕の先から先までを鞭のようにしならせるような動作が強烈な横回転を生み出し、右方向に靡きながらも浮き上がる軌道を描いていく。

 

 速い——バッターが率直に感じたのはその情報。その眼はボールを待っていたはずだった。やがて追いかけ、いつしかその姿があったのかすら分からなくなっていった。

 

 そしてそれは、キャッチャーの聖川も同様。しかしそんな2人を現実に戻し最低限の理解をさせたのは、聖川のミットにボールが収まり銃声に似た爆音を響かせた時だった——。

 

 

「——ストライク!」

 

 

 ——バッターは右脚を引いた。聖川は、後ろに倒れ込んだ。

 

 2人の理解を置き去りにしたボールの威力——ミット越しに伝わってくるボールの余韻、そして左掌の痺れ。フレーミングもままならず、背後から突き飛ばされたかのような感覚だけが、聖川の心臓を鳴らしていた。

 

「……バケモンやん」

「あんな速い球見たことあらへんで」

 

 遊撃で乾が、一塁で鈴原がそうこぼす。

 

主審以外の誰もが、何が起きたのかを理解できていない。扇詩の真後ろで守っているショートの乾とセカンドの螺子松ですら、彼がどんなボールを投げたのかを理解できていないのだ。

 

「……なんだぁ? 今のは」

「……」

 

 立ち上がった聖川からボールを受け取った扇詩はもう既に準備を終えている。呟きをこぼした坂本と神童が眼をこらす中、扇詩は迷い無く2球目を投じた。

 

「ストライク! ストライクツー!」

 

 同じボールだ。今度は聖川も倒れずに掴んだ。しかしバッターは何が起きているのか理解できず、2球続けて右脚を引いている。坂本は理解できず空いた口が塞がらない。

 

 ボールを返す聖川。痺れ熱を持った左手——いくらバッティングをしても感じたことの無い感覚に、愕(おどろ)きを抑えるのに必死だった。

 

 

(……なんてコントロールだ、本当に間(・)違(・)い(・)な(・)く(・)投げ込んでくる。こっちが構えた所に、何の迷いも間違いも無く——)

 

 

 驚愕する聖川を他所に、扇詩の3球目。身構えた聖川は三度アウトコースへ。今度はバッターもヒッティングに打って出る。

 

だがバッターはもうボールが見えていない。ヤケクソ気味に振り抜いたバットはボールの遥か上を通過。響き渡る銃音。悲鳴を上げる左掌。項垂れるバッターの後ろで、主審は空振り三振を宣告した。

 

 

「……おお、やるな。聖川さん」

 

 

 外角のボールを捕る時はミットを外から内へ。フレーミングの基本とも言える動作を熟した聖川に、扇詩も感心の言葉を呟いた。

 

 最高のピッチングに最高のキャッチングで応える。理想的なバッテリーの在り方に思わず笑みをほころばせた2人。その表情から見えた互いへのリスペクトが、彼らの信頼関係を更に強固なものへと変えていく。

 

 

「今のボール何だった?」

「……すまん坂本、分からへんわ」

「分からんってお前……ボール見てなかったのかよ」

「……すまん。マジで分からんねん。ボールが途中で消(・)え(・)た(・)んよ」

「消えた……?」

 

 

 白楼打線は3巡目に入る。美空も対戦した1番、2番は女子選手で、扇詩が立つマウンドは21m地点。しかしそれでも、そのボールの力は変わらない。

 

バッター達は何が起きたのか理解するのがやっと。外に外れると思ったボールが急激に曲がってストライクゾーンに戻って来た。更にそれを内外関係無く投げ込んでくる。

 

自分の脚に当たる、そう確信させて体を引けば、ストライクゾーンにボールが入っている。目の前で更に速くなる、急速に変化してくるボールに、バッターはもう対処する事自体が億劫になっていった。

 

 

「……」

「……どうだ? 斉投。花咲は」

「……」

 

 

 「凄い」。平山の問いかけに、美空はそんな言葉でしか返せなかった。

 

 

【ピッチャー! 丁度良(え)え、コイツキャッチャーやで。あれ? ピッチャーだっけ?】

 

 

 

【どっちでも良(え)えよ】

 

 

 

 

 

 

(あの時の言葉……そういう意味だったんだ……)

 

 

 ピッチャーとキャッチャー、どちらも熟せる。正に、文字通りの最強助っ人。

 

 自分の球を平然と捕る聖川すらも驚愕させる程の速い球、バッターの視界から消える程の変化量。誰も彼もがそのボールが一体何なのか確信が持てない。しかしそんな中で唯一、神童麗奈は確信に近い推察を立てた。

 

 

「……ツーシーム」

「あ?」

「……扇詩が投げているのはツーシームだ」

「ツーシームって……あんなに落ち方するもんなのか? 落ちる人もまぁいるだろうが……その線ならツーシームっつーよりシュートじゃねぇか?」

「……いや、あれはツーシームだ。扇詩があれを投げるなら、ツーシームしか無い。あれをあんな風に外低め(アウトロー)に決められる人は、僕が知る限り2人しか居ない」

「今投げてるあいつと——誰だ? お前か?」

「……僕も扇詩も良く知る、親友さ」

 

 

 ——3球目。たった2球で追い込んだ扇詩は、聖川の構えた外角低め(アウトロー)を見据えて腕を振り抜く。

 

流石に何度も見せられて打者も眼が慣れて来たのか、タイミングは合っていた。だが次の瞬間に見えた光景は先程までのものとは正反対——外側から内側へ抉り込んで来た三日月型の軌道が、内側から外側へと逃げていく有明の月の軌道に変わる。

 

意表を突かれたバッターはただバットを振る——否、振らされることしかできない。神童麗奈(エース)のピッチングで見慣れたはずのスライダーに気を取られ、悉く空振り三振に打ち取られた——。

 

「……ウソだろ、あんなスライダーまで」

「……」

 

 余裕綽々だった白楼ナイン、絶句。三日月から有明の月まで網羅した扇詩のボールは、まるで死神の鎌に首を刈り取られたようにして沈黙。にわかに盛り上がる彗勢ベンチを眺めることしかできず、神童も坂本も大きく息を吐き、不安を落ち着かせる事に気を割いた。

 

満身創痍の彗勢に文字通り彗星の如く現れた好投手。リードを奪っているとはいえ、先刻の扇詩の打撃も脳裏に過ぎる。更にこのピッチングとなれば、逆転の文字を嫌でも意識せざるを得ない。神童と坂本の表情が、更に引き締まったものへと変わっていく——。

 

 

「ナイスピッチングだ、花咲」

「おう」

「——ナイスピッチング! 扇詩くん!」

 

 

 元気良く出迎えた美空の瞼は少し赤い。だがそれを感じさせない、いつもの笑顔を扇詩達に向けている。扇詩のピッチングを見て吹っ切れたのか——いずれにしても、調子を取り戻した彼女の姿を見て、皆胸を撫で下ろしていた。

 

 

「おう。元気そうやな」

「えへへ。扇詩くんのピッチング見て元気になっちゃった」

「そうか。そんくらいが丁度良(え)えよ。美空に落ち込むんは似合わん。笑っとけ」

「……うん!」

「キザな事言いよってお前!」

「おう。何でも良(え)えから出ろよ鈴原」

「おぅし。俺もキザなセリフ考えとったろ」

 

 初登板を切り抜け、安堵に思わず気の抜けた息を吐いた。

 

「……ふぅ」

「見事なピッチングだったぞ、花咲」

「ありがとうございます」

「……この試合に、反撃の糸口が見えて来たような気がする」

「前途多難ですよ。あのバッテリー(ふたり)を崩さなきゃ、勝つ道はありませんから——」

 

「——扇詩(あいつ)で終わったのが不幸中の幸いだな、神童」

「そうだね」

「問題は7回だ。必ずあいつにまわる。となりゃそれまでにいかに出塁と球数を抑えるか」

「……試しても良い頃合いだと思う」

「だな。丁度良い練習にもなりそうだ——」

 

 

 ——5回表。試合は終盤に差し掛かる。扇詩の存在によって白楼ナインの緊張感は格段に上がり、バッテリーが見せるピッチングの厳しさも格段に上がり始めた。

 

 この回の先頭は5番・三田村。素早くピッチングに入ったバッテリーにやや困惑しながらも、インコースに決まった初球を見逃す。

 

間髪入れずにもう一球——同じコースに来た球に三田村も反応。だがその両手に伝わって来たのはバットの上側で擦った鈍く弱々しい感覚だけ。軽く上がったフライを坂本が掴み、ワンナウトとなった。

 

 

「捉えたと思ったんだけど……ごめん」

「大丈夫大丈夫! 切り替えていこう!」

 

 

 続いて打席には左の鈴原。先程の三田村同様インコースを攻める強気のピッチング。淡々と投げ込む神童にツーストライクと追い込まれ、鈴原はバットを短く持ち直し、やや腰を落として構え直した。

 

 

(……さっきから同(おんな)じボールばっかり投げとるな……速いめのボールやけど……ストレートか?)

 

 

 ——そう扇詩が心の中で呟いた3球目。またも速いボールに鈴原は反応。巧みにインサイドアウトされたバットの芯がボールを捉え、打球は三遊間を抜けるヒットとなった。

 

「うえぃ! どんなもんよ!」

「ナイスバッティング! 鈴原くん!」

 

 鈴原の見事な流し打ちでチーム4本目のヒット。笑顔を振り撒く鈴原向こう、神童はボールの感触を確かめながら掌を見つめていた。

 

 

(……今ちょっと詰まったか?)

 

 

 三田村のキャッチャーフライ、鈴原の流し打ち。そしてストレートと同じ球速帯。打席に立ってみないと分からないが、浅学をフル活用して導き出せる答えは複数。

 

 三田村も鈴原もタイミングは間違っていなかった。三田村引っ掛けたような当たりで、鈴原は少し詰まった当たりだったのは間違い無い。何より手元で曲がったようにも見え、右打者の三田村の腰が砕けていた。

 

(……カットボール……っぽいな。神童、どんだけ引き出しあんねん)

 

 7番・浜崎は初球を打ち上げてサードフライ。8番・首藤が7球粘りを見せるも、外に逃げるスライダーを追いかけてしまい、空振り三振。この回鈴原のヒットが生まれたが無得点となった。

 

 

「中々打てへんなぁ、神童さんのボール」

「中矢(あや)、惜しかったんだけどね」

「花咲、この回が正念場だ」

「分かっとる。ちゃんと抑えるよ」

 

 

 ……この6回表、白楼は3番からの好打順。そして今日打点をあげている神童と坂本にもまわる。2点を追いかける彗勢にとって、この回は正念場。

 

 

「——セカンド!」

 

 

 3番バッターをセカンドゴロに打ち取る。これでワンナウト、ランナーは無し。先程ツーベースヒットを放った神童を左打席に迎えた。

 

 

(間違えるなよ、花咲——頼むぞ)

 

 

 ——21m先の左打席。バッターは白楼の貴公女・神童麗奈。今日美空から2安打を放っているが、扇詩とは初対戦。2打席目までには無かった緊張感が、彼女の表情を引き締まったものにしている。

 

 

(打たせるわけにはいかん。ここで止める)

(……扇詩……君のボールがどれ程のものか、見させてもらうよ——!)

 

 

 ——互いの視線が交差する、その初球。

 

 

「「——!!」」

 

 

 バッテリーが同時に振り向いた。逆方向、大きな打球がレフト線へ——判定はファール、打った神童はどこか悔しそうに打席へと踵を返した。

 

 

(——花咲のスライダーを、初見で当ててくるのか)

 

 

 初球は外に回り込むスライダー。バックドアと呼ばれる、神童が乾に見せたあの技術。当然日々武器としている彼女にとっては対応することなど造作もなく、ファールになったとはいえ初見ながら快音を響かせてみせた。

 

 

(タイミングは合っていた。恐らく打ち損じ——もう、外角低め(ここ)のスライダーは使えない)

 

 

 神童は先程までとは打って変わり、打席の1番手前側に立っている。変化球を曲がり始める前に叩く——そんな作戦が見て取れた。

 

 

(……スライダーに手を出していながら、ちゃんと速球に対応できるように短く持ち直している。抜かり無いな……)

 

 

 バッテリーに緊張走る。打球の記憶が嫌なイメージとして定着した今、聖川が選んだのはアウトコース。

 

 

(何を投げるかは知らないが、間違えるなよ……!)

 

 

 外に構えた聖川だが、扇詩はこれに首を振る。一瞬困惑しベースの後ろに戻ると、サイン交換を終えたようにしてセットポジションに入った。

 

 

(どうする気だ、花咲——!?)

 

 

 摩擦で燃え上がるかのような回転。唸りを上げるような風切り音。向かう先は聖川のミットの真ん中——ノーステップ打法に切り替えた神童のバットが、空を切った。

 

 

(真ん中高め……敢えて、神童が捨てたストレートを投げたのか)

 

 

 差し込まれるどころかバットに当てる事さえできない。相手の策を、扇詩は力で捩じ伏せようとしている。

 

無論神童もストレートを対策していなかったわけではない。バットを短く持ち、軽打で内野の間を抜くつもりでいた。しかし扇詩のストレートは、ここまで投じていたツーシームやスライダーを遥かに上回る速度で聖川のミットを揺らしていた。

 

 

(ストレートが隠し玉とはね……驚いたよ、扇詩)

 

 

 神童は打席に立ち直す。これまでと同じスタンスで位置で。扇詩のボールを待つ構え。どんなボールにでも反応する、見極める。初球のイメージを互いに払拭し、勝負の3球目へと挑む。

 

 

(……追い込んだは良い。だがここからどうする……? やはり、コ(・)レ(・)か……?)

 

 

 手探りで物を見つけ出すようにミットを構える。今度は首を振る事なくセットポジションへ。意を決して腰を据える聖川、タイミングを合わせる神童。

 

 サイドスローのようにも見える、扇詩独特の軌道(スリークォーター)。唸り声をあげて放出された一投が、神童の意地とぶつかり合う——。

 

 

「——っ」

 

 

 「打つ」——神童の意に反し、バットを持つ両手は躊躇した。自身の顔に向かってくる赤い縫い目が、ぼんやりと見えたからだ。

 

スイング手前でバットを引いた——否、止めた。そしてボールに向かって背を向け、身を守った。だがその行動こそが間違いだった。

 

 神童の手前ではたき落されたかのようにして、急激に落下したボール。追うのがやっとな聖川のミットは、その場で止められないまでも掴む事は成功した。そしてストライクゾーンが目の前にある体勢となっている神童は、はっきりとその事実を目の当たりにする——。

 

 

「——ストライク! バッターアウト!!」

 

 

 ——突き上がる右手。響き渡る狼煙。神童、見逃し三振。思わず天を仰ぎ、この勝負を制した扇詩を見やる。しかしその顔は見えない。マウンドの周りを練り歩き、ボール回しを終えるのを待っている。

 

強打者を抑えたカタルシスに酔っているのではないかと思っていた自分が浅はかだった、選手としても人としても及ばない——たった1打席で見せつけられたその力の差に、神童は思わず項垂れた。

 

 

「……神童」

「気をつけた方が良いよ、慶四郎。あのボール……本当に曲がるから」

「……」

 

 

 その言葉通り、右打席の坂本も扇詩のツーシームに翻弄される。ツーシームを捨てようにも、どこからどこへでも決められるボールを捨てるのは自殺行為。散々ツーシームを意識させられ、最後はいつも受けている外角低めのスライダーで泳がされる。坂本にとって皮肉ともいえる形で、空振り三振を喫した。

 

 

(……何てボールだ、手に負えねぇ……全部のボールが同じ腕の振り、同じリリースポイント、同じ軌道……あれじゃ、手元に来るまで何に化けるか分かったもんじゃねぇ。これを初見で打てる奴なんていんのかよ……!)

(……なんという男だ、花咲扇詩……美空ですら手に負えなかったあの2人をこうもあっさりと……どこに居たんだ。そして何故……この学校に来た。こんなピッチャー、甲子園で見てもおかしくないぞ)

 

 

 崩れ落ちた坂本は恨み節を、受けた聖川は称賛と畏怖を。渦中の扇詩に向けられた感情はいずれにしても大きい。それと同時に、彼の選手としての価値の高さをこのグラウンドに居る者達は皆、嫌でも理解した。

 

 

「最初っからお前が投げとけば良かったやん」

「ホンマそれ~」

「新入りにこんな大事な試合投げさせるチームがどこにあんねん。美空で良かったんや。それに、俺の本職はピッチャーやなくてキャッチャーや。まさかピッチャーを先にやる事になるとは思わんかったけどな……さて」

 

 

 試合は6回表が終了、裏へと入る。この回とあと1イニングで試合が決する。この彗勢高校男女混合野球部の結末が、確定する。

 

 

「……最後の正念場やな」

 

 

 ……6回は9番・蓮池(はすいけ)から始まる打順。3人で終わったとしても、7回裏で扇詩へまわる。

 

問題は2点のビハインドを抱えている事だ。扇詩1人がホームランを打ったとしても、3点を取らなければ彗勢ナインに未来は無い。

 

そして残されたのは、ここまで神童相手に全く歯が立たなかった彗勢打線。神童相手に出塁できたのは美空、聖川、扇詩、鈴原の4人。

 

 神童にも少し疲れが見え始めてきた。浮いた球を1番の乾に弾き返される。しかしこれをショートが好捕。蓮池の打席と同様ショートが捌いて、ツーアウト。

 

打席には2番・螺子松(ねじまつ)。ここで出塁できれば、この回での逆転が見えてくる——。

 

 

「——ボール! ボールツー!」

 

 

 螺子松に対し、2球ともスライダーが外れる。打たなかった事を後悔する螺子松を傍目に、坂本は神童を極力こちらに近付かせずにボールを返した。

 

 

(ボールが浮いてきたな……細かいコントロールが効かなくなってる。カットボールもまだ練習段階とはいえ——扇詩(アイツ)との勝負が足引っ張ってんな)

 

 

 3球目。ストレートがインコースに決まった。

 

 

(絶対に扇詩(あの野郎)にはまわさねぇ。アイツに打たれても他を抑えれば、2点が俺達を守ってくれる)

 

 

 踏ん張り所を迎えた神童の4球目。カットボールを捨て、ストレートとスライダーによる奪三振を狙う——。

 

 

(マズイ、失投——!!)

 

 

 高めに浮いた失投(スライダー)。これを螺子松は見逃さずフルスイング。両手に広がった心地良い感触に比例し、打球は三遊間を抜けてレフト前へ。

 

 

「おおお! やったぁ! 有左(ありさ)!」

「おっしゃ繋がった! 聖川ちゃんが出れば新入りにまわる!」

「果補……!」

「……泣きそうな顔をするな。任せておけ、美空」

「うん……! 頑張れ、果補!!」

 

 

 

 ……神童麗奈は、元々ソフトボールの選手だった。中学時代は花形遊撃手として名を馳せ、更に一般入試で白楼の特待生待遇を掴み取る文武両道のエリート。しかしどんな天才にも穴はある。

 

ソフトボールから野球に転向し、更に肩の強さを買われて投手となったのは去年の夏の終わりだ。そこからここまでの完成度に仕上げたのは本人の努力の賜物と言える。だが、彼女にはまだ足りない。投手としての地盤となる土台が。

 

 三振を奪う力の高さは、彼女の体から奪われる体力(スタミナ)の大きさに比例する。それを補う為のカットボールだったが——。

 

 

「……扇詩……君のように、優雅に投げられたら良いんだけどね」

 

 

 貴公女とは名ばかりの有り体だ。泥臭く汗臭く、自分で自分を追い込んでいる。しかし今の自分を必要としてくれる人が後ろに、目の前に、ベンチには居る。その責任感が、神童麗奈に力を振り絞らせる。

 

 

「……花咲」

「何や」

 

 

 ここがこの試合のターニングポイント。その大事な分岐点の指針は、自分の打席にある。それを理解している聖川は、

 

 

「……お前に必ずまわす。だから救ってくれ。私達を——そして、私達を背負った美空を」

「……ああ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好機(チャンス)か、残塁(ピンチ)か——その重大な分岐点。打席に立つのは美空の女房役・3番の聖川。

 

ここまで神童が投じた球数は100球を超えている。奪三振狙いで球数が多くなるのは彼女の課題。そこに今日1安打を放っている聖川が斬り込めば勝機はある。

 

 肩を痛めながらも試合を作った美空、そして混合野球部の未来。今聖川が背負うものは、神童が背負う責任と同じかそれ以上に重くのしかかる。

 

 小柄な体、ジンジンと痛む左手。それでもバットを握り締め、右打席から神童を睨む。

 

 ツーアウトランナー一塁。両者背水の陣。その18.44mを制するべく、神童の唸り声が緊張を切り裂いた——。

 

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