TS高円寺に異物が混入した結果 作:ろろろってぃ
「ここが、これから我の通う学校か」
――高度育成高等学校。
日本中から選りすぐられた異才たちが集い、卒業後の進路すら約束されているという、国家主導の特殊教育機関。
春の陽光が降り注ぐ校門前に、一人の少女が佇んでいた。
光を浴びて煌めく、燦々たる黄金の髪。
見る者を容赦なく射抜く、猛獣の如き深紅の瞳。
そして、超一流のモデルすら嫉妬を覚えるほど整った容姿と、黄金比という言葉すら生ぬるいほど完成された肢体。
その出で立ちだけを目にすれば、誰もがどこかの名家からお出ましになった深窓の令嬢か、あるいは銀幕から抜け出してきた若き大女優と見紛うだろう。
しかし――彼女は、その程度の枠組みに収まる存在ではなかった。
少女の名は、
この世界とは異なる世界線において、かつて高円寺六助と呼ばれていた異物である。
性別こそ変われど、彼女を取り巻く絶対的な前提に揺らぎはない。
生まれながらにして恵まれた圧倒的な家柄。
常人の理解を遥かに超絶した才覚。
そして、自らの人生において他者の価値観など微塵も必要としない、絶対的な自由への渇望。
天上天下唯我独尊。
傍若無人。
自由奔放。
他者の思惑など知ったことではない。己の赴くまま、思うがままに世界を歩む。
それこそが、高円寺六花という少女の本質であり、揺るぎない芯であった。
――ただし。
一つだけ。
元の世界の「高円寺六助」とは明確に異なる変数が存在する。
「……ふむ」
六花は校門のアーチを見上げ、僅かに口角を吊り上げた。
「なるほど。なかなかに見晴らしが良いではないか」
その凛とした声音には、年頃の少女らしい初々しさなど片鱗すら存在しない。
漂うのは、自らこそが世界の中心であると疑わぬ者だけが纏う、絶対の自負。
そしてその覇気は、彼女固有の資質のみによって醸し出されたものではなかった。
――異物。
彼女の魂の深淵に混ざり込んだ、名もなき超常の残滓。
それは記憶の混入でもなければ、二重人格の類でもない。
ただ、遥かなる古。
神と人が交わりの終わりを迎えた時代において――『人類最古の英雄王』と呼ばれた存在が遺した、ほんの僅かな魂の欠片。
傲岸不遜。
唯我独尊。
万象を見下ろし、自らを至高の存在として疑わぬ、絶対の王気。
「――我こそが至高」
その概念が、何の因果か高円寺六花という少女の魂と不可分に溶け合った。
結果として、彼女は変質した。
いや、正確には――変わったのではない。「至高」という揺るぎない基盤の上に、さらに余計で絶大な重みが加わったのだ。
高円寺六花は、元より己という存在に絶対の揺るぎを持っていた。
人に認められる必要などない。他者より優れているかを証明する価値すらない。
自分は自分。それだけで世界は完璧に完結している。
それが彼女の哲学だった。
だが、王の欠片が混ざり込んだことで、その自己認識は次元を一つ超えた。
「我は、唯一無二の存在である」
六花は当然の如くそう思考する。
「そして――我こそが、この世のすべてを統べる至高の王なり」
戯れ言でも、万能感に酔った妄想でもない。
彼女にとっては、太陽が東から昇るのと同じ普遍の事実。
並の人間がそのような思想を抱けば、痛々しい狂人として失笑されて終わるだろう。
だが――高円寺六花には、それを事実として力ずくで成立させるだけの「規格外の器」があった。
他を寄せ付けぬ類稀なる叡智。
物理法則すら嘲笑う卓越した身体能力。
神の寵愛を集めた容姿と、莫大な財力を誇る家柄。
そして、それらすべてを「当然の配下」として従える精神の強靭さ。
優れたから偉いのではない。
偉いからこそ、己は優れている。
一見すれば破綻したその理屈は、彼女の存在そのものによって完璧な正当性を証明していた。
まさしく――王。
「さて」
優美な制服の裾を翻し、六花はゆるりと歩みを進めた。
高度育成高等学校。
これから三年間、彼女が気まぐれに滞在することになる舞台。
そこには、彼女と同じように歪んだ才能を秘めた者がいる。
彼女とは異なる異質な価値観を抱く者がいる。
彼女を利用せんとする者。反発する者。理解しようと足掻く者。
そして――
「……どのような雑種どもが揃っているのやら」
六花は退屈を紛らわせるように美しく笑う。
しかし、その鮮烈な深紅の瞳に宿るのは、路傍の石ころに向ける程度の薄い興味に過ぎない。
彼女にとって、己以外の人間などその程度の価値でしかないのだ。
面白ければ玩具にする。
つまらなければ視界から外す。
羽虫のように邪魔立てするならば排除する。ただそれだけのこと。
もっとも――
この傲慢なる美しき王は、まだ一つだけ知らぬ事実がある。
この学園には。
彼女と同じく、人の世の常識や「枠組み」という概念そのものが通用しない『深淵の怪物』が存在することを。
そして、その存在だけは――
彼女の中に眠る「英雄王の残滓」すらも、無視することを許さぬ不可逆の意味を持つことになるということを。
だが、その刻の訪れを知る者は、未だ誰もいない。
高円寺六花自身でさえも。
彼女がこの閉ざされた学園で何を思い、何を選び、いかなる軌跡を刻むのか。
そして、その魂に宿る「王」の残滓が、彼女という存在をどのような高みへと導くのか。
確かなことが一つだけあるとすれば――
この日。
高円寺六花という一輪の華が高度育成高等学校の門をくぐったその瞬間から。
この世界の物語は、決定的に、そして不可逆的に。
本来の筋書きとは異なる歪みと共に、動き始めたということだけであった。