群馬県の女神ちゃんは、とにかく群馬を布教したい! 作:利根きぬ
敷島さんの嫉妬尋問から、五日あまり。
あれからは授業を受けては、足利に帰り、また授業を受けては…… と言った具合だ。
彼女の敷島さんとは、たまにメールや通学路で一緒になるが、学校では、まだあまり話さない。
だんだんと新学期感も薄れてきた教室。休み時間、そこら中で、がやがやと生徒たちが話している。
「あ! 私もその映画みたー!」
とか、
「おい! ライブチケット当たったぞ!」
とか、
「でね、妙義山はもう噴火しないの!」
とか……
明らかにおかしい話題がする方向に目をやると、女神さまが、三人ほどの生徒の前で講義を開いていた。
黒板の端っこには「ぐんま博士入門講義」と文字が。
「質問です。 谷川岳は、噴火するんですか?」
黒髪ショートヘアのクラス委員長、冬河玲奈が質問してる。
なんで優等生があんな怪しい講義受けてるんだ……
中途半端に興味持つと布教活動に勧誘されるぞ?
「しないしない! だって、あれただ地形が盛り上がってるだけだから!」
ふふっ、と笑って返す女神さま。
すると、冬河さんの隣、館林さんが質問する。
「じゃあ、浅間山って噴火するの?」
あ……
すると、女神さまの笑顔が、一瞬で引いた。
ほらー…… 俺は、何となく怪しいな、と恐れていたが。
なんか、危ない話題だな、って感じがしてたけど…… やっぱりな。
浅間山にトラウマがある彼女。怒り出さないといいが…… と冷や汗を垂らして見ていたが。
「あー、ね、噴火はね、まだするかもだから、気をつけてね」
めっちゃ動揺してる女神さま。
「へー! 了解、ありがとう!」
館林さんは、なっとく! って表情で微笑む。
苦笑いする女神さま。必死に笑顔を作っている。
…… 良かった…… ひとまず榛名山の大噴火は防げたようだ。
「……」
すると、俺は意外な光景を目にした。
疑うような、訝しげな目で敷島を見つめる、冬河さん。
委員長の透き通った赤い瞳は、全てを見通しているかのように思えた。
なぜか、そんな気がしたのだ。
「敷島さん、もう授業が始まるよ。また放課後に、面白い話を聞きたいな」
腕時計を指差し、話を切り上げる冬河さん。
「あ、うん! そうだった、もう授業始まるんだった……」
ちょっと不自然なおうむ返しをする女神さま。
「またねー!」
元気よく挨拶した館林さんと冬河さんは、席へ戻っていく。
俺はふと、冬河さんの反応について、考える。
「敷島さんの秘密って…… 俺だけの特別じゃないのかな……」
ちょっぴり、彼女の秘密を知りそうな人が出てきたのは、寂しかった。
放課後、俺はトイレから廊下に出た瞬間、何者かに話しかけられた。
「黒磯くん、ちょっといい?」
「わっ! びっくりした…… ふ、冬河さん⁉︎ 」
見ると、男子トイレの入り口前、冬河さんが、壁に寄りかかっていた。
こっちに、とことこ歩いて、じーっと見つめられる。
「黒磯くん……」
「は、はい……」
ショートカットをいじりながら、俺を見る冬河さん。
「あなたこの前、敷島さんとウチのパスタ屋来てたよね?」
「…… ああ、行ったが。めっちゃ美味かったぞ」
「あっ、ありがとう…… じゃなくて! 敷島さん!」
冬河さんは、俺に指を突きつけて、
「あなたなら、敷島さんと浅間山の関係。何か知ってるんじゃないかって」
「なっ……」
まずい。やはり来たか。非常にまずい。首筋に、冷や汗が垂れる。
「館林さんも、あのあとちょっと落ち込み気味でね…… 悪いこと言ったんじゃないかって」
うつむいて、寂しい表情をする冬河さん。
…… まあ、そうだよな。明らかに女神さま、動揺してたし。やはりちゃんと、言うべきだろうか。いやでも、敷島さんから直接言わせるのもな……
彼女は、思い出すのも辛いだろう。直接言わせるのは、大きな負担になりかねない。
俺が言おうか言わないか悩んでいると……
「…… ごめんなさい、唐突すぎましたよね」
冬河さんは、申し訳なさそうに謝った。
やはり、彼女も敷島さんが心配なんだろう。
乾いた風が吹き込む廊下。しばしの沈黙のあと、俺は口を開く。
「よかったら、週末、みんなで旅行に行かないか? 敷島さんも、喜んでくれると思うよ」
俺がそう提案すると、大きな目をぱちくりさせる冬河さん。
「…… そうですね。差し支えなければ、ご一緒したいです」
俺のアイデアに、少し心が軽くなったのか、うっすら笑みをこぼす彼女。
「了解。行き先は後ほどでいいか?」
「はい。週末、よろしくお願いします」
ぺこっとお辞儀をする冬河さん。
「そんなに、かしこまらなくて大丈夫よ。旅行なんだし、精一杯楽しもうよ」
頭をあげ、俺を見る冬河さん。
「は、はい…… 今日は本当に、ありがとうございました!」
ぱあっと、パスタ屋で見た彼女の笑顔が、戻った。
「よし、またな。あ、そうだ、北茨も行きたがってたから、誘っていいか?」
そう。北茨も、俺から旅行の話を聞くと、連れてって、と言い出したのだ。
ちなみに彼は、すでに女神さまからお許しは出ている。
「じゃあ、敷島さんに伝えとく…… って、どうしたの?」
ショートカットをいじり、もじもじとしている冬河さん。
先ほどの凛とした委員長の姿とは、明らかに様子が違う。
「き、北茨…… くんも、来るの……?」
頬を真っ赤に染めて、冬河さんは、俺をチラチラ見る。
パスタ屋の娘としての笑顔とはまた違う、嬉しそうな笑顔。
北茨、よかったな…… 俺と敷島と三人組だと、孤立しかねなかったぞ……
心配が晴れて、ひそかに、友人の幸せを願う俺だった。