拝啓、クソガキのママになりました。~百年以上も働いたブラック企業に退職金を踏み倒されたので、拾った生意気な娘と組んで取り戻すことにした~   作:パッタリ

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3話 大企業の飼い犬をやめた理由

 あちこちにゴミが転がってる道を進み、大通りへ抜ける角を曲がったところで、私は足を止めた。

 前方を塞ぐように、黒い装甲車が二台停まっている。

 その前には、見慣れた戦闘服を着た男たちが八人、銃を構えて並んでいた。

 全員、少し前まで私が指揮していた部下たちだ。

 

 「このままだと戦いにくいわね」

 

 私は抱えていたイリスを地面に下ろし、自分の背後へ押しやった。

 そのままコートの裾を翻し、ホルスターから拳銃を抜く。

 

 「道を開けなさい。元上司への礼儀よ」

 「そう言われましても、仕事なので」

 

 先頭に立つ分隊長の男が、ヘルメット越しに困ったような声を出す。

 陣形は悪くない。私が鍛えただけのことはある。

 だが、銃口の向きが甘い。おそらくわざとだろう。

 私は一歩踏み込み、最初の一発を分隊長の足元へ撃ち込んだ。

 即座に反撃してきたが、弾道はすべて私から極端に外側へ逸れていた。避けるまでもない。

 私は一番近くにいた若手の懐へ潜り込むと、銃を奪いながら膝で腹の辺りを蹴る。

 

 「ぐっ……!」

 

 若手はわざとらしく大げさに吹き飛び、地面を転がる。

 続く二人目の銃を蹴り上げ、三人目の首筋へ銃口を突きつける。

 すると、分隊長があっさりとライフルを地面に置いた。

 

 「はい、そこまで。降参です。総員、武器を捨てろー」

 

 指示を受け、残りの部下たちが一斉に銃を放り出し、両手を挙げた。

 戦闘開始から十秒も経っていない。

 私は銃を構えたまま、呆れて顔をしかめる。

 

 「……ちょっと。もう少し頑張りなさいよ。私の教育が間違っていたみたいじゃない」

 「無茶言わんでください。こっちは上からの命令があってですね」

 

 分隊長は両手を挙げたまま、うんざりした顔で肩をすくめた。

 私の背後に隠れているイリスをちらりと見る。

 

 「その距離で隊長と本気で撃ち合ったら、跳弾とかが後ろのお嬢ちゃんに当たるかもしれないでしょう? 脳組織に損傷を与えたら、俺たちのボーナスどころか命がありません」

 「命令に忠実なのはいいことね。でも、鎮圧用の非殺傷装備や戦術ネットワークはどうしたの? 連携がずいぶん雑だったけど」

 「ミレイ隊長……面倒なので今は副隊長と呼びますけど、あの人の指示で全部置いてきました」

 「は?」

 「『本社の監視記録に残る通信機器や重装備はすべて外せ』と。おかげでこっちは、ただの鉛玉と肉体だけで隊長とやり合う羽目になってるんです。やる気が出るわけないでしょう」

 

 私はこめかみを押さえた。

 監視記録に残る装備を外させた理由など、考えるまでもない。

 ミレイの私利私欲だ。

 イリスの回収よりも私とイチャイチャするのを優先した公私混同っぷりは、ある意味感心する。

 

 「……苦労するわね。あんなのが新しい上司になって」

 「まったくです。あ、それと隊長」

 

 分隊長が急に背筋を伸ばし、敬礼した。

 後ろの部下たちも、転がっていた者も起き上がってそれに合わせる。

 

 「退職おめでとうございます」

 「ありがとう。退職金が出たら、もっとめでたかったんだけどね」

 「じゃあ、俺たちは『元隊長の圧倒的な戦闘力の前に為す術なく突破された』って報告しておきますんで、お早めにどうぞ」

 「助かるわ」

 

 私は銃を収め、イリスの手を引いて装甲車の脇を通り抜けた。

 部下たちは誰一人として追ってこない。

 しばらく走って大通りの雑踏に紛れ込むと、私はようやく足を緩めた。

 

 「ねえ、ママ」

 

 隣を歩くイリスが、不思議そうに私を見上げてきた。

 

 「今の連中、会社の兵隊でしょ? ずいぶん仲良さそうじゃん。なんでオルグラムを辞めたの?」

 「仲がいいのは現場の人間だけ。上層部はクズばかりでね」

 

 私は微妙に虹色になっている水たまりを避けながら答えた。

 

 「それに、私はただの兵士じゃなくて、会社の実験動物でもあったから」

 「実験動物?」

 「ええ。安全性も確認されていない試作品のナノマシンを打たれたり、精神を削るような変な神経接続装備を使わされたり。コールドスリープから起きるたびに、新しいおもちゃのテストをさせられたわ」

 

 自分の手を見る。

 再生医療による、なめらかで傷一つない肌。

 指や腕は、今まで何度吹き飛んだことか。

 

 「おかげで、百二十七年も生きてるのにこんな若々しい見た目のままだけどね」

 

 自嘲気味に笑うと、脳裏に古い記憶がよぎった。

 消毒液の匂いが充満する白い部屋。

 まだ銃の重さに振り回されていた幼少期、番号で呼ばれながらオルグラムの養成施設で育てられた日々。

 私は苦笑して、その記憶をすぐに振り払う。感傷に浸るような歳でもない。

 

 「オルグラムはシティを代表する大企業よ。そこにいれば食いっぱぐれることはない。でもね、前に目が覚めた時、ふと思ったの」

 

 頭上を、オルグラム社のロゴが入った巨大な広告船が通り過ぎていく。

 

 「これからもずっと企業の犬と実験動物を続けながら、冷凍睡眠と戦場を往復してすり減っていくだけなのかってね。そう考えたら、急に馬鹿らしくなって辞めたくなった。それだけよ」

 「ふうん」

 

 イリスは私の横顔をじっと見つめていたが、やがて興味を失ったように前を向いた。

 

 「まあ、辞めて正解だと思うよ。それよりママ、さっきの保存食だけじゃ全然足りない。ちゃんとしたもの食べさせて」

 「はいはい。育ち盛りは燃費が悪いわね」

 

 私たちは中央区の端にある、雑多な商業エリアへと足を踏み入れた。

 屋台が並ぶ通りには無数の人が溢れ返り、むせ返るような熱気と油の匂いが立ち込めている。

 このシティという都市は、とにかく人口が多くて過密だ。

 何千万という人間の腹を満たすため、流通している食べ物の大半は工場で作られた合成食料や培養肉、藻類の加工品で占められている。

 土で育った本物の野菜や、牧場で育った天然の肉なんてものは、一握りの金持ちか、よほどの物好きくらいしか口にする機会がない。

 ……まあ、特殊部隊の隊長をやってれば何度か食べる機会はあるけれども。

 

 「いい匂い! あそこのお店にしようよ」

 

 イリスが指差したのは、派手なホログラムの看板を掲げた大手の外食チェーン店だった。

 

 「却下。チェーン店は監視カメラが市の警備局と直結してるから、顔認証ですぐ足がつく」

 「じゃあ、こっちの屋台は?」

 「そこもダメ。鍋の周りを見なさい、油が酸化して黒ずんでるでしょう。ああいうところで食べると、一日中トイレと友達になるわよ」

 

 私は路地をいくつか歩き回り、換気扇から白い湯気を吐き出している小さな屋台の前で足を止めた。

 店主の老人が、年季の入った鉄の鍋を黙々と振っている。油の匂いも悪くない。

 

 「チャーハンを二つ」

 「あいよ」

 

 屋台の奥にある簡易テーブルにイリスと向かい合って座る。

 ほどなくして、湯気を立てる山盛りのチャーハンが運ばれてきた。

 米はデンプンにビタミンなどを加えて成形した人工米で、混ざっている肉は安い培養肉。それらをコーティングする黄色い卵も、業務用パックからひねり出された合成液卵だ。

 材料は安物ばかりだけど、強い火力で炒められていて実に香ばしい。

 

 「おー、美味しそう」

 

 イリスはスプーンを握ると、さっきの保存食の時とは違って、最初から勢いよく口へ運び始めた。

 私が同じものを食べているから、毒の心配はしていないらしい。少しだけ可愛げのある変化だ。

 

 「どう?」

 「美味しい。ママの家にあったゴミより百倍マシ」

 「余計な一言ね」

 

 私もスプーンを動かしながら、周囲の喧騒に紛れて声を落とした。

 

 「さて。腹ごしらえをしながら、今後の方針を決めましょうか」

 「方針って、オルグラムから退職金を取り返すんでしょ?」

 「ええ。秘密口座や裏金のデータをネタに会社を脅すにしても、直接引き出すにしても、今のままじゃ無理」

 

 私は自分のコートを軽く叩いた。

 

 「家は押さえられたし、手持ちは拳銃一丁とわずかな弾薬だけ。それに、あなたの頭の中からデータを安全に吸い出すための設備か端末も必要になる」

 「じゃあ、お買い物?」

 「そういうこと。ひとまず装備と拠点になる隠れ家を調達しに、闇市へ行くわ」

 「お金ないって言ってたじゃん」

 「多少の貯蓄はあるに決まってるでしょ。働いてきた日々に比べれば少ないけど」

 

 私は食事を終え、ポケットから出した紙幣を一枚テーブルに置いた。

 それを見たイリスが、目を丸くする。

 

 「うわ、紙のお金なんて初めて見たかも」

 「今の時代、正規の買い物はほぼ電子マネーだからね。ネットワークに繋いで決済なんかしてみなさい。その瞬間、大企業の追跡システムに居場所が割れるわ。オルグラムも例外じゃない」

 

 私は立ち上がり、イリスに手招きした。

 

 「だから、今でも現金は消えずに残ってるのよ。足がつかないから」

 「でも、ママの貯金って口座の中にあるんじゃないの? 引き出したらバレるじゃん」

 「普通に引き出せば、ね」

 

 屋台を出た私は、先ほどよりもさらに人混みが激しい、歓楽街の中心部へと歩き出した。

 違法な賭博場や無認可の両替商がひしめく、シティで最もノイズの多い場所だ。

 

 「こういうところにはね、手数料と引き換えに電子マネーを現金にロンダリングしてくれる闇ブローカーがいるのよ」

 「へえ、悪知恵が働くね」

 「百年以上も現場で生き延びてきた年の功と言いなさい」

 「はいはい、百二十七歳」

 「……やっぱり今夜の宿代、あなたの分は削ろうかしら」

 「ケチ! 器が小さい! だから退職金もらえないんだよ!」

 

 口の悪い娘の頭を軽く小突きながら、私は人混みの奥へと歩き出す。

 

 「あいたっ、児童虐待」

 「この程度でなったら刑務所はパンクしてるわ」

 

 抗議の声は、すぐに歓楽街の騒がしさにかき消された。

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