人は死ねばどうなるのか。
天国へ行くのか、地獄へ堕ちるのか、それとも何もかもが消えてなくなるのか。生前の俺はそんなことを真剣に考えたことなどなかったし、仮に誰かから尋ねられたとしても、死んでみなければ分からないと答えていただろう。
だが、実際に死んでみて分かったことが一つある。
どうやら、死後の世界が存在するらしい。
しかも、よりにもよって俺が転生したのは、前世で漫画やアニメを通して慣れ親しんだ『BLEACH』の世界だった。
尸魂界。流魂街。瀞霊廷。そして、護廷十三隊。
前世では画面越しに眺めていた世界が、今では自分の生きる現実となっている。もっとも、転生した直後からその事実を理解していたわけではない。流魂街で暮らし、霊力の存在を知り、真央霊術院に入学して漸く自分がどのような世界に生まれ変わったのかを確信したのだ。
そして現在。
「神々廻三席! こちらの書類にも確認をお願いします!」
「はいよ。そこに置いといてくれ」
「神々廻三席! 現世駐在任務の交代申請が届いています!」
「それは副隊長の承認が必要だな。俺の方で確認してから回す」
「神々廻三席! 隊長がまた執務室から姿を消しました!」
「……あの人は本当に仕事してくれないかなぁ」
瀞霊廷の一角に建つ八番隊隊舎。その執務室で、俺、神々廻隼飛は、机の上に積み重なった書類を眺めながら深々と溜息を吐いた。
身長百八十センチ。黒髪を適当に後ろへ流し、隊士の証である死覇装を身に纏った俺は、現在、護廷十三隊八番隊の第三席を務めている。
死神としての実力を認められ、席官にまで昇進できたこと自体は喜ばしい。問題は、所属する八番隊の隊長が、護廷十三隊でも指折りの自由人だということだった。
「また京楽隊長ですか?」
書類を抱えて現れた女性が、呆れたような声を上げる。
八番隊副隊長、伊勢七緒。
眼鏡の奥に鋭い眼差しを宿した彼女は、俺が尊敬する上司の一人であり、同時に苦労人仲間でもある。
「ええ。さっきまで確かに居たんですけどね。俺が報告書を取りに行った隙に消えました」
「……まったく、あの方は」
七緒さんの額に青筋が浮かぶ。その様子を見て、俺は思わず苦笑した。
「まあ、仕事を片付けてから探しましょう。どうせ隊長のことですし、どこかでお酒でも飲んでるんじゃないですか?」
「神々廻三席。甘やかしてはいけません」
「いや、甘やかしてるつもりはないんですけど……」
「隊長が仕事を放棄するのは、貴方が代わりに処理してしまうからでもあるんですよ」
「えぇ……」
痛いところを突かれた。
俺は基本的に大らかな性格だと自負しているし、多少のことなら笑って流す。だが、仕事に関しては別だ。やるべきことを後回しにしても面倒が増えるだけなので、さっさと終わらせて自由な時間を確保したい。
その結果、隊長が残した仕事まで処理することが多くなってしまった。
「それにしても、伊勢副隊長」
「何でしょう?」
「俺たち、毎度毎度で隊長に上手いこと使われてません?」
「……今更ですね」
二人揃って溜息を吐いた、その時だった。
「いやぁ、二人ともお疲れ〜」
聞き慣れた呑気な声が背後から響く。
振り返れば、花柄の羽織を纏い、編笠を被った長身の男が、いつの間にか扉の前に立っていた。
護廷十三隊八番隊隊長、京楽春水。
俺が心から尊敬する死神の一人である。
普段は飄々としていて、酒と女性を好み、面倒事を避けることばかり考えているように見える。しかし、その本質は極めて冷静であり、戦場では誰よりも現実的な判断を下す男だ。
……まあ、それはそれとして。
「隊長。仕事してください」
「おや、隼飛君。開口一番それかい?」
「当たり前でしょう。俺だって早く仕事を終わらせて鍛錬したいんですよ」
「若いねぇ。そんなに急いで生きなくたって良いじゃないの」
「隊長が仕事してくれれば、俺も急がなくて済むんですけどね」
「ははは、一本取られたね」
朗らかに笑う京楽隊長。しかし、その笑顔も長くは続かなかった。
「京楽隊長」
七緒さんが眼鏡を押し上げる。
「本日の書類決裁が、まだ三十七件残っています」
「……おや?」
「加えて、明日の隊首会に提出する報告書も未完成です」
「いやぁ、七緒ちゃん。そう怖い顔をしなくても」
「隊長」
「……はい」
あっさり姿勢を正す京楽隊長を見て、俺は笑いを堪えきれなかった。護廷十三隊の隊長格ともあろう人物が、副隊長の一睨みで大人しくなる。何度見ても面白い光景だ。
もっとも、この平穏な日常がいつまでも続くわけではないことを、俺は知っている。
藍染惣右介の暗躍。
虚圏との戦争。
そして、千年血戦。
この世界には、数え切れないほどの悲劇が待ち受けている。だからこそ、俺にはやらなければならないことがあった。
◇◆◇
その日の夕方。
仕事を終えた俺は、八番隊隊舎の裏手にある鍛錬場へ足を運んでいた。
夕陽が石畳を赤く染める中、腰に差していた斬魄刀を抜く。
「さて、今日も付き合って貰うぞ」
誰にともなく声を掛ける。
すると、頭の中に軽薄な笑い声が響いた。
『あははっ!また鍛錬?隼飛って本当に真面目だよねぇ』
「努力しなきゃ強くなれないからな」
『でもさぁ、君の能力って反則みたいなものじゃない? もっと楽してもいいと思うけど』
「能力に頼り切ってたら、いざって時に死ぬぞ」
『へぇ。慎重だねぇ』
俺の斬魄刀、その名は『真人』。
初めてその名前を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。何しろ、前世で知っていた『呪術廻戦』の特級呪霊と同じ名前だったのだから。
しかも、精神世界で初めて対面した時には、さらに驚かされた。
青みがかった長髪。顔や身体に刻まれた縫い目のような模様。そして、人懐っこい笑顔の奥に底知れぬ不気味さを宿した青年。
見た目も声も口調も、俺の知る真人そのものだった。
ただし、性格には違いがある。
こちらの真人は悪戯好きで、人を揶揄うことを何より楽しんでいるものの、無意味に命を弄ぶことを好まない。少なくとも、俺の意思に反して誰かを傷つけようとはしなかった。
もっとも、本人曰く。
『俺は君の魂から生まれた存在なんだから、君に寄せてるんだよ』
とのことだった。俺はコイツみたいに人を揶揄ったりしないのに。解せない………。
「弄れ、『真人』」
解号を唱えた瞬間、刀身に黒い縫合痕のような模様が浮かび上がった。
始解――真人。
その能力は、魂への直接干渉。
刀身に触れた対象の魂を変形させ、それに伴って肉体の形状を自在に作り変えることができる。
技の名は『無為転変』。
魂と肉体の関係性そのものに干渉する、極めて特殊な能力だった。
「無為転変」
俺は刀身に左手を添え、自分自身の魂へと干渉する。瞬間、腕の筋肉が内側から組み替えられた。
筋繊維の密度を高め、骨格の強度を調整し、関節の可動域を最適化する。
外見上の変化はほとんどない。しかし、その内側では常人とは比較にならないほどの身体強化が施されていた。
「……よし」
地面を蹴る。次の瞬間、俺の身体は十数メートル先へと移動していた。
瞬歩ではない。純粋な脚力による高速移動だ。
そのまま踏み込み、刀を振るう。鋭い斬撃が空気を切り裂き、鍛錬用の巨大な木柱を両断した切断面は滑らかで、殆ど抵抗を感じさせない。
「まだまだだな」
『えー?十分じゃない?』
「筋力だけ強化しても意味がない。反応速度、霊圧制御、剣術、白打、鬼道……全部鍛えなきゃな」
『欲張りだなぁ、君は』
「生き残る為だよ」
そう答えながら、俺は斬魄刀を構え直した。真人の能力は強力だが、万能ではない。
そもそも、魂に干渉するためには刀身を接触させる必要がある。相手の霊圧が俺を大きく上回っていれば、干渉そのものを妨げられる可能性もあるし、魂の構造を正確に把握できなければ、治療どころか取り返しのつかない損傷を与える危険もあった。
さらに、肉体を強化したところで、その力を扱う技術がなければ意味がない。
だからこそ、鍛錬は欠かせなかった。
何より、この世界には総隊長の山本元柳斎重國をはじめ、常識外れの怪物が何人も存在している。そんな連中が本気で戦う世界で生き残るには、今の実力では到底足りない。
『ねえ、隼飛』
「何だ?」
『君ってさ、何でそこまで強くなりたいの?』
普段とは少し違う、落ち着いた声音だった。
俺は刀を振るう手を止める。
「…………守りたいものがあるから、かな」
『へぇ?』
「俺はこの世界の未来を少しだけ知ってる。誰が死ぬのか、どんな悲劇が起きるのかもな」
『それを変えたいって?』
「ああ」
迷わず頷く。
「知ってるのに何もしないってのは、後で後悔するだろうから」
『あははっ! 君らしいねぇ!』
真人が楽しそうに笑う。
『でも、運命を変えるって大変だよ?一人助けたせいで、別の誰かが死ぬかもしれない』
「その時は、その誰かも助けるさ」
『全部救うつもり?』
「出来る限りはな」
『欲張りすぎじゃない?』
「さっきも言っただろ。俺は欲張りなんだよ」
そう答えて再び刀を構えた時、背後から拍手が聞こえてきた。
「いやぁ、感心感心。随分と頼もしいことを言うじゃないの」
「……隊長?」
振り返ると、いつの間にか京楽隊長が立っていた。その手には徳利が握られている。
「いつからそこに?」
「んー、君が木柱を斬った辺りからかな」
「ほぼ最初からじゃないですか」
「ははは。いや、しかし見事なものだねぇ」
京楽隊長は両断された木柱へ視線を向けた。
「斬魄刀の能力だけじゃなく、斬術そのものも相当なものになっている。隼飛君、また腕を上げたね」
「ありがとうございます」
「でも、少し気になることがあるんだ」
その声音が、わずかに変わった。
「君の斬魄刀……随分と特殊な能力を持っているねぇ」
「……そうですね」
「魂に直接干渉する。聞いたこともない能力だよ」
京楽隊長の眼差しが鋭くなる。普段の呑気な雰囲気は消え失せていた。
「使い方次第では、四番隊の回道でも治せない傷や病を治せるかもしれない。逆に、普通の斬魄刀では到底不可能な殺し方も出来る」
「ええ」
「怖くはないかい?」
俺は少し考えた。
「……怖いですね」
「ほう?」
「俺の判断一つで、目の前の誰かを救うことも、殺すことも出来る。だからこそ、使い方は間違えたくありません」
京楽隊長は黙って俺を見つめると、やがてその口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
「そうかい」
そして、徳利を軽く揺らした。
「なら、今度一杯付き合ってもらおうかな」
「仕事が終わってるなら構いませんよ」
「……隼飛君、君も七緒ちゃんに似てきたねぇ」
「誰のせいだと思ってるんです?」
「あははは」
俺たちは顔を見合わせ、笑い合った。
◇◆◇
数日後。
俺は八番隊の任務として、十三番隊隊舎を訪れていた。
目的は隊務に関する報告書の受け渡し。本来なら伝令役の隊士に任せてもよかったのだが、今回は俺自身が出向くことにした。
理由は単純だ。
十三番隊隊長、浮竹十四郎。
彼の病を治せる可能性があるからだ。
「おや、神々廻三席。わざわざすまないな」
隊長室で俺を迎えたのは、長い白髪を持つ穏やかな男性だった。
浮竹十四郎。
京楽隊長とは真央霊術院時代からの親友であり、護廷十三隊でも屈指の人格者として知られる人物だ。
「いえ、お気になさらず。京楽隊長から浮竹隊長によろしく伝えてほしいとも言われていましたので」
「ははは、京楽らしいな。あいつは元気にしているか?」
「元気すぎるくらいですよ。昨日も七緒さんに追い回されてました」
「それは大変だ」
浮竹隊長が朗らかに笑う。
だが、その直後だった。
「……ごほっ、ごほっ!」
「浮竹隊長!」
突然、激しく咳き込み始めた。
俺はすぐさま駆け寄り、倒れそうになった身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「ああ……すまない。いつものことだ」
浮竹隊長は苦笑するが、その顔色は明らかに悪く、唇には血が付いていた。
俺は彼の背中を支えながら、内心で考えていた。浮竹十四郎は幼少期から重い肺病を患っている。その命を繋ぎ止めているのは、霊王の右腕であるミミハギ様の力だ。
つまり、単純な病気ではない。
彼の魂と肉体には、通常の死神とは異なる何かが存在しているはずだった。
だからこそ、慎重に調べる必要がある。
「浮竹隊長。一つお願いがあるんですが」
「何だい?」
「俺の斬魄刀の能力で、身体の状態を診させて貰えませんか?」
「君の斬魄刀で?」
「はい。俺の始解は魂の形状に干渉する能力です。病によって損傷した部分を修復出来る可能性があります」
浮竹隊長の表情が変わった。
「……そんなことが出来るのか?」
「確実とは言えません。ただ、試す価値はあると思います」
「そうか……」
彼はしばらく考え込んでいた。やがて、穏やかな笑みを浮かべる。
「君がそう言うなら、お願いしてみようかな」
「ありがとうございます。ただし、異常を感じたらすぐに中止します」
「ああ。頼むよ」
俺は斬魄刀を抜いた。
「弄れ、『真人』」
刀身につぎはぎ模様が浮かび上がる。
そして、刃を立てないよう慎重に刀身の平を浮竹隊長の肩へ触れさせた。
「無為転変」
意識を集中する。魂の輪郭が、感覚として流れ込んできた。
通常の死神とは異なる複雑な構造。長年にわたって病に侵された肺。それを支えるように存在する、巨大で異質な霊的な何か。
(――これが、ミミハギ様か)
俺は息を呑んだ。正直、想像以上だった。浮竹隊長の魂には、明らかに本人とは異なる存在が深く結びついている。
無理に干渉すれば、何が起きるか分からない。
『うわぁ……何これ』
真人の声が頭の中に響く。
『すっごいのがいるねぇ。人間でも死神でもない。もっと根っこの方に繋がってる感じ』
(……分かるのか?)
『そりゃあね。俺、魂を見るのは得意だし』
(治せそうか?)
『んー……全部纏めて弄るのは危険だと思うよ。でも、病気で傷んだ部分だけならどうかな?』
俺は考えた。
浮竹隊長の命を支える存在には手を出さない。あくまでも、病によって損傷した肺の組織だけを修復する。
それならば、可能性はある。
「浮竹隊長。少しだけ身体が熱くなるかもしれません」
「ああ、分かった」
「では、始めます」
霊圧を慎重に流し込む。魂の構造を一つずつ確認し、損傷している部分だけを選別する。
焦ってはいけない。少しでも間違えれば、取り返しがつかなくなる。
俺は額に汗を浮かべながら、ゆっくりと魂の形状を組み替えていった。
数分後。
「……ふぅ」
斬魄刀を浮竹隊長から離す。浮竹隊長は胸に手を当て、驚いたように目を見開いていた。
「これは……」
「どうですか?」
「……息が、楽だ」
彼はゆっくりと深呼吸する。
一度、二度、三度。何度も深く息を吸っても、咳は出なかった。
「こんなに深く息を吸えたのは……いつ以来だろうな」
その声が、僅かに震えているのを見て、俺は安堵の息を吐く。
「どうやら、上手くいったみたいですね」
「神々廻君……」
「ただ、完全に治ったとは断言できません。まだ魂の奥に特殊な構造が残っていますし、今後の経過観察は必要になります」
「それでも、十分すぎるよ」
浮竹隊長は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとう。心から感謝する」
「ちょっ、浮竹隊長。頭を上げてください」
「いや、礼を言わせてくれ。長い間、俺はこの身体と付き合ってきた。まさか、こんな日が来るとは思わなかったんだ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
前世で知っていた彼の最期が、脳裏をよぎる。霊王の崩壊を食い止めるため、自らの命を捧げた浮竹十四郎。
あの未来を、俺は変えたい。たとえ物語の歴史が大きく変わるとしても。
「……浮竹隊長」
「何だい?」
「これからも、元気でいてください。その方が、十三番隊の皆さんも喜ぶと思いますから」
俺がそう言うと、彼は少し驚いた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。約束しよう」
◇◆◇
その日の夜。
八番隊隊舎に戻った俺は、京楽隊長から呼び出しを受けていた。
「……隼飛君」
「はい」
「浮竹の病を治したって、本当なのかい?」
普段の軽薄な笑みはなく、京楽隊長は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「完全に治したかどうかは、まだ分かりません。ただ、病んだ箇所は修復出来ました。少なくとも以前よりは楽になっているはずです」
「……そうかい」
京楽隊長は静かに目を閉じた。
「ありがとう」
短く、隊長はそう言った。
「君には、本当に感謝しているよ」
その声には、普段の冗談めいた響きが一切なかった。
俺は少し反応に困った。
「まだ経過観察が必要ですから。礼を言うのは早いですよ」
「それでもさ」
京楽隊長は微笑んだ。
「長い付き合いの友人が、苦しまずに息を出来るようになった。それだけで、僕には十分嬉しいことなんだよ」
「……そうですか」
「ああ」
京楽隊長は徳利を持ち上げる。
「今日は飲もう。隼飛君、付き合ってくれるかい?」
「……あの、今日の仕事は?」
「全部終わらせたよ」
「え?本当ですか?」
「本当本当」
「伊勢副隊長の確認は?」
「……君、厳しくなったねぇ」
「日頃の行いですよ」
俺は思わず笑ってしまった。
「まあ、今日くらいは付き合いますよ」
「そうこなくっちゃ。さ、飲んで飲んで。今日は祝い酒だ」
こうして、俺たちは夜遅くまで酒を酌み交わした。京楽隊長は何度も浮竹隊長との思い出を語り、その度に嬉しそうな顔をしていた。そんな姿を見て、俺は改めて決意する。
この人たちの未来を、守りたい。
そして、出来ることなら。これから失われるはずの命も、救ってみせたい。
◇◆◇
数日後。
四番隊隊舎を訪れた俺は、思いがけない人物と出会うことになった。
「あの……神々廻三席、ですよね?」
振り返ると、そこには俺よりも長身の女性死神が立っていた。淡い紫色の髪をしており、どこか控えめな雰囲気を漂わせている。
四番隊副隊長の虎徹勇音だった。
後に四番隊隊長となる女性であり、俺が前世から知っている人物の一人だった。
「はい。八番隊第三席の神々廻隼飛です。貴女は確か、四番隊の虎徹副隊長ですよね?」
「は、はい! 虎徹勇音です!」
何故か背筋を伸ばして返事をする勇音さんに俺は思わず首を傾げた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「す、すみません……!」
「いや、謝らなくても」
少し困っていると、勇音さんは意を決したように口を開いた。
「あの、浮竹隊長の病を治療されたというお話を伺いまして……」
「ああ、その件ですか」
「卯ノ花隊長が、ぜひ一度お話を伺いたいと」
「卯ノ花隊長が?」
「はい。従来の回道とはまったく異なる治療方法だと聞いて、とても興味を持たれています」
なるほど。確かに、魂そのものを変形させて肉体を修復するという治療法は、四番隊からすれば前代未聞だろう。
俺としても、医療に関する知識は専門家から学んでおきたい。無為転変は魂の形状を作り変えることができるが、人体や霊体の構造を正確に理解していなければ、その能力を十分に活用できないからだ。
「分かりました。自分としてもぜひお願いします」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。俺も四番隊の皆さんから色々と教わりたいと思っていましたし」
そう答えると、勇音さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます! 卯ノ花隊長も喜ばれると思います!」
「こちらこそ。よろしくお願いします、虎徹副隊長」
「は、はい!」
再び顔を赤くして背筋を伸ばす勇音さん。
……何だろう。反応とか少し可愛いな、この人。
そんなことを考えながら、俺は彼女に案内されて四番隊隊舎の奥へと進んでいった。
そして、この出会いが後に俺自身の運命を大きく変えることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。
◇◆◇
同じ頃。
瀞霊廷の別の場所では、一人の男が静かに報告書を読んでいた。
五番隊隊長、藍染惣右介。
眼鏡を掛けた穏やかな風貌の男は、机上に置かれた一枚の書類へ視線を落としている。そこには、十三番隊隊長・浮竹十四郎の病状改善に関する報告が記されていた。
「……興味深いね」
藍染は小さく呟いた。
魂への直接干渉。
既存の回道とは異なる治療能力。
「神々廻隼飛……八番隊第三席、か」
その口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「どうやら、少し調べてみる必要がありそうだ」
藍染は報告書を閉じると、何事もなかったかのように執務へ戻った。
だが、その瞳の奥では、既に新たな計算が始まっていた。
神々廻隼飛。
本来の歴史には存在しなかった、一人の死神。
その存在が、やがて尸魂界の運命を大きく揺るがすことになる。しかし、当の本人はそんなことなど知る由もなく、四番隊の隊舎で卯ノ花烈と向き合っていた。
「なるほど……魂の形状を変化させることで、損傷した肉体を修復するのですね」
「はい。ただ、まだ細かい制御には課題がありまして」
「ふふ……それは素晴らしい能力ですね」
にこやかに微笑む卯ノ花隊長。その笑顔を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
何故だろう。目の前の女性は優しく笑っているだけなのに……とてつもなく恐ろしい。
「神々廻三席」
「は、はい」
「せっかくですから、これから定期的に四番隊へいらっしゃいませんか?」
「え?」
「私も貴方の能力に興味がありますし、貴方自身も医療について学びたいのでしょう?」
「それは、勿論構いませんが……」
「では、決まりですね」
有無を言わせぬ笑顔だった。
隣では勇音さんが嬉しそうにしている。
俺は思った。どうやら、これから忙しくなりそうだと。
だが、それも悪くない。俺自身が強くなる為に。
そして、誰かを救うために。俺はこれからも、この世界で生きていく。
たとえ、その先にどれほど過酷な未来が待ち受けていようとも。
今更ですけど、真人の「無為転変」って浦原さんの卍解『観音開紅姫改メ』に似てますよね。