私の恋活ストーリー? 課題は「恋愛PDCA」! 作:シン_クワちゃん
四月も後半になり、大学の講義にも少しずつ慣れてきた。
毎日、時間割に合わせて教室を移動して、講義を受けて、空き時間には課題を片づける。そんな大学生活のサイクルが、なんとなく出来上がってきた気がする。
教室の外にある中庭や通路には、サークルの勧誘をするための机が並んでいた。大勢の学生が行き交い、あちこちから声が聞こえてくる。
大学というところは、本当に人が多い。全学で四千人以上いるのだから、当然といえば当然なのだけれど。
その大勢の人の中に、山崎君を見かけることは一度もなかった。
学部も学科も違うのだから、簡単に会えるとは思っていない。それでも、どこかで偶然に顔を合わせることくらいあるかもしれないと、少しだけ期待していた。
もちろん、私からメッセージを送ればいい。それはわかっているのだけど。
何と送ればいいのか。久しぶり、というのも少し違う気がするし、大学生活には慣れた?なんて聞くのも、何だか唐突な気がする。
考えているうちに、いつも送れずに一日が終わってしまう。
そんなある日、二時限目の講義の終わりに、隣の席に座っていた女の子が、こちらを向いて声をかけてきた。
「あの、よかったら、お昼、一緒に食べませんか?」
「えっ、あ、はい。いいですよ」
彼女は、必修科目の講義で何度か見かけたことのある子だった。午後の三時限目も同じ講義を受けるので、ちょうどいいと思ったのだろう。
私たちは教室を出て、学内の食堂へ向かった。
「私、鈴木紗弓っていいます。よろしくね」
「早田沙織です。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに簡単な自己紹介をしながら、お昼を食べることになった。
鈴木さんは、地方の街から東京に出てきて、一人暮らしをしているそうだ。セミロングの黒髪に眼鏡。服装も落ち着いた感じで、話し方も丁寧で、真面目できちんとした人という印象だ。
「早田さんは、東京の人?」
「ええ。都内の高校に通っていました。大学も親元から通っているわ」
「そうなんだ。私、東京ってもっと人が多くて、みんなせかせかしているのかと思ってた」
「人は多いよね。私も、大学に入って改めてそう思ったわ」
「やっぱりそうだよね。私、こっちに知り合いが全然いなくて。高校から同じ大学に来た子もいないし、最初はどうしようかと思っちゃった」
「私も同じ高校から来た人はいないんです。だから、声をかけてもらえてうれしいです」
そう伝えると、鈴木さんはほっとしたように笑った。
「よかった。実は私、早田さんのこと、講義で何回か見かけてたんだよね。すごく美人で清楚な感じだから、絶対に都会の人だと思ってた」
「えっ、そんなことないよ」
「いやいや、本当に。だから、声をかけるのも、ちょっと勇気がいったんだよ」
そう言って照れくさそうに笑う鈴木さんを見て、私も自然に笑顔になった。
私は初対面の人と話すのは、決して得意ではない。
でも、こうして自分から声をかけてくれる人がいると、思っていたよりも話しやすいものなのだと思った。
それから、私たちは同じ講義がある日は声をかけ合い、一緒に受けるようになった。お昼を一緒に食べたり、帰りにお茶をしたりすることも増えていった。
何日か一緒に過ごすうちに、私は鈴木さんの変化に気づいた。
ある日、いつもの眼鏡ではなく、コンタクトレンズをつけていた。
「あれ?鈴木さん、今日は眼鏡じゃないんですね」
「そう、コンタクトにしてみたの」
「そうなんだ。なんか雰囲気が変わるね」
「最初はちょっと怖かったんだけど、頑張って入れてみたんだよね。慣れたら、こっちの方が楽かなって」
また別の日には、いつもより顔全体が明るく見えた。
「今日、何か違いますね」
「わかる?ちょっとお化粧を頑張ってみた。ファンデ変えてみたの」
そして週明けに会ったときには、髪が少し明るい茶色になり、緩いウェーブがかかっていた。服装も、いつもの落ち着いたパンツスタイルではなく、おしゃれなスカート姿だった。
「鈴木さん、髪も服も変わりましたね」
「うん。ちょっとイメチェンしてみたの。どうかな?」
「すごく似合ってますよ」
「ありがとう!」
鈴木さんはうれしそうに笑ったあと、少し照れくさそうに続けた。
「私ね、もともと人見知りするタイプなんだよね。自分から誰かに話しかけるのも苦手だったし。でも、大学生になったんだから、そういうところも変えたいなって思って」
「そうだったんですか。私には、そんなふうには見えなかったわ」
「いやいや、結構頑張ってるんだよ。せっかく大学に来たんだし、友達もたくさん作りたいしさ。女子力も上げたいし!」
最後の言葉には、思わず力がこもっていた。私は、そんな鈴木さんの姿勢を素直にすごいと思った。
自分を変えたいと思っても、実際に行動するのは簡単ではない。鈴木さんは、コンタクトにしてみたり、メイクを工夫してみたり、髪型や服装を変えてみたり。そうやって一つずつ挑戦しているのだ。
「私も、もっと頑張らないといけないですね」
「ええっ?サオリンは、そのままでいいよ!」
「サオリン?」
「あ、ごめん。早田さんって、ちょっと呼びにくいかなって。嫌だった?」
「いえ、そんなことないです。ちょっとびっくりしただけで」
「じゃあ、サオリンって呼んでいい?」
「うん。じゃあ私も、紗弓ちゃんって呼んでもいいかな?」
「もちろん!」
こうして、私たちはお互いを名前で呼び合うようになった。
「でも、本当にサオリンは素材がいいから、今のままで十分だと思うけどなあ」
「そんなことないよ」
「いや、ほんと。私もサオリンみたいな雰囲気になりたいなって思うもん」
「私は、紗弓ちゃんが自分からいろいろ挑戦しているところが、すごいと思うよ」
「えへへ、そう言ってもらえるとうれしいな」
紗弓ちゃんは照れくさそうに笑った。
その笑顔を見て、私は思った。
大学生活は、ただ講義を受けて単位を取るだけではないのだろう。こうして新しい友達ができて、知らなかった考え方に触れることも、その一つなのだと思う。
そんなある日、お昼を食べていると、紗弓ちゃんが聞いてきた。
「ねえ、サオリンって、サークルに入るつもりある?」
「サークルですか?まだ、あまり考えていなかったわ」
「私も、まだ決めてないんだけどね。ちょっと気になってるところがあるんだ」
「どんなサークルなの?」
「CCCっていうところ。カレッジ・コミュニケーション・クラブ、だったかな」
「CCC……?」
何だか、ちょっと怪しげな名前だ。
「何その、秘密組織みたいな名前」
「違う違う!普通のサークルだよ。学部とか学科に関係なく、いろんな人と交流して、大学の中に自分の居場所を作ろうっていう感じらしいの」
「へえ……」
「定期的にイベントをやったり、学園祭でも中心になって活動したりするんだって。それに、新入生の大学生活をサポートするボランティアみたいなこともしてるらしいよ」
なるほど。そういうサークルもあるのか。
私は、サークルというのは、スポーツとか軽音楽とか、何か特別な目的のために集まるものだと思っていた。大学の中で人との交流を増やすこと自体を目的にしたサークルがあるとは、考えたこともなかった。
自分の少ない知識だけで先入観を持ち、最初から選択肢を狭めてしまう。視野狭窄に陥るというのは、こういうことなのかもしれない。
……などと、また堅苦しく考えてしまった。
「それで、紗弓ちゃんは、そのサークルに入るの?」
「うーん、まだ迷ってる。実は今度の金曜日に新歓コンパがあるんだよね。まずはそれに参加してみて、それから決めようかなって」
「新歓コンパ……」
「サオリンも一緒に行かない?」
「私も?」
「うん!一人で行くより、誰かと一緒の方が心強いし。サオリンも、いろんな人と知り合うきっかけになるんじゃないかな?」
そう言われて、私は少し考えた。
大学生活は始まったばかりだ。今まで知らなかった人たちと知り合う機会は、きっとこれからたくさんある。せっかくの機会なのだから、最初から避けてしまうのももったいない。
「そうね。これも何かのきっかけになるかもしれないし、参加してみようかな」
「やった!じゃあ、一緒に行こうね!」
紗弓ちゃんは、うれしそうに笑った。私も、少し楽しみになってきた。
★☆★☆★☆
僕が通う経済学部には、金融証券学科という学科がある。
高校のときから経済や金融には関心があったものの、将来何をしたいのか、具体的に決まっていたわけではない。大学でいろいろ学びながら、自分の進む道を考えていけばいいと思っていた。
そんな大学生活にも、少しずつ慣れてきたけど、一つだけ想定外だったことがある。
文系なのに、必修科目に体育があるのだ。
しかも、その日は郊外にあるグラウンドまで行かなければならない。朝から電車に乗って移動するのは、なかなか面倒だった。
授業が始まり、準備運動のあと、二人一組になってストレッチをするように指示された。
さて、困った。
周りを見渡しても、当然知り合いはいない。何度か講義で顔を見たことがある人はいるけれど、話をしたことはなかった。
どうしようかと思っていると、近くで三人で固まっていたうちの一人が、こちらに歩いてきた。
「なあ、何回か必修の講義で見かけたことあるよな?」
「え?ああ、そうだね」
「一緒に組まないか?」
「あ、うん。助かるよ」
正直、ありがたかった。
自分から声をかけるのは、どうにも苦手だ。こういうとき、誰かが先に動いてくれると助かる。
そいつは、そんな僕の気持ちなど気にする様子もなく、気さくに話しかけてきた。
「俺、加山渉一。よろしくな」
「山崎信長。よろしく」
「よし、じゃあストレッチするか。体、硬い?」
「まあ、普通かな」
「俺は結構硬いんだよな。ゲームばっかりやってたからかな」
「ゲーム?」
「そう。まあ、その話はまた後でな」
加山は笑いながら、さっさとストレッチを始めた。
午前中の体育が終わると、僕たちはそれぞれ着替え、大学の校舎がある方へ戻ることになった。
午後からは、そちらで必修の講義がある。
駅へ向かって歩いていると、加山が僕に声をかけてきた。
「山崎、このあと昼めし食うだろ?俺も同じ講義に出るから、途中で何か食って一緒に行かないか?」
「うん、いいよ」
「よし、決まり!」
僕は初対面の相手に、こんなふうに話しかけることはなかなかできない。だからこそ、少しうらやましいとも思った。
大学に入ってから、改めて気づいたことがある。
高校までなら、同じクラスになれば、自然と顔を合わせる相手ができた。席が近かったり、同じ行事に参加したり、何となく一緒に過ごすうちに話すようになったり。
でも、大学にはそういう「クラス」がない。講義ごとに教室も顔ぶれも変わる。黙って座っているだけでは、誰とも話さないまま一日が終わることだってある。
せっかく始まった大学生活だ。新しい友達もできたらいいと思う。そのためには、自分から動かなければいけない。
頭ではわかっているのだけれど、なかなか難しい。だから、加山のような人はありがたい。
駅の近くで昼食を取ることになり、席に着くと、加山は改めて自己紹介を始めた。
「俺、都内の高校から来たんだよ。まあ、そんなに偏差値の高いところじゃなかったけどな。同じ高校からこの大学に来たの、俺一人なんだ」
「そうなんだ。僕も同じ高校から来た人はいないよ」
「お、山崎もか。じゃあ、お互い新しい仲間を探さないとな」
「そうだね」
「俺の高校、勉強はそこそこだったけど、いろんなことに打ち込んでる奴が多かったんだよ。運動部もバスケとか強かったし、文化部も結構すごくてさ。吹奏楽とか軽音とか文芸とか。文芸部なんて、卒業と同時に作家デビューした奴もいるらしいぜ」
「へえ、それはすごいね」
「だろ?で、俺はPCクラブに入ってたんだ」
「PCクラブ?」
「パソコンでゲームを作るんだよ。これが結構面白くてさ。プログラムを書いたり、キャラクターを動かしたり、いろいろ試してみたり」
加山は、好きなことを話すときの子供のような顔になった。
「じゃあ、加山は情報系の学部に進もうとは思わなかったの?」
「いや、それも考えたんだけどさ。これからはプログラムだってAIが作れるようになるだろ?」
「まあ、そうだろうね」
「だったら、AIにちゃんと指示を出すためには、社会とか経済のことをわかってないとダメじゃん。どんなものを作るにしても、世の中のことを知らなきゃ、いいものは作れないだろ?」
「なるほど……」
ずいぶん独特な考え方だとは思ったけれど、加山なりに先のことを考えているらしい。
「まあ、実際に何をやるかは、これから考えるつもりだけどな。山崎は?」
「僕も経済、特に金融には関心があるんだ。でも、具体的にどんな仕事をしたいかまでは決まっていないよ」
「いいじゃん。大学一年なんて、これから見つけるための時間だろ。最初から将来が決まってる奴ばっかりじゃないって」
加山は、あっけらかんと言った。
そう言われると、少し気が楽になる。自分が何をしたいのか、まだわからない。それは、別に悪いことではないのかもしれない。
「そういえば、山崎ってサークルとか決めてる?」
「いや、まだ。勉強に役立つような金融研究のサークルがあれば、入ってみたいとは思ってるけど」
「なるほどなあ。でもさ、サークルって学科に関係ないところに入るのも面白いと思うぜ。普段なら知り合わないような奴と話せるし、視野も広がるだろ?」
「そういうものかな」
「そういうもんだって。いろんなタイプのプレイヤーとパーティー組んだ方が、攻略できるイベントも増えるじゃん」
「……プレイヤー?」
「ほら、大学っていうフィールドに来たわけだろ。まずは一緒に戦う仲間探しだよ」
これは、大学生活をゲームに例えているみたいだな。
僕は少し戸惑ったけれど、加山は至って真面目な顔をしている。
「山崎って、割と無口で、自分から話しかけるのは苦手なタイプだろ?」
「うっ……まあ、そうかもしれない」
「だったら、ぴったりのサークルがあるんだよ。俺もそこに入ろうと思ってるんだ」
「どんなサークル?」
「CCCっていうところ。学部とか学科に関係なく、いろんな奴と交流して、大学生活を楽しくしようっていうサークルらしい。イベントもいろいろやってるんだってさ」
「へえ……」
「明日、新歓コンパがあるんだ。俺も行ってみるつもりだから、一緒に参加しようぜ」
「明日か……」
少し考えた。
大勢の知らない人が集まる場所は、正直、得意ではない。けれど、大学生活が始まったばかりの今だからこそ、こういう機会に参加してみるのもいいのかもしれない。
「うん。じゃあ、一緒に行ってみようかな」
「よし、決まり!新しい仲間をゲットだな!」
加山は満足そうに笑った。
仲間をゲット、か。ずいぶんゲームっぽい言い方だけれど、悪い気はしなかった。
こうして、僕にも大学で一緒に過ごせる友達が一人できた。
★☆★☆★☆
さて、ここで一つ、面白いことが起きている。早田沙織は鈴木紗弓に誘われ、山崎信長は加山渉一に誘われた。
二人とも、金曜日の新歓コンパに参加することになったのだ。さてさて、これはお約束の展開になりそうです。