私の恋活ストーリー? 課題は「恋愛PDCA」! 作:シン_クワちゃん
ゴールデンウィークのある日。私は高校時代の友人たちと、水族館に来ていた。
「わあ、すごい!今のジャンプ、見た?」
奈央ちゃんがイルカショーの水しぶきに歓声を上げる。
「奈央、ちょっとは落ち着きなさいよ」
隣にいたやよいさんが呆れたように言う。
「えー、だってすごかったじゃん!」
「ふふっ。奈央らしいね」
種村さんが笑う。その隣では、石田君が彼女の濡れた肩を気にしてタオルを差し出していた。
こころさんも楽しそうにイルカを見ている。私はそんなみんなの様子を眺めながら、自然と笑顔になっていた。
高校を卒業して、それぞれ違う大学に進んだり、新しい生活が始まったりしているけれど、こうして集まると、あの頃とあまり変わらない。
水族館をひと通り見て回った後、私たちは近くのカフェに入った。
「大学って、思ってたより自由だけど、なんか忙しいよね」
種村さんがメニューを眺めながら言った。
「講義の時間割も自分で決めるし、空き時間もあるしね。高校とはずいぶん違うかな」
私が答えると、こころさんが頷いた。
「そうそう。だから、こうしてみんなで遊べる日があると嬉しいね」
「またみんなで旅行とかも行きたいね!」
奈央ちゃんの提案に、みんながそれぞれ賛同する。
そんな話をしていると、店の入口から見覚えのある二人が入ってきた。
「あれ?みんな、ここにいたんだ」
内田君だった。その横には長谷部さん。
「そっちも遊んでたの?」やよいさんが声をかける。
「うん。ちょっと買い物してたんだ。みんながいるのが見えたから」長谷部さんが微笑んだ。
「せっかくだし、この後みんなでカラオケでも行かない?」
種村さんの提案に、奈央ちゃんがすぐに反応した。
「いいね!育美の歌も聴きたい!」
「えっ、私?」
「育美、超歌うまいもんね」種村さんも笑顔で言う。
「もう、そんなに期待しないでよ」長谷部さんは照れたように笑った。
結局、私たちは全員でカラオケに行くことになった。
長谷部さんの歌声は、やっぱり素敵だった。高校時代にも何度か聴いているけれど、いつ聴いても上手だと思う。そして、歌っている長谷部さんを見つめる内田君の表情も、なんだか自然だった。
曲が終わると、内田君が真っ先に拍手をする。
「やっぱり育美はすごいな」
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
そう言いながらも、長谷部さんは嬉しそうだった。
種村さんと石田君も、選曲を相談したり、飲み物を取ってきたり、ごく当たり前のように一緒に過ごしている。
特別なことをしているわけではない。ただ、好きな人と一緒にいて、自然に笑ったり、気遣ったりしている。
……いいな。
私は、ふとそんなことを思った。
もちろん、二人とも高校時代から付き合っているのだから、今さら特別なことではないのかもしれない。でも、私にはそういう相手がいない。
そもそも、誰かと付き合うというのがどういうことなのか、よく分かっていないのだ。
カラオケを終え、駅に向かって歩いていると、こころさんが隣にやってきた。
「ねえ、沙織さん」
「なに?」
「山崎君とは、その後どうなったの?」
「えっ?」
突然名前を出されて、私は思わず聞き返してしまった。
「ほら、大学で一緒になったって言ってたでしょう?」
「ああ……うん。時々、一緒にお昼を食べたりしているわ」
「へえ。二人で?」
「ううん。たいていは鈴木さんと加山君っていう大学の友達も一緒よ。講義の都合が合うときに、みんなで食べることが多いかな」
「二人きりで出かけたりは?」
「それは、まだ……」
こころさんは、少し考えるような顔をした。
「そっか。進展はないんだね」
「進展って……」私は言葉に詰まった。
確かに、山崎君とは高校時代の塾で話していた頃のように、少しずつ自然に話せるようになってきた。サークルの新歓コンパの後も、四人で集まってお昼を食べたり、カラオケに行ったりしている。
それは私にとって、嬉しい変化だった。でも、それを進展と呼んでいいのかは分からない。
「何の話?」
いつの間にか、やよいさんが会話に加わっていた。
「沙織さんと山崎君の話」
こころさんがあっさり答えた。
「そういえば、猫のぬいぐるみをもらったんでしたよね?」
「こ、こころさん!」
思わず声が大きくなった。
「え、何?ぬいぐるみ?」
やよいさんが興味を示す。
「ゲームセンターで山崎君が取ってくれたんだって。沙織さん、すごく嬉しかったみたいだったね」
「ちょっと、そんなに詳しく話さなくても……!」
顔が熱くなるのを感じた。
確かにあのぬいぐるみ、サキちゃんは今もベッドの枕もとにいる。見るたびに、あの日のことを思い出すくらいには気に入っている。でも、それを友達に話すとなると、どうにも落ち着かない。
「いいじゃない。山崎君は塾でもずっと一緒に話してたし、文化祭も沙織が案内してたじゃん」
やよいさんは、私の反応を面白がるように笑った。
「うん。そうだけど……」
「じゃあ、応援しないとね」
「だから、そういうのじゃないってば!」
私は慌てて否定した。
そもそも、私は山崎君のことが好きなのだろうか。
確かに、話せると嬉しい。一緒にいると楽しい。あの日、ぬいぐるみを取ってもらったときだって、とても嬉しかった。でも、それだけで恋愛感情だと言えるのだろうか。
こころさんもやよいさんも、それ以上は追及してこなかった。
けれど、二人の表情を見ていると、私の言葉を半分も信じていない気がした。
家に帰り、私は自分の部屋でベッドに腰掛ける。
高校時代の友人たちと遊んで、久しぶりにみんなの笑顔を見て、楽しい時間を過ごした。
でも、帰り道でこころさんに聞かれたことが、ずっと頭から離れなかった。
「山崎君と……どうなりたいんだろう」私は小さく呟いた。
恋愛がしたいのかと聞かれれば、してみたいという気持ちはある。高校時代から、周囲には付き合っている人たちもいた。今日だって、内田君と長谷部さん、種村さんと石田君の様子を見て、いいなと思った。
でも、私が山崎君と付き合いたいのかと聞かれると、すぐには答えられない。
まだ私は、山崎君のことをよく知らないと思うから。
高校時代、塾で一緒だった頃は、勉強の話をしたり、ちょっとした雑談をしたりしていた。大学で再会してからも、少しずつ以前のように話せるようになってきた。
私は、それが嬉しい。
もっと話したい。もっと一緒に過ごしたい。そして、山崎君のことをもっと知りたい。
「……そうね。まずは、そこからよね」
恋愛かどうかを決めるのは、今でなくてもいい。まずは、山崎君ともっと親しくなること。
そのためには、どうすればいいのだろう。
いつもの四人で集まるのも楽しい。じゃあ、二人で会ってみるのはどうだろう。
大学以外の場所で、二人で一緒に過ごしてみる。そうすれば、普段とは違う山崎君の姿も見られるかもしれない。
「……つまり、デート?」
口に出した途端、急に恥ずかしくなった。
私は慌てて部屋を見回した。もちろん、誰もいない。それでも、なんだか落ち着かない。
デート。二人で出かけて、一緒に何かをして、その後でお茶でもしながら話す。
そう考えると、楽しそうだ。
でも、いきなり遠くまで出かけたり、テーマパークに行ったりするのは大げさすぎる。山崎君だって、困ってしまうかもしれない。もっと気軽に行けるところがいい。
「そうだ。映画ならどうかしら」
二人で映画を見て、その後にカフェで感想を話す。
それなら、会話が途切れても映画の話題がある。私だって、何を話せばいいか分からなくなって困ることが少なくなるはずだ。うん。悪くないと思う。
まず、計画を立てる。Plan。
実行する。Do。
山崎君の様子を見て、どう感じたかを分析する。Check。
その結果を踏まえて、次の行動を考える。Action。
「……やっぱり、PDCAサイクルが大事なのね」私は一人で頷いた。
何事も、やってみなければ分からない。恋愛だって、きっと同じだ。もっとも、問題はそこからだった。
どうやって山崎君を誘えばいいのだろう。大学で顔を合わせたときに、いきなり「今度、二人で映画に行きませんか」と聞く?
……いや、それはちょっと。
メッセージで誘う方法もある。でも、初めてのお誘いがメッセージというのも違う気がする。
せっかく計画は立てられたのに、最初の一歩が踏み出せない。
「うーん……」
私はスマホを手に取った。
山崎君の連絡先はある。メッセージを送ろうと思えば、いつでも送れる。けれど、画面を開いたまま、指が止まってしまった。
……もう少し考えてからにしよう。
そう自分に言い聞かせて、私はスマホを伏せた。
★☆★☆★☆
ゴールデンウィークから、僕はアルバイトを始めた。
以前通っていた進学塾で、授業の準備や採点の補助をする仕事だ。模試がある日には、試験監督を担当することもある。
高校生向けの進学塾だけあって、バイトでもスーツ着用と言われた。
入学式以来のスーツは、なんだか落ち着かなかった。高校は制服だったし、大学では私服で過ごしている。こうして仕事として着ると、少し大人になったような気もする。
もっとも、慣れない仕事で帰る頃にはすっかり疲れていた。
家に帰ると、夕食を済ませてベッドに横になる。スマホを見ながら、何をするでもなく時間を過ごす。
そして、気がつくと早田さんのことを考えていた。
……何をやっているんだろう、僕は。
新歓コンパの後、結局サークルには入らないことにした。あの雰囲気が自分には合わないと思ったからだ。
その代わり、加山や鈴木さん、早田さんとは、よく一緒に過ごすようになった。
講義の時間が合えば、昼食を一緒に食べる。加山がカラオケに行こうと言い出したときも、鈴木さんが乗り気になり、早田さんも誘ってくれた。
みんなでいると、それなりに楽しい。早田さんとも、以前より自然に話せるようになったと思う。
……友達としてなら、僕と一緒にいても平気なんだろう。そう考えると、少し安心する。
早田さんは、昔から頭がよくて、落ち着いていて、周囲からも好かれている人だった。大学で再会してからも、その印象は変わっていない。そんな人が、僕と普通に話してくれる。
それだけでも、十分ありがたいことだ。
でも。
僕は寝返りを打った。
考えてみると、みんなを自分から誘ったことがない。
いつも加山が何かをしようと言い出して、鈴木さんにメッセージを送る。鈴木さんが早田さんを誘って、結果として四人で集まることになる。僕は、加山から誘われたから参加しているだけだ。
……僕からも、何か誘ってみたい。
そう思った。
早田さんと、もっと話したい。できれば、みんなでいるときとは違う話もしてみたい。でも、何に誘えばいいのかが分からない。
映画?カラオケ?それとも、どこかに遊びに行く?そもそも、僕から誘って、早田さんは来てくれるのだろうか。
「……考えても仕方ないか」
僕はスマホを置いた。
けれど、翌日になっても、その次の日になっても、結局何も思いつかなかった。
★☆★☆★☆
「……というわけなんだよ」
昼休み、僕は加山に相談していた。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」
「お前から誘いたいんだろ?だったら、何かイベントを作ればいいじゃん」
「イベントって大げさな……まぁそれが思いつかないから相談してるんだけど」
加山は、うーんと唸って腕を組んだ。
「じゃあ、女子に聞けばいいんじゃね?」
「女子に?」
「そう。女の子がどこに行きたいかなんて、俺たちだけで考えても分からないだろ」
「……まあ、それはそうかもしれないけど」
僕は考えた。
鈴木さんに聞くという手もある。加山とも仲がいいし、話しやすい気さくな人だ。でも、僕が本当に聞きたいのは、早田さんがどこに行きたいか、ということだった。
早田さんが興味を持っている場所。早田さんが楽しめそうなこと。
……そう考えると、やっぱり本人に聞くのが一番なのかもしれない。
「分かった。聞いてみるよ」
「おう。頑張れよ」加山は軽い調子で答えた。
頑張れと言われても、何を頑張ればいいのか分からないけれど。
それでも、僕は早田さんにメッセージを送ることにした。
★☆★☆★☆
スマホが震えたのがわかった。
私は講義が終わり、次の講義までの空き時間にバッグからスマホを取り出す。
山崎君からのメッセージ。
『早田さん、今度またみんなで遊びに行きたいと思うんだけど、どこか行きたいところある?』
……え?
思わず、画面を二度見した。山崎君から、遊びに行こうというメッセージ。
今度また。みんなで。
……みんなで?
いや、待って。最初からそう書いてあるじゃない。でも、山崎君から遊びに誘ってくれたのは初めてだ。私は、胸のあたりが少しだけ温かくなるのを感じた。
それなら、ここで私からも提案してみよう。
以前、二人で出かけるなら映画がいいと考えていた。でも、いきなり二人きりで映画に誘うのは、まだ難しい。だったら、まずはみんなとお出かけなら気軽に誘える。
私は少し考えてから、返信した。
『水族館はどうでしょう?実はゴールデンウィークに友達と行って楽しかったのでまた行きたいと思っていて、私が案内できますし』
……私、意外と積極的だったかもしれない。
すぐに山崎君から返信が来た。
『いいね。じゃあ、早田さんは鈴木さんに聞いてみてくれる?僕は加山に聞いてみるから』
……あ。
そうだよね。みんなで遊びに行くのだから、当然だ。私はスマホを見つめたまま、少しだけ肩を落とした。別に、がっかりすることではない。山崎君から誘ってもらえたのだから、それだけでも嬉しいことだと、そう自分に言い聞かせた。
★☆★☆★☆
次の日、大学で紗弓ちゃんと同じ講義が終わった後に声をかける。
「紗弓ちゃん、今度みんなで水族館に行かない?」
「水族館?」
「うん。山崎君が、またみんなで遊びに行こうって」
「あ、いいね!私、行けるよ」鈴木さんはすぐに頷いた。
「じゃあ、加山君にも聞いているか確認してみるね」
紗弓ちゃんは加山君に山崎君からお出かけの話は聞いたかと、メッセージを送った。
すると、驚くほど早く返信が来た。
『山崎から聞いた!俺も行く!』
「……早いわね」
思わず呟くと、鈴木さんが不思議そうにこちらを見た。
「どうしたの?」
「ううん。加山君、返信早くない?」
「そうかな」
「ねぇ、紗弓ちゃん。普段から加山君とメッセージしていたの?」
「えっ?」
「だって、返信がすごく速かったから」
「ああ、うん。実はね、加山君のバイト先のファミレスで求人していて。それで、私もそこで働くことにしたの」
「そうなの?知らなかった」
「加山君が誘ってくれたんだよ。シフトを合わせて、仕事も教えてくれるって」
鈴木さんは、なんでもないことのように話した。
「バイトかあ……。私も何か探してみようかな。知っている人がいるところなら、初めてでも安心だよね」
「うん、そうそう。だから加山君に誘われた時、ラッキーって思っちゃった」
鈴木さんは笑顔で頷いた。それから、ほんの少し間を置いて、付け加えた。
「……まあ、知っている人がいるってだけじゃないんだけどね」
「え?」
「加山君が誘ってくれたから、始めたの」
私は鈴木さんの顔を見つめた。
加山君が誘ってくれたから。それって、もしかして……。
「そういうこと」
鈴木さんは、ちょっと照れたように笑った。
「だから、今度のお出かけはダブルデートだよ」
「ダ、ダブルデート!?」思わず声が裏返った。
「ちょっと、沙織、声が大きいって」
「ご、ごめんなさい。でも、ダブルデートって……」
「だって、加山君と私、それからサオリンと山崎君でしょう?」
「いや、私と山崎君は、まだそういう関係では……」
「はいはい。まだ、ね」
「紗弓ちゃん!」
鈴木さんは楽しそうに笑った。私は顔が熱くなるのを感じた。
山崎君と水族館に行く。しかも、ダブルデート。
……そこまでのつもりではなかったのに。
でも、考えてみれば、私が山崎君と二人で出かけたいと思っていたのは事実だ。
今回は四人だけれど、大学以外の場所で一緒に過ごせる。それは、私が考えていたPDCAサイクルの第一歩になるのかもしれない。
もちろん、これが恋愛感情だと決まったわけではない。ただ、山崎君ともっと親しくなりたい。
もっと、山崎君のことを知りたい。その気持ちは、少しずつはっきりしてきている。
四人で行く水族館。さて、どんな一日になるのだろう。
……その前に、何を着ていけばいいのか、考えておいた方がいいかもしれない。
私は、まだ少し熱の残る頬を手で押さえた。