ジョニィ・ジョースター、テラを往く 作:マイルドハイブリッド
※本作は、筋立て・設定・展開を作者が決め、本文の執筆と推敲に生成AIの支援を受けています。
本作は『ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ラン』と『アークナイツ』のクロスオーバー二次創作です。公式とは関係ありません。
7部の結末と、アークナイツのメインストーリーのネタバレを含みます。
ジョニィの介入によって、原作の出来事や人物の運命が変わることがあります。
遠回りの帰り道に、お付き合いいただけたら嬉しいです。
潮の匂いが、ふっと途切れた。
ついさっきまでジョニィ・ジョースターは船の甲板にいて、手すりにもたれながら、ネアポリスまであと何日かと指を折る船乗りの声を聞いていた。軋む帆柱も、白く砕ける波も、確かにそこにあった。
瞬きを一つした途端、それが全部、乾いた土と石の匂いに入れ替わっていた。
足の裏に、揺れない地面がある。
目の前には、石積みの家が二十ほど肩を寄せ合う小さな村があった。どの戸口も半端に開いたまま風に鳴り、広場の真ん中では荷車が横倒しになっている。
そして壁という壁から、夕日を吸って鈍く光る黒い結晶が、家々の継ぎ目を内側から押し割るようにして生えていた。
「――なんだ、これは」
声が裏返った。
ジョニィはとっさに右手を前へ突き出し、指先の爪に回転を宿らせた。心臓が肋骨の内側を叩き、呼吸が浅くなる。
「誰だッ! どこにいる! 出てこいッ!」
返事はない。風が、黒い結晶の間で低く鳴っただけだ。
――スタンド攻撃だ。
そうとしか考えられなかった。船の上で何かの条件を満たし、知らないうちに敵の能力に取りこまれた。この村も、壁の結晶も、敵が見せている景色かもしれない。いつからだ。何がきっかけだ。甲板で触った物、見た物、聞いた声。
頭の中で一つずつ巻き戻しながら、ジョニィは右へ、左へと銃口代わりの指を振った。
左手の爪は五枚とも残っている。右手は撃てる状態。足の爪まで数えれば、まだ十分に戦える。
そこで、背後に荒い鼻息が聞こえた。
振り向いた先に、栗毛の馬が立っていた。蹄で落ち着かなげに石畳を掻き、白目をむいて辺りを窺っている。
「スロー・ダンサー……!」
駆け寄って首を抱くと、馬の体温と汗の匂いがじかに伝わってきた。幻にしては、手触りが確かすぎる。そしてその足元に、見覚えのある木の棺が一つ、何事もなかったように置かれていた。
ジョニィは膝をつき、蓋の継ぎ目に手を当てた。中には、ジャイロ・ツェペリが眠っている。
「ジャイロ……きみも、ここにいるのか」
喉の奥が熱くなり、視界が少しにじんだ。ジョニィは袖で目元を拭い、歯を食いしばった。泣くのは後でいい。ジャイロを故郷へ帰すために船に乗ったのであって、その目的だけは、足元が甲板から石畳に変わっても少しも変わらない。
それから日が傾ききるまで、ジョニィは広場の真ん中で棺を背に立ち続けた。物陰の一つ一つに爪を向け、窓の奥の暗がりを睨み、遠くの物音に耳を澄ます。けれど、刺客はいつまで経っても現れない。攻撃も、気配すらない。
敵の能力なら、もう何か仕掛けてきていいはずだ。
「……違うのか? それとも、待っているのか」
答えは出なかった。代わりに、一つだけはっきりした問題があった。
空気だ。
船倉には塩と氷があったが、ここには肌を焼く西日と、風に混じる土埃しかない。三日もすれば、棺の中で何が始まるか。考えるまでもなかった。
「させるかよ。ジャイロ、少し揺れるぞ」
ジョニィは鐙に足をかけて鞍へ身を引き上げ、広場を一周し、二周目で手綱を緩めた。蹄が石畳を叩く拍子、首の上下、背中の筋肉のうねり。全力で走る馬の体には、自然が描く黄金の比率がほんの一瞬だけ浮かんでは消える。
ジョニィはそれを見逃さずに掴み取り、右の人差し指へ乗せた。
すれ違いざま、棺へ指を向ける。放たれた爪弾の後を追うように、ACT4の像が一瞬だけ姿を見せ、弾と一つに溶け合って蓋を抜け、中の亡骸へ音もなく吸いこまれた。夕日の中で、木屑が一つ舞っただけだった。
だが『タスク』のACT4は、ただ穴を空けるための力ではない。撃ち手の意思を、回転が止まらない限りどこまでも遂行し続ける力だ。
朽ちるな、と願った。
その願いが、終わりのない回転になって、棺の中に、そっと留まった。
ジョニィは馬を止め、しばらく、棺を見ていた。黒い結晶の間を風が抜け、低く、長く、鳴った。
▽
三日目の昼前。
空き家の台所はどこも同じ荒れ方をしていて、食器は棚に並び、鍋は竈に掛かったまま、人の姿だけが消えていた。ジョニィは床下の収納を開け、埃をかぶった缶を二つと、石のように固いパンを一つ引っ張り出した。
缶を振り、側面の膨らみを親指で押してみる。膨らんでいなければまだ食えるというのが、騎手時代に厩舎で覚えた飼い葉の見分け方の応用だった。
戸口に影が差し、スロー・ダンサーが首だけ台所に突っこんできた。ジョニィの手元の缶を、熱心に嗅いでいる。
「おまえのじゃあない。外に草が生えてるだろ」
馬は耳を伏せたかと思うと缶の一つを前歯でくわえ、するりと引き抜いて、そのまま悠々と広場へ戻っていった。
ジョニィは残った一つを握ったまま、天井を仰いだ。三日間、話し相手は馬と棺だけで、その馬にまで出し抜かれている。
この三日で、分かったこともある。村には誰もいない。役場らしい建物の地図には川と道が丁寧に描かれていたが、書きこまれた町の名は一つとして知らない。
初日に一度だけ壁の黒い結晶へ指先で触れてみたが、冷たく固いだけで何も起きなかった。
台所の壁にも、黄ばんだ通達が貼られている。
『感染者の隔離区画は東の倉庫へ』
『鉱石に素手で触れぬこと』
言葉は読めるのに、中身が頭に入ってこない。感染者とは何だ。鉱石とは、あの黒い結晶のことか。書く必要のない人間に向けて書かれた紙だった。
敵の能力に閉じこめられているのか、それとも、本当にどこか知らない土地へ放り出されたのか。三日経っても、ジョニィはまだどちらとも決めきれずにいた。決めきれないうちは、気を抜かない。それがあのレースで生き残った者のやり方だ。
「ジャイロ。きみなら、こういう時どうする」
物置のほうへ向けて呟いた、その時だった。
遠くで低い唸りが聞こえた。エンジンの音だ。
▽
ジョニィは広場の外れにある物置の二階へ駆け上がり、板壁の隙間に目を寄せた。
丘の切り通しから、四つの人影が下りてくる。顔の下半分を覆う防護の面に、揃いの黒い装備。先頭は大きな盾を構えた小柄な女で、その斜め後ろに細身の剣を提げた女。
最後尾には、拳銃を握ったいちばん小さな娘と、反対にいちばん背の高い娘が、長柄の斧槍を抱えて並んでいた。
ジョニィは息を詰めた。
剣の女の頭には狐を思わせる耳と、ふさふさの尾。拳銃の娘には猫の耳。盾の女と背の高い娘は、額から獣とも違う角を伸ばし、腰の後ろで太い尾が揺れている。
――人間じゃあない。いや、人間の形をしているが、違う。
真っ先に浮かんだのは、刺客という言葉だった。人の姿を変える能力、獣と混ざる能力。あのレースでは、そういう連中に何度も殺されかけた。
武器を持って近づいてくる者は例外なくジョニィの命を狙っていたし、愛想よく話しかけてくる者ほど背中に何かを隠していた。
だから、まず相手の手を止める。話はそれからだ。
ジョニィは梯子を下りてスロー・ダンサーの手綱を奥の柱へ結び、棺に麻布を掛けた。
足音が近づいてくる。
「リスカム、あの物置。新しい足跡があるわよ。それに、こっちは蹄の跡ね」
「蹄……? 駄獣を連れた避難民が、戻ってきてるの?」
「さあね。少なくとも、地図には載ってない住人がいるってこと。あたしが先に声をかけてあげましょうか?」
「ううん、わたしが前に出る。フランカは右へ。二人は後方で警戒を」
「は、はいっ。後方警戒、了解です」
盾の女が戸口に差しかかった瞬間、ジョニィは左手を地面へ向けた。
人差し指と中指。その指先が、自ら空けた回転の穴へ巻きこまれて消える。
穴は地面を這った。
石畳の目地を縫い、盾の横をすり抜けて、後ろの二人の靴へ。脛を、背を、影のように上り――
背の高い娘と猫耳の娘が、同時に息を呑んだ。
首元に、穴があった。そこから突き出た二本の指先で、爪が唸りを上げて回っている。皮膚まで紙一枚だ。
ジョニィは物置の暗がりから一歩出た。右手はすでに前へ伸ばし、爪を回してある。狙いは盾の女と、剣の女の眉間。
「動くなッ! その二人の首は、ぼくの指の先にある。盾で防げるのは前だけだろ。剣を抜くより、ぼくが撃つほうが速い。全員、武器を捨てろ」
撃ちたくはない。撃てば後戻りはできず、この四人の仲間が今度は本気で追ってくる。それでも、棺に手をかけられるくらいなら迷わず撃つ。
迷いを指先に乗せれば回転が鈍るから、ジョニィは迷いを腹の底へ沈め、爪の唸りだけを相手に聞かせた。
リスカムと呼ばれた盾の女の角が、一瞬だけ青白く光った。だが構えは動かない。目が、仲間の首元とジョニィの右手を一往復し、この距離と配置では二人を同時に守れないと読み切ったのが分かった。
「……フランカ、動かないで」
「分かってるわよ」
剣の女は柄から手を離さず、目だけで笑った。
「ずいぶん手際がいいのね。強盗にしては礼儀正しいし、兵隊にしては一人きり。あなた、何者?」
「質問するのはぼくだ。おまえらは、誰の差し金だ。大統領か?」
「だいとうりょう? どこの?」
「とぼけるなッ! その耳も、角も、おまえらのスタンド能力なんだろう!」
四人が、顔を見合わせた。
「すたんど……ですか?」
首元に爪を当てられたまま、背の高い娘がおそるおそる聞き返した。猫耳の娘は、もう声も出ないらしく、涙目で小刻みに首を振っている。
▽
その反応に、ジョニィの指がわずかに迷った。演技にしては、四人とも本気で分からないという顔をしている。
「……ここはどこの国だ」
「国って……ここはどこの国でもない、捨てられた集落よ。いちばん近い移動都市まで車で半日。ほんとに知らないの?」
「移動都市?」
「町が脚で歩くのよ。見たことない?」
「ふざけてるのか」
「大真面目よ」
ジョニィは奥歯を噛み、問いを変えた。
「ネアポリスはどっちだ。イタリアの港町だ。海はどっちにある。船が出る港でもいい」
「い、イタリア……? あの、ご、ごめんなさい、そういう地名、聞いたことないです……」
猫耳の娘が、震える声を絞り出した。
「じゃあ、あの黒い石は何だ。壁から生えてるやつだ」
剣の女は答える前に、一度だけ自分の腕に目を落とした。ほんの一瞬のことで、すぐに軽い笑みが戻る。
「源石よ。触ると鉱石病になるかもしれないから、素手はやめておきなさい。この集落も、たぶんそれで村ごと逃げ出したの。……ねえ、あなたこそ、防護も無しに三日もここにいて平気だったの?」
「三日とは言ってない」
「足跡の古さと、台所の缶の減り方。そのくらいは分かるわよ」
答えが返ってくるたびに、知らない言葉が一つずつ増えていく。移動都市、源石、鉱石病。どれも、敵がわざわざ用意するにはあまりに手のこんだ嘘で、しかも誰一人として、スタンドという言葉に反応しなかった。
――攻撃じゃあない。
認めたくなかった答えが、喉元までせり上がってくる。ここは敵の能力の中ではなく、本当に、ジョニィの知らない土地なのだ。
「ねえ、リスカム。この子、たぶんあたしたちを襲いに来たんじゃないわ」
フランカと呼ばれた剣の女が、ふっと肩の力を抜いた。
「フランカ、相手はまだ武器を構えてる。判断が早すぎるよ」
フランカは剣の柄を指で軽く叩き、にっこりと笑った。
「だって考えてみて。国の名前を訊いて、海の方角を訊いて、源石も知らない。おまけに、あたしたちを見て真っ先に疑ったのが、どこかの大統領の差し金。強盗はそんなこと訊かないわ。ね、こういう子を何て言うか、知ってる? 迷子っていうのよ」
その一語が、爪の回転よりも深く刺さった。言い返す言葉を探して、見つからない。
首元に爪を当てられたままの背の高い娘が、物置の奥へそっと目をやった。
「あの……その布の下、棺、ですよね。あなたがずっと守ってたの、それですか」
ジョニィの肩がわずかに強張り、それをリスカムは見逃さなかった。
「中にいるのは、誰ですか」
ジョニィは右手を下ろさないまま、左の踵で一歩下がり、麻布の上に手を置いた。
「友だちだ。こいつを故郷に帰す。ぼくがここにいる理由は、それだけだ」
四人の誰も、すぐには口を開かなかった。猫耳の娘の銃口は、いつの間にか地面を向いていた。
▽
ジョニィは息を一つ吐き、左手を引いた。
二本の指が穴から抜けるように手元へ戻り、二人の首元から回転の穴が消える。猫耳の娘はその場にへたりこみ、背の高い娘は首をさすりながらも、まっすぐジョニィを見ていた。
「バニラです。BSWの……見習いです。あの、お友だちのこと、無理に訊いてしまって、すみませんでした」
長身を折り曲げて深々と頭を下げる姿は、さっきまで斧槍を抱えていた娘とは思えなかった。
「ジェ、ジェシカです……。く、首、ついてますよね……?」
フランカは柄から手を離し、防護の面を顎まで下ろした。
「あたしはフランカ。こっちの真面目なのがリスカム。あたしたちはロドスっていう製薬会社の依頼で、この集落の調査に来たの。それで、迷子さんのお名前は?」
「ジョニィ。ジョニィ・ジョースター。それと、迷子って呼ぶのはやめろ」
「じゃあジョニィ、提案。この辺りは天災の通り道だし、感染者を狙う物騒な連中もうろついてる。一人で棺を守り続けるのは無理よ。ロドスまで来なさい。地図もあるし、イタリアって所を知ってる人も、もしかしたらいるかもしれない」
リスカムが眉を寄せた。
「フランカ、また勝手に。身元も分からない相手を艦に連れていくなら、相応の手続きがいるでしょ」
「報告書には、要救助者一名って書けばいいでしょ。さっきの技を見たら、置いていくほうがよっぽど危ないわ」
ジョニィはしばらく黙っていた。それから、物置の奥の柱を顎で示した。
「条件がある。棺と、あの馬も一緒だ。どっちか一つでも置いていけって言うなら、この話はなしだ」
「うま?」
バニラが首を傾げ、ジョニィの視線の先を追った。
柱の陰から、スロー・ダンサーがのっそりと顔を出す。前歯の間には、まだあの缶がくわえられていた。
「わあ……! 見たことのない駄獣さんです。クランタの方みたいな耳と尻尾……あの、触ってもいいですか? すごく、きれいな脚……」
「駄獣じゃない、馬だ。それと、そいつは知らない奴に触られると噛む」
バニラが伸ばしかけた手を、慌てて引っこめた。
スロー・ダンサーは缶をくわえたまま、ぶるると鼻を鳴らした。
ジェシカが小さく吹き出し、フランカは肩を震わせて笑いを堪えている。リスカムは額に手を当てて、長いため息をついた。
「……荷台の空きを確認します。棺の分と、うま、の分と、缶詰の分も」
半刻後、丘の向こうに停めた車を目指して、切り通しを五つの影が上っていった。
四人の黒い装備の後ろを、棺を曳くスロー・ダンサーが行く。その手綱を握り、ジョニィは自分の足で、乾いた土を一歩ずつ踏みしめていった。
ネアポリスは、まだ見えない。だが、歩き出す方角だけは決まった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました。
話タイトルの「テイク・ザ・ロング・ウェイ・ホーム」は、Supertrampの曲「Take the Long Way Home」から借りました。
ジョジョのスタンドや人物の名にならって、各話の題にも時々、洋楽の名を忍ばせていくつもりです。
ちなみに、最後まで缶詰をくわえていたのはスロー・ダンサーです。テラには馬がいないので、この相棒はしばらく「駄獣」と呼ばれ続けることになります。