1991年9月1日 キングスクロス駅
両親がホームを分ける柵に突っ込むのをためらっていたため、私は勝手にカートを押して突っ込んだ。私の眼から見れば、柵に何らかの魔法がかけられていることがはっきり見えるのだが、見えない両親が怯むのもしかたない。私が一人消えれば、腹をくくって後をついてくるだろう。
9と4分の3番線は、マグル側のホームよりずっと賑わっていた。人の多さもさることながら、派手で、騒がしく、無秩序だった。人ごみの向こうに、機関車が停まっているのが見える。煙の色が白い?一昔前の蒸気機関車を使っているのか。
「イズ!一人で行かないでよ、びっくりしたわ」
「二人が行かないからでしょ。母さんは初めてだから仕方ないかもだけど、父さんはダイアゴン横丁に行ったことがあるんだから頑張ってよ」
「いや、ひと月くらい前のことじゃないか。時間が経つにつれて現実感がなくなってきてね、実は夢だったんじゃないかと……。イズも同じだろうに、思い切りがいいね」
「いや、よく見てたら同じように突っ込んで消えていく人がいたしね。母さんはなんだか、父さんより落ち着いてるね」
「現実味がないだけよ……」
子供たちが続々と列車に乗り込んでいく。のんびり話していて乗り遅れたら一大事なので、さっさと乗ってしまおう。
「じゃ、行くね」
「も、もう行ってしまうのかい?次に会えるのはクリスマスだよ?こんなに長くお泊りしたことなんてないのに、本当に大丈夫なのかい?」
「あなた……この一か月散々話したでしょう?」
私も母さんも呆れ顔だ。知らないだろうが、あなたの娘は見知らぬ異界の街で体感何十年もすごしたんですよ。話し相手は人形さんとぼけ老人と使者たちくらいだった。あとまともなのはアイリーンさんくらいだったな。みんな狂ってた。
そんな環境に比べれば、三食食べられてぐっすり寝られて、命の危険がない寮生活なんてぬるいぬるい。母さんはそんな私の余裕を見て心配するのをやめたが、こっちのおじさんは心配性が過ぎるぞ。
「まあ、父さんは任せたよ、母さん」
「任されました、まったく。……行ってらっしゃい、イズ。楽しんでくるのよ」
「行ってきます」
まだグチグチ言っている父さんは無視して、列車に乗り込む。車両を二つほど歩いてみたが、一人で座れるコンパートメントは無さそうだったので、仕方なく、大人しそうな男女が座っているコンパートメントにお邪魔する。
「パドマ・パチルよ。よろしくね」
「ジャスティン・フィンチ=フレッチリーだ。家名が長いから、ジャスティンでいい」
「アリシア・ハリントン。よろしく」
ジャスティンに合わせて、みんなファーストネームで呼び合うことになった。こういう流れにすると、すぐに距離を詰められるんだ、とジャスティンは笑った。
二人の目にちらつく不安を見て思っていたことだが、やはり二人とも新入生だった。
列車がゆっくり動き出した。3人そろって窓の外に向かって手を振った。駅が見えなくなると、ジャスティンはふぅ、と息を吐いた。解放感か、気合を入れたのか。
この3人の中で、パドマだけが魔法界出身だった。魔法界では血統が重視されるらしく、パドマは純血と呼ばれる、先祖代々魔法使いの家庭らしい。血に意味を持たせるのは、あまりいい印象がない。
実をいうと、私はコミュニケーション能力に欠ける。少し前までは同年代の友達もいたのだけど、あの悪夢を経験してからはちょっと性格が変わってしまった。ほんの数人の話し相手以外は言葉も通じず殺し合いでのコミュニケーション、話が通じる相手も最終的に発狂して死ぬか、私が殺した。
そんな私が同年代との話を盛り上げられるわけもないのだが、ジャスティンが魔法界のことを聞きたがり、パドマが律儀に答えるという、二人とも勝手に話してくれるので、私は時々質問を差し込んだり相槌を打つだけでよかった。
「ホグワーツには4つの寮があるの。勇気ある者たちが集うグリフィンドール。知識を追い求めるレイブンクロー。誠実で仲間思いのハッフルパフ。純血主義のエリートが集まるスリザリン。二人はマグル生まれだから、スリザリンはお勧めしないけどね」
「お勧めしないって、そもそもどうやって選ばれるんだい?」
「組み分け帽子っていう帽子を被るの。帽子がふさわしい寮を選んでくれるんですって」
「まって、組み分け帽子はもしかして心を読むの?」
だとしたら困る。私の精神は、魂はもはや人間のそれではない。人の姿を捨てていないおかげで、感情も思考もまだ人間性が多分に残ってはいるが、根っこの部分が致命的に違うのだ。それに、私の思考は情報量が並外れている。いまやヤーナムに巣食う上位者たちのほとんどを駆逐した私は、ヤーナムを支配し、管理している。自宅や家族のことを思考の片隅で常に見守っているし、この世界に重なるように存在している異次元のことを常に認識してしまっている。
私の心を覗かれたら、人外であることは一目瞭然だろう。そもそも、組み分け帽子は私の心を読めるのだろうか?人間用の道具ならば、不具合を起こすかもしれない。
精神に対する他者からの干渉を防ぐというのは、そう難しいことでもないが、それはそれで組み分けされないという問題が起こりそうだ。
「そう、組み分け帽子は被った者の性格や才能を読み取って、時には『相談』に乗ってくれたり、こっちの要望を聞いてくれることもあるらしいの」
相談……会話してくれるということなら、それに賭けるしかないか。もしダメだったら、杖にしたように魔力で強引に従えて、私の眷属に変えてしまおうか。その場しのぎにはなる……かな?
平穏無事に済むとは思っちゃいなったけど、最初の関門が早すぎる。
「ちなみになんだけど、心を読む魔法とかってあるの……?」
「聞いたことはあるけど、ホグワーツでは習わないんじゃないかしら。使える人は珍しいはずよ」
あるのか……。もうずっと精神を防御しておこうそうしよう。
この後の私は、他者にみられることを前提とした精神構造に自分を改造するのに忙しくて、ほとんど会話に入れなかった。
ジャスティンが珍しそうに買ったカエルチョコレートたちが大脱走したときに活躍したくらいだ。
***
「イッチ年生はこっち!イッチ年生はこっち!」
ひげ面の大男が大声で呼びかけている。なんて獣臭いんだ。人間の中の『獣』とは違う匂いで、血の匂いもしないから、つまり家畜を飼育しているということだろう。
大男に従って歩いていると、壮大な城が見えた。カインハーストとは違って「生きている」ことが一目でわかるほど、明かりがきらめいている。長く生きてきた気がするが、ここにきてようやく『真っ当に』神秘的な光景に出会えた。感動的だ。
知らない新入生と小舟に乗り、崖下の洞窟の奥にある船着き場に着いた。城の扉が開くと、見覚えのある魔女の姿。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
マクゴナガル先生についていき、小部屋で待機させられる。ふいに壁からゴーストたちが姿を現し、何人もの生徒たちが悲鳴を上げた。私にとってゴーストとは話の通じない敵であり、見かけ次第物理的に殺して回ったものだが、このゴーストたちはみな理性的で、もしかすると生者よりも真っ当なんじゃないかと思わせるほど真っ当な魂を持っている。
戻ってきたマクゴナガル先生の後ろを一列になってついていくと、広大な大広間があった。4つの長テーブルに上級生たちが座っている。机の上の食器はすべて空のようだ。そのまま大広間の一番奥、教授陣が座っているテーブルの前にならばされた。
マクゴナガル先生が古ぼけたとんがり帽子を椅子の上に置いた。あれが「組み分け帽子」か。
『私はきれいじゃないけれど 人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子 あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組み分け帽子 私は彼らの上を行く
君の頭に隠れたものを 組み分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう 君が行くべき寮の名を』
帽子が無駄にいい声で歌う。なるほど、思った以上に話が通じそうじゃないか。これなら『交渉』できそうだ。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」
組み分けが始まる。
アリシアは人間から上位者に昇華したうえ、現実世界にある生来の肉体を使っているため人間性マシマシです。肉体を捨て、人型の器を持たないようになると、急速に精神の異形化が進むでしょう。
無防備のアリシアに開心術をかけると、情報量に耐え切れず脳が破裂し、運悪く耐えてしまった場合は発狂します。