ハリーポッターとヌルヌルした少女 作:万年筆を持ったシロクマ
「ハリントン・アリシア!」
私の名前が呼ばれた。さて、お話ししようか、組分け帽子。
ぼろい丸椅子に座る。マクゴナガル先生が私に帽子を被せる。意識を集中する。
『おや、君は……どうやら心を閉じているようだね。私が信用できないかね?』
(約束してください。私のことはだれにも明かさないと)
『もちろんだとも。私はホグワーツ創立以来1000年にわたって無数の生徒を組分けしてきたが、生徒の情報を他者に話したことは一度たりともない。ここでのことは、君と私だけの秘密だ』
信頼するしか、私に選択肢はないのだが。楽観的に考えれば、心を読む魔道具に「嘘をつく」なんて機能をつけるような馬鹿はいないだろう。懸念があるとすれば、この帽子が私のことを「生徒ではない」と判定した場合、守秘義務が守られるか怪しいということだが。
仕方ない。狩人は度胸だ。
(今から、私の情報を一部渡します。)
そして、組分け帽子に少し心を開く。あの忌まわしい悪夢に迷い込んだ過去を。血と狂気にまみれ、凄惨な死を何度も繰り返した夜を。幼い私にとって、狩りは簡単なものではなかった。死は苦しく、恐ろしいものだった。知るべきでないものを知るたびに、頭がおかしくなった。それでも進み続けたのは、帰りたいという望みのため。
獣を殺し、人を殺し、化け物を殺し……上位者たちを殺して殺して殺しつくして。その返り血を浴び続けた私は、気が付けば人を辞めていた。
今の私の願いはただ一つ。両親に私の異常性を隠し通すこと。私のことを生んでよかったと思いながら、満ち足りた心地で死んでいってほしいのだ。だから私は、人として生きる。
***
できるだけ情報量を絞ったつもりだったのだが、組分け帽子は3分ほど何も言わなかった。私も、何も言わずに待った。これで帽子がおかしくなったりしたら終わりだ。
帽子が溜息をついたような気がした。
『……なるほど、なるほど。君がどんな経験をしてきたのかは、理解しきれた気がしないが……君の望みははっきりとわかったよ。ご両親のことが大切なのだね』
伝わった!そうだ。それが一番大事なことなのだ。
『さて、私の役目は君をふさわしい寮に導くことだ。君には苦難に立ち向かう勇気があり、人ならざる知恵を理解する頭脳があり、目的のためなら手段をいとわない狡猾さがある。そして、君は「人間らしい」生活を望んでいる。ふむ、どうしたものか……』
(あ、スリザリンは無しで。マグル生まれですから)
『そうかね?確かに彼らは血統を重んじるが、君の優秀さを否定するほど愚かではないと思うよ。しかし、君がそう言うならしかたない』
(順番に考えさせてください。まず、レイブンクローは知識を追い求める学者気質の寮だと聞きましたが)
『いかにも』
(彼らは私のことを「理解」できるでしょうか?)
『あー……うむ。ちょっとばかし難しいかもしれん。君は理解者を求めているのかね?』
(私は本性を明かすつもりはありませんけど、少しだけ、期待してるんです。もしかしたら、私を受け入れてくれる友達ができたらと)
『そうかそうか。君が友を求めるなら、ハッフルパフかグリフィンドールに行くべきだね。しかし、君の本当の姿を見ても受け入れてくれるような……「勇気」あるものを求めるなら……』
「グリフィンドール!」
え。いや、ちょっと待ってくれ。もう少し相談させてくれよ。私はまだ納得していないんだが!?
面倒くさくなって放り出されたようで、ちょっと泣きそうな気持ちでグリフィンドールのテーブルに向かう。時間がかかったからか、心なしか拍手が大きい気がする。
その後の組分けは順調に進んだ。たいていの場合、帽子はたいして悩む素振りもなく寮を宣言する。マクゴナガル先生の手が帽子から離れる前に叫んだこともあった。本来あんなにサクサク進むなら、私の時は結構親身になってくれたということか?
ハリー・ポッターという少年の番になると、一気に空気が変わった。隣に座っていた、同じく新入生の少女が、小声でささやいてきた。「ハリー・ポッターよ。例のあの人を倒した英雄」
私は「へぇ……」と微妙な反応をするのが精一杯だった。『例のあの人』というのは気になるが、シンと静まり返った緊張感ある中で話すのは目立ちすぎる。
ハリーがグリフィンドールに組分けられた瞬間、グリフィンドール生は一斉に歓声を上げた。耳が痛くなるほどだった。
組分けが終わり、校長アルバス・ダンブルドアが立ち上がる。
「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
うん。今まで見たことがないタイプのお爺さんだ。大広間の全員が拍手し歓声を上げていたから、私も形だけの拍手をしておいた。
目の前の食器にいつの間にか御馳走が載っていた。食べたこともない料理を前に、とりあえず何も考えずに食べることにする。
ちょっと落ち着いたころに、さっき聞いた「例のあの人」について、さっき話しかけてきた新入生に聞いてみる。栗色の癖毛が特徴的な少女だ。
「さっき言ってた、例のあの人って何のこと?」
「あら、例のあの人を知らないってことはあなたマグル生まれなのね。私もよ。例のあの人についてね?私たちが生まれるくらいまで、イギリス中で暴れていた闇の魔法使いよ。名前を呼ぶことすら禁忌とされるくらい恐れられていたんだけど、それを滅ぼしたのがさっきの彼、ハリーポッターってわけ。私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたと同じ新入生よ。あなたはアリシア・ハリントンね?」
「ああ、うん」
「よろしくね、アリシア。あなたの組分け、とても時間がかかっていたわね。私も結構長かったけど、あなたはそれ以上。ハットストールだって、先輩方がざわざわしてたわ。ハットストールっていうのはね、組分け帽子が5分以上悩むことをいうのよ。何十年かに一度の、とても珍しいことらしいの。私はグリフィンドールとレイブンクローで悩んでいたのだけど、あなたは?」
おお、さっきまで落ち着いた雰囲気で食事していたのに、ちょっと話しかけただけですごい勢いで返ってきた。
「私はグリフィンドールとハッフルパフのどっちかが良さそうって話になったんだけど、帽子が勝手に決めちゃってねもう少し考えたかったんだけど」
「ああ、それでちょっと暗い顔してたのね」
「心配ないぜ新入生!帽子が決めたことならきっと正解さ。グリフィンドールに来たこと、後悔はしないよ。それより、二人ともマグル生まれなんだな。そうなるとクディッチはやったことないってことだよな?俺はグリフィンドールのクディッチチームのキャプテンをしていてな、もし二人がクディッチに興味があるなら——」
ああ、こっちもすごい勢いで話し始めた。人づきあいが苦手な私ではとても捌ききれる気がしない。自分から話しかけることもあまり得意ではないから、向こうから来てくれるのはありがたくもあるんだけど。この押しの強さがグリフィンドールらしさだというのなら、帽子がこの寮に決めたのもわかる気がする。納得はしていないが。今度見かけたら文句を言ってやるつもりである。
ハーマイオニーは、逆隣の赤毛の先輩と話し始めてしまったので、このすさまじい熱意の先輩は私一人で受け止めることになってしまった。あの厳格そうなマクゴナガル先生も、クディッチのことになると熱が入っていたし、クディッチには人を狂わせる何かがあるのかも知れない。
気が付くと料理のほとんどがなくなっていて、ダンブルドア校長が立ち上がったことで喧噪も消えた。生徒に対する注意がいくつか続いたが、どれもピンとこなかった。
「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい4階の右側の廊下に入ってはいけません」
何人かの生徒が笑ったが、大半の生徒は真面目に受け止めているようだった。私も笑えなかった。上級生たちの様子を見るに、注意を無視すれば死ぬ程度の危険は珍しくもないらしかった。ここは学校のはずなのだが、これはいったいどういうことだろう?
とにかく、この注意を無視するのは馬鹿なことらしい。私も、とても痛い死に方はちょっと嫌だ。とても痛いとわざわざ言うからには、本当にろくな死に方じゃないんだろう。脳みそを吸い出されるとか、内臓を引きずり出されて苦しみながらとか、きっとそういうのだ。私は死に方については結構詳しいほうなのだ。
上級生に着いて寮まで歩く。ヤーナムの町にも劣らないほど複雑な構造だ。地形を覚えるのは苦手なのに。おまけに途中でポルターガイストが邪魔をしてきた。あいつ狩っていいかな……。
一年生女子の部屋には5つのベッドとキャビネットが置いてあった。プライベートな空間がほとんどない……。まあ隠すようなこともないし別にいいか。
***
目を開くと、懐かしい光景。小さな工房、水盆、並ぶ墓石。今や私だけのものとなった安寧の箱庭。
私の装いもまた懐かしいもの。10歳の少女が狩人になるなど初めてのことで、相応しい狩り装束がないためにぼろ布をまとった状態の私を見かねて、人形さんが仕立て直してくれたものだ。手が無意識に装備や消耗品を確認していた。
深呼吸をする。冷たく澄んだ空気が心地いい。
そして、人形。墓の前に立っている。墓には花束、祈っていたのだろう、慌てて立ち上がったに違いない。人形さんは祈る姿を見られるのを嫌がる。それは、祈るという行為が人の心を持たぬ人形にそぐわない、不合理なものであるからだと思う。
「おかえりなさいませ、狩人さま」
「ただいま、人形さん。久しぶりだね」
現実世界に戻ってからというもの、ほとんど戻ることがなかったというのに、人形さんはいつもの声色で迎えてくれる。落ち着く声だ。この声に何度正気を支えられてきたか。
「あんまり会いに来なくてごめんね。さびしかったでしょ」
「お気遣いなく、狩人さま。もとよりこの庭を整え、去りしものに祈りを捧げるばかりの静かな時間が長かったものですから。それに、たまに素敵な本をいただきましたから、寂しいなどとは」
この悪夢の世界は魂の比重が大きい世界だ。物質は現実世界と同じ法則で動いているが、生命体は意志の力で動いている。物質化した魂といってもいい。だからこそ、死んだとしても心が折れないかぎり「夢だった」ことにして蘇ることができるし、他者の遺志を力に変えることができたりと便利ではある。
しかし、悪夢の住民が現実世界に来ようとすると、ちょっと問題が発生する。現実世界から魂のみが悪夢に迷い込んだ私と違って、もとより魂だけの命であるから、『器』が必要になるのだ。彼らは神秘の薄い世界では不定形の魂に戻ってしまい、肉体を維持できない。
本だとか武器だとか、物は簡単に移動できるのに。この制約のせいで、私の家族たる人形さんもまた、現実世界に出てこれないままでいる。
「あと何年かしたら、あなたのために器を作ってあげるからね。もう少し我慢してね」
「楽しみにしております。……不思議なものです。この身は人形、魂などあるはずもないというのに」
「その話はもう決着がついたでしょ。私からしたら今更だけどね、あなたに魂があることなんてわかりきったことだよ」
私は将来、人形職人になろうと思う。それでお金を稼いでいけるか、あるいは趣味としてかはわからないけど。人形さんの体を作ってあげたい。この人は両親と同じくらい大切な、私の家族だから、私と同じ世界で生きてほしい。もともとそのつもりだったけど、魔法界のことを知ってから可能性が広がった。素材を選ばず耐久性を確保できたり、重量を気にしなくてよくなるかもしれない。魔法を使って作られた人形なら、神秘が宿る分魂の器としての適性も高まるかもしれない。
「ちょっと今から聖杯ダンジョンに潜ってくるよ……魔法界ってのも結構物騒みたいでね、勘を取り戻しておきたい」
「かしこまりました。お気をつけて、狩人さま」
うーん、やっぱり人形さんに見送られると力が湧いてくるね。さて、今日は久しぶりの実戦だし気合い入れていこう。
Bloodborneの生物は魂が実体を持った存在であり、現実世界に出てくるには器が必要、という設定です。ハリポタ世界に上位者連中が干渉してこないようにするために、そもそも精神生命体に近い彼らは干渉できないのだ、という理屈をこねていたら、こんな設定に。人形ちゃんが現実に出てこれないのは、完全にとばっちりです。
使者はもともと、異なる世界線の狩人たちのメッセージを届けてくれる存在なので、現実に出てくるくらいできそうです。あるいは、もとよりほとんど力を持たないために、むしろ制約がすくない、とかでもいいかも。