扉間「聖杯戦争はワシが解体した」   作:ナハ

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3話 扉間の戦い方

 

 

冬木市、穂群原学園。

第五次聖杯戦争が始まってから、千手扉間の行動は実に迅速だった。

凛が学校へ通っている間も、扉間は影分身を利用して冬木市内の偵察を続けていた。新都の高層ビル群、深山町の住宅街、人気の少ない河川敷、そして聖杯戦争に関係すると思われる施設。その全てに目を光らせ、情報収集を二十四時間体制で行っている。

扉間自身は基本的に霊体化して凛の傍に控え、必要に応じて影分身を動かしていた。

 

この方法ならば、万が一敵のサーヴァントに遭遇したとしても、本体を危険に晒すことなく相手の能力を調べられる。

ただし、影分身の数を増やせば当然チャクラの消費も大きくなる。そのため、扉間は状況に応じて分身の数を調整し、必要以上の戦力を割かないようにしていた。

 

凛からすれば、召喚されたばかりのサーヴァントがここまで自主的に動いてくれるのはありがたい。ありがたいのだが……

この男、こちらの指示を待つという発想がほとんどないのである。

何かを命令しようとする頃には既に行動を終えており、凛が把握していないところで次々と準備を進めてしまう。

 

そして、その日の夕刻。

授業を終えた生徒たちが次々と下校し、校舎から人の気配が薄くなり始めた頃、凛と扉間は校舎の屋上にいた。

夕日に染まる冬木市を見渡しながら、二人は静かに何かを待っていた。

 

「……来るぞ」

 

扉間が短く告げた。

 

「ええ、わかってる。来るわね」

 

凛も表情を引き締める。

校庭の向こうから、明らかに人間とは異なる魔力の反応が近づいていた。

サーヴァント。恐らく間違いない。

聖杯戦争が始まって早々、いきなり初戦を迎えることになりそうだった。

 

「……随分と堂々としてるわね。こちらに気づいているのかしら」

 

「可能性は高いな。だが、こちらの正確な位置までは把握しておらんようだ」

 

扉間は腕を組み、遠くを見つめていた。

その表情に緊張はない。むしろ、何かを観察する研究者のような冷静さがあった。

 

「で、どうするの? ここで迎え撃つ?」

 

「いや、まずは相手の力量を測る」

 

そう答えると、扉間は素早く両手を合わせて印を結んだ。

 

「影分身の術」

 

軽い破裂音と共に白い煙が生じ、扉間と瓜二つの男がその場に現れた。

凛も既に説明を受けていたとはいえ、実際に目の前で分身が作られる光景には未だに慣れない。

見た目だけでは全く区別がつかず、どちらが本体なのかすら分からないほどだった。

 

「影分身で戦うの?」

 

「そうだ。敵はどんな術を使うか未知数だ、ならばこちらの手の内を晒す必要も無い」

 

「なるほど。まずは影分身で様子見ってわけね」

 

「そうだ」

 

扉間が頷くと、影分身は何も言わずに屋上の縁へと向かった。

そして、躊躇することなく飛び降りる。

 

「ちょっ!?」

 

思わず凛が声を上げかけたが、影分身は校舎の壁面を蹴って落下速度を調整すると、音もなく地面へ着地した。

そのまま素早く茂みへと身を滑り込ませ、気配を消す。

一連の動作はあまりにも自然で、凛が目で追っていなければ、どこへ消えたのか分からなかっただろう。

 

「……本当に忍者なのね」

 

「何を今更」

 

扉間は当然のように答えた。

 

「ワシらも行くぞ。離れた場所から観察する」

 

「わかったわ」

 

二人は屋上を離れ、校舎の陰にある見通しのよい場所へ移動した。

グラウンド全体を確認でき、なおかつ相手からは発見されにくい位置である。

扉間はそこで足を止め、気配を抑えた。凛も魔力の流れを抑えながら、校庭へと視線を向ける。

 

そして、程なくして。一人の男がグラウンドに姿を現した。

青い全身タイツのような装束に身を包み、肩には長大な赤い槍を担いでいる。

逆立った青い髪と鋭い眼光。その立ち姿からは、獰猛な獣を思わせる威圧感が漂っていた。

 

「……ランサー」

 

凛が小さく呟いた。

あの赤い槍を見れば、クラスを推測するのは難しくない。

槍兵の英霊。七騎のサーヴァントのうち、白兵戦において高い能力を発揮するクラスだ。

ランサーはグラウンドの中央まで歩いてくると、周囲を見回した。

 

「なんだよ、ビビって逃げたか? つまんねえな」

 

不満そうに呟き、肩に担いだ槍を軽く回す。

どうやら、こちらを挑発しているらしい。

その様子を遠くから観察していた凛は、思わず眉をひそめた。

 

「……随分と好戦的な奴ね」

 

「槍を持って正面から挑んでくるか。近接戦闘に相当な自信があるのだろう」

 

扉間はランサーの足運びに注目していた。

一見すると無造作に歩いているようだが、重心の置き方に隙がない。槍を担いだ姿勢も自然であり、どの方向から攻撃されても即座に対応できる構えになっている。

 

(……かなりの使い手だな)

 

扉間は内心でそう評価した。

生前、数多くの忍と戦ってきた彼には分かる。

あの男は単なる力自慢ではない。長年にわたって戦場を経験してきた、本物の武人だ。

そして、その予想を裏付ける出来事が起こった。

 

ヒュッ!

 

鋭い風切り音が響いた。

ランサーの背後から、数本のクナイが飛来したのである。

 

「おっと」

 

ランサーは振り返ることすらせず、手にした槍を軽く動かした。

金属同士がぶつかる甲高い音が連続して響き、飛来したクナイが次々と弾き落とされる。

弾かれたクナイは地面に散らばり、そのうち数本がランサーの足元へと突き刺さった。

 

「……コソコソしやがって」

 

ランサーは不機嫌そうに周囲を見渡した。

だが、攻撃してきた相手の姿は見えない。茂みの中か、それとも校舎の陰か。

気配を探ろうとした瞬間、再びクナイが飛んできた。

 

「チッ!」

 

今度もランサーは槍を振り、飛来したクナイを難なく弾き飛ばす。

しかし、その直後。クナイに括り付けられた一枚の札が視界に入った。

 

「……あ?」

 

札には見慣れない文字が刻まれている。

何かの呪符だろうか。そう考えた瞬間だった。

 

ドォンッ!!

 

爆発音がグラウンドに響き渡った。

クナイに取り付けられていた起爆札が、一斉に炸裂したのである。

爆風が砂煙を巻き上げ、周囲の地面を抉った。

 

「……なっ!?」

 

離れた場所で見ていた凛が目を見開く。

 

「ちょっと! いきなり爆発させるなんて聞いてないんだけど!?」

 

「敵の動きを止めるには有効だ」

 

「そういう問題じゃないわよ! 学校のグラウンドなんだけど!?」

 

「威力は抑えておる。大した損傷にはなるまい」

 

「……本当に?」

 

「少なくとも、建物を破壊するようなものではない」

 

凛は頭を抱えた。

どうやら、この男と自分とでは『大したことはない』の基準が違うらしい。

しかし、扉間は凛の抗議など気にも留めず、砂煙の向こう側を観察していた。

爆発の中心。そこには、赤い槍を手にした男が立っていた。

衣服の一部が焦げ、わずかに傷を負っているものの、その表情には余裕がある。

どうやら、咄嗟に爆発から身を守ったらしい。

 

「陰湿なサーヴァントだな……! 姿を見せやがれ!」

 

ランサーが怒鳴った。

その声には怒りと同時に、戦闘そのものを楽しむような響きがあった。

だが、返事はない。代わりに、彼の足元に刺さっていた一本のクナイに変化が起こった。

柄に刻まれた特殊な術式。その模様が、ほんの一瞬だけ淡く光ったのである。

 

「……!」

 

ランサーが異変を察知した時には、既に遅かった。

先ほどまで誰もいなかった場所に、白髪の男が出現していた。

 

「なっ……!?」

 

瞬間移動。

ランサーの目には、そうとしか映らなかった。

しかも、男が現れたのは自分のすぐ懐。既に相手はクナイを握り込み、喉元へと刃を走らせていた。

 

(速え……!)

 

ランサーは反射的に身体を捻った。

同時に赤い槍を引き戻し、首を狙っていたクナイを受け止める。

 

ギィンッ!!

 

激しい金属音が響いた。

刃と槍がぶつかり合い、火花が散る。

ほんのわずかに反応が遅れていれば、確実に喉を切り裂かれていただろう。

 

「ワシの奇襲に対応するとは……やるな」

 

扉間が感心したように呟いた。

 

「そりゃどうも。さっきからコソコソやりやがって……!」

 

ランサーは獰猛な笑みを浮かべた。

目の前の相手は、どうやら相当に厄介な手合いらしい。

先ほどまで気配を隠して飛び道具を投げていたかと思えば、今度は何の前触れもなく懐へ飛び込んできた。

しかも、殺気を察知してからでは対応が間に合わないほどの速さだった。

 

「面白えじゃねえか!」

 

ランサーは鍔迫り合いから一歩引くと、槍を振り回して襲いかかった。

赤い槍が凄まじい速度で空気を切り裂く。

突き、払い、薙ぎ。

その全てが一撃必殺の威力を秘めており、扉間はクナイで攻撃を受け流しながら、少しずつ距離を取っていった。

甲高い金属音が幾度となく響く。ランサーの槍さばきは見事だった。

長大な槍をまるで自分の手足のように操り、間合いの内側へ入り込もうとする扉間を的確に牽制してくる。

一方、扉間も決して無理に踏み込もうとはしない。

 

(……なるほど。これが英霊の身体能力か)

 

影分身の扉間は、内心で相手の力量を分析していた。

速い。生前に幾度となく戦った忍たちと比較しても、その速度は相当なものだった。

何より厄介なのは、槍の技量である。攻撃の一つ一つに無駄がなく、わずかな隙を見せれば即座に急所を狙ってくる。

しかも、まだ全力を出しているようには見えなかった。

 

(分身に割り当てたチャクラでは、長時間の接近戦は不利だな)

 

扉間は槍の一撃をクナイで弾くと、素早く後方へ跳躍した。

距離が開いた瞬間、両手を合わせて印を結ぶ。

 

「水遁・水龍弾の術!!」

 

その声と共に、周囲の空気が震えた。

扉間の前方に大量の水が生じ、瞬く間に巨大な龍の形を作り上げる。

水によって形作られた龍は、まるで本物の生き物のように空中をうねりながら、その巨大な顎を開いた。

 

「……おいおい」

 

ランサーは思わず目を見開いた。

目の前に現れた巨大な水龍。

魔術の類いなのだろうが、これほどの規模の攻撃を、あれほど短い動作で発動できるとは思わなかった。

しかし、驚きは一瞬だった。

 

「水の龍か! おもしれぇ!!」

 

ランサーは槍を握り直すと、嬉々として迎え撃った。

水龍が唸りを上げ、一直線に襲いかかる。

その巨体はグラウンドを覆い尽くすほどではないにせよ、まともに受ければ人間などひとたまりもない威力を秘めていた。

だが、ランサーは退かなかった。

 

「ハァッ!!」

 

赤い槍が閃く。

迫り来る水龍の頭部を槍が貫き、続けざまに振るわれた刃が水の巨体を切り裂いていく。

水飛沫が周囲へ飛び散り、グラウンドを濡らした。

通常の水流とは比較にならない圧力を持つ水龍だったが、ランサーの槍はその勢いを正面から打ち砕いていた。

そして数秒後。巨大な水龍は完全に形を失い、ただの水となって地面へと降り注いだ。

 

「……この程度では倒せんか。影分身の身では厳しいな」

 

扉間は冷静に呟いた。

 

「……嘘でしょ」

 

その光景を見ていた凛は、思わず声を漏らした。

昨晩、庭で見せてもらった水遁とは比較にならない規模の術だった。

あれほどの水流を生み出せるというだけでも驚きだというのに、それを真正面から迎え撃ったランサーも尋常ではない。

 

「……あれを全部捌くなんて」

 

「槍術の腕は本物だな。身体能力も高い」

 

隣で観察していた扉間は、淡々と評価を口にした。

 

「だが、攻撃手段は今のところ槍のみだ。宝具とやらもまだ使っておらん」

 

「そうね……って、ちょっと待って!」

 

凛は何かに気づいたように扉間へ振り返った。

 

「影分身、かなり押されてるじゃない!」

 

「そうだな」

 

「そうだな、じゃないわよ! 負けたらヤバいじゃない! そうしたら偽物ってバレるわよ!」

 

凛が慌てる一方、扉間は腕を組んだまま動じる様子もない。

 

「案ずるな。それはそれで利用出来る」

 

「……は?」

 

「影分身が倒されるならば好都合よ。凛、お前はサーヴァントを失ったと誤認させられるのだからな」

 

「…………」

 

凛は一瞬、言葉を失った。

どういうことだろう。サーヴァントを失ったと誤認させる?

つまり、あの影分身を自分のサーヴァントだと思わせ、そのまま倒させるということだろうか。

 

「……バレない?」

 

「影分身を使えるのはワシだけだ。忍界ならばまだしもこの世では見破るのは難しい」

 

扉間は視線をグラウンドへ戻した。

 

「死を偽装すればよい」

 

あまりにも簡単に言ってのけた。

凛は呆気に取られながら、目の前の男を見つめた。

影分身という術は、本体と同じ姿を持ち、独立して行動できる。

だが、分身に割り振られたチャクラには限りがあり、強い攻撃を受ければ消滅してしまう。

つまり、本体よりも戦闘能力は劣る。その欠点を補うのではなく、あえて利用する。

そうすることで、相手に戦闘が終わったと思い込ませるのだ。

仮にランサーが自分のマスターへ戦闘結果を報告したならば、遠坂凛のサーヴァントは既に敗北したという情報が広まる可能性すらある。

 

(……そこまで考えてたの?)

 

凛は内心で戦慄した。

目の前の男は、ただ敵の能力を調べるために影分身を送り出したのではなかった。

倒されることさえ想定に入れていたのである。

 

「……でも、サーヴァントって倒されたら消滅するのよ? 普通の人間みたいに死体は残らないわ」

 

「ならば尚更都合がよい。消えること自体は不自然ではあるまい」

 

「……確かに」

 

「問題は消え方だ。そこは多少工夫が必要だろうな」

 

扉間はそう言うと、顎に手を当てた。

 

「何より、あの槍兵がどこまでこちらの情報を持っておるか分からん。まずは相手に誤った情報を与え、こちらの優位を確保する」

 

「……なるほどね」

 

使えるものは、とことん使う。それが自分自身であっても。

凛はようやく理解した。この男にとって戦いとは、単純に相手を倒すことではない。

情報を集め、相手の思考を誘導し、次の戦いを有利にする。

そうした積み重ねこそが、勝利へと繋がるのだ。

 

(……この人、本当に戦争の専門家なのね)

 

凛は改めて自分のサーヴァントを見つめた。

強大な力を持つ英霊は数多く存在するだろう。

しかし、ここまで徹底して情報戦を重視する英霊が、果たしてどれほどいるのだろうか。

少なくとも、凛が想像していたアーチャー像とは大きく異なっていた。

 

「おもしれぇ術だがな! 甘いぜ!」

 

ランサーは水龍弾を完全に捌ききると、濡れた地面を蹴った。

その瞬間、彼の姿が弾丸のような速度で前方へ飛び出した。

 

「……!」

 

影分身の扉間が反応する。

しかし、距離を取った直後で体勢を整えきれていなかったこともあり、迎撃の動作がわずかに遅れた。

そこへ、赤い槍が迫る。

 

「もらったぁ!!」

 

鋭い穂先が扉間の胸を貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

影分身の身体が大きく揺れる。

槍は胸部を深々と貫通しており、通常の人間であれば致命傷は免れないだろう。

ランサーは確かな手応えを感じ、口元に笑みを浮かべた。

 

「へっ、悪くねえ腕だったぜ」

 

そう言って槍を引き抜く。

扉間の身体がぐらりと傾いた。

影分身を構成するチャクラが乱れ、その輪郭がわずかに揺らぐ。

本来であれば、この時点で術が解除されてもおかしくない。

しかし、扉間は意識的にチャクラを制御し、分身の形を維持していた。

 

(……もう少しだ)

 

膝が折れる。そして、地面に倒れ込んだ。

ランサーはその様子を見下ろし、軽く肩をすくめた。

 

「けっ、こんなもんかよ。にしてもアサシンかこいつ? いやキャスター……わかんねえな」

 

実際、ランサーには相手のクラスが判断できなかった。

最初は姿を見せず、飛び道具による奇襲を仕掛けてきた。

その後は瞬間移動と思われる能力で懐へ飛び込み、最後には巨大な水龍を生み出した。

暗殺者であるアサシン、あるいは魔術師であるキャスター。

どちらも考えられるが、決め手に欠ける。

何より、あの身のこなしと近接戦闘の技量は、単純な魔術師のものではなかった。

 

「……まあいい。帰るとするか」

 

ランサーは槍を肩に担ぎ直した。

相手は既に倒れている。あれほど深く胸を貫かれたのだから、今更動けるはずもない。

そう判断して、背を向けた。

 

――その瞬間。

 

地面に倒れていた扉間の指が、わずかに動いた。

 

「……!」

 

次の瞬間、影分身は残された力を振り絞って跳ね起きた。

そして、背を向けたランサーへ一気に接近する。

右手には一本のクナイ。狙いは背中、刃がランサーの身体へ押し当てられた。

 

「ぐっ!?」

 

突然の痛みにランサーが顔を歪める。

背中を裂かれ、赤い血が飛び散った。

 

「……痛えな!! 甘いって言ってんだよ!」

 

ランサーは怒声を上げ、反射的に槍を振り抜いた。

その一撃が扉間の身体を捉える。

今度こそ限界だった。影分身の輪郭が崩れ始める。

 

「……ふむ」

 

消滅する寸前、扉間は僅かに口元を緩めた。

 

(……反応速度、攻撃の間合い、槍術の癖。十分だな)

 

次の瞬間。

その身体は、淡い魔力の粒子が散るように見える薄い煙を残して消え去った。

 

「……あ?」

 

ランサーは槍を振り抜いた姿勢のまま、眉をひそめた。

消えた。確かにサーヴァントであれば、致命傷を受けて消滅することは不思議ではない。

しかし、今の消え方には奇妙な違和感があった。

 

「……往生際が悪い英霊だったな」

 

ランサーは小さく舌打ちした。

念のため周囲を確認するが、先ほどまでの敵の気配は既にない。

どうやら、完全に消滅したらしい。

 

「ま、これで一騎脱落ってところか」

 

そう呟き、背中の傷を確かめる。

深くはない。しかし、確かに刃が通っていた。

最後の最後まで油断ならない相手だったということだ。

 

「……ったく、嫌な野郎だったぜ」

 

ランサーは傷口から手を離し、校舎の方へ歩き始めた。

校舎の陰で戦闘を観察していた扉間が、静かに目を閉じた。

影分身が解除されたことにより、その経験が本体へと戻ってきたのである。

戦闘中に見た光景。槍の軌道。攻撃に対する反応速度。

さらには、槍に胸を貫かれた際の感覚までが、一度に意識へ流れ込んでくる。

扉間はそれらの情報を整理しながら、小さく息を吐いた。

 

「……なるほどな」

 

「アーチャー?」

 

凛が不安そうに声を掛けた。

 

「分身が倒されたわよね? 大丈夫なの?」

 

「問題ない。情報は戻ってきた」

 

「……本当に便利ね、その術」

 

「うむ。今回の目的は概ね達成した」

 

扉間は視線をグラウンドへ向けた。

 

「接近戦における技量は相当なものだ。槍の間合いを熟知しておる。特に突きの速度は警戒すべきだろう」

 

「……やっぱり強いのね」

 

「強いな。だが、戦い方はある程度把握できた」

 

扉間は腕を組んだ。

 

「あの男、攻撃に対する反応速度が尋常ではない。こちらの飛雷神による奇襲にも対応しておった」

 

「そうね……あれには私も驚いたわ」

 

「だが、完全に防がれたわけではない。最後の一撃も通った。対処できぬ相手ではないな」

 

凛は感心したように頷いた。

確かに、影分身は敗北した。

しかし、それによって扉間の能力が全て知られたわけではない。

むしろ、こちらは相手の戦闘能力を把握できたうえ、相手にはサーヴァントを倒したと思わせることができた。

結果だけを見れば、情報戦としては大きな成功と言える。

 

「……それで、これからどうするの?」

 

「ひとまず退く。敵の宝具はまだ確認できておらんが、無理に探る必要もあるまい」

 

「意外ね。もっと詳しく調べるのかと思った」

 

「情報を得るために本体を危険に晒しては本末転倒だ。それに、あの男はまだ何か隠しておる」

 

扉間はランサーの姿を目で追いながら、低い声で続けた。

 

「槍を扱う英霊である以上、あの槍自体が宝具である可能性も高い。正体が分からぬうちは不用意に接近せぬ方がよい」

 

「……分かったわ」

 

凛も同意した。

聖杯戦争において、宝具は英霊の切り札となる。

その正体を知らないまま戦えば、どれほど優位に立っていたとしても、一瞬で逆転される可能性がある。

ここは無理に戦闘を続ける場面ではないだろう。

しかし、二人が撤退しようとした時だった。扉間の表情が僅かに変わった。

 

「……む?」

 

「どうしたの?」

 

「待て。あの槍兵、何かに気づいたようだぞ」

 

凛が慌ててグラウンドへ目を向ける。

ランサーは校舎の方へ視線を向け、足を止めていた。

どうやら、何者かを発見したらしい。

 

「……誰かいるの?」

 

「……人間だな」

 

「え?」

 

扉間は目を細めた。

その視線の先。校舎の近くに、一人の少年が立っていた。

穂群原学園の制服を着た男子生徒。どうやら、まだ学校に残っていたらしい。

そして、ランサーもまた、その存在に気づいていた。

 

「……ん? ありゃあ……」

 

ランサーは眉をひそめた。

目の前にいるのは、どう見ても一般人だ。

魔術師らしい気配もなければ、サーヴァントのような魔力も感じられない。

ただの学生。しかし、問題はそこではなかった。この少年は、先ほどの戦闘を目撃していたのだろうか。

ランサーの瞳が、ゆっくりと細められる。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

その声には、先ほどまでの戦闘を楽しむような響きはなかった。

聖杯戦争には、一つの原則がある。

魔術の存在を一般人に知られてはならない。

そして、その原則を守るために必要とあらば、目撃者の口を封じることも許されている。

 

「……見られちまったか」

 

ランサーは赤い槍を握り直した。

その様子を、離れた場所から扉間が静かに観察していた。

 

「……凛」

 

「……何?」

 

「どうやら、厄介なことになりそうだぞ」

 

凛は少年の姿を確認し、思わず目を見開いた。

 

「あれって……!」

 

見覚えのある赤毛の少年。

同じ学校に通う、顔見知りの男子生徒だった。

 

「……衛宮君?」

 

その名を口にした瞬間。

グラウンドに立つランサーが、ゆっくりと少年へ向き直った。

第五次聖杯戦争。その戦いに、本来関わるはずのなかった一人の少年が、今まさに巻き込まれようとしていた。




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