扉間「聖杯戦争はワシが解体した」 作:ナハ
翌日、遠坂邸。
凛は居間で紅茶を飲みながら昨晩の出来事を振り返っていた。
ランサーとの初戦、衛宮士郎の死、そして宝石魔術による蘇生。聖杯戦争が本格的に始まったばかりだというのに、既に予想外の出来事が続いている。
もっとも、彼女のサーヴァントである千手扉間は、そんなことなど気にも留めていない様子だった。
昨日と同じ青い鎧を身に纏い、机の上に広げた冬木市の地図を眺めている。地図には幾つもの印が書き込まれ、その傍らには遠坂家の魔術書や聖杯戦争に関する資料が積み上げられていた。
「凛、衛宮士郎だが、やはり予想通りマスターだったそうだ」
「……え?」
凛は紅茶を飲む手を止めた。
「衛宮君が!? なんで……」
「屋敷の蔵にワシを呼んだ時と同じ儀式の術式を確認した。呼び出されたのはおそらくセイバーだ」
「セイバー……!」
凛は思わず立ち上がった。
自分が召喚するはずだった最優のサーヴァント。それが、よりによって衛宮士郎に召喚されたというのか。
「ちょっと待って。衛宮君って魔術師だったの!?」
「それは知らん。少なくとも、魔術師としての技量は高くないように見えたがな」
「……そうよね。衛宮君からそんな話、一度も聞いたことないもの」
「そもそも、あの小僧は自分が何に巻き込まれたのか理解しておらんようだったぞ」
「……はあ?」
扉間は影分身から得られた情報を整理しながら説明を続けた。
昨晩、士郎はランサーに再び襲撃された。
その際、衛宮邸を監視していた影分身が異変を察知していた。
「小僧が危ないならば正体がバレるのを覚悟で加勢を考えたが……セイバーが退けおったからな」
「……そうだったの」
「もっとも、あの小僧の様子を見る限り、召喚は偶然だったようだな。儀式の知識もなければ、英霊を呼び出す準備をしていた形跡もない」
「偶然でセイバーを召喚したっていうの!?」
「そうなるな」
「……なんで私があれだけ準備してアーチャーなのに、衛宮君がセイバーなのよ」
凛は思わず頭を抱えた。
「……不満か?」
「別に不満ってわけじゃないけど! 何というか、納得いかないのよ!」
「ワシとしても、呼び出された結果に文句を言われるのは納得いかんがな」
「うっ……」
扉間の指摘に、凛は言葉を詰まらせる。
確かに、目の前の男は十分すぎるほど優秀だった。
影分身による偵察、飛雷神による移動、そして多彩な忍術。戦闘能力だけでなく、情報収集や戦略の構築においても極めて頼りになる。
ただし、マスターの言うことをあまり聞かないという欠点があった。
「……まあいいわ。それで、ランサーとの戦闘はどうなったの?」
「セイバーの技量は相当なものだった。剣術に優れ、身体能力も高い。正面からの戦闘ならば、あの槍兵にも引けを取らんな」
「まあ、セイバーは最優のサーヴァントだし当然かしら」
「ランサーの宝具も確認がとれておる。情報としても十分だ」
「……え?」
凛は目を丸くした。
「ちょっと待って! ランサーが宝具を使ったの!?」
「うむ」
「それで!? どうだったのよ!」
「……落ち着け。順番に説明してやる」
扉間は机の上から紙を一枚取り出した。
そこには槍の簡単な図と、幾つかの文字が書き込まれている。
「ランサーの槍は通常の武器ではない。真名を解放した瞬間、妙な力の変動が起きた」
「……妙な力?」
「確証はないが、ただ速く突くというだけの技ではあるまい。槍が放たれる前から、標的の急所に何らかの干渉が起きておるように見えた」
「……何それ」
凛の表情が引き締まった。
「セイバーはどうやって防いだの?」
「完全には防いでおらん。致命傷こそ避けたが、傷を負っていた」
「……セイバーが?」
「うむ。あの剣士の技量を考えれば、普通の突きを見誤るとは思えん。恐らく、あの槍には命中に関する特殊な性質がある」
「……厄介ね」
「実に厄介だ。少なくとも、正体が分かるまでは不用意に受けるべきではないな」
扉間は紙に新たな文字を書き加えた。
凛はその様子を眺めながら、ふと疑問を口にした。
「……そういえば、どうしてそんなに詳しく見ていられたの?」
「影分身を複数配置しておったからな。屋敷の外周と屋根、それから少し離れた場所に一体ずつだ」
「……相変わらず徹底してるわね」
「当然だ。敵の切り札を観察できる機会など、そう多くはない」
セイバーが現れた瞬間、扉間は介入を中止した。
その後は戦闘を観察することに徹し、セイバーとランサーの動き、攻撃の癖、能力を記録。戦闘が終わると影分身を解除し、全ての情報を本体へ還元させたのである。
そして現在、扉間は得られた情報を整理しながら、新たな影分身を各地へ送り出していた。
既に冬木市内の監視体制は再構築されている。
「……アーチャーって、疲れないの?」
「何がだ?」
「だって、ずっと影分身を動かしてるんでしょ? 休む暇もないじゃない」
「必要な休息は取っておる。分身の数も調整しておるから問題ない」
「……本当に?」
「無論、際限なく使えるわけではない。チャクラの消費もあるし、経験が戻る際の負荷もある。状況によっては分身を減らす必要もあるな」
「へえ……ちゃんと限界はあるのね」
「当たり前だ。そんな術があるならワシも使いたいわ」
「……それもそうね」
凛は苦笑すると、再び椅子に腰を下ろした。
「それで、他にわかった事は?」
「監督役である言峰綺礼。やつはやはり黒だな」
「……言峰が?」
「ランサーのマスターと見て間違いないだろう。ランサーの気配が教会周辺にある」
凛は眉をひそめた。
「……言峰がねえ。何を考えてるのかしら」
「やつは危険だ。直接話したことは無いが……あの雰囲気、只者ではあるまい」
「まあ何を考えてるかは私も分からないけど」
「考えているのがわからないだけならまだよい。あの顔は何か狙いがある顔だ」
「……顔で分かるものなの?」
「ある程度はな」
扉間は腕を組んだ。
「ワシは火影だ、それに長く戦場に身を置いておれば、人間の表情や仕草から読み取れることもある。あの男は、何かを隠しておる者の顔だ」
「……まあ、胡散臭さなら昔からだけど」
「知り合いなのか?」
「ええ。父の弟子だった人よ。私も魔術を教わったことがあるわ」
「……ほう」
扉間の目が鋭くなった。
「ならば、やつは貴様の能力や性格をある程度把握しておるということか」
「……そうなるわね」
「面倒だな。こちらの情報を握っておる人間が敵に回る可能性があるとは」
「まだ敵って決まったわけじゃないでしょ」
「無論だ。だが、敵だった場合を想定して動く必要はある」
「……分かってるわよ」
凛は腕を組んで考え込んだ。
言峰綺礼。父の弟子であり、自分にとっても馴染みのある人物だ。
もっとも、あの男を心から信用したことなど一度もない。
昔から何を考えているのか分からず、人の神経を逆撫でするような発言ばかりしていた。
そして今回、聖杯戦争の監督役として教会にいる。
その教会へ、ランサーが出入りしているというのだ。
「……まあ警戒は必要ね。ところでアーチャー」
「なんだ」
凛は少し考えてから、ある提案を口にした。
「衛宮君と同盟組もうと提案するつもりだけど、どうかしら?」
「…………」
扉間は一瞬、言葉を失った。
そして、凛をじっと見つめる。
「……貴様は馬鹿なのか凛」
「失礼ね!?」
凛は即座に立ち上がった。
「なんでいきなりそうなるのよ!」
「……あの小僧が悪い者でないのはわかる。寧ろ善良だ」
「だったらいいじゃない!」
「最後まで聞け」
扉間はため息をついた。
「善良であることと、戦場で信頼できることは別問題だ」
「……どういう意味よ」
「あの小僧は一般人を助けようとして、自分の命を危険に晒す可能性がある。そういう人間は敵としては厄介だが、味方としても扱いが難しい」
「……まあ、衛宮君ならやりそうね」
「貴様も人のことは言えんがな」
「何か言った!?」
「事実だろう。貴重な宝石を使ってまで、あの小僧を助けたのだからな」
「……うっさいわね」
凛は顔を背けた。
しかし、すぐに気を取り直す。
「だからこそよ。貴方だってセイバーが味方なら色々便利でしょ?」
「戦力増強という意味ではな。だがワシもセイバーも一族でもなければ親しい仲間でもない。背中を預けるには理由が薄い」
「……そこまで警戒する必要ある?」
「当然だ。昨日まで敵だった者が、今日から味方になったとして、それだけで信用できるか?」
「……まあ、できないわね」
「特に此度の聖杯戦争は、最後の一組になるまで争うという仕組みなのだろう? 同盟を結ぶとしても、いずれ敵対する可能性を考えておくべきだ」
扉間の指摘は正しかった。
聖杯戦争における同盟は、あくまで一時的な協力関係である。
互いに利害が一致している間は問題ないが、最終的には聖杯を巡って争う可能性が高い。
もっとも、凛はその点も理解していた。
「……それくらい分かってるわよ。だからこそ、まずは協力関係を作っておきたいの」
「ふむ」
「それに衛宮君は聖杯戦争について何も知らないんでしょ? 放っておいたらまた危ない目に遭うわよ」
「……確かにな」
「だったら、私が色々教えてあげればいいじゃない。情報も共有できるし、セイバーの戦力も期待できる」
「利点はあるな」
「でしょ?」
「だが、信用するのは別だ」
「頑固ねえ……」
凛は頬を膨らませた。
そして、何かを思いついたように言った。
「そこはアンタが影分身でなんとかしたらいいじゃない」
「…………」
扉間は再び沈黙した。
「……凛」
「何よ」
「貴様……影分身を便利な術か何かと思っておるだろう」
「だって便利じゃない」
「……否定はせんが」
扉間は額に手を当てた。
どうやら、凛は影分身の便利さを理解した結果、何か問題があれば影分身を使えばよいと考え始めているらしい。
確かに便利な術ではある。だが、万能ではない。
「影分身とて無敵ではないぞ。相手がセイバーであるなら、下手に接近すれば即座に斬られる可能性もある」
「でも倒されたら情報が戻るんでしょ?」
「……そうだが」
「だったら問題ないじゃない」
「問題はある。チャクラを無駄に消費するし、相手に手の内を知られる可能性もある」
「じゃあ、見張るだけにすればいいじゃない」
「…………」
扉間は凛を見つめた。
そして、小さく息を吐いた。
「……まあよい。しかし忘れるな凛。貴様はサーヴァントを失っているという風にしておるからな」
「……ああ、そうだったわね」
凛は思い出したように頷いた。
ランサーとの戦闘。あの時、扉間の影分身はランサーに倒され、消滅している。
ランサーがその結果を自分のマスターへ報告していれば、遠坂凛のサーヴァントは既に脱落したと認識されている可能性が高い。
「……でも、衛宮君には本当のことを話した方がよくない?」
「いや。あの小僧と同盟を組むのは構わんが、ワシの存在はしばらく伏せておけ」
「……理由は?」
「単純だ。情報が漏れる可能性を減らすためよ」
扉間は机の上に広げた地図を指差した。
「仮に小僧を信用できたとしても、そのサーヴァントまで信用できるとは限らん。ましてや、召喚されたばかりの小僧は聖杯戦争の知識も乏しい」
「……そうね」
「知っている情報が少なければ、それだけ敵に漏れる情報も少なくなる」
「……なるほどね」
「そうだな……小僧の協力者として同盟を組めばいい」
「協力者?」
「貴様は既にサーヴァントを失ったマスターとして、あの小僧の補佐をするという形だ」
扉間は説明を続けた。
「セイバーが戦闘を担当し、貴様は魔術師として支援する。あの小僧は知識が乏しいのだから、貴様の協力を断る理由も薄いだろう」
「……なるほどね。サポート係ってわけかしら」
「そういうことだ」
凛は腕を組み、少し考え込んだ。
確かに悪くない。サーヴァントを失ったマスターであれば、他のマスターと協力する理由もある。
しかも、相手は衛宮士郎だ。
あの性格ならば、凛が協力を申し出れば、少なくとも話くらいは聞いてくれるだろう。
「……敵を欺くならまずは味方からね」
「そういうことだ」
「でも、何だか衛宮君を騙してるみたいで気が引けるわね」
「実際に騙しておるのだからな」
「そういうことは言わないでよ!」
「……事実だろう」
「もう!」
凛はため息をついた。
しかし、扉間の提案自体には納得していた。
いずれは士郎にも真実を明かす必要があるかもしれないが、少なくとも現段階では、アーチャーの存在を伏せておく方が安全だろう。
「……分かったわ。とりあえず、その方針でいきましょう」
「うむ」
「ただし、衛宮君が本当に危なくなったら助けてよね」
「当然だ。必要があれば介入する」
「……そこはちゃんと約束してくれるのね」
「無意味な犠牲を出すつもりはないと言ったはずだ」
凛は少しだけ笑みを浮かべた。
この男は合理主義者であり、戦争においては冷酷な判断も辞さない。
しかし、無関係な人間が死ぬことを当然とは考えていない。
その点では、凛も扉間を信用し始めていた。
「……それで、貴方はどうするの? ずっと霊体化してるつもり?」
「いや。状況によっては実体化する必要もあるだろう」
「でも、ランサーに顔を見られてるじゃない」
「無論、承知しておる」
扉間は腕を組んだ。
「ワシはランサーに姿を見られている。一応変化の術で姿は変えておくが……過信しすぎるなよ」
「……変化の術?」
凛は首を傾げた。
「何それ。変装するってこと?」
「似たようなものだ。チャクラによって外見を変化させる術よ」
「……そんなことまでできるの?」
「忍の基本的な術だ」
「……もう驚かないわよ」
凛は肩をすくめた。
水遁、飛雷神、影分身。
これまで散々規格外の術を見せられてきたのだ。
今更、変装程度で驚くつもりはない。
「で?誰になるのよ」
「そうだな……兄者でよかろう」
「……お兄さん?」
「うむ」
扉間は両手を合わせ、印を結んだ。
「変化の術」
ボンッ!
軽い破裂音と共に白い煙が立ち上る。
「……わっ!」
凛は思わず目を閉じた。
やがて煙が晴れると、そこには先ほどまでとは全く異なる男が立っていた。
長い黒髪。穏やかそうな顔立ちに、堂々とした体格。
身に纏う鎧は深紅を基調としており、先ほどの青い鎧とは大きく異なる。
顔立ちにはどことなく扉間と似た部分もあったが、全体的な雰囲気は随分と違っていた。
「……え?」
凛は目を瞬かせた。
「……誰?」
「兄者だ」
「……いや、それは聞いたけど」
凛は目の前の男をまじまじと見つめる。
髪の色も長さも違う。顔も違えば、体格まで変わっている。
どう見ても別人だった。
「……すごいわね。完全に別人じゃない」
「それが変化の術だからな」
「声も変わってるし……魔術による幻覚とは違うの?」
「単なる幻覚ではない。外見だけでなく、ある程度は身体の形も変えられる」
「……へえ」
凛は興味深そうに扉間の周囲を回った。
前から見ても後ろから見ても、まるで別人である。
「……ねえ、ちょっと触っていい?」
「……何をだ」
「髪よ。本当に長くなってるのか気になるじゃない」
「好きにしろ」
凛は恐る恐る長い黒髪に触れた。
指先には確かな感触があり、引っ張ってみても違和感はない。
「……すごい。本物みたい」
「本物のように変化しておるのだから当然だ」
「……忍術って、本当に何でもありなのね」
「何でもできるわけではない。変化を維持するにはチャクラも必要だし、実力のある相手なら見破る可能性もある」
「……そうなの?」
「何より、見た目を変えたところで戦い方までは変わらん。ワシの術を知る相手ならば、正体を疑うだろう」
「……ああ、確かに」
凛は納得したように頷いた。
飛雷神や水遁を使えば、ランサーに正体を悟られる可能性がある。
つまり、変化の術はあくまで補助的な偽装手段というわけだ。
「……それにしても」
凛は改めて目の前の男を見つめた。
「お兄さん、随分と雰囲気が違うのね」
「……そうか?」
「ええ。なんというか……貴方より優しそう」
「…………」
扉間は黙り込んだ。
「少なくとも、いきなり『貴様は馬鹿なのか』なんて言わなさそうだし」
「……兄者も時折、妙なことを言い出す男だったぞ」
「へえ?」
「思いつきで行動することも多かった。里を作る際にも、何度ワシが頭を抱えたことか……」
扉間は昔を思い出したようにため息をついた。
「……苦労してたのね」
「全くだ」
「でも、仲は良かったんでしょ?」
「……無論だ」
扉間は短く答えた。
その声には、これまでとは少し異なる柔らかさがあった。
「兄者は優れた忍であり、立派な指導者だった。少々甘すぎるところはあったがな」
「……へえ」
「もっとも、あの男の理想があったからこそ、木ノ葉隠れの里が生まれたのだが」
凛は少しだけ微笑んだ。
昨日から何度か聞いていた、木ノ葉隠れの里。
扉間とその兄が築いたという、忍たちの里。
この男にとって、きっと大切な場所だったのだろう。
「……そういえば、お兄さんも忍者だったの?」
「そうだ」
「強かった?」
「……強かった、だと?」
扉間は僅かに眉を上げた。
そして、当然のように答えた。
「兄者は忍の神と呼ばれた男だぞ」
「……忍の神?」
「うむ」
「……神様ってこと?」
「例えだ。もっとも、実力に関してはそう呼ばれても不思議ではなかったがな」
「……へえ。それじゃ、貴方より強かったの?」
「……当然だ」
即答だった。
凛は思わず目を丸くした。
これほど多彩な忍術を使い、空間移動まで可能な扉間。
その彼が、何の躊躇もなく兄の方が強かったと認めたのである。
「……そんなに?」
「うむ。兄者の力は別格だった」
「……一体どんな忍術を使うのよ」
「木遁だ」
「……木?」
「樹木を自在に生み出し、操る術だな」
「……植物を操るってこと?」
「大まかにはそうだ」
「……へえ。それなら何となく想像できるわ」
凛は頷いた。
水を操る扉間の兄が、木を操る忍術を使う。
そう考えれば、特に不思議ではない。
しかし、その反応を見た扉間は僅かに眉をひそめた。
「……恐らく、貴様が想像しておるものとは違うぞ」
「……え?」
「まあよい。今は関係ない話だ」
「……何よ、気になるじゃない」
「それより同盟の件だ。小僧に話を持ち掛けるなら、まずは聖杯戦争の基本的な知識を教えてやれ」
扉間は話題を戻した。
「特にマスターとサーヴァントの関係、令呪、宝具。それらを理解しておらねば、まともな判断もできまい」
「……そうね」
「それから、セイバーの意向も確認しておけ。あの剣士が同盟に納得せねば、協力関係も長続きせんだろう」
「分かってるわよ」
凛は椅子に腰を下ろした。
「それにしても、貴方がその姿で一緒に来るの?」
「必要であればな。身元を問われた場合は、貴様の協力者とでも説明すればよかろう」
「……協力者ねえ」
凛は変化した扉間を見つめた。
確かに、見た目は完全に別人だ。しかし、中身はあの千手扉間である。
口を開けば、すぐに尊大な態度が出てくるだろう。
「……ねえ、アーチャー」
「なんだ」
「その姿の時くらい、もう少し優しく喋れない?」
「……何?」
「だって、お兄さんの顔で『貴様は馬鹿なのか』とか言われたら違和感あるじゃない」
「……くだらん」
「くだらなくないわよ! 変装するなら性格も少しは合わせなさい!」
「……面倒な娘だ」
「ほら! そういうところ!」
凛の声が遠坂邸に響いた。
扉間は深々とため息をついた。
どうやら、この世界の聖杯戦争では、忍術や戦略以外にも面倒な問題が多いらしい。
もっとも、彼にとっては些細な問題だった。
既にランサーの宝具の一端を確認し、教会の動向も監視している。
さらに、新たに召喚されたセイバーの情報も手に入った。
これで確認できたサーヴァントは三騎。
アーチャー、ランサー、セイバー。残る四騎についても、影分身による調査は続いている。
(……さて、次はあの小僧とセイバーか)
扉間は腕を組み、静かに考えた。
衛宮士郎。偶然聖杯戦争に巻き込まれた少年。そして、その少年に召喚された剣士。
味方にできるのであれば、それに越したことはない。
しかし、同盟を結ぶからといって、全てを信用するわけにはいかなかった。
(まずは人柄を見極める。話はそれからよ)
その隣では、凛が何やら楽しそうに微笑んでいた。
「……それにしても、お兄さんの姿の方が親しみやすそうね」
「……まだ言うか」
「だって本当のことだもの」
「……凛」
「何よ?」
「兄者の顔をしておるが、中身はワシだぞ」
「分かってるわよ」
「ならば、あまり調子に乗るな」
「……はいはい」
凛は笑いながら紅茶を口にした。
どうやら、最初こそ扱いに困っていたサーヴァントとの関係も、少しずつ変化しているらしい。
もっとも、扉間自身はそのことに気づいていないようだった。
こうして遠坂凛と千手扉間は、衛宮士郎との同盟に向けて動き始めた。