雷が好きです、でも炎のほうがもっと好きです 作:時オカのリメイクに感謝
あの後、無事に地上へ戻ってくることができた僕は、まず自分の状況と今後の予定を整理しなければならないと考えた。
考えた、というより、そうしなければ普通に危険だ。
何しろ僕は今、見知らぬ世界にいて、まともな身分証もなければ、定職も住む場所もない。おまけに、先ほどのハンター試験では自分の体力のなさを嫌というほど思い知らされた。
このまま何となく生きていたら、あっという間に野垂れ死にする。
それだけは勘弁してほしい。
というわけで、僕はすぐさま道具屋へ向かい、メモ帳とボールペンを購入した。
そして、店を出てから邪魔にならない場所を探し、今後について書き綴ることにした。
まず、重要なのは基礎。
何をするにしても、今は衣食住を整えなければならない。
幸い、衣だけは現状でも最低限のものがある。
ただし、これは僕の愚かな選択によって汗だくになっている。さすがにこのまま着続けるわけにもいかないので、着替えを一組くらいは買っておくべきだろう。洗濯する必要もあるし。
問題は食と住だ。
手持ちのお金を考えると、食費だけでも一か月持てばいいほうだろう。そこに家賃まで加われば、一週間も持たないんじゃないだろうか。
いや、そもそも戸籍がない僕を雇ってくれるところがあるのかも怪しい。
……さて、どうするか。
考えて、考えて、考えた。
そして、結局のところ、どこかで住み込みの仕事をしながら修行をするしかないという結論に至った。
幸い、この世界には肉体を鍛えるための方法がいくらでもある。
少なくとも、僕が今できることはあるはずだ。
ただし、いきなり念能力の修行などできるわけがない。そもそも念については知識こそあれど、実際にどうすれば使えるのかなんてさっぱりだ。
となれば、まずは身体を鍛えるしかない。
そして、今の僕ができる修行といえば、皮肉なことにこの世界の作者とは違う大物漫画家の作品に出てくるようなものが現実的だった。
新聞配達。
農業。
……うん。実に地味だ。
だが、地味だからこそいい。少なくとも、今の僕ができる範囲で考えれば、これ以上に現実的なものもないだろう。
僕はメモ帳に大きく書き込んだ。
『新聞配達と農業』
そして、その下に期間も書き足す。
『次回のハンター試験までの一年間』
一年間で強くなれなければ、強くなることを諦める。
いや、諦めるというよりは、そこで自分の限界を見極めるということだ。
半年で肉体的な基礎を作り、残りの半年で技術的な基礎を磨く。そのうえで、もう一度ハンター試験に挑戦する。
もちろん、一年でどこまで成長できるかなんて分からない。
そもそも、僕の身体がどこまで鍛えられるのかすら分からないのだから。
それでも、目標くらいは決めておきたい。
ああ、直近の目標はただ一つ。
願わくば、戸籍がなくても働かせてくれるところがあること。
……頼む。そこだけは本当に頼む。
僕はメモ帳を閉じると、その足で町の人たちに声をかけて回ることにした。
新聞配達や農作業を手伝える場所はないか。できれば住み込みで働かせてもらえるところがないか。
そうして聞き込みを続けた結果。
何とかなりました!!!!
勝ったな!!!!!
いや、本当に助かった。
ザバン市の外れにある小さな村で、新聞配達をしていたおばあさんがいるという話を聞くことができたのだ。
どうやら今までは一人で村中の新聞を配達していたらしいのだが、最近になって腰を痛めてしまい、配達が滞っているらしい。
これは渡りに船だ。
僕はすぐにその村へ向かい、おばあさんと直談判という名のお茶会をした。
結果として、半年間、新聞配達と家の畑の世話を請け負うことを条件に、家の一室を貸してもらえることになったのだ!
やったぜ!
食事についても、畑で採れた野菜を分けてもらえることになった。もちろん、何でもかんでも無料というわけではない。仕事の対価として、食事や部屋を提供してもらう形だ。
それでも、今の僕にとっては十分すぎる条件だった。
戸籍のことについても、深く追及されずに済んだ。おばあさん曰く、事情がある人間なんて珍しくもないらしい。
……この世界、そういうところは本当に助かる。
というわけで、僕は原作なんて関係ねーとばかりに心機一転。
修行という名の生活を開始した。
まずは朝。
村にある二十一軒の家へ新聞を配達する。
総距離はおよそ十キロ。最初のうちは一時間ほどかけて、ゆっくりと走り続けながら配達していた。
もちろん、最初から走り切れたわけではない。
途中で歩き、息を整え、また走る。その繰り返しだ。
それでも、毎日続けていれば少しずつ身体は慣れてくる。
……ちなみに、ハンター試験の地下道では、同じ十キロを二十分ほどで、しかも涼しい顔をして走り去っていった人たちがいた。
そう考えると、僕は本当にあのレベルに到達できるのだろうか。
いや、今からそんなことを考えても仕方ない。
まずは目の前の十キロだ。
新聞配達が終われば、次は畑仕事。
最初は素手で畑を耕そうとした。
いや、だって修行といえば素手で岩を砕いたり、地面を掘ったりするものじゃないですか。
……まあ、実際にできたのはほんの少しだけだったのだが。
結局、おばあさんから奇異な視線を向けられたことに耐えられず、鍬を使うことにした。
いや、仕方ないじゃないか。
普通に考えて、素手で畑を耕そうとしている人間なんて怪しいにもほどがある。
その代わりに、バケツを二つ用意して土を詰めた。
そして、一日一時間、その土を素手で突き続けることを日課にした。
拳だけでなく、指先も鍛える。
最初はただ土を突くだけだったが、慣れてくるにつれて砂利を混ぜたり、砂鉄を混ぜたりと、少しずつ負荷を増やしていった。
もちろん、無理をして手を壊してしまっては意味がない。痛みが強い日は休むし、傷ができたら手当てもする。
何しろ、僕の生活はこの手にかかっているのだ。
修行のために仕事ができなくなったら本末転倒である。
そんな生活を始めて、一か月。
僕は朝の十キロを、ほぼ全力疾走のまま走り切れるようになっていた。
そのタイム、実に十分。
……十分!?
前世の僕なら、そもそも十キロを走り切ること自体が難しかっただろう。
それが今では、ほぼ全力で走り続けても十分で済む。
もちろん、走り終わった後は息が上がるし、汗もかく。だが、少なくとも以前のように途中で足が止まることはなくなった。
この成長速度には、思わず悦に入ってしまう。
いやあ、素晴らしい。
異世界転生万歳!
……まあ、転生なのか転移なのかは知らないけど。
そして、バケツトレーニングも順調だ。
今では指先まで硬くなってきたおかげで、以前よりも楽に土を突けるようになった。砂利や砂鉄を混ぜても、最初ほどの負担は感じない。
そこで、さらに別のトレーニングも追加した。
購入した五十キロのウェイトベストを着用し、両手両足にもそれぞれ十キロの重りをつける。
その状態で、限界まで走る。
もちろん、筋力トレーニングも別途行っている。
正直、市販の重りではすでに効果が薄くなってきている気がする。
どうにかして、ゾルディック製のあの重りを手に入れたい。
あれはいいものだ。
原作を知っている人間なら、一度は憧れるだろう。
あの重りを身につけて、普通に生活できるようになれば、相当なものだと思う。
……まあ、そもそもゾルディック家に近づくこと自体が難しいのだが。
とりあえず、今の成長速度でいけば、原作主人公組がゾルディック家へキルアを迎えに行ったときのレベルなら、何とか超えられそうな気がする。
ただし、迎え終わる頃の身体能力には届かないだろう。
つまり、なんとも中途半端なところに落ち着きそうなのだ。
いや、十分すごいことではある。
あるのだが、せっかくならもう少し上を目指したいと思ってしまう。
最近は裏山にある岩もトレーニングに使っている。
推定十トンほどの大岩だ。
それを押したり、殴ったり、蹴ったりと、できる範囲で負荷をかけ続けている。
もちろん、十トンの岩が動くわけもない。
それでも、毎日続けているうちに、自分の身体が少しずつ硬くなっているような感覚が出てきた。
拳を当てたときの感触も変わってきている。
以前なら痛みで顔をしかめていたような衝撃にも、少しずつ耐えられるようになってきた。
……うん。
こういうのは、実感できると楽しい。
念能力?
知らない子ですね。
というか、この世界について現実的に知っていくうちに分かったことがある。
念は、想像していた以上に秘匿されている。
原作を読んでいたときは、ハンターなら誰でも知っているようなものだと思っていた。
だが、実際にはそうではない。
一般人はもちろん、ある程度の地位にいる人間であっても、念の存在を知らないことは珍しくないのだろう。
そりゃあ、王子だって知らないこともあるわけだ。
あれだけの権力や財力を持っていても、知る機会がなければ知らないものは知らない。
そう考えれば、念を知っていること自体が特別なのかもしれない。
僕の場合は原作知識があるから知っているだけで、実際に念を使えるわけでも、教えてくれる人がいるわけでもない。
今は身体を鍛えるしかないのだ。
……とはいえ。
ここまで短期間で結果がついてくると、少しばかり思い上がりも生まれてくる。
もしかしたら、僕は結構いけるんじゃないだろうか。
もちろん、すぐにどうこうという話ではない。
だが、今の速度で自分を伸ばし続けられたのなら。
とある格闘漫画に出てくる言葉が頭をよぎる。
男と生まれたからには誰もが一生に一度は夢見る、『地上最強』。
……いいじゃないか。
目指してみたいじゃないか。
今の僕には、まだまだ遠い目標だ。
それでも、以前の自分なら笑って終わらせていたような夢が、少しだけ現実味を帯びている気がする。
この世界には、ネテロがいる。
そして、メルエムがいる。
普通に考えれば、そんな存在を超えるなんて無理に決まっている。
それでも、なぜか今の僕には、いつか超えられるような気がしてくるのだ。
……いや、さすがにゴンさんは厳しいかもしれない。
あれはちょっと、色々と条件が特殊すぎる。
そもそも、あんなものを目指すべきではないだろう。
うん。そこは冷静になろう。
とにかく、今は修行あるのみだ。
まずは一年。
この一年で、どこまで自分を鍛えられるのか。
そして、その先に何があるのか。
それを確かめるためにも、僕は今日も走る。
新聞を届け、畑を耕し、土を突き、岩を殴る。
地味で、単調で、誰に見せるわけでもない毎日。
それでも、今の僕にとっては大切な一歩だ。
……ああ、そういえば。
あのステーキ定食、もう一度食べたいな。
ハンター試験に再挑戦する前に、また『ごはん』へ行ってみよう。
そのためにも、まずは生きていかなければ。
僕は今日も、朝の新聞を抱えて走り出した。