魔法学校生徒諸君、出撃せよ!~おじさん、平和のために幼女になる~ 作:ひさなぽぴー
一九九九年七の月、空から恐怖の大王が来るだろう。
かつて悪い意味で一世を風靡した、ノストラダムスの大予言で一番有名な言い回しだが、これを大真面目に信じていた人間がどれほどいただろうか?
当時子供だった俺はよくわからない。しかし親世代いわく、「思っていたよりはいたものの、信じていない人間のほうが大多数だった」らしい。
科学が多くの謎を駆逐しつつあった時代の話だ。ある意味、当然だとは思う。
しかし予言は成就した。一九九九年の七月二十一日。のちに予言の日と呼ばれるこの日、やつらは。
生き物のような姿をした、しかし決して生き物ではない黒い化け物……モンスターどもは、虚空に開いた穴からやって来た。日本だけでなく、世界中のあちこちに、大量に。
連中は現れるや否や、人間を襲った。他の動植物や建物には目もくれず、ひたすら人間だけを襲い、殺して回ったのである。
各国で軍隊が動き、日本でも自衛隊が出動したが……彼らはほとんど無力だった。既存の武器では、モンスター相手にほとんどダメージを与えられなかったからだ。
だから西暦二〇三〇年の今、人類はその生存圏を縮小させている。日本も例外ではない。
しかしそれでも、最悪の時期は乗り越えた。それを成し遂げたものこそ、子供しか扱うことができない魔法であり。
俺が幼女になってでも求めた、超常の力なのである……。
「先輩先輩、起きてください。着いたッスよ!」
「ん……」
快活で気やすい口調の声を投げかけられて、俺の意識が浮上してくる。少しぼんやりとしたが、すぐにはっとして窓の外に目を向ければ、そこは目的地の関係者用駐車場のようだった。
既に日は暮れていて、すっかり暗くなっている。駐車場内に点在する街灯が、かすかながらも心強い。どうやら随分と寝てしまったらしい。
「……スマン、爆睡してた」
だから俺は振り返りつつ、素直に謝った。向き直った先で、ルームランプで照らされた女……後輩であり、ある意味先輩でもある
「いいんスよ。辞令は突然、準備期間は少しだけ、なんて状況だったんスから。さすがに疲れたでしょ?」
「確かにそれはそうだが、一人で運転しっぱなしも疲れるだろう?」
「ん、あのトンネルはちょびっとしんどかったッスね。でもま、なんとかなったんで結果オーライッスよ」
「……ああ、十キロ以上あるあのトンネルか。俺もその辺りから記憶がないな……」
代り映えしないまっすぐのトンネルをひたすら一定の速度で走るだけ、というのは本当に眠くなるよな。
「ウッス。なんで今回はしゃーなしってことで、この件はおしまいッス! ほら、まずは着任の挨拶ッスよ!」
「ん、そうだな。まずは荷物を降ろそうか」
「りょーかいッス!」
愛璃相手であれば、ゴリ押しで俺が全面的に悪いと認めさせることはできるかもしれないが、彼女が言う通り挨拶が先だ。何せ本来の予定であれば、日中の内に到着しているはずだったからな。
しかし急いで荷物をトランクから下ろそうとして、俺はここ数日ずっと付きまとっている不便さに直面する。
「く……っ!」
「はいはい、今の先輩はちっちゃい女の子なんスから、ハッチバックからは離れましょうねー」
跳ね上がったハッチバックに、手が届かないのである。どれだけ背伸びをしても意味はなく、跳ねてようやく少し触れられるかなという程度なのだ。
これがまあ、不便なこと極まりない。寮の部屋を片付けようとしたときも、本棚やらクローゼットやら、高いところにあるものに軒並み手が届かなかったからな。おかげで荷造りが遅れまくった。
到着が遅くなった理由は他にもあるからそれだけが悪いわけじゃないが、本当に不便すぎる。
小さくなったことで生じた問題は、他にもある。
「うお……ととと……っ」
「あっ、先輩大丈夫スか!?」
受け取った荷物……キャリーケースの大きさに身体のほうが負けて、ふらついてしまった。愛璃がすぐに背中を支えてくれたおかげで、スムーズに立ち直ることができたがこれも不便すぎる。
四十センチ以上も小さくなったせいで体重も減ったため、重いものや大きいものから受ける影響が大きくなっているのだ。筋力も下がったし、今のところろくなことがない。
これらに比べたら、四十年も連れ添ってきた股間の相棒がいなくなった違和感くらい、どうということはないまである。
「悪い、助かった。小さい、軽いってこういうとき不便だよなぁ」
「そうなんスよ。少しでも早く大人になりたい子供の気持ち、わかってもらえました?」
「ああ、よぉーくわかったよ。お前も苦労してたんだな……」
「苦労してたのはそれだけじゃないスけど……ま、大体その通りッスね」
なんてことを話しながら、俺たちは並んで駐屯地内へ。入場口でセキュリティチェックなど諸々の手続き自体は終えているようで、ほとんど手続きなく建物内へ入れた。
続けて管理事務所──他の自衛隊ではまず言わないが、ここでは通称職員室──で着任の挨拶を済ませ、いくつかの伝達事項をやり取りしたのち、俺たちはそれぞれの隊舎に分かれることになった。
まだ就寝時間にはなっていないが、夕食や入浴はとっくに済んでいる時間帯だ。隊舎の共用部分はどこも人気がなく、俺がキャリーケースを引きずる音だけがやけに響いて聞こえた。
「エレベーターは……こっちか。……おお、ボタンの位置が低い。ありがてぇな……」
子供に対する配慮に感動しながらボタンを押し、エレベーターが降りてくるのを待つ。
その間、暇つぶしがてら隊舎内の各所を観察してみるが……なんというか、建物自体の雰囲気は大体どこも一緒だな。まあ自衛隊に限らず、官製の箱はそうなりがちなんだろうが。
しかしよくよく見ると、この駐屯地に所属するだろう子供たちが書いたと思われる、習字の半紙が張られている掲示板を見つけた。そこには寒鰤やら神通川など、富山を想起させるものが多く並んでいる。
そういえば、玄関口の壁には横に幅広いスコップが複数立てかけてあったな。あれは雪かき用だろう。
新年度を迎えた時点で東海や関東じゃまず必要ないものだが、北陸は四月でも雪が降ることがあるようだからな。実際に住むのは初めてだが、きっとまだ使う機会があるんだろう。異動先で、こういう地域特有のものを見るとちょっと楽しくなる。
そうこうしているうちにエレベーターが開き、俺は目当ての三階へ進む。三階に着いたら、エレベーターから右に折れてすぐの部屋。ここが、これから俺が住むことになる自室になる。相部屋だけどな。
とはいえ、すぐに中に入るのはためらわれた。なぜなら、同室は十一歳の女の子だと聞いているからだ。
俺の身体は今、百三十センチちょっとの幼女である。しかし感性や性自認自体は、変わらず四十歳の男のままだ。少なくとも俺はそう認識しているし、これから変わる予定も今のところはない。
そんなやつが、ティーンにもなっていない女の子と相部屋だぞ。遠慮するに決まっている。遠慮というか、そもそも気まずいというか。
「今の先輩はとってもかわいい女の子ッスから、気にしなくていいと思うッス!」
というのは分かれ際の愛璃の言葉だが、あいつは元来楽天家だ。こういうときはあまり信用しないほうがいい。コンプライアンス的にも、最悪を想定したほうがいいに決まってる。
だから俺は一度目を閉じて深呼吸をし、数秒覚悟を決める時間を取った。予定より数回多く深呼吸をしてしまったが、ここで退いては男が廃るというもの。
「いざ鎌倉……!」
俺は遂に、扉をノックした。鍵はもらっているから普通に入れるが、やはり礼儀として最初は断って入ったほうがいいだろうからな。
しかしさて、どんな反応が返ってくるだろう。歓迎されずとも、せめて拒絶されないといいんだが。
というか、そもそも今のノックは聞こえただろうか……などと考えていると、部屋の中からバタバタとせわしない足音が聞こえてきたかと思うと、扉が勢いよく開け放たれた。
「おそーい! マジでもうちょっとで寝落ちするとこだったじゃんか!」
そこから姿を現したのは、当然というべきか。一人の少女だった。言葉通り、就寝間際だったのだろう。しっかりとパジャマ姿である。
釣り目の勝気な顔立ちには明らかに怒りがあるが、それ以上に呆れの色が見えた。
ただ、彼女は自分より小柄な俺を見て、それから傍らのキャリーケースがかなり大型であることを見るや、機嫌の悪さはそのままに、俺のキャリーケースを手に取って中に入れと手で示してきた。
根は優しい子なんだろう。きっと俺が来るまで起きていてくれたのだろうし。
「運んでくれてありがとう。助かるよ」
「ふん。ほら、そっちがあんたのベッド。ロッカーもそっちね」
「了解……あー」
彼女に連れられる形で室内に入れば、そこは新人の頃使っていた相部屋とほとんど同じ間取りの部屋。住人がみんな子供だからか少し広く感じる。
しかし俺が声を上げたのは、その室内に置かれたちょっとした談話スペースのようなところに腰かけた眼鏡の少女が、うつらうつらと舟を漕いでいるさまを見たからだ。その手元には本があるが、彼女もパジャマ姿である。
「……思いっきり待たせたみたいだな」
「本当だよ。ったく、入学式前日の夜に入寮とか、えらい重役出勤だよねぇ?」
「悪かった。本当にごめん。ただ言い訳させてもらうと、配属が決まったのが三日前でな……荷物まとめるのもそうだし、書類の手続きとか色々やることがたくさんあって……」
具体的には戸籍をどうするかとか、運転免許の変更手続きとか、そういう行政的なあれやこれやが。
「……あー、そりゃ災難だったね……」
そんな俺に、少女は同情するように言いながら、今にも熟睡し始めそうな少女に駆け寄って肩を揺すった。
「ほら
「んん……ふぁい……いけません……ネコさんにチョコレートはダメですの……」
「どんな夢見てるんだよー。ほら」
寝ぼけながら雑学を披露するという知性を見せる少女の頬を、釣り目の少女が軽くはたく。ぺちぺちという音が軽めに響いた。
眼鏡の少女もこれで目を覚ましたようで、白い肌を少し赤くして頭を軽く下げてくる。
「ごめんなさい、わたくしあんまり夜に強くなくて……」
続けて俺にも頭を下げてきた彼女に、いやいやと手と首を振った。
「遅くなった俺が全面的に悪いんだから、気にしないでくれよ」
が、そのまま何回か、いえわたくしが、いや俺がと謝り合戦が始まってしまった。控えめな子かと思ったら、妙なところで頑固だなぁ。
「はいはい、謝りあいっこはおしまい! あたしだって眠いんだもん、早く自己紹介だけして今日はもう寝ようよ……」
しかし釣り目の少女が、あくび混じりにとりなしてくれたおかげで、この話は一旦棚上げとなった。
それを確認した上で、俺たちは互いに向き直った。ちょうど三角形を描くような位置関係だ。
「じゃ、あたしから。
「わたくしは
「……桜庭
互いに挨拶をすると共に、眼鏡の少女……千里が両手をそれぞれ俺とレイナに差し出した。
握手、ということだろうか。しかしこの位置関係でその出し方だと、握手ではなく単純に手を繋ぐだけになるのでは。
だが俺が何か言う前に、レイナも両手を差し出してきた。同じく千里と俺に対してだが、やれやれと言いたげな顔である。
たぶん、俺と同じことに思い至った上で、付き合うことに決めたんだろう。ここまでの短時間でも、そういう気遣いができる子だろうということはなんとなくわかる。
であれば、あれこれ言うのは野暮だろう。俺も同じように両手を出した。
それで俺たちは互いに互いの手を取り合う形になったが……もちろんと言うべきか、それは握手ではなくただ手を繋ぐだけ。
しかし千里は指と指を絡めると、嬉しそうににっこりと笑った。
「うふふ、みんなでがんばりましょうね」
「まあ同じ班員だしね。どうせなら一番取っちゃおうか」
「いいけど……死なない程度にな? 無理は禁物だぞ」
「わかってるよぉ。あんた、母ちゃんみたいなこと言うね」
文字だけを見れば、非難する言葉に見えるが……レイナの声色や態度は、どこかすねたような、おどけたような色があった。
だからか、これを聞いた千里は笑ったし、それに釣られてレイナも笑う。悪くない空気だった。
うん。色々と心配していたし、緊張もしていたが、これなら子供たちの中に入ってもなんとかやっていけるかもしれない。
そう思いつつ、二人にならうような形ではあったが、俺もくすりと笑って見せたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
登場人物が女の子ばかりですが、本作はひさな作品としては珍しいことにガールズラブ要素はありません。
というか、恋愛要素がそもそもないというか。
いやまあ、将来的にどうなるかはわからないのですが、元々字数制限のある賞への応募作なので、その範囲の中ではありませんよということで・・・。
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