魔法学校生徒諸君、出撃せよ!~おじさん、平和のために幼女になる~ 作:ひさなぽぴー
「今日という良き日、この防衛大学校附属魔法学校の富山キャンパスに、五十三名の将来有望な新入生を迎えることができたことを嬉しく思います」
翌日。入校式に出席した俺は、そんな言葉で始まった校長の挨拶を半目で聞き流していた。
すごい。出てくる言葉のほとんどが建前百パーセントだ。
いやはや、「防衛大学校附属魔法学校の富山キャンパス」とはよく言ったものだと思う。実態は法術自衛隊の富山駐屯地だし、新入生という言葉も、間違いではないが要するに新兵だろうに。
校長というのも、名目のようなものだろう。なぜなら、普通に佐官の階級章を着けているから。どう見ても彼は一佐である。
とはいえ、仕方ないことは理解している。子供を兵士として戦わせなければならない喫緊の問題が目の前にあり続けている以上、どうにかして制度を実態に合わせていくのが政治というものだ。ことがことだから、建前でぼかしたのだろう。
ただ理解はしていても、納得できるかはまた別の話だ。校長はじめ教師陣に思うところはないが、どうしても学徒動員や少年兵という言葉が脳裏をよぎってしまうんだよな。
今ここに並んでいる俺以外の五十二人の子供たちも、どれだけが無事に卒業を迎えられることか……。
……まあそれとは別に、話が普通に面白くなくてしかも長いから、というのも聞き流している理由ではあるんだが。
なんだろう、校長の挨拶はつまらなくて長くなければならない、みたいな法律なんてあっただろうか。
あ、レイナが思いっきり大あくびをかましている。実際の自衛隊入隊式でそんなことしたら、何をされても文句言えないぞ。俺の位置からは届かないから、たしなめられないが……。
逆に千里は、よく真面目に正面から聞いていられるな。あれで学生一回目とは信じられない。俺が本当に十一歳だった頃とか、校長の挨拶なんて一ミリもまともに聞いちゃいなかったというのに。
こっそり周囲を見渡してみても、多数派はレイナのほうだ。この辺りはやはり、みんな年相応の子供だなぁと感じる……いや、偉い人のつまらない話に辟易とするのは年齢関係ないか?
ともあれそんな、絶妙につまらない入校式を終えた俺たち魔法学校戦闘科の新入生は、すぐにクラスごとに分かれることになった。
そのまま担任となる自衛隊員に連れられてやってきたのは、朝にも一旦集合した教室である。この室内だけは、さすがに懐かしさを覚えるな。
「はい、つーことで入学おめでとさん。改めて名乗るが、俺が一年二組担任の
教壇でそう名乗ったのは、愛璃と同じ年頃と思われる男だ。恐らくだが、彼もまたかつては愛璃と同じく前線で戦う子供だった人だろう。
魔法を扱える子供たち……いわゆる「魔法使い」を教導する立場というのは、その感覚がわかる人間であったほうがいいはず。経験者がいるならその人に振るに限るだろう。
昔は経験者の大人なんていなかったから、教える側の苦労は半端なかったと聞くし。
しかし昨日挨拶をしたときは、きちんとした態度の礼儀正しい青年だったはずだが……今教壇に立つ彼は、着崩した制服に気怠さを隠そうともしていない。どうにもギャップが大きくて混乱するが、あれはもしや、彼なりのキャラづくりだろうか。
「で、今日のこの後だが……早速授業だ。……『えー!』じゃない、おめーらは学生だが、同時に自衛隊員でもあんだぞ。普通の学生みたく、入学式だけしてわーい帰れるぞーなんて許されると思うなよ」
これだからガキんちょは……と言いたげに鼻で笑う川田教官だが、実のところ彼の言うことは間違っていない。
魔法使いという存在は、とにかく数が足りない。何せ、すべての子供たちが魔法学校に来てくれるわけではないからな。
おまけに子供の間しか使えないため、なるべく早く戦力に育て上げないと、コスト的な意味でも戦力の拡充的な意味でも無駄になってしまう。だから入学式の日だろうとなんだろうと、授業を詰め込むのは必要なことだと俺は思う。
俺としても望むところだ。俺は子供たちを守る力が欲しくて、子供になるという実験を乗り越えたのだ。一秒でも早く戦力になれるなら、それに越したことはない。
とはいえ子供たちに帯同する形で前線に赴いたことは何度もあるが、魔法学校でどういう授業をしていて、どういう訓練がされているかはほとんど知らない。はてさて、初回の授業は何をするのだろう?
「二度手間は無駄だから細かい話はあと。まずは全員、作業服に着替えて第二グラウンドに集合な。帽子はなくていい。じゃ、駆け足!」
が、川田教官は詳細を何も言わなかった。気持ちはわかるが、端折りすぎでは……と思わなくはないが、やれと言われれば黙ってやるのが軍隊である。
「ハッ。これより総員作業服に着替え、第二グラウンドに集合します!」
自衛隊が軍隊かどうかは諸説あるが、議論している場合でもないので割愛するとして……そんな組織に長年所属しているのが俺である。周りの子供たちがテンポの速さに困惑している中、いの一番に立ち上がって応じたのも俺だった。
ただ、意気揚々と教室を出たのはいいが、俺はまだこの駐屯地自体に詳しくない。なので、
「……で、更衣室と第二グラウンドってどこにあるんだ?」
慌ててついてきたレイナと千里にそう尋ねて、ズッコケさせることになった。
いや大げさなリアクションをしたのはレイナだけで、千里は仕方ないなぁと言いたげにくすくす笑うだけだったが。
ただ、「こっちですのよ」とわざわざ俺の手を引いて案内してくれたのは……なんだろう、妹みたいな目で見られていたりするんだろうか。
俺は君たちの三倍以上生きているおじさんなんだぞ……と思いはするが、言うわけにはいかない。言えても混乱させるばかりだろうし、ここは大人としてやりたいようにさせておいたほうがいいだろう。
そう思っていたのだが……。
「さあ要さん、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
「待て待て待て、それくらい自分でできる……!」
着替えまで手伝おうとするのは、さすがにやりすぎだ。ティーンにもなっていない女の子に着替えを手伝わせる四十歳おじさんとか、コンプライアンス的に非常に危ないだろう常識的に考えて!
実際、自衛隊の作業服──一般的には迷彩服と言ったほうがわかりやすいだろう──の着替えで手間取ったりなんかしない。何年着ていると思っているんだ。
今脱ごうとしている制服も似たようなものだから、つっかえるところなんて何もない。
「ですがご苦労されているようでしたし……」
「それはその、俺にも事情というものはあってだな……!」
ないが、確かに千里に手間取っているように見えたのは間違いないのだろう。
なぜなら女の子たちの着替えを見ないように、目を閉じて着替えをしていたから……!
そう、ここは女子更衣室。男子禁制の場である。仕方ないことではあるが、今の俺は肉体のみならず、戸籍も完全に女に書き換えられているので……そりゃあそうなるよねという話なのだが……!
十日前までは普通に男だったんだ、俺は! 書類だけではい変わりました、あなたは今日からこっちですと言われても、心は追いついてこないわけで……!
「やらせとけばいいじゃん。そうやってる間に時間過ぎてくんだからさぁ」
だからありがとう、レイナ。千里のお節介をぶった切ってくれてありがとう……!
それととっくに着替え終わっているのに、他に面々が先に行こうとしている中、着替えを待ってくれてることについてもありがとう……!
「別に。同じ班なんだからあたしだけ先行っても仕方ないだけだし」
腕を組んで壁に背中を預けたまま、そっぽを向く様は素直にかわいらしい。
そう思ったのは俺だけではないようで、直前まで俺を困らせていた千里がにっこりと笑みを浮かべて耳打ちしてきた。
「レイナさん、かわいらしいでしょう? わたくし、彼女のああいうところが大好きですの」
「聞こえてんの! んなことしてないでさっさと着替えなってば!」
「ふふ、はぁい」
……とまあ、小さなトラブルはあったが、とにかく俺たちは白と青灰が基調の法術自衛隊用作業服に着替えて第二グラウンドに向かった。
ちなみに我がクラスは、総勢十六名である。整列するその顔ぶれを順繰りに見やった後、同じ作業服姿の川田教官がやはり気だるげに声を上げた。
「うーし揃ったなー。んじゃ、順に体力テストやってくぞー。班ごとに固まれー」
その言葉に、そりゃそうか……と思った俺である。
子供の体力・運動能力の統計を取るためのテストだ。別に自衛隊云々関係なく、ほとんどの学校で昔から実施されているものだな。
魔法学校は学校だが、純粋に戦力であることを求められる法術自衛隊でもある。そのためにも、生徒の今を正しく認識する必要性は通常の学校より高いだろう。
とはいえ、体力テストそのものに目立ったところはなかった。俺の記憶にあるものと差異はなく、淡々とこなして記録を取っていく時間となる。
ただだからといって、思うところがないわけではない。
「うーむ……今までも実感はあったが、こうも数値で差を明示されるとがっくり来るな……」
自分の出した結果の一覧を見ながら、俺は肩を落とした。
理由は単純だ。成人男性だった頃と比べて、格段に下がった運動能力を見て落ち込まない男はいないだろう。クラスでもほぼ最下位、となればなおさらだ。
握力なんて五十以上あったのに、今は十三しかないらしいぜ。下手しなくても、十一歳女児の平均より低いだろう。もはや笑うしかない。
とはいえ、こうなることはわかっていた。幼女への変化は不可逆のもので、今さらどうにかなるものでもないのだから、こんなことに落ち込んでいるのは時間がもったいない。切り替えていこう。
大丈夫だ。今がダメなら、鍛えればいいだけの話だからな。
「元気出してくださいな。わたくしもそんなによろしくありませんでしたし、お揃いですの」
そう思って顔を上げたところで、横から俺の記録を覗き込んだ千里が慰めてきた。少しお節介なところはあるが、この子も優しい子だよな。
彼女は自分もよくなかったという証明のためか記録を見せてきていたので、ありがとうと応じながら俺も彼女の記録を見させてもらう。
で、それを見てどう言えばいいかを考えざるを得なくなり、俺は数秒沈黙する羽目になった。
「千里は要より十センチ近く大きいのに、結果が要と同じくらいってのはちょっとヤバいんじゃない?」
その理由を、便乗する形で記録を覗き込みに来たレイナがバッサリと口にした。
で、デリカシー……! とぎょっとしてしまったが、千里は「やっぱりそう思います?」と頬に手を当てるだけで、堪えた様子はまったくない。
案外メンタル強い……のかどうかは、ちょっとわからない。千里の反応を、レイナが当然という顔で見ているからだ。
そういえば、二人とも初等科からの繰り上がり組と言っていたな。であれば付き合いも年単位であるだろうから、これくらいのことは気軽に言い合える仲なのだろう。
「どっちにしても俺たちの記録が低いことは変わりないから、鍛えたほうがいいだろうなぁ」
だから二人のやり取り自体には何も言わず、話の流れに身を任せることにする。
「ですね。授業だけでは足りないかもしれないですし、そのときはご一緒してもよろしいです?」
「ああ、もちろん。お互いがんばろうな」
「はい!」
そのまま千里と話を続けると、レイナがちょっと寂しそうな顔をしているのが見えた。仲間外れにしたつもりはなかったが、そんな気にさせてしまったなら申し訳ないな。
とはいえそれを口にしても角が立つかもしれないから、シンプルに誘ってやるか。
「課外でやるなら、レイナも一緒にやるか?」
「……ま、まあそーだね。あたしの成績ならあんまりいらないと思うけど、せっかくだし付き合ったげるよ」
その素直じゃない返事に、俺と千里は顔を見合わせて小さく笑った。
他の班でも似たような話はされているようで、和やかな雰囲気がグラウンドに広がっている。
もちろん中には、自分の結果を思いっきり誇るような子もいるようだが、そういう子相手でも賞賛の声が上がっているようだし、ギスギスした感じはない。
彼ら彼女らが戦友になることを考えると、この空気は悪くないな。これなら隊舎での相部屋共同生活だけでなく、普段の学生生活も心配はいらないかもしれない。
「おーし、全員終わったなー。思ったより早く終わって大変結構。んじゃ、ちょいと早いが昼休みだ。一旦解散。
だが、体力テストを締めくくった川田教官の言葉に、子供たちは色めき立った。
ようやく魔法が使える……とか、遂にこのときが来たか……とか、そういう歓迎する声ばかりである。千里やレイナも例外ではなく、どことなく嬉しそうな顔だ。
しかし俺はこれを聞いて、さてどうしたものかと頭を抱える羽目になった。
なぜって? 簡単な話だ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
始業式とか終業式のあとに授業やる学校は実在します(白目
仮に人生をやり直す機会を授けられたら、とりあえずあの高校には行かない。絶対にだ(鋼の意志
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