ACE COMBAT: SKIES INHERITED 作:無名のエース
2019年5月17日。
ユージア大陸、東部沿岸。
戦争が始まって、二日が経過した。
そのわずか二日間で、オーシア連邦軍は想定をはるかに超える損害を受けていた。
エルジア王国軍による奇襲攻撃。
大量の無人航空機。
そして、通信・指揮系統を混乱させる電子戦。
オーシア軍が長年維持してきた航空優勢は、急速に失われつつあった。
だが、戦争は防衛だけでは終わらない。
敵が攻めてきたのなら、こちらも攻める。
それが軍隊という組織の、あまりにも単純な論理だった。
そして、その命令を実行するのは、いつだって最前線の兵士たちだった。
1 新たな命令
フォートグレイス島空軍基地。
作戦説明室には、複数の航空部隊のパイロットが集められていた。
正面のスクリーンには、ユージア大陸東部の地図が映し出されている。
赤い印が示すのは、エルジア軍の軍事施設。
青い印が示すのは、オーシア軍の作戦区域。
その間には、いくつもの矢印が引かれていた。
「諸君」
作戦担当士官が口を開く。
「我が軍はエルジア軍の侵攻に対抗するため、限定的な反撃作戦を実施する」
室内に小さなどよめきが広がった。
「目標は敵の前線航空戦力だ。敵航空基地への攻撃を実施し、戦闘機および支援施設に損害を与える」
スクリーンが切り替わる。
滑走路。
駐機場。
燃料施設。
そして、防空設備。
「敵は無人機を中心とした防衛網を構築している。こちらの攻撃を察知すれば、迎撃機を発進させる可能性が高い」
後方の席から声が上がった。
「こちらの航空戦力は足りるんですか?」
「十分とは言えない」
士官は即答した。
「だが、敵に主導権を握らせ続けるわけにはいかない」
その言葉に、誰も反論しなかった。
「メイジ隊、ゴーレム隊は攻撃部隊の護衛および敵航空戦力の排除を担当する。作戦中の指揮はAWACSスカイキーパーが執る」
トリガーは黙って地図を見つめていた。
前回の戦闘とは違う。
今回は、こちらから敵の支配する空域へ侵入する。
迎撃する側ではなく、迎撃される側になる。
それが何を意味するのか、彼は理解していた。
「質問は?」
沈黙。
「よろしい。各員、出撃準備に移れ」
椅子が一斉に引かれる。
パイロットたちが立ち上がり、室内から出ていく。
その中で、クラウンがトリガーの肩を軽く叩いた。
「メイジ2」
トリガーが振り返る。
「前回はよくやった。だが、今回も同じようにいくとは思うなよ」
クラウンは真剣な表情だった。
「敵地の上じゃ、何が起きてもおかしくない」
トリガーは頷いた。
「……よし」
クラウンは小さく笑う。
「今日も二人で帰るぞ」
その言葉は、何気ないものだった。
だが、戦場では何よりも重い約束だった。
2 敵地への侵入
午前九時二十分。
メイジ隊、ゴーレム隊はフォートグレイス島を離陸した。
雲は低く、海面には薄い霧がかかっていた。
『こちらAWACSスカイキーパー。各機、通信確認』
『ゴーレム1、良好』
『メイジ1、良好』
トリガーも機体の通信状態を確認する。
『メイジ2、受信を確認した。各機、作戦空域へ進入せよ』
編隊は高度を維持したまま、大陸へ向かった。
眼下の海が次第に陸地へ変わる。
海岸線。
道路。
小さな町。
そして、遠くに見える軍事施設。
『敵航空基地を確認』
スカイキーパーが告げる。
『攻撃部隊は指定目標を破壊。護衛機は敵の迎撃を阻止せよ』
『ゴーレム隊、了解』
『メイジ隊、了解。メイジ2、俺から離れるなよ』
クラウンの声に、トリガーは翼を小さく揺らした。
その直後。
『敵機接近!』
レーダーに複数の反応が現れる。
『方位一八〇、距離二十五! 敵戦闘機編隊!』
『来たか!』
ゴーレム隊が加速する。
トリガーもスロットルを押し込んだ。
エンジンが唸る。
速度が増す。
敵機の姿が見えた。
エルジア軍の戦闘機。
そして、その後方には無人機。
『交戦開始!』
スカイキーパーの命令と同時に、空が戦場へ変わった。
3 新人の飛び方
最初に仕掛けたのは、敵だった。
二機の戦闘機が高度を下げ、ゴーレム隊の側面へ回り込む。
『ゴーレム2、敵機を確認!』
『ゴーレム1、迎撃する!』
ミサイルが発射された。
敵機が回避する。
その隙に、別の敵機が攻撃部隊へ接近した。
『敵機が攻撃部隊へ向かっている!』
スカイキーパーの警告。
『メイジ隊、迎撃せよ!』
『了解! メイジ2、ついてこい!』
クラウンが機体を傾けた。
トリガーも追従する。
前方の敵機は、低高度を高速で飛行していた。
その先には、攻撃目標へ向かう味方機。
放置すれば、背後から撃たれる。
クラウンがミサイルを発射した。
敵機は即座に回避。
『くそっ、かわされた!』
敵機は急旋回し、クラウンの追撃を振り切ろうとする。
しかし、その先にトリガーがいた。
クラウンが敵を追う間に、トリガーは高度を上げていた。
敵機が旋回を終える位置。
そこへ向かって、すでに機首を向けていたのだ。
『メイジ2!?』
クラウンの声が響く。
トリガーは発射ボタンを押した。
ミサイルが飛び出す。
敵機は回避を試みた。
だが、旋回直後で速度が落ちている。
十分な回避機動に移る前に、ミサイルが命中した。
爆発。
敵機が炎を上げて落下する。
『敵機撃墜!』
スカイキーパーが報告した。
『メイジ2、よくやった』
クラウンは小さく息を吐いた。
「……またかよ」
無線を切った状態で呟く。
初陣でも感じた違和感。
この新人は、単に操縦が上手いだけではない。
敵がどこへ動くか。
味方が何をしようとしているか。
そして、どの瞬間に攻撃すれば最も効率的か。
それらを、まるで一枚の地図を見るように把握している。
もちろん、完璧ではない。
経験不足からくる危うさもある。
だが、その判断の速さには、すでに熟練パイロットに通じるものがあった。
『メイジ1、敵機接近!』
「おっと!」
クラウンは操縦桿を引いた。
今は考えている場合ではない。
『メイジ2、次が来るぞ!』
トリガーは機体を反転させた。
新たな敵機が迫っていた。
4 地上の炎
空戦が続く中、攻撃部隊は敵基地への接近に成功した。
『攻撃目標を確認!』
『対空砲火が激しい!』
地上から無数の曳光弾が打ち上げられる。
対空ミサイルが発射され、白い煙が空へ伸びた。
『攻撃部隊、目標へ進入!』
爆弾が投下される。
数秒後。
地上で巨大な爆発が起きた。
駐機場に並んでいた戦闘機が炎に包まれる。
燃料施設から黒煙が噴き上がった。
『目標への命中を確認!』
『よし、次の目標へ向かう!』
しかし、敵も黙ってはいなかった。
『新たな敵機を確認!』
スカイキーパーが叫ぶ。
『攻撃部隊へ接近中! 護衛機、阻止せよ!』
トリガーは即座に進路を変えた。
敵機は三機。
二機が上空から接近し、残る一機が低高度を維持している。
攻撃部隊を挟み込むつもりだ。
トリガーはまず低高度の一機へ向かった。
正面から接近。
敵機が機首を向ける。
双方の距離が急速に縮まる。
《MISSILE ALERT》
敵が先に撃った。
トリガーはわずかに機体を傾け、進路を変えた。
ミサイルが左側を通過する。
その直後、彼は高度を上げた。
敵機の上方へ抜ける。
すれ違いざま、トリガーは敵の位置を確認していた。
敵機は反転しようとしている。
だが、トリガーはすでに旋回を始めていた。
機体を横転させ、機首を下げる。
敵機の旋回半径の内側へ入る。
照準が重なった。
機関砲発射。
曳光弾が敵機の胴体を貫いた。
火花。
黒煙。
敵機が姿勢を崩す。
トリガーは追撃のミサイルを放った。
命中。
撃墜。
だが、その間に残る二機が攻撃部隊へ接近していた。
『こちら攻撃部隊! 敵機が背後に!』
『メイジ2、そっちは任せろ!』
クラウンが割り込む。
『俺が一機を引き受ける!』
トリガーは残る一機へ向かった。
敵機は味方機をロックオンしている。
発射まで、数秒。
間に合うか。
トリガーはスロットルを最大まで押し込んだ。
アフターバーナー。
機体が加速する。
距離が縮まる。
しかし、敵機のミサイルが先に発射された。
『ミサイル接近!』
味方機が悲鳴を上げる。
トリガーは敵機への攻撃を一瞬中断し、ミサイルの飛翔方向を確認した。
味方機が回避する。
ミサイルが追う。
その軌道を見たトリガーは、敵機へ向かって機関砲を撃った。
敵機は回避を開始。
ロックオンが外れたわけではない。
すでに発射されたミサイルは飛び続けている。
だが、敵機が次の攻撃を仕掛ける余裕は失われた。
『回避しろ! 今だ!』
クラウンの声。
味方機が急旋回する。
ミサイルは機体の後方を通過し、地上へ落下した。
『た、助かった……!』
その間に、トリガーは敵機の後方へ回り込んでいた。
ロックオン。
発射。
敵機撃墜。
『攻撃部隊の安全を確認!』
スカイキーパーの声が響く。
『メイジ2、よく守った』
トリガーは何も答えなかった。
ただ、燃え上がる敵基地を見下ろした。
地上には、まだ多くの人間がいる。
敵兵。
整備員。
管制官。
彼らにも、家族がいるのだろう。
しかし、トリガーには彼らの顔は見えない。
見えるのは、目標を示す記号と、そこから立ち上る煙だけだった。
戦争とは、そういうものだった。
5 戦場の現実
『全攻撃目標の破壊を確認』
スカイキーパーが告げた。
『作戦成功。各機、帰投せよ』
ようやく、無線に安堵の声が広がった。
『やったぞ!』
『これで少しは敵の攻勢も弱まるだろう!』
『メイジ隊、よくやった!』
クラウンも笑った。
『メイジ2、今日も大活躍だったな』
トリガーは軽く翼を揺らした。
しかし、その直後。
『待て……何だ、あれは?』
ゴーレム隊の一人が声を上げた。
『レーダーに新たな反応!』
スカイキーパーが確認する。
『敵航空部隊を探知! 数が多い!』
レーダー画面に、次々と赤い点が現れた。
一機。
五機。
十機。
さらに増える。
『無人機編隊だ!』
『こんな数、どこから……!?』
『全機、帰投を優先せよ! 交戦を避けろ!』
だが、敵はすでに接近していた。
『ゴーレム隊、敵機が追ってくる!』
『振り切れ!』
編隊が散開する。
トリガーは後方を確認した。
無数の小さな影。
それらが、整然とした隊形で追ってくる。
まるで鳥の群れだった。
だが、その一機一機が兵器だった。
『メイジ2、こちらへ!』
クラウンが叫ぶ。
トリガーは編隊長へ向かった。
その瞬間。
《MISSILE ALERT》
警告音。
敵機からミサイルが発射された。
トリガーは急旋回。
一発目を回避。
続いて二発目。
さらに三発目。
『くそっ、しつこい!』
クラウンが叫ぶ。
トリガーは機体を左右に振り、ミサイルを回避し続けた。
だが、敵の数が多すぎる。
一機を振り切っても、次の敵機が接近する。
『メイジ2、深追いするな! 帰投するぞ!』
クラウンの声。
トリガーは追撃を中断した。
敵機を落とすことより、生きて帰ること。
その判断は、決して敗北ではない。
むしろ、戦場では最も重要な判断だった。
『全機、最大速度で離脱!』
スカイキーパーの指示。
味方機が次々と加速する。
トリガーもアフターバーナーを点火した。
背後では、なおも敵機が追ってくる。
だが、味方の防空圏が近づくにつれ、敵機は追撃を中止した。
やがてレーダーから反応が消えていく。
『……敵機、離脱を確認』
スカイキーパーが告げた。
『各機、帰投を継続せよ』
ようやく、戦闘が終わった。
6 英雄の条件
帰投後。
トリガーは機体を降り、格納庫へ向かっていた。
「おい、トリガー!」
整備員が駆け寄ってくる。
「また無茶したらしいな!」
トリガーは首を傾げた。
「クラウンから聞いたぞ。敵機を何機も落として、味方まで守ったんだって?」
整備員は笑った。
「まったく、とんでもない新人が来たもんだ」
トリガーはヘルメットを外した。
額には汗が浮かんでいた。
戦闘中は意識していなかった疲労が、今になって身体へ押し寄せてくる。
「……でもな」
整備員は、少し真剣な表情になった。
「無茶はするなよ」
トリガーが顔を上げる。
「どれだけ腕がよくても、落ちる時は落ちる。戦争ってのはそういうもんだ」
整備員は機体を見上げた。
「昔のエースだって、きっと何度も危ない目に遭ったんだろうな」
トリガーは黙っていた。
「メビウス1とかさ」
その名前が、再び出てきた。
「大陸戦争の英雄。あいつも、最初から伝説だったわけじゃないだろう」
整備員は笑った。
「まあ、俺には想像もつかんけどな」
トリガーは自分の機体を見た。
翼には、戦闘の痕跡が残っている。
小さな傷。
焦げたような汚れ。
そして、何度も高い負荷を受けた機体の疲労。
彼はその翼へ手を置いた。
今日も帰ってきた。
それが、何より大切なことだった。
7 海の向こうの王国
同じ頃。
エルジア王国軍、某航空基地。
作戦会議室には、数人の将校が集まっていた。
スクリーンには、オーシア軍による攻撃の報告が表示されている。
「前線基地が攻撃を受けた」
「損害は?」
「駐機中の航空機、燃料施設、防空設備に被害が出ています」
「迎撃部隊は何をしていた?」
「交戦しましたが、敵の一部が予想以上の戦果を挙げた模様です」
将校の一人が眉をひそめる。
「一部?」
「はい。オーシア軍の新しいパイロットと思われます」
画面に、戦闘記録が表示された。
短い映像。
急旋回する戦闘機。
撃墜される無人機。
そして、味方機を守るように割り込む一機の機影。
「……ほう」
将校が小さく呟いた。
「腕のいい奴がいるようだな」
「ただし、現時点では特別な脅威とは評価されていません。まだ実戦経験も少ないようです」
「そうか」
将校は画面を閉じた。
「ならば、次は確実に仕留めろ」
命令は、それだけだった。
彼らはまだ知らない。
この若いパイロットが、やがてエルジア軍の戦略そのものを揺るがす存在になることを。
そして、その空には、もう一人。
かつてエルジアを敗北へ追い込んだ、伝説のエースが存在していることを。
二つの時代。
二人の英雄。
その運命は、まだ交わらない。
だが、戦争は確実に、彼らを同じ空へと導き始めていた。