帝国のワーカーですが、ハッタリかましたら死を司る神様に死ぬほど感謝された件について 作:バルカン39
1. 蹂躙のパノラマ
地下大墳墓・第六階層「闘技場」。
人工の夜空に浮かぶ巨大な偽りの月が、白茶けた砂地を冷酷に照らし出していた。
遮るもののない円形の広場は、ワーカーチーム『フォーサイト』にとって、文字通りの処刑台だった。
すり鉢状にそびえ立つ観客席を見上げれば、そこを埋め尽くしているのは、おぞましいアンデッドや異形の魔獣たちの軍勢、ゴーレム達。数千、数万の濁った眼光が、すり鉢の底に取り残された4人の人間を、今か今かと貪り食うために見下ろしている。立ち込める濃厚な死臭と悪意の波が、それだけで肌をチクチクと刺し、肺を侵食していくかのようだった。
「ひっ、……あ、ああ……」
マジックキャスターのアルシェが、股間を濡らしながらついにその場にへたり込んだ。
彼女の持つ『能力(タレント)』――相手の魔力を見極めるその瞳が捉えていたのは、世界の理を容易く捻じ伏せる、あまりにも異常で、圧倒的な漆黒の魔力。それは彼女の精神の限界を軽々と超え、激しい嘔吐感と共に、立っていることすら許さない。
イミーナが必死にアルシェの身体を抱きしめ、神官のロバーデイクが震える手で聖印を握りしめるが、彼らとて理解していた。自分たちの命の灯火が、今まさに吹き消されようとしていることを。
彼らの目の前に立つのは、死そのものを体現した絶対の王――アインズ・ウール・ゴウン。
禍々しい漆黒のローブを纏い、右手には世界の終わりを告げるかのような意匠の杖を握る、巨大な骸骨。眼窩の奥で不気味に燃え盛る二つの赤光が、冷徹に彼らを見下ろしていた。
「命乞いか。泥棒の分際で、見苦しいな」
アインズの口から放たれた声は、重く、低く、闘技場全体の空気を震わせた。
それは一切の慈悲を削ぎ落とした、絶対の死刑宣告。アインズがほんの少し指先を動かすだけで、フォーサイトの歴史はここで無惨に、凄惨に幕を閉じる。肉を引き裂かれ、実験体にされ、魂まで弄ばれる未来が、すぐそこまで迫っていた。
2. 生死の葛藤と、あやふやな記憶
(終わりだ。……いや、待て)
極限状態の恐怖の中で、リーダーであるヘッケラン・ターマイトの脳細胞は、狂気的なまでの速度で回り始めていた。
死へのカウントダウンが刻まれる中、目の前の魔王の禍々しい姿が、ヘッケランの脳裏に強烈な「既視感(デジャヴ)」を走らせた。
(俺は……知っている。この骸骨の姿を、どこかで……!)
ヘッケランは必死に、この魔王と少しでも対等に交渉できる材料を脳内で探した。
しかし、人間の国家の権力も財力もこれまで培ってきたワーカーの知識もはたまた穴場な商店の情報など、この化け物たちの前じゃ砂粒ほどの価値もない。人間種の小賢しい交渉材料を持ち出した瞬間、一秒で殺される。
その時、記憶の底の底から、埃っぽい古い実気の書庫の光景が蘇ってきた。
幼い頃に何度か読んだ、著者が誰かもわからない奇妙な手書きの絵本。題名は……たしか『どろどろのともだち』、だったか。
(あの絵本に、、、こんな骸骨の王様が出てきた?。確か……何人かの友達と仲良く遊んでいたお話だ。でも……ダメだ、肝心の王様の名前や友達の名前、城の名前が思い出せない。
ぶろぶろ茶・・・? いや、違う、もっと別の響きだった気がする。全部うろ覚えだ……!)
今ヘッケランの脳裏に辛うじて残っていたのは、絵本の主役である『へろへろ』。そして、裏表紙の裏にひっそりと刻まれていた不気味な金色の文字列、『至高の御方々 41人』という、たった二つのキーワードだけだった。
(こんなあやふやな記憶の、たかが絵本の知識で、この魔王を相手にハッタリを吐くのか……!?
もし絵本がただのデタラメなお伽話だったら、あるいは少しでもボロが出たら、その場で肉の最後の一片まで擦り潰される……!)
あまりにも無謀なギャンブルに、ヘッケランの理性は激しく拒絶した。もっと無難な命乞いをするべきだと脳内で叫ぶ。
しかし、数多の修羅場を潜り抜けてきたヘッケランの野生の第六感が、激しい警鐘と共に彼に告げていた。
(違う! どんな言い訳も通用しない。だけど……この二つのキーワードだけは違う。このあやふやな記憶のハッタリだけが、あの魔王を、あの怪物の軍勢を完璧にハメ倒せる『唯一の正解』だ……!!)
理性をねじ伏せ、第六感の警告に従う。ヘッケランは腹をくくった。
3. 起死回生の咆哮
ヘッケランは、冷や汗で滑りそうになっていた愛用の双剣を、あえて無造作に砂地へと投げ捨てた。
カラン、と乾いた音が闘技場に響く。
その自暴自棄とも取れる行動に、イミーナが「ヘッケラン!?」と悲鳴のような声をあげた。だが、ヘッケランは構わずに両手を大きく掲げ、アインズの燃え盛る眼窩を真っ直ぐに見据えて叫んだ。
「待ってくれ! 俺たちは……俺たちは、あなた様をずっと探していた!
『へろへろ』様から、この場所の探索を依頼されたんだ!」
その瞬間、闘技場を支配していた空気の圧力が、一気に跳ね上がった。
アインズの背後に控えていたデミウルゴス、アウラ、マーレたちの動きがピタリと止まる。
放たれたのは、先ほどまでの冷徹な拒絶ではない。大地を割り、天空を焦がさんばかりの、剥き出しの「暴風」のような殺気と激昂だった。
「……誰の名前を口にした? 今、何と言った、下賤な人間よ。我が友の名を、その汚い口で騙るかァアアアッ!?」
凄まじい魔圧がヘッケランを襲う。息ができない。肺が潰れそうだ。後ろではアルシェが完全に失神しかけていた。
だが、第六感は間違っていなかった。魔王の目は、明らかに激しく動揺している。
ヘッケランは足の震えを必死に抑え、脳裏に刻まれたあの金色の文字列を、喉が裂けんばかりの破れ鐘のような声で叫んだ。
「嘘じゃない! 嘘なものか! 俺たちはそのお方から、もし骸骨の王様に会えたら、この【合言葉】を伝えろと言われている! ……合言葉は、『至高の御方々 41人』だ!!」
4. 揺らぐ絶対の王
「……っ!?」
ドォン、と闘技場全体に衝撃波が走ったかのように、アインズの巨体が大きく揺らいだ。
その右手から、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが危うく滑り落ちそうになる。
「な……に……? 四十一、だと……?」
アインズの眼窩の赤光が、信じられないものを見たかのように激しく明滅した。
ナザリック地下大墳墓の最高機密。自分たちを創り上げた創造主たちの総数「41」。この世界の人間が、偶然の口から出まかせで引き当てられるような数字ではない。
アインズ(モモンガ)の脳内は、大混乱を通り越して、狂おしいほどの歓喜と衝撃に支配されていた。
第六感の警告通り、うろ覚えの記憶から捻り出した二つのキーワードこそが、絶対の魔王を無力化する最大最高の切り札となったのだ。
アインズはガタガタと、骨と骨が激しくぶつかり合う音を闘技場に響かせながら、一歩、また一歩とヘッケランの前へと歩み寄った。
(ここからだ……。ここから、俺たちの命を繋ぐための、本当の交渉が始まる……!)
砂埃の舞う闘技場の中心で、一人のワーカーと、一人の絶対者の運命が、一冊の絵本の記憶によって180度ひっくり返ろうとしていた。
そして、この極限の対話の中で、ヘッケランの脳裏からは、忘れていた絵本のページの記憶が、少しずつ、しかし確実に手繰り寄せられていくことになる