帝国のワーカーですが、ハッタリかましたら死を司る神様に死ぬほど感謝された件について 作:バルカン39
1. 牙を剥く絶対の王と、第一のクイズ
「四十一、だと……? お前、今……何と言った」
アインズ・ウール・ゴウンの声から、先ほどまでの激昂が完全に消え失せていた。
代わりに闘技場を満たしたのは、肌が凍りつくような、深淵の如き静寂。アインズの眼窩の奥で蠢く二つの赤光は極限まで細められ、ヘッケランの魂の底まで見透かそうと凝視している。
ナザリック地下大墳墓の全NPCの創造主たる、至高の存在の総数「41」。
この世界の人間が、偶然の口から出まかせで引き当てられるような数字ではない。
アインズ(モモンガ)の内心は、強制精神安定の緑の光が「パチパチ、パチパチ」と何度も全身を包み込むほどに激しく揺れ動いていた。
(41人……! そんなバカな。なぜこの人間がその数字を知っている? ヘロヘロさんの名前を出したのも、どこかで俺たちの会話を盗み聞きしたのか? いや、ナザリックの防諜網を抜けて俺の独り言を聞くなど不可能だ。……だが、もしこれが、何者かが仕掛けた高度な精神トラップだとしたら? 罠なのか、それとも……本当にヘロヘロさんが……!?)
慎重極まるアインズの思考は、歓喜と猜疑心の間で激しく火花を散らし、ただ一つの合言葉だけで100%鵜呑みにすることを拒んでいた。
「……アルベド、デミウルゴス。アウラ、マーレ。誰も手を出すな」
「は、はっ!」
「御意に、アインズ様」
アインズが低く命じると、観客席のアンデッドたちも、獲物を狙う魔獣たちも、完全にその動きを凍らせた。
アインズはゆっくりとヘッケランとの距離を詰め、その巨躯から放たれる絶対的なプレッシャーでヘッケランを見下ろした。
「ヘッケランと言ったな。お前が我が友ヘロヘロの名を呼び、その数を言い当てたことは認めよう。ならば……お前たちが会ったというヘロヘロさんは、一体どのような姿をしていた? 答えてみよ」
アインズの眼窩の赤光が、冷酷な罠を仕掛けるように細められる。
「我が友は至高の四十一人に名を連ねる強者。……お前たちが遺跡で会ったというヘロヘロさんは、
大地を揺るがす【大きな黒色の闘牛】の姿か?
それとも山をも引き抜く【怪力の猿人】の姿か?
あるいは、天空を統べる【銀色の竜人】のような姿をしていたか!?」
アインズが並べ立てたのは、いかにもこの世界の強大な魔王や怪物にふさわしい、圧倒的な威容を持つ異形の姿ばかり。
(くそ……っ、外見のクイズだと……!? どんな姿だった……!?)
ヘッケランの脳裏に焦りが走る。強そうな怪物たちの名前を出され、意識がそちらに引っ張られそうになる。しかし、極限状態のプレッシャーが、彼の脳の奥底に眠る記憶の扉を無理やり抉じ開けた。
脳裏にパッと、色褪せた絵本の1ページがフラッシュバックする。
骸骨の王様の隣に描かれていた、不気味だけど、どこか愛嬌のあるあの姿――。
「ち、違う! 違うぞ……!」
ヘッケランは、思い出した記憶の断片を必死に繋ぎ合わせるように、どこか絞り出すようなぎこちない声で叫んだ。
「へろへろ様は、そんな、……そんな強そうな硬そうな獣の姿なんかじゃない! お姿は、人間でも亜人でもなくて、
……その、【小さな、紫色の……どろどろ】だ! いつも体中をどろどろに溶かしながら、あなたと遊んでいたお方だ!」
2. アインズの違和感と、背後の密信
「な……っ!?」
アインズの肩が、微かに跳ね上がった。
(小さな紫色のどろどろ……スライム種族……! 完全に言い当てやがった! 引っ掛けの罠をすべて無視して、ヘロヘロさんの固有グラフィックを完璧に描写したぞ……!)
アインズの心臓(骨だが)が激しく鐘を鳴らす。しかし同時に、アインズ(モモンガ)の優秀な営業マンとしての観察眼が、ヘッケランの「答え方」に奇妙な引っかかりを覚えた。
(……待て。今、この人間の答え方は何だ? まるで、今この瞬間に必死に思い出そうとしていたかのような、不自然な間(ま)とぎこちなさがあった。本当に本人の使者なら、主人の姿を答えるのにあんなに吃るか? まるで、どこかで仕入れてきた『設定資料』を必死に暗記して、それを思い出しながら答えているような……)
一気にアインズの脳裏に「スパイ(間者)」の可能性が跳ね上がる。
(まさか、この世界の他のプレイヤーか、あるいは強力な国家が、俺をハメるためにヘロヘロさんの情報をどこかで入手し、このワーカーを間者として送り込んできたのか!?)
アインズは、表面上は威厳に満ちた静寂を保ったまま、背後で控えるデミウルゴスとアルベドに向けて、誰にも気づかれぬよう隠密の通信魔法(メッセージ)を即座に飛ばした。
『――デミウルゴス、アルベド、私の言葉を聞け。あのワーカーの答え方には明確な違和感がある。本当に使者である可能性もあるが……どこかの第三者の勢力が、我がナザリックを罠に陥れるために送り込んできた【間者(スパイ)】である可能性が極めて高い。絶対に油断するな。大墳墓の防衛階位を一段高め、周囲の監視を徹底せよ』
『御意。……やはりアインズ様も気づかれましたか。あの人間の視線の揺らぎ、ただの恐怖だけではない何かを感じておりました。ただちに包囲網を構築いたします』
デミウルゴスの冷徹な念話が脳内に響く。
3. 第二の試練、砂上の五択
アインズは警戒レベルを最大に引き上げながらも、さらにヘッケランを追い詰めるため、第二のクイズを繰り出した。
アインズが虚空に向けて骨の手をかざすと、黒い混沌の穴が開き、そこから十数個の眩い指輪が、闘技場の砂地の上にバラバラと転がり落ちた。
青いサファイア、深緑のエメラルド、不気味なドクロ、精緻な黄金の指輪……。どれもが凄まじい魔力を放ち、周囲の空気を歪めている。
「……フム。では、第二の試練だ。我が友ヘロヘロさんはナザリックを去る際、私にその身の装備を委ねてはいない。
お前が本当に彼の使者なら、彼が今も装備しているはずのものがどれか分かるはずだ。
……彼が今も大切に持ち続けているという指輪は、この中の、一体どれと同じ意匠だ。彼が持っている指輪の【色】を答えよ」
アインズの眼窩の赤光が、冷酷な光を放つ。
(さあ、どうする? どこかの組織が用意した付け焼き刃の知識なら、このナザリックの宝物殿の指輪の山を前にして、必ずボロを出すはずだ……!)
「ひっ……! 」
後ろでロバーデイク、イミーナやアルシェたちが、死のプレッシャーに身を震わせる。
ヘッケランは並べられた指輪の山を凝視し、必死に脳を回転させた。
(装備は預けていない……? 指輪……? クソ、絵本の2章だ、何て書いてあった……!?)
緊迫した静寂の中、ヘッケランの脳裏に、夕日の中でどろどろの触手の先で、ぽつんと寂しげに、だけど情熱的に輝いていた【あの色】が、そしてお仕事へ出かける時の約束のページが、またしても鮮烈にフラッシュバックした。
「へ、へろへろ様は、……武器も鎧も持たないお方でしたが……!」
ヘッケランは、頭を抱えそうになるのを堪え、記憶の糸を一本ずつ手繰り寄せた。
「あのお仕事へ旅立つ最後の夜、ご自身の宝物である小さな【指輪】だけは、……あなたに返さずにお持ちになった! へろへろ様が今も大切に持ち続けているのは、その、……その砂の上の、『赤い指輪』……赤きリングだ!」
「……っ!!」
アインズの巨体が、再び激しく揺らいだ。
外見だけでなく、ヘロヘロがアインズ・ウール・ゴウンの指輪(赤)を持ったままログアウトしたという、元プレイヤーでなければ絶対に知り得ない「究極の事実」までも、この人間は(ぎこちないながらも)正確に言い当ててみせたのだ。
4. 核心の問いと、すれ違う提案
アインズ(モモンガ)の脳内は、これが「本物の奇跡」なのか、それとも「恐るべき超高度なスパイ計画」なのか、かつてないほどの激しい大混乱の渦に巻き込まれていた。しかし、これだけの情報を握っている以上、もはや引き下がるわけにはいかない。
アインズはゆっくりと立ち上がり、かつてないほどの熱量をもってヘッケランを射抜いた。
「ヘッケラン。お前は我が友ヘロヘロさんのことをすべて正確に言い当てた。……ならば、教えてくれ。彼は今、どこにいる? どこへ行けば、私は我が友に再び会うことができるのだ!」
「――っ!」
ついに、最も恐れていた質問が飛んできた。
ヘッケランの心臓が早鐘を打つ。居場所など、知るはずがない。すべては手書きの絵本の記憶なのだ。
冷や汗を流しながら、ヘッケランは生き残るための次なるハッタリを必死に構築した。
(マズい、本当にどこにいるかなんて知らない……! だが、ここで『分かりません』なんて言えば、今までの言葉が全部デタラメだと疑われて殺される。
……よし、ここは『帝国領のさらに東の未踏の遺跡だ』とでも適当な場所を答えよう。そして、場所を教える代わりに、俺たち4人は今すぐここから無事に帰してほしい、と提案するんだ……!)
ヘッケランが覚悟を決め、口を開こうとした――そのまさに一瞬前だった。
「ヘッケラン。お前たちがその場所へ我らを案内するのだ」
アインズが、ヘッケランの言葉を遮るように厳かに告げた。
「だが、お前たち人間種の足では、移動に無駄な時間がかかりすぎる。……そこで提案だ。お前たちに教えてもらったその場所の捜索がすべて終わるまで、お前たち4人はナザリックの貴賓室に留まってもらう 。何不自由なく暮らせるよう、最高のホスピタリティを以ておもてなししよう」
(アインズの内心:よし! もしこいつらが本物の使者なら、捜索が終わるまで安全なVIPルームで待たせておけば問題ないし、もし超高度な罠を仕掛けてきたスパイなら、大墳墓の最深部(貴賓室)に閉じ込めて『監視』下に置いておくのが一番安全だ! 捜索が終わるまでは絶対に外に出さないぞ!)
「……あ、……は、はぃ……ありがたき、幸せに存じます……」
ヘッケランは、出かかっていた「帰してほしい」という提案を完全に喉の奥に押し戻され、引きつった笑みを浮かべて平伏するしかなかった。
もし適当な嘘の場所を教えても、その結果が出るまで、この化け物たちの巣窟の最深部に「おもてなし(完璧な監視)」として閉じ込められることが確定したのだ。
(終わった……。適当な場所なんて教えたら、そこがハズレだと分かった瞬間、俺たちは部屋ごと消し炭にされる……っ!!)
ヘッケランが絶望に身を震わせ、デミウルゴスが「流石アインズ様、間者をその場で完全な監禁(チェックメイト)下に置かれましたか」と深読みを強める中、フォーサイトの4人は、生きた心地のしない「最高級の軟禁生活」へと連行されていくのだった。