帝国のワーカーですが、ハッタリかましたら死を司る神様に死ぬほど感謝された件について 作:バルカン39
1.貴賓室
闘技場での張り詰めた尋問を終え、プレアデス(戦闘メイド)たちに案内されたフォーサイトの4人は、第九階層にある最高級の貴賓室へと通されていた。
ふかふかの高級絨毯。王貴族の宮殿でもお目にかかれないような、美しい魔導具の調度品。中央の円卓には、見たこともないほど澄んだ水と、最高級のお菓子が並べられている。
「では、こちらでアインズ様からの次なる沙汰をお待ちください」
ユリ・アルファが完璧な一礼を施し、戦闘メイドたちが部屋から退室していく。
重厚な彫刻が施された大きな扉が、カチャン、と静かに、しかし絶対的な遮断を告げる音を立てて閉まった。
2. ワーカーの「職能」と、手詰まりの現実
扉が閉まったその瞬間、ヘッケランはそれまでの「預言者」の仮面を剥ぎ取り、鋭い目付きで仲間に合図を送った。
「――ロバーデイク、アルシェ、頼む!」
その一言で、フォーサイトのメンバーは即座にワーカーとしての高度な戦闘・探索モードへと切り替わった。
神官のロバーデイクが聖印を握りしめ、即座に信仰系魔法の詠唱を始める。
「『魔力探知(ディテクト・マジック)』。……よし、この部屋の壁、天井、床……至る所に高階位の複合魔法が編み込まれている。だが、これは部屋の強度や快適性を保つための常駐魔法だ。直接的な攻撃・拘束の術式ではない」
「『音声遮断(サイレンス・スフィア)』――」
アルシェが極限まで声を潜めながら、自分たちの周囲数メートルを覆う防音の結界魔法を展開した。彼女の『能力(タレント)』の瞳が、部屋の隅々まで凝視する。
「……私の目(タレント)で見る限り、現時点で私たちを直接覗き込んでいる『不可視の監視の目(ウィザード・アイ)』や、音声を外へ飛ばすアクティブな盗聴魔導具の波動は探知できない。部屋のすぐ外にも、今のところ人の気配(メイドや警備兵)は配置されていないわ。……少なくとも、今この瞬間だけは、完全な死角よ」
ワーカー独自の、生き残るための徹底的な『安全確認』。
すべての安全、そして人の気配がないことを確認し、アルシェが小さく頷いたその瞬間、イミーナがヘッケランの胸ぐらをつかみかねない勢いで激しく言い寄った。
「――ヘッケランッ!! あんた、一体何を考えてるの!?」
「な、何がだよ、イミーナ……」
「何がだよ、じゃないわよ! 闘技場でのあのハッタリ、『小さな紫色のどろどろだ』なんて……! もし間違っていたらどうするつもりだったのよ!?」
イミーナは真っ青な顔で、ヘッケランの顔に自分の顔を近づけた。
「どうせ適当な場所を教えて帰してもらうつもりだったんでしょ!? なのにあの魔王、先回りして『捜索が終わるまでここに留まれ』なんて……! 嘘がバレたら、私たちは今度こそ全員、跡形もなく消し炭にされるわよ!?」
「イミーナの言う通りだ、ヘッケラン」
ロバーデイクも、額の冷や汗を拭いながら、いつになく真剣な表情でリーダーを見つめた。
「あの魔王に偽の場所を教えて、奴らが空振りの捜索から戻ってきたその瞬間、僕たちの嘘はすべて暴かれる。そうなれば言い訳など通用しないぞ」
「わ、わかってる! わかってるって!」
ヘッケランは両手を挙げ、仲間たちの激しい追及に冷や汗を流した。
(クソ……完全に【手詰まり】だ……)
ヘッケランは、自分の手のひらに残る、アインズに肩を掴まれた時の「本物の温もり」を見つめながら、冷たい現実を悟っていた。
適当な嘘の場所を教えて時間を稼ぐなどという、人間種の浅知恵レベルの交渉カードは、あの魔王の「捜索が終わるまで、何不自由なくここで暮らせ(完璧な監禁)」という絶対的な先手によって、出す前に完全に叩き潰されてしまったのだ。
嘘の場所を教えても破滅。このまま黙っていても破滅。
彼らワーカーに残された唯一の生存ルート。それは――もう、すべてを正直にぶちまけること以外になかった。
「……みんな、すまない。俺のギャンブルは、ここまでだ」
ヘッケランは深く息を吐き、静かに首を振った。
「あの魔王に、もう一度だけ面会を申し入れる。……そして、すべてを正直に話す。あの『へろへろ様』というお方の情報は、俺たちが直接会って依頼されたんじゃなく、俺が幼い頃に実家の古書庫で見つけた、公用語で書かれた『一冊の絵本』の記憶なのだと」
「え……? 絵本?正直に話すって……殺されるわよ!?」
イミーナが息を呑むが、アルシェはそっと彼女の肩に手を置いた。
「……いいえ、イミーナ。ヘッケランの言う通りよ。あの魔王の力なら、世界中を瞬時に調べることだってできる。偽の場所を教えて現地で『そんな奴はいない』となるよりは、情報の出所(絵本)を正直に差し出す方が、まだ、ほんのわずかだけど……生きて戻れる可能性が残るわ」
「ああ。それにあの魔王の眼窩の光……あのお方は、ヘロヘロ様という名前を聞いた瞬間、ただの寂しがり屋の『留守番の王様』に戻ってた。あの絵本に描かれていたことは、あの魔王にとって、何よりも絶対に汚されたくない『真実』なんだ。……俺たちの命と引き換えに、あの絵本を、バトンを、あのお方に引き渡す」
ヘッケランの覚悟の言葉に、ロバーデイクも静かに頷いた。アルシェが展開していた音声遮断の結界が静かに解け、ヘッケランは部屋の呼び出し鈴を鳴らし、再び、アインズ・ウール・ゴウンとの謁見を申し入れた。
3. 疑心暗鬼の魔王と、預言者の告白
「……何だと? 嘘を吐いていた、だと……?」
再び闘技場の別室へと呼び出されたフォーサイトの4人。ヘッケランはガタガタと震える両膝を床につき、アインズの前に深く頭を垂れて真実を叫んでいた。
「はい……! 俺たちは、へろへろ様を直接知っているわけではないのです。すべては……すべては俺が幼い頃、実家の古書庫で見つけた一冊の『絵本』に書かれていた内容なのです!
それは公用語で書かれた、手書きの絵本でした。
俺の父親はかつて高名なワーカーで、大陸中の様々な未踏の遺跡を探索していました。その本について父は何も語りませんでしたが……今思えば、父がどこかの遺跡の最深部から持ち帰ったものに違いありません。
そこには、へろへろ様とあなたの絆が、合計41人のお友達のことやお留守番の約束、指輪のことも含めてすべて描かれていたんです。俺はあなたに殺されるのが怖くて、その絵本の知識を繋ぎ合わせて、さも直接依頼されたかのようにハッタリを吐きました。本当に、申し訳ありませんでした!」
ヘッケランは額を砂に擦りつけ、必死に真実を叫んだ 。
背後でアルシェ、イミーナ、ロバーデイクも、絶望に身を震わせながら一緒に平伏する 。
アインズ(モモンガ)の脳内は、これまでにないほどの速度で回転していた 。
(絵本……!? 手書きの一点ものだと……!? どこかの組織が用意したスパイの暗記資料ではなく、ヘロヘロさん自身が俺に向けて遺した物証が、この世界のどこかに実在しているというのか!?)
ヘッケランの「ぎこちない答え方」の理由は、スパイの暗記ではなく、単なる幼い頃のあやふやな記憶だった。その事実はアインズを激しく安堵させたが、同時に、石橋を叩いて渡る彼の慎重さが完全に消えたわけではなかった。
(……いや、待て。これもまだ、このワーカー自身すら騙されている超高度な精神操作、あるいは『絵本の回収』という行為そのものに我がナザリックを誘い込もうとする、敵の壮大な罠(トラップ)である可能性はゼロではない!)
アインズは精神安定の緑の光をパチパチと放ちながら、冷徹な支配者の声を響かせた。
「ヘッケラン。正直に話してくれた勇気を称えよう。お前たちは嘘つきではない 。我がギルドの絆を現代まで繋ぎ止めてくれた……我がナザリックにとって、世界で最も尊き『預言者』だ 。
お前たちは再び第九階層の貴賓室へ戻り、我らの捜索がすべて終わるまで、何不自由なくそこで暮らすが良い 」
「あ、ありがとうございます……っ!」
ヘッケランが深く頭を下げる。だが、アインズは彼らが見えなくなった瞬間、背後のデミウルゴスへ向けて、決して油断のない鋭い視線を向けた。
4. 失敗の許されぬ密命
アインズはデミウルゴスを伴い、さらに奥の部屋へと移動した。
部屋の扉が閉まると、アインズはデミウルゴスを真っ直ぐに見据え、かつてないほどに真剣な、臨戦態勢のトーンで語りかけた。
「デミウルゴス。これよりお前に、ナザリックの命運を分ける最重要任務を命ずる。……ヘッケランの実家(ターマイト家)へ向かい、その絵本『どろどろのともだち』を回収してまいれ」
「御意に。このデミウルゴス、ただちに――」
「待ちなさい」
アインズはデミウルゴスの言葉を遮り、厳かに制した 。
「先ほども言った通り、これはどこかの第三者勢力が仕掛けた、我がナザリックを誘い出すための罠である可能性がある 。
敵の強力な伏兵、あるいは未知の世界級(ワールド)アイテムが待ち受けている最悪のケースを想定せねばならん。
……ゆえに、作戦の際は、お前自身が先陣に立つことは絶対に許さん 。宝物殿のスクロールを用いて召喚した複数の傭兵NPCを盾(デコイ)として肉壁に使い、安全を徹底的に確保するのだ」
アインズは骨の手をデミウルゴスの肩へとそっと置いた
「何よりも優先すべきは、お前自身の安全だ。臨機応変に、敵の罠に飛び込んだと判断したならば、絵本の回収を一時諦めてでも、ただちに撤退せよ。
いいな、『お前たちの即時無傷の帰還』を最優先にするのだ」
「ア、アインズ様……。そこまで私の身を案じてくださるとは……」
デミウルゴスが眼鏡の奥の目を潤ませ、深く感じ入る。しかし、アインズの口から出た次の言葉が、悪魔の魂を激しく震わせた。
「……すまない、デミウルゴス」
「なっ……! 主人が配下に謝罪するなど、滅相もございません!」
「いや、謝らせてくれ。これは、絶対に、絶対に失敗が許されない任務なのだ。もしこれが罠であった場合、現地での臨機応変な状況判断、そして敵の欺瞞を見抜くための卓越した頭脳……これほどの最重要任務を任せられるのは、ナザリック広しといえど、現場判断が可能な『お前(デミウルゴス)』しかいないのだ。お前の苦労に頼り切ってしまう私を、どうか許してほしい」
(アインズの内心:いや、マジでデミウルゴス頼みなんだよぉおおお! もし俺が行って未知の世界級アイテムとかでハメられたらナザリックが終わるし、戦闘オンリーの守護者を行かせて絵本を破かれたらヘロヘロさんの手がかりが消える! 現場の頭脳労働はデミウルゴスしかいないんだ、本当に頼むから無事で帰ってきてね!!)
5. 悪魔の狂信、作戦開始
「アインズ様……っ! おお、我が主よ……!!」
デミウルゴスは音を立ててその場に跪き、床に額を擦りつけた。
彼の背中が、感動と、主からの絶対的な『信頼』への法悦で激しく震えていた。
(何ということだ……! アインズ様は、ご自身の同胞たるヘロヘロ様の聖典を回収するという、ナザリック史上最大の最重要任務を、この私に『お前しかいない』とすべてを委ねてくださった! その上で、私の身の安全を何よりも最優先せよと……! ああ、なんという慈悲、なんという恐るべき王の御器量……!)
「このデミウルゴス、我が魂と誇りのすべてを懸け、アインズ様のご期待に添うてみせましょう! どのような神の罠があろうとも、聖典を傷一つなく持ち帰り、必ずや全員無事に帰還してご覧にいれます!」
「うむ。……頼んだぞ、デミウルゴス」
アインズの見送る中、デミウルゴスはギラリと妖しく眼鏡を光らせ、傭兵NPCの召喚スクロールを握りしめながら、漆黒の転移門(ゲート)へと消えていった 。
すべては、世界に一冊の絵本を完璧に回収し、至高のヘロヘロ様を救い出すための方便 。アインズの過剰なまでの警戒と、デミウルゴスの狂信的な忠誠心が交差する中、悪魔の軍勢は、ヘッケランの実家であるターマイト家へと、静かに、進軍を開始するのだった。