帝国のワーカーですが、ハッタリかましたら死を司る神様に死ぬほど感謝された件について 作:バルカン39
1. ターマイト邸の夜を裂く、ナザリックの「本気」
帝国領内、ワーカーであるヘッケラン・ターマイトの実家。その静かな邸宅の夜空が、突如として音もなく割れた。
上空に現れた漆黒の『転移門(ゲート)』から舞い降りたのは、端正なスーツに身を包んだナザリック地下大墳墓・守護者統括補佐、デミウルゴス。
しかし、その夜の彼の姿は、いつもと明らかに違っていた。その胸元に威容を放っているのは、世界の理を容易く捻じ伏せる究極の絶対無比――アインズ・ウール・ゴウン直々に下賜された、ナザリックの心臓たる「世界級(ワールド)アイテム」の輝き。
さらに、彼の左右を固めるのは、アインズの「現場判断による撤退と、無事の帰還を最優先せよ」という厳命の元に集められた、通常の世界征服ですら投入されないほどの最高位の守護者陣営だった。
「イツデモイケルゾ、デミウルゴス」
巨大な氷の体躯から冷気を吐き出し、神話級の剣を携えた階層守護者、コキュートスが「デミウルゴスの絶対の護衛」として背後に付き従う。
「索敵はすべて完了。周囲のネズミ一匹、アリ一匹の動きも完璧に掴んでるわ。……もしものときは、私の可愛い子たちを囮(デコイ)にして時間を稼ぐから、安心して」
隣に立つアウラ・ベラ・フィオーラが鞭を鳴らすと、彼女の使役する巨大な魔獣及び傭兵NPCたちが、周囲の気配を殺しながら完璧な包囲網を敷き、デミウルゴスを護る盾としてスタンバイした。
(おお……おおお、アインズ様……っ!)
デミウルゴスは、自身の胸に輝く世界級アイテム、あるいはコキュートスとアウラという最高峰の仲間たちを伴っての隠密作戦という、あり得ないほどの超破格の待遇に、全身の血が沸き立つような猛烈な興奮(高ぶり)を覚えていた。眼鏡の奥の瞳が、法悦の涙で微かに潤む。
(ただの一介のワーカーの実家から、手書きの絵本を一冊回収する。ただそれだけの任務に、これほどの国宝、これほどの最高陣営を下賜してくださるとは……! アインズ様にとって、ヘロヘロ様が遺されたあの『聖典』がどれほど重く、絶対の価値を持つか……! ああ、我が魂のすべてを懸け、傷一つなく奉納してみせましょう!)
デミウルゴスは高ぶる狂信を完璧な冷静さへと昇華させ、細い指先をスッと前に向けた。
「作戦を開始します。……極限の静音を以て、聖典の確保へ向かいなさい」
悪魔の軍勢とアウラの魔獣たちが、ターマイト家の古い書庫へと、音もなく、しかし絶対の威圧感を以て突入していった。
2. 老兵の迎撃と、絶対の格差
その時、書庫へ続く薄暗い廊下にて、自分の収集物(コレクション)を一本ずつ、丁寧に磨いていた男がいた。
ヘッケランの父親であり、かつて大陸中の未踏の遺跡を駆け巡った元・高名なワーカー、ベルンハルト・ターマイトである。
長年の癖で武具や財宝の手入れをしていた彼は、突如として邸宅を包み込んだ、かつて感じたこともない異次元の気配に気づいた。
「――そこまでだ、夜歩きの化け物ども」
ランタンの灯りに照らされたのは、全盛期を過ぎたとはいえ、いまだ鋼のように引き締まった肉体を持つ老兵の姿だった。その手には大剣が握られており、並の人間なら気絶するほどの鋭い闘気を放っている。
ガツン、と大剣の石突きが床を叩く。ベルンハルトは、廊下の奥から現れた、凄まじい怪物たちの一団を睨みつけた。
彼の背筋に、強烈な悪寒が走る。スーツの男の胸元で怪しく輝くアイテム。その背後にそびえ立つ、世界を容易く凍りつかせそうな巨大な昆虫の戦士。
全盛期の彼がどれほど『英雄』の域に達していようとも、目の前に並ぶ存在は、文字通り「格が違いすぎる」。一歩でも剣を振るえば、この屋敷どころか、帝都の半分が一瞬で消し炭にされるという圧倒的な「死の現実」を、老兵の確かな眼識が一瞬で見抜いていた。
しかし、ベルンハルトは、彼らが邸宅の使用人を無差別に殺戮することもなく、ただ自分に対して静かに対峙していること、そして先ほど聞こえた「作戦を開始します」という理路整然とした言葉から、彼らが見境なく暴れる魔物の類ではなく、高度な対話が可能な「知性ある存在」であることを瞬時に看破した。
ベルンハルトは大剣を構えたまま、しかし刃先をわずかに下げ、知性ある者に対する態度として、冷静に問いかけた。
「これほどの力を持つお前たちが、一介の元ワーカーの家に何の用だ。俺の命か? それとも、過去に遺跡から掘り出した財宝か?」
3. 聖典に遺された、優しき「二重の呪縛」
「おやおや、実に聡明な御尊父だ。ヘッケラン殿が優秀なワーカーに育った理由がよく分かります。安心されよ、我々はあなた方の命も、金銀財宝も求めてはいません」
デミウルゴスは眼鏡の位置を正し、厳かにその目的を告げた。
「我が主、アインズ・ウール・ゴウン様の名において、この高貴なる書庫に眠る一冊の聖典――絵本『どろどろのともだち』を回収に参りました。それこそが、我らの唯一の目的です」
「……何だと? あの、出来の悪い子供向けの絵本だと……?」
ベルンハルトは絶句した。かつて遺跡の最深部で、あまりにも異質な部屋から持ち帰った、あの公用語で書かれた手書きの絵本。まさか、世界を滅ぼしかねない神話級の軍勢が、禍々しいオーラを放つアイテムまで装備して、そんなものを求めて動いているなど、夢にも思わなかった。
デミウルゴスが手を挙げると、アウラの魔獣達、傭兵NPCが慎重に書庫の奥へと入り、対象の絵本を回収してきた。
しかし、その絵本をデミウルゴスへと手渡す直前、傭兵NPCの一体が、自身の魔力探知に引っかかった奇妙な違和感に気づき、頭を下げて報告した。
「デミウルゴス様、ご報告いたします。……この書物ですが、低位階の魔法ながらも、劣化を防ぐための『保存魔法』が意図的に掛けられている形跡がございます」
「何だと……?」
デミウルゴスの眼鏡の奥の瞳が、鋭く光った。
デミウルゴスが鋭い視線を老兵へと向けると、ベルンハルトは大剣を静かに床へ置き、ふっと苦笑いを浮かべた。
「……気づいたか。ああ、その通りだ。あの本には、元からあった保存魔法の上に、俺が追加でさらに保存魔法を重ねて掛けたんだよ」
「あなたが……ですか?」
「そうだ。俺は元ワーカーだからな。現役時代から、自分が遺跡や未踏の地で苦労して収集してきたもの(コレクション)は、磨いて手入れをして、すべてに保存魔法を掛けるのが長年の癖(ルーティン)でね。先ほどもそうして手入れをしていたところだ。あの絵本を拾ったときも、何だか不思議な紙質で、妙に惹かれるものがあったからな。我が家の書庫に入れてからも、数年おきに俺が個人的に魔力を注ぎ足して、追加の防腐と保存の魔法を施していたんだ」
ベルンハルトが語ったのは、ナザリックから見ればあまりにも拙く、低位階な人間種の魔法だった。時間完全凍結の領域には程遠く、ただ紙の劣化や風化を「ほんの少し遅らせる」程度の間行の魔術。
しかし、その言葉を聞いたデミウルゴスは、深く、激しく、震えるほどの感動をその胸に抱いた。
「……素晴らしい。実に見事な、至高の執念だ……!」
デミウルゴスは、自身の魔法手袋をはめた手で、その二重の魔法が編み込まれた絵本を、奇跡の宝玉を扱うかのように恭しく抱え上げた。
「ベルンハルト殿。あなたが施した魔法は、確かに我らの魔法体系から見れば低位階のものだ。
時間の完全凍結には及ばない。……だが、あなたが数十年もの間
『劣化を遅らせ、今日までこの書物をこの世に繋ぎ止め続けた』
というその功績、その事実……! これこそが、我が主アインズ様が求めておられた、時を超えた最大の『防壁』に他ならない!」
デミウルゴスは、眼鏡の奥から感涙を滲ませながら、老兵を絶賛した。
(何ということだ……! アインズ様がこの一族を『預言者』『守護の一族』と称された真の意味が、今ようやく理解できた! この父親は、自分のワーカーとしてのただの『癖』だと思い込みながら、至高 of 存在の絆が未来へ届くよう、数十年もの間、欠かさず磨き、魔力を注ぎ込んで聖典を『護り続けて』いたのだ! すべてはアインズ様の審美眼の通り……なんと恐るべき運命の導きか……!)
「これより、あなたが護り抜いたこの聖典に、我がナザリックの最高階位の『完全時間凍結(タイム・ストップ)』を上書きいたします。ベルンハルト殿、あなたの長年の献身に、心からの敬意を」
デミウルゴスは恭しく一礼すると、絵本を「完全真空・時間凍結魔法」を施したケースへ収納。さらにそれを、神聖金属(オリハルコン)製の二十重の防護箱に入れ、コキュートスとアウラが周囲を警戒する中、最高度の結界を張りながら手持ちで運搬する体制を整えた。
「では、ベルンハルト殿。お騒がせいたしました。いずれ、ナザリックにてお会いしましょう」
転移門(ゲート)へと消えていく最高陣営の軍勢と、国宝級の厳重さで運ばれていく絵本を見送りながら、老兵ベルンハルトは大剣を鞘に収め、呆然とポツリと呟いた。
「……ただの癖で磨いて魔法を掛け続けてただけなんだが、あいつら、なんであんなに大泣きして感動してやがったんだ……。話の分かる連中だったが、威圧感だけは本物の化け物だったな。ヘッケランの奴、一体外でどんな大金星を挙げやがったんだ……」
こうして、父親の「奇妙なこだわり」によって数十年もの間、風化から守られ続けた世界に一冊の絵本は、傷一つなくナザリックの玉座の間へと奉納されるのだった。