帝国のワーカーですが、ハッタリかましたら死を司る神様に死ぬほど感謝された件について   作:バルカン39

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5話 どろどろのともだち

1. 聖典の奉納と、王の震え

 

デミウルゴス、コキュートス、アウラの最高陣営が回収し、ナザリック地下大墳墓へと持ち帰った二十重の防護箱

それは第九階層にあるアインズ・ウール・ゴウンの広大な私室、そのベッドの上に恭しく据えられていた。

 

すべての配下を退室させ、ただ一人、完全な静寂の中でアインズ(モモンガ)は防護箱を開けた。幾重もの厳重な魔法結界を解除し、時間凍結ケースから取り出されたのは――あまりにも場違いな、色褪せて角の擦り切れた一冊の子供用絵本だった。

 

表紙に描かれているのは、どこか不気味でありながらも愛嬌のある、紫色のどろどろとしたスライムと、小さな骸骨の姿。

 

題名は『どろどろのともだち』。

 

アインズは、骨の指先でその古びた紙の質感を愛おしそうに、そして崩れてしまいそうな硝子細工を扱うかのように、そっと撫でた 。ページをめくると、そこには確かにヘッケランが叫んだ通りの物語が、美しく、色鮮やかな挿絵と共に描かれていた。

 

「本当に……ヘロヘロさんと俺のこと、それに合言葉まで正確に描いてある……。そして、この紙の裏に残る魔力の残滓……」

 

アインズの眼窩の赤光が、鋭く明滅した。

デミウルゴスからの報告にあった、人間の老兵が長年重ねて掛け続けていたという、拙くも執念深い保存魔法の跡 。

それが、絵本が数十年という長い歳月を耐え抜き、今この瞬間に自分の手元へと届くための、奇跡の防壁となっていたのだ 。

 

アインズは本を閉じ、胸に強く抱きしめた。強制精神安定の緑の光が「パチパチパチパチ!!!」と激しく全身を包み込む。しかし、その安定の魔法さえもオーバーフローさせるほどの、猛烈な「確信」と「郷愁」が、彼の魂を激しく揺さぶっていた。

 

「ヘロヘロさん……! 君は、本当にこの世界に来ていたんだな。……それも、俺が転移してくるより、何年も、何十年も前に……!」

 

パンドラズ・アクターによる分析、そしてヘッケランの証言から、この本は完全にこの世界の道具(公用語の文字とインク)を用いて、手作業で一文字ずつ、魂を込めて書かれた一点ものであることが確定していた 。

 

なぜ、そんな気の遠くなるような真似をしたのか。その理由は、前世でしがないサラリーマンとして、そしてギルド長として苦楽を共にしたアインズには、痛いほど理解できた。

 

「異世界の言語や文字じゃ、いつか風化して意味が変わってしまうかもしれない。だけど、子供向けの『絵本』にすれば、この世界の子供たちでも、何世代にもわたって読み継いでくれる。いつか、俺(モモンガ)がこの世界に現れたとき、その子供たちが大きくなって、俺の前に【合言葉】を届けてくれるように……。君は、そのためにこの本を遺してくれたんだな……!」

サービス終了の最後の瞬間に、俺の隣で「本当に眠い」と言ってログアウトしていったヘロヘロ 。

 

彼は、未来に必ずやってくるはずのギルド長(モモンガ)へ宛てた最高の手紙として、この世界に一冊だけの絵本を遺したのだ 。

 

そして、アインズの思考はさらにその先――最も重要で、最も熱い「希望」へと到達した。

(待てよ……。ヘロヘロさんの種族設定は、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ……つまり、純粋な『異形種』だ!)

 

ユグドラシルにおける異形種は、アンデッドであるアインズと同様、基本的に寿命による自然死(老衰)が存在しない。この世界において、人間種であれば数十年のタイムラグは致命的だが、強大な生命力と魔力を持つレベル100のスライムであれば、病死も老衰もあり得ない。

 

「生きている……。ヘロヘロさんは、今もこの世界のどこかで、確実に生きている……!!」

 

絵本の結末にあった言葉。

『別の世界へ飛ばされたへろへろさんは、今もその指輪を抱きしめて、大好きな骸骨の王様が迎えに来てくれるのを、ずっとずっと、待っているのです』

 

何十年もの間、たった一人で、誰も知る者のいない異世界に取り残され、元の世界の「過労」から解放された身体で、かつての我が家がいつか現れるのを待ち続けている親友。

アインズの胸に、締め付けられるような切なさと、かつてないほどの絶対の使命感が沸き起こった。もう、一刻の猶予もない。

 

 

2. 世界を揺るがす「大号令」

 

「――全守護者、ただちに玉座の間へ集まれ。至急だ!!」

 

 

アインズは部屋の通信魔法(メッセージ)の出力を最大にし、ナザリック全体が震えるほどの、本物の王の威厳に満ちた覇気で命じた。

ナザリック地下大墳墓・第十階層「玉座の間」。

アインズのただならぬ気配を察知し、アルベド、デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、シャルティア、ガルガンチュアを除くすべての階層守護者、そしてプレアデスたちが、数分の遅れもなく玉座の前へと集結し、一斉に平伏した。

 

玉座に腰掛けるアインズの手には、あの金色に輝く防護箱に納められた絵本が握られている 。

アインズは眼窩の赤光をかつてないほど強く燃え上がらせ、ひれ伏す配下たちを見下ろして、堂々と宣言した。

 

「守護者たちよ、聞け。我がナザリックの全方針を、これより一時変更する。周辺諸国の掌握や情報戦など、すべては二の次だ」

 

その言葉に、アルベドやデミウルゴスが息を呑むのが分かった。しかし、アインズの次に放った言葉が、彼らの忠誠心を限界突破させる。

 

「我が友、至高の四十一人に名を連ねる『ヘロヘロ様』が、この世界のどこかで、今も俺たち(ナザリック)を待っていることが完全に証明された!!」

 

「「「――っ!!!」」」

 

玉座の間を、落雷が落ちたかのような凄まじい衝撃が走った。守護者たちの顔が一斉に跳ね上がり、驚愕と、それ以上の狂喜の表情がその異形の顔々に浮かび上がる。

 

「ヘロヘロ様が……実在されるのですか、アインズ様!?」

アルベドが美しい声を震わせる。デミウルゴスもまた、自身が命がけで回収してきた絵本の正体が、これほどまでの神意を孕んでいたのかと、感動に身体を震わせていた 。

 

「そうだ。ヘロヘロさんは古代種スライム。老衰も病死もしない。今もどこかで、我がギルドの象徴たる【赤き指輪】をその身に宿したまま、我らの捜索を待っている 。……デミウルゴス、アウラ、シャルティア、各員に命ずる!」

 

アインズは立ち上がり、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを激しく床へと突き立てた。ズドォン、と玉座の間が鳴動する。

 

「世界全土に網を張れ! 各国の闇組織、大図書院、辺境の伝承、すべての歴史をひっくり返せ! ターゲットは、人間種の知性を遥かに超えた長寿の異形種、あるいは『紫色のどろどろとしたスライム』、そして『赤き至高の指輪を持つ者』の噂だ ! ナザリックの全戦力を以て、世界全土を大捜索するのだ! 我が友を、絶対に、一刻も早く俺たちの元へレスキューするぞ!!」

 

 

「「「「「御意にっ!!! 我が命に代えましても、至高の絆を繋ぎ止めてみせましょう!!!」」」」」

 

 

守護者たちの咆哮が、ナザリックの壁を激しく揺らした。

一冊の古びた絵本から始まった、ヘッケランの命がけのハッタリ。それはアインズの心に「ヘロヘロ生存の確信」という最大の火を灯し、ナザリックの全戦力を、世界の覇権ではなく、世界全土を巻き込んだ史上最大の「仲間探し」へと向かわせたのだった。

 

 

 

 

3. スイートルームの「胃痛」まみれの日常

 

ナザリックの全軍勢が地上へと解き放たれ、世界全土が文字通りの大激動を迎えているまさにその頃。

第九階層の最高級スイートルーム(貴賓室)では、すべての元凶であるワーカーチーム『フォーサイト』の4人が、身を寄せていた 。

ふかふかの高級ベッド、美しい細工の施された家具。そして円卓の上にこれでもかと並ぶのは、王貴族でも一生に一度口にできるかどうかという、見たこともないほど澄んだ澄色スープに、最高級の肉料理、色鮮やかなデザートの山。

「教えてもらった場所の捜索が終わるまで、何不自由なく暮らすように」というアインズの先手によって、完璧な「最高の監視(おもてなし)」下に置かれた彼らの精神は、すでに限界を迎えていた 。

 

「おい、ヘッケラン……。この肉、本当に食べて大丈夫なんだよな……? 食べたら胃袋の中で何かが孵化するとか、そういう罠じゃないだろうな……?」

ロバーデイクが冷や汗を流しながら、銀のフォークを震わせた 。

「神官のお前がそんな不吉なこと言うなよ、ロバーデイク……。

でも、確かに美味すぎて逆に怖い。俺が『実家の絵本の話だ』って正直に白状したはずなのに、なんで待遇がさらに上がって部屋に閉じ込められてるんだ……?」

 

ヘッケランは、豪華なプリンを前にして冷たい汗を拭った 。

「ヘッケラン。あなたが闘技場で適当な嘘の場所を教えて帰してもらおうとする前に、あの魔王様が『捜索が終わるまでここに留まれ』って言ったじゃない」

アルシェが、部屋の隅に直立不動で控えている戦闘メイドたちをチラリと見ながら、極限まで声を潜めて囁いた 。

 

「そうよ、ヘッケラン。あの魔王様、いま世界中をひっくり返すような大騒ぎで、お前の実家にあった絵本の『紫色のどろどろ』を探し回ってるらしいぞ」

イミーナが引きつった笑みを浮かべる 。

 

「もし、あの絵本の情報がただのデタラメで、世界中どこを探してもそんなスライムがいないって分かったその瞬間、私たちはこの高級な部屋ごと、一瞬で消し炭にされるんだからね…っ!?」

 

「わ、わかってる! わかってるって!」

 

ヘッケランは頭を抱えた 。

ハッタリを吐いていた時よりも、正直に白状した今の方が、なぜか「ヘロヘロ様の聖典を護り抜いた預言の一族」としてVIPのランクが跳ね上がっている 。

そんなナザリックの狂信的な熱量に、大人4人はガタガタと震えながら、美味しいご飯を無理やり喉の奥へと押し込む日々を過ごすのだった。

「(すまない、ヘロヘロ様とやら……。俺たちのせいで、あの魔王が今、世界中を滅ぼしかねない勢いであなたを探し回ってる。……どうか、どうかどこかで元気で生きていてくれ。じゃないと、俺たちの胃が先に破裂しちまう……っ!)」

 

ヘッケランが神に(あるいは紫のスライムに)祈るような気持ちで天井を見上げる中、ナザリックの徹底的なローラー作戦の網は、周辺諸国や各大国をパニックに陥れながら、本物のヘロヘロが眠る地へと、確実に絞り込まれていくのだった。

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