「おいしかった、ありがとう」
「う、うん。 それはいいんだけど⋯⋯」
ポテチを全て食べ終え、紬は私の目を見てお礼を告げる。 それは別にいいのだが、どうして私が食べさせなきゃいけなかったのだろうか。 何度か紬の手に乗せようとしても、「やよいの手から食べる」と言って聞かなかったし。
「平野さんってポテチを取るのもめんどくさいとか思ってたりする?」
「んーん。 そんなにめんどくさがり屋じゃない」
「へ、へーー⋯⋯」
わけがわからない。
「じゃあ、今日もありがとう。 わたしはそろそろ帰る」
「あ、うん。 じゃあね」
「ん、今度こそ、また月曜日」
そのまま歩いて公園を出る紬を見送ったが、その場からしばらく私は動けなかった。
「気分屋ってすご⋯⋯」
私の呟きは夜風に乗って過ぎ去り、お返しのようにひんやりとした冷たい空気がやってきた。
「ねぇお姉ちゃん」
「⋯⋯はい」
「コンビニ行くだけで何十分かけてんの??」
「いやぁ⋯はは」
ポテチをあげ続けてたらまさか1時間も経過しているとは思ってもおらず、玄関で仁王立ちして立っていた妹にリビングで今説教をされている⋯という状況。
「しかも買ってきたのがポテチ1つだけ?ポテチをひとつ選ぶのに1時間もかかってたわけ?遅くない?」
「実はもう1袋買ってたんだけど⋯⋯我慢できなくて帰る途中で食べちゃいまして」
「家で待ってる妹を置いて?」
「うぐっ⋯⋯」
痛い、言葉が痛いよ明莉⋯⋯。 だって仕方がないじゃん、お腹を空かせてるクラスメイトを放置して家に帰るっていう非人道的なことなんて出来るわけもないし⋯⋯
「何か言いたいことでもあるわけ?」
「あ、いえ、ほんとになんでもないです」
そんなことを妹に言えるはずもなく、大人しくへこたれて説教を受け続けること30分、思ったより早く解放された。
「はぁ⋯⋯もういいや、ポテチはあげないからね?」
「うん⋯それは明莉が食べていいよ、明莉の分だし」
今日はなんて日だろう、いい事をしたのにその事を明莉に自慢できずに怒られるだなんて。 だが、あの出来事を言ったら言ったらで別の意味で怒られそうだし、仕方ない。
「もう⋯⋯お姉ちゃんがなにかあったのかもって心配して──」
「え?なんて?」
「うっさいばか!!」
「えぇ⋯⋯」
「もう終わり!おやすみ!!」とだけ言い残し、明莉は2階に上がって行った。
「最近めちゃくちゃ明莉に怒られてる気がする⋯」
嫌われたらお姉ちゃん死んじゃうなんて思いながら自分の部屋に戻ると、一気に疲れが襲ってきて吸われるようにベットへ飛び込み、そのまま深い眠りへ落ちた。
「めんどくさいなぁ、休んじゃおうかな」
「なにいってんの、そんなこと言ってないで早く行こ」
土日はあっという間に過ぎ去り、楽しむ間もなく平日がやってきてしまった。 しかも一昨日の土曜日はポテチを食べれなかったせいで日曜日にまたコンビニへ行く羽目になったし、もうコリゴリだ。
「ほら明莉、手繋いで行くよ?」
「い、いくわけないでしょバカお姉ちゃん⋯!!」
登校するために家を出て、私達の会話のスタートは決まってこれだ。 私が誘い、それを棘をはきながら拒否する明莉。
私は妹の明莉のことはとても大事に思っていて、本来ならいじめがないか中学まで見張りに行きたかったが『キモイからこないで』と全力拒否されてしまい、仕方がなく妥協案として途中まで一緒に登校する、というのを提案したら明莉もどこか嬉しそうにおっけーしてくれた。
「じゃあ、学校頑張ってね明莉。 わかってる?告白されたらまずは──」
「はいはい、お姉ちゃんを通す、でしょ?ふふっ、もう聞き飽きたって」
「わかってるならよろしい。 じゃあ頑張ってね」
「うん、お姉ちゃんも」
どこか嬉しそうに言う明莉を見送り、姿が見えなくなったあと私も歩き始めた。 どうして笑っていたのかは知らないけど、きっと悪いことでは無い⋯はず?
教室に入ると私は廊下側1番右後ろの奥の席に座り、退屈潰しにスマホをいじる。 窓側がよかったけど、まぁここも角だし悪くなく、案外気に入っていたりする。
「平野、早く席につけー」
「んー」
前のトビラから眠たげな紬が瞼を擦りながら教室の中に入ってくる。 教室中の様々な視線が紬に集まる中、やはり気にする様子のない紬は私の二つ前の席に座る直前に私の方を見てきた。
「⋯⋯?」
だが何事も無かった様に腰を下ろし、その瞬間にくたばるように机に倒れ込むように眠りに落ちる。 それが平野紬の習慣で、こうなったら基本的に起きることはない。
「それじゃあ、前回の続きから──」
そうして、私の平穏な学校生活最期の授業が訪れた。
「やよい」
「んー?」
退屈な授業が終わりようやくお昼ご飯の時間が訪れ、お弁当を広げていると隣から声をかけられて、その方向へ横目をやると──
「っ!?ひ、平野?」
「うん、私」
さっきまで騒がしかった教室が紬が声を発した途端に授業中のような静寂に包まれ、クラスメイトの視線が私と紬に集中する。 紬から人に話しかけるのはごく稀、なんてレベルではなく初めてのこと故⋯⋯って冷静になってる場合じゃない。
「ど、どうしたの?」
「うん、お弁当、一緒に食べよ」
「なんで??」
「? 私たち、友達」
その瞬間、静寂だった教室はさっきよりずっと騒がしくなり、羨むような視線が私をあちこちから捉え、すごくやりずらい。
私と紬はこれまで接点がないようとクラスの連中は思っていたようで、困惑の声──「え、平野ちゃんあの子と友達なの?」や「平野ちゃんが人に話しかけてるぞ!?」などの野次馬が飛び交う。
紬はそんな野次馬達の声に聞く耳を持たずといった様子で私の正面に座り、お弁当を広げて当たり前のように食べ始めた。
「おいしい、ね」
「いや私まだ食べてないけど⋯⋯」
「じゃあ、私の食べる?」
玉子焼きを1つ箸で掴み取り、私の口にあてる。 もしかしなくても、一昨日のポテチのやり返しだろう。
「⋯平野ってもしかして案外恨みは忘れないタイプ?」
「ふふ⋯そうかも」
口をつけられた以上今更拒否する訳にも行かず、私は差し向けられた卵焼きをそのまま食べる。 痛い程の視線の中食べる玉子焼きには一切の味なく、あるのは私が紬に食べさせられている光景と、それをいたずらっぽくほんのり口角をあげて笑う紬に驚く声ばかり。
「え、あの二人そんな仲良かったの⋯!?」
「わ、笑ったぞ⋯!」
「え、かわよ」
教室の中でこんなに視線と声をあびているのに全く反応せずのうのうとお弁当を食べれる紬にはもはや尊敬すら覚えてしまう。
「あ、ちょっと⋯私の玉子焼きとらないでよ」
「ん⋯これ、わたしのよりおいしい」
「ありがとう⋯ってそうじゃなくて!」
「やよいは料理がうまいね」
「はぁ⋯もうダメだこりゃ」
今すぐ帰りたい、帰って即ベットに飛び込んで寝て⋯⋯それで今日のことも夢であって、明日には何事も無かった様に学校へ通いたい。
「やよい?」
「なに⋯?平野」
「紬、だよ」
「?」
「紬、だよ」
「いや繰り返せとは言ってないけど⋯」
「紬、だよ」
「えぇ?」
ちょっと古いゲームのNPCのように同じセリフしか吐かなくなり、お弁当を食べる手を止めて私のことをじっと見つめてくる。
「紬、だよ」
「あー⋯⋯紬って呼べばいいわけ?」
「正解、よく辿りついたね、やよい」
「名前で呼んで欲しいなら言えばいいのに」
「それでもいいけど、おもしろくない」
「名前で呼びあうのに何を求めてるの⋯?」
気がついたら自然に会話を交わしている自分に驚きつつも、この好奇の視線にはやはり慣れないからはやく何とかなって欲しい、と思いながら紬と適当に話してお昼ご飯を終えた。