辺りは闇に包まれていた。
日は既に沈み、明かりは篝火の炎だけだ。
俺は隣で爆睡しているクラーナを見て、よく眠れるものだと思わず感心してしまう。
俺は眠れなかった。
決して野宿に慣れていない訳ではない。各地を放浪してきた俺は宿を取れず、野宿をして過ごしたことなど数えきれない程ある。
だがどういう訳か今夜は眠れない。
北の不死院に投獄されたと思ったら謎の騎士に助けられ、烏に攫われここまで連れてこられたと思ったら、不死の使命を教えられ何だかんだで鐘を鳴らし、危うく死にかけたところをクラーナに助けて貰った。
……うむ、訳がわからん。
こんな中身が濃い1日は初めてだ。
それにしても、と俺は未だ爆睡しているクラーナを見る。俺は彼女の名前と呪術使いということしか知らない。何の理由で、何が目的で、この呪われた不死の地にいるのか。分からないことだらけだ。起きたらいろいろと訊いてみよう。
俺はもう一度寝ようと試みたがやはり眠ることは出来なかった。それでも横になっているだけでも違うだろうと思い、夜が明けるまでそうしていた。
クラーナが目覚めたのは既に日が高く昇っている時だった。
「よう、よく眠れたか?」
「ああ。お前は?」
「いや、全然。寝ようとは思ったんだがな」
「何で眠れなかったんだ?」
「昨日は一日中色々とあったからな」
どこの世界に脱獄した後攫われよく分からん使命を聞かされて死にかけの所を女に助けられる奴がいるのだろうか。
「そういえば、お前は昨日なんであんな所にいたんだ?」
クラーナが思い出したように言った。
俺は数日前に投獄されてから脱獄し、使命や鐘を鳴らしことなどを話した。
「そうか…」
クラーナは俺が話し終えた後呟くようにそう言った。
「あんたは何であんな所に?」
俺がそう尋ねるとクラーナはしばらく黙り、俺が地雷を踏んだかと不安になり始めた時、口を開いた。
「ロードランで昔何があったか知っているか?」
「いや、知らない。ここに来たのは初めてだからな」
すぐ投獄されたし。
「話せば長くなるが、それでもいいか?」
俺は頷き先を促した。
「ここは昔、霧に覆われ、岩と樹しかなかったんだ。そしてこの世界は不死身である古竜が支配していた。そんな時、何故か火が熾った。そしてその火に魅入られた3人の人物がいた。太陽の光の王グウィンと
その騎士たち、最初の死者ニト、そして魔女イザリスと混沌の娘たち。彼らは最初の火から王のソウルを見出した。最初に言ってしまうと、私は混沌の娘の1人だ」
俺は驚いた。今の話を聞いていれば誰だって驚くだろう。
「彼らはこの地を支配していた古竜に戦いを挑んだ。ソウルによってもたらされた力により彼らは強くなっていた。グウィンの雷が鱗を貫き、魔女の炎は嵐となり死の瘴気がニトによって解き放たれた。そして鱗の無い古竜、シースの裏切りにより古竜は敗北。私たちの時代が始まった」
雷と聞いてソラールがガーゴイルに使った雷の槍を思い出した。
「鱗が無い? シースは他の竜と何が違うんだ?」
「鱗があるから古竜は不死なんだ。逆に鱗が無かったら寿命がある。奴の生への執着は他の誰よりも激しかっただろうさ」
それから何年も経ったある日、最初の火が消えかかっているのにグウィンは気付いた。イザリスは自分の手で火を熾そうとしたが失敗。国や娘を巻き込んで自滅し、デーモンを生み出した」
「お前が助かったのは何故だ?」
訊いてはいけないことかもしれないと思ったが訊かずにはいられなかった。
「私はその前に逃げてきたんだ。……他の娘を残してな」
「そうか…」
やはり訊くべきではなかったと俺は後悔した。
「それから、人々の間にダークリングが現れ始めた。これが現れた人間は不死になり、やがて亡者になる」
「俺たちを襲ってきた奴らか」
「そうだ。奴らは死に過ぎて考える器官も壊れたんだ」
「俺らもああなるのか?」
「ああ、遅かれ早かれいずれああなる」
「それは嫌だな」
「私だって嫌だぞ。……そのあとグウィンは自らが薪となるため最初の火の炉へ旅立った。数人の騎士を連れてな」
「最初の火の炉?」
「最初の火が燃えている場所だ。火は燃え上がり、騎士も巻き添えになった。その騎士たちは黒騎士となり今もロードランを彷徨っているらしい」
「強いのか?」
「グウィンに仕えていたぐらいだから強いんだろう。私は戦ったことはないが」
クラーナはそこで一息つくとかなり真剣な口調で話し始める。
「だが奴らよりも四騎士の方が余程強い」
「四騎士?」
「グウィン直属の騎士だ。長である竜狩りオーンスタイン、深淵歩きアルトリウス、鷹の目ゴー、王の刃キアランの4人だ」
「名前を聞いただけでも強そうだな」
「だから強いと言っているだろう。お前じゃとても敵う相手ではない。といっても生きているか分からないがな」
クラーナは長い息を吐いて
「これが大体ここで起こったことだ。分かったか?」
「ああ、それでなんでお前はここに?」
「私は片をつけるために来た。あの時他の連中を置いて逃げてしまったことを私はずっと後悔してきた。何の贖罪にもなりはしないが、せめて生み出されたデーモンだけでも皆殺しにする。そのためだ」
「クラーナ…」
言い方は悪いが仲間を見捨て一人逃げてきたクラーナ。そのせいではないが仲間が悲惨な最期を遂げたのは間違いなく、それに対する彼女の罪の意識はかなりの物だろう。俺は思わず言った。
「なあ、クラーナ。あんたに協力してもいいか? 俺では何の役にも立たないと思うが…」
「……本当か?」
「ああ」
数瞬の間があった後、いきなり抱きつかれた。
「ありがとう! 正直私だけではどうにもならないと思っていた」
「お、おう」
予想外の事態に戸惑う。すごい苦しいんですけど。
「それなら私もお前の言う使命とやらを手伝おう」
「いいのか? 俺自身も未だによく分かってないのに」
「気にするな。私は自分だけ何かされる、というのが気に食わないだけだ」
「そうか。あんたがいればかなり助かる」
「さて、改めて自己紹介しておこうか。私はクラーナ。呪術使いだ」
呪術というワードで思い出す。
「あんたは自分が使って術は発火じゃないと言っていたが…あれは何なんだ?」
「そのことか。あれは発火と同じものだが規模が違う。あれは『大発火』というんだ」
「大発火…」
「そうだ。何ならお前も呪術を使ってみるか?」
「遠慮しとこう。俺はどうも術と名のつくものに縁がないみたいでね。魔術も呪術もやろうと思ったがからっきしだ」
「そうか、それは残念だ」
空を見るともう日が沈みかけていた。
「さあ、明日から病み村を目指すぞ。今日はもう寝よう」
「あれだけ寝といてまた寝るのかよ」
寝すぎだろ。
病み村。
名前を聞いただけでもヤバそうな場所だ。
次は何があるのかと、期待と不安でいっぱいだったが、昨夜とは違い久しぶりにぐっすりと眠ることができそうだった。