俺が目覚めた時、日はまだそんなに高く昇っていなかった。
「起きたか。行くぞ」
隣に座っていたクラーナが立ち上がった。
「それにしたってどうやって行くんだ?」
「お前が死体を漁っていた時に鍵を拾っただろう? まずはその鍵がどこの鍵か調べよう」
「それじゃこないだの場所に戻るか」
「ああ」
しばらくして、不死街下層に辿り着いた。この前倒した盗賊の死体は獣が喰ったのか骨だけになっていた。
俺は向こう側にあるいかにも頑丈そうな扉を見つけた。
「これじゃないか?」
「よし、試してみろ」
俺がデーモンが持っていた鍵を使うと扉は重そうな音を立てて開いた。下に階段が続いている。
下に降りると中は薄暗く、樽や木箱が転がっている。
道なりに進み階段を更に下へと下りると、折れた直剣をもった半裸の亡者が1人いた。
「お前が始末しろ。奇襲に注意しろよ」
俺は言われた通り死角からの奇襲に注意しながら目の前の亡者を仕留めようと慎重に階段を下りる。
すると予想通りと言うべきか階段の陰に隠れていた亡者の1人が俺に襲いかかってきた。
しかしクラーナの大発火によって、亡者の攻撃は俺に届くことはなかった。
更に下りる前に窓から階下の様子を窺うと、亡者が3体松明を持って立っている。
「敵が多いな」
「まだいるかもしれない、それに私の呪術もそれなりに隙がある」
「とりあえず慎重に行こう。突撃して敵に囲まれたら終わりだからな」
俺とクラーナは慎重に階段を下りる。いち早く接近に気付いた亡者が松明を振り回しながら走ってくる。俺の盾では火は防げない。
俺は階段を飛び降り下の階との隙間に着地する。そこには俺たちへの奇襲を目論んでいたのか亡者が突っ立っていたが、急な状況変化についていけなかったのか反応が遅れた。
俺はその隙にバックスタブを決める。これをやったのは久しぶりだな。
亡者を始末した俺はクラーナは大丈夫かと心配になったがそれは杞憂だったようだ。むしろ大丈夫じゃないのは敵の方であり肉が焼け表面が炭化し、立派な消し炭になっていた。
この惨事に気付いたのか他の亡者がわらわらと集まってきた。その数3体。松明が2体に直剣持ちが1体だ。直剣持ちは見当たらなかったから恐らく柱の陰になっていたんだろう。
隙ができると言っていたクラーナを援護する為に俺は飛び出し、気付かれないうちに一体を倒す。
ようやく一体が気付いたようだが遅い。素早く攻撃し、息の根を止める。最初から息をしているかは微妙だが。
視界の端に炎が映り、亡者が倒れたところを見るとこれで全員倒したのだろう。
「どうやらここは食堂だったようだな」
辺りを見回しクラーナが言う。
「ああ、そうみたいだな」
所狭しと並べられたテーブルと椅子を見て俺は同意した。おまけに階下からは肉の臭いがする。
階段を下りた俺たちは亡者犬の歓迎を受けた。
下層の時と同様、噛みつきを回避して隙だらけの背後から攻撃し倒す。
しかしそこで見た光景に俺たちはしばし絶句する。
「…マジかよ」
右の壁際には鍋が煮え立っている。それは普通だ。奥に亡者犬がいるが、それはよしとしよう。後ろを見るとさらに下の階がありそこは下水で満たされているが、まあ…いいだろう。
問題は正面だ。
そこには調理台に乗った肉を一心不乱に捌くコックがいた。食堂だから当たり前なのだが、問題はそいつが亡者だということだ。しかも馬鹿でかい包丁で捌いているもんだから、ごく普通の光景が一気に猟奇的に見えてくる。
あそこに乗っているのは人肉じゃないか…といらん想像をしてしまい、気分が悪くなる。しかも下水の臭いも相まってひどく気持ち悪い。ここで肉が腐っていたら腐臭で恐らく二人とも吐いていただろう。
「お、おい。クラーナ。俺がコックを引き付けるからその隙に犬を倒してくれ。これ以上ここにいると吐くかも知れない」
「ああ、それについては私も同意見だ。さっさと終わらせよう…」
簡単な打ち合わせを済ませ、俺は駆け出す。それに気づいたコックが調理台を包丁でぶっ壊し、さっきまで捌いてた肉を踏み潰し俺に襲いかかってくる。包丁を振り上げながら、だ。
これはかなり怖い。一歩間違えれば殺され、あの上で文字通り料理されるだろう。死んだらまだいいが、半殺しのままだったら…
…いかん、吐き気がしてきた。
俺は精神上よろしくない想像を中断し、思考を戦闘へと切り替える。
いくら包丁と言えどこれほどの大きさだ。俺の身長ほどではないが1mはあるだろう。隙も大きい筈だ。
コックはそのまま包丁を振り下ろす。俺は右に転がり回避する。包丁が床に激突し音と共に火花を散らす。あれほどの威力なら俺は真っ二つだろう。
俺はシミタ―で数回攻撃する。コックだから当然だが鎧は着ておらず刃が通った事に俺は安心する。
コックは俺を狙い、再び包丁を振り上げる。その時、コックの頭を炎が包まれた。クラーナの援護だろう。
それを受けても狙いを変更するつもりはないらしく、再び包丁が振り下ろされる。
俺はまた右に回避し、数回斬りつけ再び離れる。基本はヒットアンドアウェイだ。
クラーナの大発火がコックを襲う。これでもまだ死なないとは体力だけなら山羊頭のデーモンくらいはあるかもしれない。
さすがにコックは俺との戦闘にクラーナが邪魔だと判断したのか狙いを彼女に変えた。
しかしそれは俺を無視するという事であり、当然俺もその好機を見逃しはしない。
俺はクラーナに包丁を振りかざしながら迫るコックの背中に思いきりシミタ―を突き刺した。バランスを崩し倒れるコックと一緒に倒れぬよう、足で背中を抑えつつ剣を引き抜く。
それがとどめだったのだろう。コックはそれっきり起き上がることはなかった。
周囲に敵がいないことを確認し、俺たちは一息つく。すると緊張がしていたのが一気に緩み、再び悪臭が鼻を突いた。
「それにしてにもひどい臭いだ」
クラーナが鼻を押さえ言った。
「下に行けばさらにひどいだろうな」
俺はさらにひどい悪臭を想像したことで、また吐き気がこみあげてきた。
俺が吐き気と戦っていると
「おい、あそこに宝箱があるぞ」
クラーナがコックがいた方を見て言った。
さっきは気付かなかったが、この部屋には宝箱があったようだ。俺は近づき箱に手をかける。どうやら鍵はかかっていないようだ。
両手で蓋を開けると中には手のひらほどの四角い物が入っていた。中央には蝋燭ほどの小さな火が灯っている。
「これは…種火か?」
クラーナが言う。
俺のシミターをはじめとする武器は楔石という特殊な石によって強化することができる。そしてある段階まで強化した時、武器を進化させることができるのだが、それには種火が必要だ。種火は専門の鍛冶屋しか扱えず、更にその種類によって扱える鍛冶屋も違ってくる。鍛冶屋なら誰でも、という訳ではないのだ。
現在見つかっている種火で派生できる武器の種類は雷、炎、魔法、邪教、混沌、粗製、結晶、神聖の7つがある。雷と炎はそれぞれの属性を武器に付与し、神聖と魔法の威力はそれぞれ使用者の信仰と理力に依存する。邪教と混沌については詳しいことは分かってないが人間性の数で威力が変動するらしい。粗製は特別な力はないが威力が上がる。結晶は武器を結晶化し威力を大幅に上げるがその代わり修理が不可能になる。
この話は全て聞いた話で、種火なる物を実際見たのはこれが初めてだ。勿論この種火がどういう派生をさせてくれるのか俺は分からない。しかしクラーナは知っていたようだ。
「これは大きな種火だな」
大きなってなんだ。小さい種火もあるのか。
「これは武器を更に強化できる武器だ。普通武器は5回しか強化できないがこれがあれば10回まで強化できる。ちなみに小ロンドに『とても大きな種火』がある。これを使えば15回まで強化できるようになる」
クラーナが説明してくれた。それにしてもとても大きなって、適当な名前だな…。
「さて、ここからどうする?」
彼女からの質問に俺は下へ続く階段を見ながら答える。
「あの水たまりを歩いていくしかなさそうだな」
すると彼女は冗談じゃないというように
「私は嫌だぞ。いかにも臭そうな汚水の中を進むなんて」
「けどそれ以外道が無いだろ」
「そんなはずはない。くまなく探すぞ」
面倒くさかったがここで変に反対して黒焦げになるのも嫌だったので道を探すことにした。
「しかしこの臭いはどうにかならんのかね」
俺は未だに悪臭に慣れずにいた。というか慣れる人間などそうそういないのだが、これからさらにひどい悪臭が待ってると思うと嫌な気分になる。
「おい! 道があったぞ!」
大して探しもしていなかった俺は上を探していたクラーナの声を聞き、階段を登る。クラーナはどこか嬉しそうににして言った。
「この下に道がある。飛び降りて行けるんじゃないか?」
見ると3m程下に通路がある。なるほど、飛び降りることは出来そうだ。
「じゃ、行くか」
俺は通路に飛び降り、次いでクラーナも飛び降りる。
「さて、どっちに行く?」
俺は左右の確認をしながらクラーナに問う。
「左に行こう」
「理由は?」
「さっき声が聞こえた。人…男の声が」
下層の時と言いこいつは耳がいいな。俺はまったく聞こえないぞ。
「何て言ってた?」
「分からん」
俺は左に進み角を曲がる。すると行き止まりになっていて部屋のような場所がある。広さから察するに倉庫か何かだろう。
俺たちは中を探索しようと倉庫に入ろうとする。が、突然ズン、という音と共に上から何かが落ちてくる。若干土埃が舞い床が揺れる。
手には巨大な包丁、ずた袋を被り、血に汚れたエプロンを着ている亡者コックだった。
「こいつもう一体いたのか!」
俺は叫び後ろに下がる。直後、包丁が振り下ろされ床に叩きつけられた。
俺の頬を熱風が撫で、大火球がコックの腹に直撃する。一瞬怯んだコックだったが先のもう一体と同じように包丁を振り上げ迫ってくる。俺はコックと壁の間に転がり込み、背後を取った。
コックは俺が後ろにいることに気付いているだろうが、先ほどの火球によりクラーナを脅威と判断したらしく俺には見向きもしない。
相手にされないのは癪だが俺は両手でシミタ―を持つと後ろから全力でシミタ―を突き刺す。剣は深々と鍔まで刺さり腹を貫通した。それでもコックは俺を無視しクラーナのいる方へと走り続ける。この辺が
前のコックとは違うところで、ここで狙いを変えたら再び黒焦げにされかねないと考えたのだろう。しかし俺の攻撃もそれなりで、無視していればあっという間に倒れるだろう。つまりどっちにしてもコックは負けるという事だ。
俺はシミタ―を引き抜くと連撃を繰り出す。1発2発3発…
4発目を決めようとした時、包丁が叩きつけられる音が聞こえた。人が斬られる音が聞こえなかったのでクラーナは無事避けられたようだ。
しかしコックはそれで止まらず包丁を横にして両手で持ち刀身で潰そうとする。クラーナは躱したようで再び大火球がコックを襲った。火球は頭に直撃し、コックは後ろに倒れ動かなくなった。
「まさか2体目がいたとはな」
クラーナがコックに近づきながら言う。
「ああ、まったくだ」
「急ごう」
「ああ」
倉庫に入るとそこはたくさん樽が並べられていた。そこには首から下を樽詰めにされた男が奥にいた。
「おい…あんた達助けてくれ。こっちだ」
俺達は周りの樽をどかし慎重に男の樽を壊す。
「ありがとよ。おかげで、あいつに食われずに済んだ… 死ねずに料理されるなんて考えるだけでもぞっとする。本当にありがとうよ。俺は大沼のラレンティウス。この借りはきっと返すぜ」
「気にするな。たまたま声が聞こえたから助けただけだ」
クラーナが言った。声が若干いつもと違うのは気のせいだろうか。
「いや、あんた達がいなかったら俺は食われてる所だった。命の恩人だよ」
「だから気にするなと言っているだろう!」
クラーナが珍しく動揺しているので俺は少しからかってみることにする。
「あんたを助けたのはクラーナの手柄だ。こいつがいなかったらお前は食われていただろうな」
「そうか…ありがとう。クラーナ」
「だから気にするなと…! もう行くぞ!」
「おい! 待てよ!」
「俺は祭祀場に向かう。改めてそこで礼をさせてもらうぜ」
「分かった。気をつけろよ」
俺はどこかに行ってしまったクラーナを追うため倉庫を走り出た。
「ったく、さっきはどうしたんだよ」
「…」
クラーナはそんな遠くに行っておらず、最初に飛び降りた
俺が訊いてもクラーナは俯いたまま答えない。
「…恥ずかしかったのか?」
図星だったのか、わずかに肩が揺れた。
「慣れていないのだ」
「礼を言われる事にか?」
「ああ…」
俺はそうか、と返事して通路を微妙な空気のまま通路を歩いた。
ドアがあったので開いて中に入る。すると想像以上の悪臭が俺達の鼻を襲った。
「うう… 吐きそうだ」
「吐くなよ。俺まで吐いたらどうするんだ。とりあえず進むぞ」
中は俺たちの腰まで下水が溜っており、まともに動けない。
俺は左の死体にソウルがあるのを見つけ、近づいた時
「馬鹿野郎! 上を見ろ!」
クラーナの声が聞こえた直後、俺の視界は闇に包まれた。
状況が分からず俺が闇を振り払おうとした時、手がブヨブヨとした感触を捉えた。
何だこれは、と叫ぼうとしたが口が開かない。
「大人しくしろ! 絶対に動くなよ!」
訳が分からないので動かないで固まっていると、熱い物を俺は背中で感じた。それと同時に俺の視界が開けていく。
「馬鹿者! 私がいなかったら今頃食われてるぞ!」
クラーナの俺を叱咤する。今回は警戒を怠った俺が素直に聞いておく。
「…すまん」
「まったく… 次は無いぞ」
そう言ってクラーナはさっさと行ってしまう。
俺はエスト瓶を飲み、後を追う。クラーナの横に並びさっきの敵の正体について訊いてみることにした。
「なあ、さっきのブヨブヨした奴は何だ?」
「あれは『腐肉』という奴だ。お前にしたように獲物に覆いかぶさりそのまま食い殺す。その特性上天井に張り付いていることが多い。火が弱点だから私の呪術があれば大丈夫だろう。ここからは常に上からの奇襲に注意しろ」
「わかった」
部屋を2つ通り過ぎ、ドアを開けると松明亡者が一体いた。こちらに気付く前に素早く倒す。
そこは通路になっていてまっすぐ進んだ先にはドアがあり、その前には松明亡者がもう一体いる。上を見ると腐肉が獲物を待ち構えているのか張り付いていた。その数3、4体ほどだ。しかし見つけたところで距離がある俺達にはどうすることもできない。
「弓矢があれば落とせるんだがな…」
「また俺が餌になるか?」
「馬鹿かお前は。 …それだ」
「は?」
冗談で俺が出した案を一度否定したクラーナだが、結局採用した。冗談だったんだが。
「お前が囮になる。奴らはお前を狙って落ちてくるだろう。そこを私が片づける」
「俺はどうするんだ。また食われるのか?」
「回避のタイミングは私が指示する。大丈夫だ、私を信じろ」
「…わかった」
まずは一体目。俺は天井に張り付いている腐肉の真下に行き、落下してくる腐肉から回避する。俺の周りには3体の腐肉が集まっていた。
クラーナはそれをまとめて大火球で始末する。あまりにも高温なので腐肉は死体も残さず蒸発した。
「この調子でいくぞ」
俺はこれを2回繰り返し、最後の1体になった時、クラーナの松明亡者がいるのに気付いた。しかし、距離が近く今注意しても恐らく間に合わない。
クラーナは右手の発火で腐肉を一瞬で蒸発させ、そのまま襲い掛かってきた松明亡者を躱し後ろから発火で消し炭にした。
目的地のドアの前まで来た。しかし鍵がかかっているようで開かない。万能鍵を使ってみるとすんなりと開いた。本当に万能だなこれ。
ドアの中は細い通路になっていて奥には篝火がある。久々の篝火なので存分に当たっておくとしよう。
篝火でエスト瓶を補給し、俺たちはしばし休息する。ここは下水もなくドアを閉めれば悪臭もしない。ここではかなり快適な場所と言えるだろう。
「そういえばここから俺達どうするんだ?」
「言っただろう。病み村に向かうと」
「その病み村について知りたいんだが」
「病み村は疫病者の村だ。不潔極まりない此処の住人でさえ、頑丈な扉を作り隔離していると聞く。病み村の底の更に奥にイザリスはある。しかも丁度いい事に病み村には例の鐘もある。これでお前の使命とや
らも達成される訳だ」
「お前もあの使命を知っていたのか」
「当然だ。私はずっとロードランを彷徨って…いや逃げ続けてきたんだ。そのくらいの情報はいくらでも手に入る」
「そうか…」
若干重くなった空気を吹き飛ばすようにクラーナが立ち上がる。
「さて、そろそろ行くか」
「ああ」
ドアを開けると再び悪臭が襲った。俺たちはすぐ右にある階段を下る。
下は床が金網になっていて左には木箱が積まれており、それに隠れるように下へ続く梯子がある。
俺達はまっすぐ進み再び通路へと出る。通路は左右に道が分かれていて俺たちは右に進むことにした。
しかし右は行き止まりでそこには巨大な鼠が大量にいる。
奴らの反応は2種類だった。俺達を見て逃げ出す奴、犬歯をむき出しにして襲ってくる奴だ。前者は楽だが後者は厄介だ。
逃げ出す奴はクラーナが焼き殺し、その隙に襲われないよう俺がカバーする。
盾と歯がぶつかり火花が散る。俺は鼠を押し返し、生まれた隙を突き攻撃する。
すべての鼠を倒した後行き止まりだったため俺たちは引き返し逆の方向へと歩く。クラーナが角を曲がろうとしたその時、そばにあった木箱を突き破り、鼠が襲い掛かった。どうやら中に隠れて待ち伏せしていたようだ。
攻撃が当たり倒れたクラーナへの追撃を阻止するためすぐさま斬りかかる。3回ほど斬りつけたところで鼠は絶命した。
「すまない。さっきはあれほど言っておきながら」
「いや、あれは避けられない。俺も全く気付かなかったからな」
クラーナの様子を見る限り目立った怪我はないようだ。
彼女はエスト瓶を呷ると、
「先を急ぐぞ」
そう言って先に続く階段を下りていく。裏に通路があり奥に通じているようだ。しかしその下にはさっきは死角になり見えなかったが鼠が5匹いる。幸いなことに密集していたので火力を頼りに一気に倒す。
更に引き返し裏にあった通路を進んでいく。幅は人一人が通れるほどでここで戦闘になってもうまく立ち回れないだろう。
突き当たりを右に曲がるとかなり広い空間に出た。といっても外ではなく建物の中なのだが、天井が高く、3階分位ありそうだ。壁際はバルコニーのようになっていて俺たちはその2階に出た。そこは階段の上で一段高くなっていて反対側の壁の割れ目から差す日の光が暗闇に目が慣れきっていた俺達の目を眩ませた。
そこにもやはり鼠はいて、おまけに六目の伝道者までいる。こいつは不死教会で戦っているため俺は初見ではないが、クラーナは大丈夫かと不安になったが彼女の事だから対処法は頭に入っているだろう。
その伝道者は早速こちらに気付き、槍を構え走ってくる。ここからでは魔法は命中しないと考えたのだろう。
回転し撃ちだされるようにして繰り出される槍を回避しクラーナが大発火を発動する。伝道師の注意がクラーナに向いた瞬間俺が攻撃する。突然の攻撃に戸惑う伝道師にクラーナはもう一発炎を浴びせ、伝道師は力尽き倒れた。
俺達は気を緩めることなく次の標的である鼠へ注意を向ける。一匹が階段を駆け上ってくる。
クラーナの大火球が鼠に当たり、鼠が断末魔の悲鳴をあげ倒れる。
それに気づいたのか残りの2匹も階段を上ってくる。俺は盾を構えながら1匹に肉薄し、斬撃を繰り出す。鼠は怯んだだけで倒れず噛みつこうと襲ってくる。俺は無理な追撃はせずに盾で受け止める。火花が散りよろけたが、すぐさま体勢を立て直し、脳天へ一撃を叩き込む。そして鼠は絶命した。
クラーナの方を見ると彼女は特に苦労した様子もなく、皮膚が炭化し肉が焼けた死体を見下ろしていた。
「ここは片付いたようだから、先に進むぞ」
そう言うとクラーナは階段を下りていき、右に進んでいく。
先はまた狭い通路になっているのだがその入り口付近にまだ1匹、鼠がいた。先ほどは死角になっていて全く気付かなかった。鼠は特に何かをするわけでもなくこちらを見ているだけだ。
クラーナは鼠に近づき瞬殺すると、
「何してる。行くぞ」
と言って通路に入って行ってしまった。
俺は後を追いかけ、クラーナの後についていく。さっきの通路とつながっているのか、幅がえらく狭い。曲がり角を曲がり坂を登ると文字通り巨大な鼠が背を向けていた。
でかい。人の2倍の高さはあるだろう。
俺たちは足音を忍ばせ後ろから慎重に近づく。そして間合いに入ったと同時に武器を構え、一気に距離を詰める。巨大鼠は俺達に気付き振り向くが遅い。振り向いたその顔面にクラーナの火球が命中する。
高温の火球をまともに喰らった鼠は怯み、その隙に俺は三回の斬撃を繰り出し即座に離脱する。その直後に巨大鼠が噛みついてきた。鋭利な前歯が俺のいた場所を襲ったが俺はその後ろに退いていたので噛ま
れずに済んだ。あれをまともに喰らえば肉はおろか骨ごと内臓を持っていかれるだろう。つまりは死だ。
巨大鼠は狙いをクラーナへと変えたようだ。手数で勝負する俺よりも一撃の威力が大きいからなのかは分からないが、とにかく俺は後ろから再び攻撃する。
それを無視して突き進みクラーナに噛みつこうとするが、クラーナはそれを躱し大発火を浴びせた。巨大鼠の体毛が焼け、皮膚が焦げる臭いがした。
「まだ倒れないのか! タフな奴だ!」
クラーナは距離を取ると再び鼻先に火球を投げつけた。それは巨大鼠の目の前で爆発した。巨大鼠は仰け反って倒れ、完全に沈黙した。
「こいつらは人間じゃないのに何で人間性を持っているんだろうな」
俺は巨大鼠が落としたであろう人間性を拾い上げ、なんとなく疑問を口に出した。するとクラーナはぽつりと呟いた。
「奴らがいた場所のそばには必ず死体か骨があった。という事はつまりその人間性は…」
俺は身震いした。下手すれば俺たちもその仲間入りを果たしていたかもしれない。
「…行くか」
俺はしばしの恐怖の後それを振り払うように先を急ぐ。
先に行くと坂になっていてその先に部屋があった。その坂を這うように水が下へと流れ落ちている。水は下の階に流れており、このまま下に行くしかないか、と思ったが左端はそのまま先まで床が続いており、落ちずに済みそうだ。問題はどう行くかだ。水の流れは早く、一歩間違えれば大怪我は確実だ。
「どうした?」
クラーナが俺に訊いてくる。
「いや、どう向こうに行こうかと思ってな」
「そのまま滑っていけばいいんじゃないか?」
「は?」
どういう意味だ。
俺がそう訊く前にクラーナは水の流れに飛び乗ってそのまま向こうに行ってしまった。
「早くお前も来い!」
クラーナは下の階にうまく着地し俺を急かしてくる。度胸あるなこいつ。
クラーナに倣い転ばないように両足でバランスを取りながら滑っていく。幸い無事着地し俺は安堵した。
「男がこの程度でびびってどうする」
「俺はお前みたいに命知らずじゃないんだよ」
「私だって命は惜しい」
滑り降りると言った奴の発言とは思えんな。
「それよりこいつらをどうにかしないとな」
クラーナの視線の先には腐肉が何体か蠢いている。それと鼠が2匹だ。腐肉の処理はクラーナに任せ、俺は鼠2匹を始末することにした。
左右の壁際にいる2匹のうち左側にいる1匹に狙いを定め走り寄る。鼠は壁をよじ登ろうとするが体の大きさ故か登ることができていない。
俺は背後から斬りつけ鼠が死んだのを確認すると、もう1匹の鼠に近づいていく。
その気配を察したのかその鼠は階段がある近くの通路に逃げ込んだ。俺も後を追い通路に入ると鼠は階段前でゆっくりとこちらに振り向いてくる。どうやらここで戦うつもりらしい。
このままでは俺が不利なので振り向くのに合わせて脳天に一撃する。俺は攻撃を緩めることなくそのまま鼠を倒した。
「終わったか?」
「ああ、そっちも終わったみたいだな」
「まとめて焼いといたよ。とりあえずそこの階段を登ってみるか」
階段を上るとそこはさっき伝道者がいた場所の下の階だった。右に進んで角を曲がり、下へと降りていくとまた太陽の戦士ソラールのサインがあった。
「よう、また会ったな」
サインに触れられ召喚されたソラールに俺は挨拶した。
「ああ、教会以来か?」
「あの時は助かったよ。もしあんたの助けが無かったら死んでいたかもな」
すると俺の脇腹をクラーナが小突いてくる。放置されたことに怒っているのだろうか。
「クラーナ、こいつはソラール。不死教会で俺を助けてくれた奴だ」
「ソラール、クラーナだ。色々あってこいつと旅をしている」
「よろしく頼む」
「よろしく。お前の腕がどんなものか期待してるぞ」
「さて、準備はいいか?」
二人とも頷いたのを見て俺は一番下のフロアに出た。
そこは広々としていた。奥の方は下水が溜まりそれが下へと流れている。それに逆らうように小さな頭が顔をのぞかせた。
「何だ?」
クラーナの疑問の答えはすぐに分かった。
小さな頭が天を仰ぐと巨大な体が姿を現わした。本来腹のはずの部分には巨大な牙がいくつもついている。恐らくあそこが口なのだろう。申し訳程度に着いた翼。そして六本の脚。それは後ろ脚四本で立ち上がり咆哮した。
「貪食ドラゴンか!」
クラーナが叫ぶ。俺がどんな奴か訊くと
「奴は古竜の生き残りだ! 気を付けないと食われるぞ!」
貪食ドラゴンは六本脚で突進してくる。が、俺たちの手前で止まった。よく分からないがチャンスだと思いそのまま斬りかかる。斬るたびに頭がゼリーのようにぷるんと揺れた。
短く吼えた後、貪食ドラゴンは再び突進し壁にぶつかり止まった。
貪食ドラゴンは四本足で立ち上がるとその場でジャンプする。
「何て跳躍力だ」
視界から消え去ったと思ったら空中で向きを変えこちら側を向いて着地した。そして再びジャンプ。
「踏み潰すつもりだ! 逃げろ!」
クラーナが叫ぶ前に俺は全力で走り目一杯跳ぶ。さっきまで俺がいた場所に貪食ドラゴンはドスンと地響きを立て着地した。
俺がいた位置までは結構な距離があった筈なのだがそれをあっさりと詰められた。巨体だが動きは遅いと思っていては本当に餌にされてしまう。
視界の端で爆発が起きた。クラーナの大火球だろう。貪食ドラゴンの意識が彼女に向けられた隙にソラールの雷の槍が前足に突き刺さる。その隙に俺も尻尾へと斬りかかる。そして離脱。
ソラールもまた左後ろ脚に斬りかかる。しかし貪食ドラゴンは尻尾を薙ぎ払いソラールを吹き飛ばそうとする。
「ソラール!」
クラーナが叫ぶ。ソラールは盾でその攻撃を受けるが受け切れずに吹き飛ばされた。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか防げたようだ」
俺はソラールに駆け寄り声をかける。幸い大したダメージは受けていないようで、俺の問いかけにもすぐに応じた。
ソラールの無事を確認すると、すぐに戦いに戻る。貪食ドラゴンはクラーナしか目に入っていないのか俺たちが近づいてもまったく気づかない。
その隙に一気に尻尾に近づき斬撃を加える。最後の一撃で尻尾の真ん中から先が血をまき散らし切断された。
ここでようやく貪食ドラゴンが怯む。これまで与えたダメージが形になって見えた。
貪食ドラゴンは振り返ると前足でクラーナを捕まえようとする。しかしクラーナは捕まることなく懐に潜り込み脚の間から抜けた。
中々攻撃が当たらないことで焦っているのか貪食ドラゴンは六本足になると何やらヘドロのような物を吐き出した。
何だこれは、と俺が思っていると、それはじゅうじゅうと白煙を上げながらこちらに向かってくる。それが奴の強力な胃酸で床を溶かしていると気付いた時にはそれは目前に迫っていた。
俺は全速力で走る。さっきまでいた場所はとっくに胃酸に飲み込まれ俺の履いているブーツが煙を上げ溶けだしたところで胃酸は消えた。
スタミナが切れていたがこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。俺は再び貪食ドラゴンに近づく。後ろ足を斬りつけそして後退する。
視界の端でソラールが放った雷の槍が見えた。それは一直線に貪食ドラゴンの口内に飛び込んでゆく。
「ガアアアアァァァ!!」
それがとどめとなったのか貪食ドラゴンは咆哮を上げ、その後動くことはなかった。
「やったのか…」
俺はその場に座り込む。疲れと安堵が俺をそうさせたのだろう。
古竜の生き残りだとクラーナは言っていた。その名に恥じぬ巨大な体、そして攻撃力。どれもデーモンを上回っていた。攻撃をまともに喰らえば死んでいた。既に死んでいるのだが死に過ぎて亡者化するのは何としても避けたい。
「倒したからと言って安心するな。篝火に戻るぞ」
そう言ったクラーナの左手には巨大な斧が握られている。
「それは?」
クラーナの手を借り立ち上がりながら俺は問うた。するとクラーナは嬉しそうに
「よくやったな。これは『竜王の大斧』と呼ばれる武器だ。『ドラゴンウェポン』を知っているか?」
「確か竜が生み出す強大な力を持つ武器だったか?」
「そうだ。だがあまりに強大過ぎる故に仕える人間はわずかだ。これはその一つだ」
「使えるのか?」
「試してみるか?」
そう言って渡された竜王の大斧は結構な重量があり、持っているのがやっとだ。これは振り回すのは不可能だろう。
「どうだ?」
「確かにこれは無理だ」
「そうだろうな。よし、一回篝火に戻るぞ」
最下層の篝火に戻った俺はクラーナにこの斧をどうするのか訊いた。この大きさではとても持ち運ぶことなどできない。
「安心しろ。ちゃんと考えはある」
そう言ってクラーナが取り出したのは大きな木箱だ。しかし、底が見えない。大きいと言っても底が見えないはずがないのだが中を満たしているのは闇だ。
「これは『底なしの木箱と言っていくらでも物が入る箱だ」
そう言ってクラーナが斧を木箱に入れると斧は闇に吸い込まれていった。
「取り出せるのか?」
「当たり前だろう」
そう言ってクラーナは箱から斧を取り出した。再び斧をしまうと、
「疲れは取れただろう。病み村に行くぞ」