サッカー小説(仮)   作:たきょ

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初投稿です。


中学3年生
第1話


 2000年の8月下旬。むせ返るような夏の終わりの夕暮れだった。

 

激しい夕立が巣鴨の人工芝を叩きつけ、グラウンドの脇にある三葉スポーツクラブのミーティングルームには、エアコンの動作音だけが低く響いていた。

 

パイプ椅子に腰掛けた神原陸は、自分の膝を見つめたまま、静かに次の言葉を待っていた。

机を挟んだ向こう側には、3年間自分を指導してきたジュニアユースの監督が、書類をファイルに収めている。

 

「陸、すまない。今年のユース昇格枠のなかに、お前の名前を残してやることができなかった」

 

監督の言葉は、冷徹な事実として陸の鼓膜を震わせた。

 

「お前のフットボールの知性、それから中盤でのパスセンスは同世代のなかでも際立っている。それは間違いない。だが、ここ1年の周囲のフィジカルの成長、プレスの強度の高まりに対して、お前の身体が追いついていない。この夏のクラブユース選手権でも、相手の激しい寄せを受けた際、一歩目の遅れをカバーしきれず、簡単にボールを下げて逃げるシーンが目立った。今のまま、パスを捌ける選手で終わるなら、次のステージの激しい肉弾戦には耐えられない。それが、クラブとしてのシビアな評価だ」

 

陸は何も言い返せなかった。

自分の身体の重さは、自分が一番よく分かっていた。この1年、周囲のチームメイトたちが急激に背を伸ばし、大人の筋肉をまとってスピードを上げていくなかで、自分だけがまるで時間が止まったように鈍くなっていた。

 

 

 ここ巣鴨は、陸にとって特別な場所だった。

 

小学校時代、陸は地元・板橋の少年サッカークラブで誰もが恐れる「規格外の怪物」だった。

小学6年生にして、身長はすでに169センチ。

その恵まれた巨躯でありながら、一度走り出せば誰も追いつけない圧倒的なスピードを併せ持っていた。

当時は、ディフェンスラインの裏のスペースにボールを転がし、自慢の俊足を飛ばすだけで、相手を面白いように置き去りにできた。

文字通り、高さとスピードだけで少年フットボール界を無双していた主役だった。

 

小学6年生の秋、ある大会の決勝戦。

自陣からドリブルを開始し、並み居るDFを力とスピードだけでぶっちぎって独走、そのまま決勝ゴールを叩き込んだ。

その試合のバックスタンドに、三葉のスカウトが立っていた。

 

『君のあのスピードとサイズは絶対に強烈な武器になる。うちでその才能をさらに磨かないか』

 

 一般の人間からすれば、三葉スポーツクラブは老舗スポーツクラブか、スイミングスクールの名前に聞こえるかもしれない。

しかし、日本のサッカー界におけるその意味合いは全く異なっていた。

Jリーグが発足してなお、Jの下部組織と対等に渡り合い、何人ものJリーガーや日本代表を輩出し続ける「街クラブの最高峰」。

それが巣鴨に拠点を置く三葉ジュニアユースの真の実情だった。

 

 サッカーのことは何も分からない親父は、ただ「本人がやりてえならやらせてやってくれ」と、月謝と遠征費を稼ぐために黙々と厨房の火力を上げた。

 

 しかし、名門・三葉の門を叩いた中学生の陸を待っていたのは、過酷な肉体の変化とスピードだけでは生き残れない洗練されたフットボールの世界だった。

 

 中学に入り陸の身長は伸び3年間で175㎝へと順調に伸びていった。

だが、その縦への成長にアタッカーとしての瞬発力が追いつかなかった。

小学生の頃は無敵だったあの快速が骨格の成長とともに影を潜め、中3になる頃には平均より少し速い程度のスピードへと落ち込んでしまったのだ。

 

「走る」という最大の武器を奪われかけた陸は、三葉の環境の中で生き残る為に必死に足掻いた。

 

陸は生き残るために必死でロジカルな配球の技術を学び、生き残るために周囲を活かす正確なパスワーク、位置取り、戦術眼を貪欲に学び取っていった。

 

チームが採用していたシステムは、欧州戦術の最先端を色濃く反映した4-3-3

陸はその中盤の要である2枚のインサイドハーフの一角を任された。

毎試合後、ピッチの配置から味方への具体的なコーチングまでをノートにびっしりと書き留める、戦術ノートを書き始めるようになったのも、中盤としてこの高度な環境に適応するための、陸自身の自発的な努力の結晶だった。

 

 そして、その4-3-3のインサイドハーフでコンビを組み、ピッチの中央を二人で支配していた唯一無二の相棒で親友でもあるのが時田康平(ときた こうへい)だった。

 

「陸、右のウイングが張ったら、お前がその内側のポケットに侵入しろ。俺が後ろから通す」

「分かってる、康平。相手のボランチが俺に食いついたら、次はお前が前を向いて展開してくれ」

 

陸が動き、時田が連動する。

時田が捌き、陸が急所に刺す。

二人が織りなすパスワークは、同世代のクラブユースの守備陣を翻弄していた。二人は練習後も居残り夜遅くまで練習するのが日常だった。

自分の遅くなっていく足をカバーし、ゲームメーカーとして進化できたのは、時田という相棒がいたからこそだった。

 

三葉で揉まれたことで陸は時田と共にチームの心臓として確かな技術を身につけていた。

 

だが、この温室に守られた輝かしい日々は、ここで終わりを告げた。

 

「だが、その高いパスセンスを必要とするチームは必ず外にあるはずだ。三葉の推薦状は出す。ここで立ち止まるな」

 

面談が終わり、ミーティングルームを出ると、雨の上がったグラウンドから強烈な夜の熱気が立ち上っていた。

陸は一人、静まり返ったクラブハウスの廊下を歩き、そのまま夜の巣鴨の街へと出た。

次の居場所を探すための戦いが、この蒸し暑い夏の夜から静かに始まろうとしていた…

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