「――新入生は全体的に、まだうちの球際の激しさに身体がついていっていませんね」
遠征初日の夜。御殿場高原時之栖の冷え切ったグラウンドを窓越しに見下ろすスタッフ室で、ヘッドコーチが紅白戦の映像が映し出されるテレビ画面の前にビデオの立ち巻き戻しボタンを押した。
「点を取った樋口の足は魅力ですが、戻りが遅すぎます。守備の切り替えを直さないと、総体や選手権の予選では命取りになります。他の推薦組も午後のステップワークだけで完全に足が止まっていました。まだ高校の身体になっていません」
コーチ陣のシビアな分析を、スキンヘッドの老監督はパイプ椅子に深く腰掛け、腕を組んだまま無言で聞いていた。
テレビ画面には、後半に2年生の大型MF高山に激しく当たられ、泥だらけになりながらも前線へ1本の縦パスを通した神原陸の姿が映っていた。
「ただ、この神原ですが前半と後半で少し変わりました」
コーチの一人が、手書きのスカウティングノートを開いた。
「前半、高山のプレッシャーを前に安易な横パスを選び、インターセプトから相沢に沈められた場面。あそこでの弱腰は論外です。ですが、監督に怒鳴られた後の後半、高山が後ろから突っ込んでくる瞬間に、あえて半身で受けて相手の力をいなすような身体の使い方に変えてきました。泥臭く潰されはしましたが、ボールは樋口へ繋いでいる」
「ふん、飯だけは一丁前に食う男だがらな」
別のコーチが苦笑混じりに付け加えた。
「昼飯の時です。他の1年生がうちの山盛りのどんぶり飯に青ざめている中で、あいつだけは平然と白飯とおかずのおかわりを要求してきましたよ。神経の図太さだけは一軍並みです」
コーチ陣の言葉を聞きながら、老監督はゆっくりと視線を壁のホワイトボードへと移した。そこには上級生たち主力メンバーの名前が黒いマジックで隙間なく書き込まれている。
「まだ評価する段階にない」
老監督の低くハスキーな声が、室内の空気を一瞬で引き締めた。灰皿に灰を落としながら、冷徹に言葉を続ける。
「前半は話にならん。後半のパスも高山が甘かったから繋がったに過ぎん。調子に乗せるな」
老監督は手元の名簿にある「神原陸」の文字を親指でなぞった。
「ただ、一度の叱責で逃げるのをやめる『聞き分けの良さ』と、高山の圧力を受けても残した体幹が片鱗としてあるのは確かだ。」
老監督の目は、まだ陸を認めてはいなかった。しかし、他の新入生たちが「名門の壁」に圧倒される中で、その洗礼を無効化している陸の奇妙なタフさに、冷徹な興味を抱いているのは確かだった。
「明日からは新2年生も本気になる。推薦組がどこまで脱落せずに食らいついてくるか、まずはこの遠征で見定めるぞ」