サッカー小説(仮)   作:たきょ

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第12話

翌朝、凍りつくような冷気の中で目が覚めた。

 

 宿泊棟のカーテンを開けると、昨日までの雲は跡形もなく消え去り、朝日に照らされた富士山の巨大な冠雪が、突き抜けるような青空の中にそびえ立っていた。御殿場の朝の気温はゼロ度近い。吐き出す息は真っ白だった。

 

「クソ……全身が動かねえ……」

 

 隣の布団で、樋口が泥のように張り付いていた。1年生推薦組全員が押し込まれた畳敷きの大部屋からは、あちこちからうめき声が漏れている。初日の過酷な練習の代償である猛烈な筋肉痛が、新入生たちの身体を容赦なく蝕んでいた。

 

 もちろん、陸の身体も例外なく悲鳴を上げていた。四肢は重く、少し動くだけ筋肉に痛みが走る。だが、実家の食堂で鍛えられた強靭な胃腸と代謝能力を持つ陸の肉体は異質だった。

 

「すみません、白飯とおかず、もう一杯いただけますか?」

 

 響き渡る陸の声に、同じテーブルの高山先輩が、信じられないものを見る目で呆れていた。

「お前……その身体でよくそれだけ食えるな。胃袋の中に化け物でも飼ってんのか」

「疲れてる時の方がメシって美味くないですか?」

 陸は平然と言い放ち、山盛りの白米をバクバクと口へ運び入れた。他の新入生が疲労で胃を受け付けなくなっている中で、しっかりと栄養を詰め込み、肉体を内側から熱くしていく。

 

 午前9時半。まだ凍てつくように冷たい天然芝の上で始まったのは、縦の動きを体に染み込ませるための、戦術確認プログラムだった。

 

 メニュー自体はパス&コントロールの変形。しかし、求められる基準が異常なまでに高かった。トラップしたタイミングで、前線のFW役が動き出す。パサーはそれに合わせて「最速で縦へ鋭いパスを刺す」という、カウンターの基本陣形をマーカーの間を縫いながら何度も繰り返す。ダッシュの距離自体は短く抑えられ、接触もない。しかし、少しでもトラップが流れたり、パスの配給スピードが遅れれば、コーチ陣から鋭い怒声が飛ぶ。

 

 このメニューで圧倒的な基準を示していたのが、二年生のレフティ仲村先輩だった。

 仲村先輩の技術は、異次元の領域に達していた。瀬木先輩や高山先輩が強いボールを真っ直ぐに叩き込むのに対し、仲村先輩はボールを受ける前に周囲の状況を完全に把握し、ワンタッチでボールの勢いを完全にコントロールする。身体の向き一つでマーカーの逆を突き、前線のFWが最も気持ちよくトップスピードに乗れる「走るコースの数センチ前」へ、吸い付くようなパスを長短織り交ぜ通し続けていた。瀬木先輩の獰猛なボール奪取力や、高山先輩の大柄な身体を活かした前への推進力とは明らかに違う、ピッチ全体の時間を一人で操るかのような正確無比な配給。それこそが、全国制覇を目指す名門の絶対的な司令塔の基準だった。その圧倒的なパスの質を前に、新入生たちは息を呑むしかなかった。

 

 疲労で思考が鈍った他の1年生たちが次々とトラップミスや配給のズレを連発し、コーチ陣の怒声が飛び交う中、陸が三葉のジュニアユースで鍛え上げたパス技術が機能していた。どれだけ身体が重くとも、身体に叩き込んだ「止める・蹴る」の精度だけはブレないのだ。陸は筋肉痛の残る身体の軸をピタリと固定し、最小限のタッチでボールの勢いを殺すと、前線で動き出す樋口の足元へ、低く鋭い縦パスを通し続けた。

 

 そして、その陸の配球とは違うアプローチでノーミスを維持している新入生がもう一人いた。スカウト組の小竹竜斗だった。

 小竹は涼しい顔で、足元に吸い付くようなトラップから優雅なタッチで、前線のFW役へ次々とパスを送り出していく。

 

 疲労の中でただ淡々と役割を遂行する陸と、遊び心を覗かせる小竹の二人は、明らかに他の新入生とは一線を画していた。

 

 日差しが芝生を急速に乾かし、完全な高速ピッチへと変貌を遂げた午後二時。満を持して、午前中に確認した型を実戦でぶつけ合う、ハーフコートでの紅白戦が始まった。

 

 ピッチの脇では、スキンヘッドの老監督が腕を組んで鋭い眼光を光らせている。

 

「瀬木、お前はBチームだ。相沢を潰せ。神原は瀬木の横、中央に入れ。左は小竹、前に樋口だ」

 

 コーチの指示に、陸の心臓が大きく跳ねた。推薦組の中から、陸、樋口、そして左サイドハーフに入った小竹の三人が同時に同じピッチへ送り込まれたのだ。

 

 対峙する位置に立った新二年生のエース候補、相沢友哉。中学時代、三葉で相沢先輩は圧倒的な技術を持つ左ウイングとして君臨していた。陸はインサイドハーフのポジションから左サイドで待つ相沢先輩へ、何度もパスを配給していたのだ。陸にとって相沢先輩は、信頼を寄せていたかつてのエースであり、超えるべき憧れそのものだった。

 

 相沢先輩は、どこか飄々とした薄笑いを浮かべながら、陸の顔をまっすぐに見据えた。

「陸、同じピッチに立つのは三葉にいた時以来だね。また、あの頃みたいにいいパスくれよ」

「先輩…今回は敵です」

 ピリピリとした名門の紅白戦直前だというのに、相沢先輩は相変わらずどこかヌケていた。思わず突っ込んだ陸の声音には、上級生の威圧感に対する恐怖など微塵もなかった。

 

 ホイッスルが鳴る。

 

 相沢先輩がスパイクの裏でボールを転がした瞬間、そのトボけた空気は一瞬で消し飛んだ。纏うオーラが、ゴールへ直結するストライカーのそれへと狂暴に研ぎ澄まされる。

 

 試合開始早々、相沢先輩はマークに就く瀬木先輩を引き連れ前線から中盤へと下りてボールを呼び込む動きを見せる。その二人の背後に一瞬の空白地帯が生まれたその瞬間だった。

 

 中盤中央で仲村先輩が左足の前にボールを置き、身体の向き一つで守備陣を牽制してタメを作ると、その空白地帯へと鋭い縦パスが一直線に供給された。

 

 相沢先輩はパスが入る直前で鋭く反転し、ポッカリと空いたその背後のギャップへとスルリと潜り込んだ。

 

 狙い澄まされたそのパスの先に、すかさず瀬木先輩のカバーに入った陸は、パスを受けた相沢先輩の前で腰を落とした。間合いを測りながら瀬木先輩の戻る時間を稼ごうとした。

 

 だが、その意図は相沢先輩に完全に読まれていた。突っ込んでこないと確信した相沢先輩は、陸が保ったその中途半端なマージンをあざ笑うかのような、キレ味鋭いダブルタッチを一閃。陸を一瞬にして置き去りにした。

 

「陸は変わらないね」

 

 抜き去りざまに耳元をかすめた相沢先輩の冷徹な声に、陸の総毛が逆立った。正しい守備をしたはずなのに、個の力だけでその計算を無残に破壊されたのだ。

 

(上手く奪おうとしたって、今の俺じゃあの人のキレには絶対に追いつけない。綺麗にやろうとするな。――どんなやり方でもいいから、止めるしかねぇ)

 

 陸は冷静に周囲を観察し続けていた。

 再び、Aチームの攻撃。その時、陸は自分がチームを動かそうなどという大それた意識は微塵もなかった。無意識のうちに喉の奥から声が飛び出していた。

「縦を切れ!」

 その唐突な声に選手たちが条件反射で弾かれたようにポジションを修正した。

 

 中盤でボールを持った仲村先輩が配給の隙を窺うが、一度剥がされた瀬木先輩の執念深いマンマークと陸のコーチングによって、前線へのパスコースは全て遮断されていた。一度中盤の底でバランスを取っていた高山先輩へとボールを下げる。

 

 ボールを受けた高山先輩に焦りが生じていた。

 

 その瞬間、陸の脳裏にパスの軌道が鮮明に浮かび上がってきた。

(ここだ!)

 

 陸の咆哮による守備が形成されると同時に、高山先輩の足元から狙い澄ましたパスが一直線に放たれた。

 

「しまっ……!?」

 高山先輩の顔が驚愕に染まる。陸の声によってあらかじめコースが限定された高山先輩の不用意なパスは、待ち受けていた陸にインターセプトされた。

 

「チッ……!」

 だが、陸が前を向いた瞬間、牙を剥くような猛スピードで距離を詰めてくる影があった。相手チームの三年生、左サイドのレギュラーである笹家正志先輩だ。トップチームが誇る爆速の寄せ。笹家先輩は陸の前線へのパスコース――裏へ抜け出そうとする樋口への縦のコースを遮断しながら、陸へ凄まじい速度でボールを奪いに迫ってくる。

 

「小竹!」

 

陸はプレスが到達する前に、逆サイドに右足を振り抜く。

 

「なっ……!」

 逆サイドのスペースへと逃がされた笹家先輩の顔に驚きが走る。陸の冷静な戦術眼によって綺麗に繋がれたボールは、滑らかに味方の足元へと転がっていった。

 

 ディフェンダーたちが慌てて対応に奔走する中、完全なフリーとなった小竹一人だけが、まるで時間が止まっているかのように優雅だった。

 

「樋口! 走れ!」

 

 陸の咆哮がピッチに響き渡る。その声に弾かれるように、前線で飛び出すタイミングを測っていた快速の樋口が、裏へとトップスピードで抜け出した。

小竹の右足のアウトサイドから放たれた美しい放物線を描くアーリークロスが、相手センターバックの頭上を鮮やかに越え、逆サイドから侵入した樋口の足元へと落とされる。

樋口は並走するディフェンダーの圧力を受けながらも、最高速のまま前方のスペースへボールを押し出した。必死に足を伸ばしたDFを紙一重でかわし、強引に前へと抜け出すと、流れそうになる身体を無理やりねじ伏せ、ペナルティエリアの右角から右足を一閃。

 

 得点を示すホイッスルが鳴り響く。

 

 陸の鋭い先読みとコーチング、小竹の優雅なタッチ、外へ膨らむ樋口の圧倒的なスピード。合流わずか二日目にして生み出した鮮烈なカウンターだった。




今章の1話で急に出てきたエースの相沢先輩についてAIさんに
「自分とぼけた面していきなりエースとか出してきたな」って言ったら「たしかにとぼけた所もあるけど相沢先輩は頼れるエースですよ!」とか返ってきて相沢先輩が天然キャラになった模様。

ついでに以前「地元のセレクション枠とかあるなら先輩に同じクラブから帝東に進んだ選手が居てもおかしくないよね」と伝えてた設定も相沢先輩に吸収されました。
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