クラブハウスの重いドアを押し開けると、外の雨はさらに激しさを増していた。
傘も差さず、濡れたエナメルバッグを肩にかけ陸がグラウンドの脇へ歩みを進めた時、暗がりの中から一人の人影が勢いよく駆け寄ってきた。
時田康平だった。
雨に濡れるのも構わず陸を待っていた康平の顔は、今までに見たことがないほどの興奮と喜びに満ち溢れていた。
手には陸のものと同じ手垢で汚れた「戦術ノート」が握られている。
「陸! 遅いぞ!」
康平は陸の元へ駆け寄るなり、その濡れた肩をガシッと掴んで笑った。
「俺、さっき面談で言われたよ! ユースへの昇格内定だ! 監督から『お前の中盤での積極性はユースにも必要だ』ってさ!」
康平は興奮しながら、陸の顔を真っ直ぐに見つめた。
「これでまた、上でもお前とコンビが組めるよな。俺たちのサッカーをクラブも認めてるんだよ。お前もさっき言われたんだろ? 三葉のユースでも、俺たちで中盤を支配しようぜ!」
純粋な歓喜の目を輝かせる時田。
こいつの実力は誰よりも知っている。
時田の昇格は、親友として、相棒として、心の底から嬉しかった。
だが、康平が信じて疑わないその真っ直ぐな言葉の数々が鋭い刃となって陸の胸を深く突き刺した。
「……いや、康平」
陸は掠れそうになる声を絞り出し、無理やり口元を歪めて静かに首を振った。
「俺の名前はリストになかった。ユースには上がれない」
「え……?」
康平の笑顔が凍りついたようにピキリと固まった。
何を言われたのか理解できないというように、親友の目が泳ぐ。
「嘘だろ……? なんでだよ。陸がいないと、誰が俺の隣でバランスを取るんだよ。俺たちのコンビネーションは!?」
「個の力が、破壊力が足りないってさ。スマートなプレーに固執して、球際の競り合いから逃げて周りを動かしてパスに逃げてるって」
陸は溢れそうになる涙を必死にこらえ、康平の濡れた両肩を今度は自分から強く掴み返した。
「康平。お前は絶対に行くべきだ。お前は本物だよ。……お前に託したぞ」
「陸……っ!」
「俺はまだ、終わらねえよ」
親友の肩を一度だけ強く叩き、陸は雨の中で前を向いた。
「どこでだってやってやる。お前と組んだ中盤の記憶があるから、俺はどこに行ってもやれる。お前が上がったその世界に、俺も絶対に別のルートから行ってやる。だから、先に行って待ってろ」
言葉を失って立ち尽くす康平をグラウンドに残し、陸は背中を向けて歩き出した。
振り返ることはしなかった。流れる涙が激しい雨に混ざり合っていく。二人で支配した三葉の中盤はここで本当に終わりを告げたのだ。