サッカー小説(仮)   作:たきょ

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第7話

 11月下旬のある日の放課後。

どんよりとした冬の雲が校舎の窓の向こうを覆う頃、陸は担任の先生に呼び出され、人気のない進路指導室にいた。

 

 ストーブの灯った室内に、担任の先生が職員室から持ってきた一通の白い封筒を机に置いた。そこには、太い文字で『帝東高等学校』と記された公的な書類が入っていた。

 

「神原、おめでとう。帝東のスポーツ推薦、正式に合格だ」

 

 先生はさらに厚みのある別の書類一式を取り出し、陸の前へ差し出した。

 

「これが正式な推薦入学同意書と確約書だ。これに保護者のサインと印鑑をもらって、来週の火曜日までに必ず職員室へ提出するように。期日を一日でも過ぎたら推薦取り消しになるからな。忘れずにハンコをもらってこい」

 

「……ありがとうございます」

 書類を受け取る陸の手がかすかに震えていた。

三葉ユースを追われ行く先々でお祈り封筒を突きつけられ、自分のフットボール人生が完全に閉ざされかけていた、あの暗い秋の数ヶ月間がこの1枚の紙によってようやく報われたのだという実感が、じわじわと胸の奥に広がっていった。

 

 その日の夜。

「神原食堂」のカウンターの端で、陸は学校から持ち帰った合格通知書と推薦入学同意書の束を広げ、親父が作った大盛りの生姜焼き定食を黙々と口に運んでいた。夜の店内はいつものように、仕事帰りのサラリーマンや常連客たちの話し声と、厨房から聞こえる料理の音で満ちている。

 

 厨房の奥から顔を出した母親が、カウンターの上の書類を覗き込んで深く息を吐いた。

「よかった……本当によかったねえ、陸。……あ、そうだ三葉の先生にも連絡して、ちゃんとお礼と挨拶に行かなきゃね」

 

 母親の弾んだ声に、周りの常連客たちが敏感に反応した。

 

「おい、陸、帝東に受かったのか!」「めでてぇ!今夜は一杯おごりだ!」と、一瞬で店中が大騒ぎになった。

サッカーの戦術など何も知らない大人たちが、ただ飲み屋の倅の吉報を我が事のように喜んでジョッキを掲げている。

 

 しかし、厨房の奥の父親だけは、その騒ぎの中でも一切手を止めることはなかった。

ただ、厨房から肉を炒める激しい火力が上がった。昭和生まれの大柄な親父の頑固な背中は、何も語らない。それでも、どこか誇らしげに少しだけ背筋が伸びているように見えた。

 

 正は何も言わず、カウンター越しに陸の目の前へ、香ばしい匂いを立てる追加の肉皿をそっと置いた。

「食え」とも「おめでとう」とも言わない。ただ顎で皿をしゃくった。言葉にしない父親の、それが料理人らしい最大限のエールだった。

 

「……いただきます!」

 

 陸は親父がくれた肉を豪快に口へと掻き込んだ。

三葉を追われ、Jユースに落とされ続け、行き場を失いかけていた自分を、あの泥臭く熱いカナリア軍団が求めてくれた。

 

 板橋区大山の小さな定食屋の夜。親父のメシで腹を満たしながら、神原陸の目には、高体連という果てしない戦場へ向かう闘志が宿っていた。真っ白な未来への泥塗れのカウントダウンがいま静かに始まった。

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