ナシャタウンの路地裏に、看板のない酒場がある。
昼間から薄暗くて、安い酒と、それよりもっと安い噂が飛び交う店だ。ヤフォダは、この店の常連だった。正確に言えば、ネフェル姐さんの使いで、情報を拾いに来る常連だった。
「いいか、旅人。こういう店じゃ、こっちから聞きに行っちゃいけねえ。向こうから喋りたくなるのを待つんだ」
奥の席に陣取って、ヤフォダは得意げに胸を張った。
「おお、なんだかプロっぽいぞ!」
パイモンが、テーブルの上で目を輝かせた。旅人は、店の隅のほうを横目で見ていた。
カウンターの端に、砂色の外套の若い男が座っていた。砂鱗団の団員だ。顔の布を下ろして、一人で酒を煽っている。まだ二十歳にもなっていないように見えた。頬に、少年らしい丸みが残っている。
「ほら、あいつ。もう三杯目だ。そろそろ誰かと話したくなる頃合いだぜ」
ヤフォダは、自分の杯を持って立ち上がった。わざとらしくよろめきながら、カウンターに近づいていく。
「よう、兄ちゃん! 見ない顔だな! 砂漠から来たのか?」
若い男が、警戒するように顔を上げた。けれど、ヤフォダの屈託のない笑顔と、少しばかり大げさな酔っぱらいの芝居に、すぐに肩の力を抜いた。
「……ああ。スメールの砂漠からな」
「そりゃ遠いところから来たな! ナド・クライは寒いだろ? あたいなんて、ここに来た最初の冬は、毛布三枚かぶって震えてたぜ!」
若い男が、少しだけ笑った。
そこからは、早かった。
ヤフォダが一杯奢ると、若い男は堰を切ったように喋り始めた。故郷の砂漠のこと。仲間たちのこと。この寒い国に来てからの愚痴。
「俺はさ、ウヌ族の生まれなんだ」
若い男は、杯の底を見つめながら言った。
「団には、イアブ族の生き残りとウヌ族の生き残りが半々ずついる。昔は、殺し合ってた部族同士だ。……いや、殺し合わされた、って言ったほうがいいか」
「殺し合わされた?」
ヤフォダが、さりげなく聞き返した。
「十年くらい前の話さ。俺がまだガキの頃だ。教令院の特使を名乗る奴がやってきて、イアブ族とウヌ族の両方に、嘘を吹き込んだんだ。向こうがお前たちを襲う準備をしてる、ってな」
若い男の声が、低くなった。
「それで、戦になった。イアブ族の戦士はほとんど死んで、ウヌ族も大勢死んだ。イアブ族が勝ったって言われてるけど、勝ち祝いの宴で、族長がウヌ族の刺客に首を落とされた。……結局、どっちの部族も、ばらばらになった」
パイモンが、息を呑んだ。旅人は、黙って聞いていた。
「で、生き残った連中が、何年もかけて集まったのが、砂鱗団だ。恨み合ってた部族同士が、一つの団になった。理由は一つ。俺たちを殺し合わせた、偽りの特使に報いを受けさせるためだ」
「……で、その特使ってのは、見つかったのか?」
ヤフォダが、何気なく聞いた。若い男は、皮肉っぽく笑った。
「見つかったさ。数年前、教令院が昔の事件を洗い直し始めてな。俺たちがその手がかりを追ってたら、向こうから名乗り出てきた」
「名乗り出た?」
「ああ。『偽りの特使は、僕だ』ってな」
若い男は、杯を置いた。
「団の剣、あいつだよ。黒い外套の、片目の男。セネトっていうんだ」
ヤフォダの杯が、テーブルの上で小さく鳴った。
「首領のハッザーンは、イアブ族の族長の息子だ。親父の首が飛んだのを、目の前で見てる。……本当なら、あいつはその場で殺されてたはずだ。でも、ハッザーンはそうしなかった。誓約を結ばせたんだ。死ぬまで団の剣として戦え、ってな。代わりに――」
若い男は、そこで口をつぐんだ。
「代わりに?」
「……いや。それは言えねえ。誓約で、口にしちゃいけないことになってる」
若い男は、首の後ろをさすった。そこには何の印もなかった。団員の中で、焼き印を押されているのは、あの片目の男だけなのだ。
「あいつ、化け物みたいに強いんだぜ。団の戦で、一度も負けたことがない。でもさ、変な奴なんだ」
「変な奴?」
「誰も殺さないんだよ。戦場で、一人も。斬らずに峰で打って、水で吹っ飛ばして、それで終わり。ハッザーンに何度殴られても、それだけはやめねえ」
若い男は、少しだけ遠い目をした。
「俺さ、あいつに命を助けられたことがあるんだ。戦場で死にかけたとき、あいつが盾になってくれた。……親の仇の片割れなのにな。おかしいだろ」
ヤフォダは、何も言えなかった。
若い男は、ふらふらと立ち上がった。
「喋りすぎた。じゃあな、姉ちゃん。酒、ありがとよ」
店を出ていく背中を見送ってから、ヤフォダはゆっくりと席に戻った。
「……なあ、旅人」
珍しく、ヤフォダの声に元気がなかった。
「あの片目の兄ちゃんが、部族を殺し合わせた悪党だって? ……あたい、なんか、全然そんなふうに思えねえんだけど」
旅人も、同じことを考えていた。
◇
秘聞の館に戻ると、ネフェルはカウンターの奥で帳面をつけていた。
「おかえり。ずいぶん時間がかかったね。何か拾えたかい?」
いつもの調子だった。けれど旅人は、ネフェルの目の下に、うっすらと影があるのに気づいた。昨夜、眠っていないのかもしれない。
ヤフォダが、酒場で聞いた話を一つずつ報告した。
砂鱗団が、イアブ族とウヌ族の生き残りで作られた団だということ。十年ほど前、教令院の特使を名乗る誰かが両部族を騙し、殺し合わせたこと。イアブ族の族長が、祝いの宴で首を落とされたこと。首領のハッザーンが、その族長の息子だということ。
ネフェルの筆が、止まった。
旅人は、それを見ていた。
ほんのわずかな変化だった。筆先が紙の上で止まり、墨が小さな染みを作った。ネフェルは、それに気づいていないようだった。
「……それで?」
声は、平らだった。
「団の目的は、その偽りの特使に報いを受けさせることなんだってさ。で、その特使ってのが――」
ヤフォダは、少し言い淀んだ。
「数年前に、自分から名乗り出たらしいんだ。『偽りの特使は、僕だ』って。……例の、片目の兄ちゃんだよ。セネトって名前の」
館の中が、静まり返った。
アシュルが、カウンターの上で、ぴくりと耳を動かした。
ネフェルは、何も言わなかった。
筆を、ゆっくりと置いた。墨の染みが広がった帳面を、静かに閉じた。それから、両手を膝の上に重ねて、まっすぐに前を見た。
表情は、変わらなかった。
変わらなすぎた。
旅人は、その顔を知っていた。「月の狩人」の過去を覗く儀式で両目を傷めたときも、ネフェルはこういう顔をしていた。大したことはない、と言いながら。
「……セネト、ね」
ネフェルが、その名前をなぞるように呟いた。
「ヤフォダ。その若い団員は、他に何か言ってたかい」
「えっと……あの兄ちゃん、戦場で誰も殺さないんだってさ。峰打ちして、水で吹っ飛ばすだけで。ハッザーンに殴られても、それだけはやめないって」
「……そう」
「それと、首領が誓約を結ばせたって。死ぬまで団の剣として戦え、って。代わりに何かを約束したらしいんだけど、それは誓約で言っちゃいけないことになってるって」
ネフェルの指が、膝の上で、ほんのわずかに強く握られた。
「ありがとう、ヤフォダ。よく調べてくれた」
ネフェルは、立ち上がった。
「旅人も、パイモンも。今日はもう帰りな。報酬は、明日まとめて払う」
「え、でも、姐さん――」
「少し、一人にしてくれ」
静かな声だった。命令でも、頼みでもなかった。ただ、そう言うしかないという声だった。
ヤフォダは、口を開けて、閉じた。それから、黙ってうなずいた。
館を出ると、夕暮れの空が、赤く染まっていた。
パイモンが、旅人の肩のあたりをふよふよと漂いながら、小さな声で言った。
「なあ、旅人。ネフェル、あいつの名前を聞いたとき、全然驚いてなかったよな」
旅人は、うなずいた。
「驚かなかったってことは……ネフェルは、あいつのこと、最初から知ってたってことだよな。あの差出人の手紙も、もしかして……」
パイモンは、そこで言葉を切った。
館の扉の前で、ヤフォダが立ち尽くしていた。中に戻りたいのに、戻れない。そんな顔をしていた。
「……あたいさ」
ヤフォダが、ぽつりと言った。
「姐さんが砂漠でどんなふうに生きてきたのか、全然知らねえんだ。聞いたことも、ない。聞いちゃいけない気がしてたから」
夕日が、ヤフォダの横顔を照らしていた。
「でも、さっきの姐さんの顔……あたい、初めて見た。あんな、どこにも行けないみたいな顔」
旅人は、何も答えられなかった。
館の二階の窓に、灯りがともった。
奥の部屋の、あの盤のある部屋の窓だった。
◇
奥の部屋の扉を閉めて、ネフェルは盤の前に座り込んだ。
蝋燭は、灯さなかった。窓から差し込む夕日の残光だけが、盤の上の駒を赤く照らしていた。
――偽りの特使は、僕だ。
あの男が、そう名乗ったのだという。
ネフェルは、目を閉じた。
瞼の裏に、十年前の砂漠が広がった。
◇
教令院の特使の装束は、思っていたよりも簡単に手に入った。
退学する前に、書庫の奥から古い儀礼用の衣を一揃い、こっそり持ち出しておいた。学院の印章の写しも。砂漠の部族長たちは、教令院の学者の顔など知らない。それらしい衣と、それらしい言葉と、それらしい印章があれば、十分だった。
イアブ族の族長には、こう言った。ウヌ族が、お前たちの井戸を奪う準備をしている、と。
ウヌ族の族長には、こう言った。イアブ族が、お前たちの家畜を根こそぎ奪いに来る、と。
どちらも、嘘だった。
けれど、嘘を真実に変えるのは、そう難しくなかった。疑いの種を撒けば、あとは勝手に芽を出す。互いの斥候が互いの野営地の近くで鉢合わせし、誰かが刀を抜き、誰かが血を流した。それで十分だった。
戦は、三日で終わった。
イアブ族が勝った。戦士のほとんどを失って。
その夜、イアブ族の野営地で勝利の宴が開かれた。ネフェルは、砂丘の陰からそれを見ていた。特使の衣はとうに脱ぎ捨てて、砂色の布を頭から被って。
焚き火が、高く燃えていた。太鼓が鳴っていた。生き残った男たちが、酒を浴びるように飲んでいた。
族長が、立ち上がって杯を掲げた。
――あの男だ。あの男が、シムティ族の村に火をかけさせた。井戸の水を、たった一杯汲んだだけの父を、見せしめに。
その瞬間だった。
宴の輪の外から、黒い影が飛び込んだ。ウヌ族の刺客だった。誰も止める間もなかった。刃が閃いて――
族長の首が、焚き火の上を飛んだ。
悲鳴が上がった。宴が、一瞬で地獄に変わった。
ネフェルは、砂丘の陰で、それを見届けた。
復讐は、果たされた。
そう思った。そう思おうとした。
けれど、そのとき、ネフェルの目に、もう一つのものが映った。
倒れた族長の亡骸の傍らで、一人の少年が膝をついていた。
十五歳くらいだろうか。族長の息子だろう。顔も、胸も、父親の血で真っ赤に染まっていた。少年は、悲鳴も上げず、泣きもせず、ただ父の首のない体を見下ろしていた。
その目が、切れ長だった。
焚き火の明かりの中で、冷たく、底のない光を宿していた。
◇
ネフェルは、目を開けた。
「……あの目だ」
広場で、砂鱗団の先頭にいた男。どこかで見たことがあると思った、あの切れ長の目元。
ハッザーン。
あの夜の少年が、十年をかけて、砂鱗団の首領になったのだ。
ネフェルは、自分の手を見下ろした。
砂漠を出てから、この手でいくつのことを片付けてきただろう。ナド・クライの裏の支配者たちを、一人ずつ排除した。秘聞の館を建てた。北の大陸情報網を継いだ。子供たちに飴を買ってやった。ヤフォダを雇った。
砂漠のことは、砂に埋めてきたつもりだった。
埋めたのは、自分だけだった。
あの夜の血は、砂の下で十年かけて、砂鱗団という形になって、ここまで追いかけてきた。そして、その血の代価を、あの男が払っていた。
――雨林で学び直すことにした。しばらく会えない。
あの手紙が届いた頃、教令院が過去の事件を洗い直していた。砂鱗団が、偽りの特使の手がかりを追っていた。手がかりは、きっと、ネフェルに向かっていた。
だから、あの男は名乗り出たのだ。
ネフェルの痕跡を、一つずつ消して回った男が。最後の痕跡として、自分自身を差し出したのだ。
「……馬鹿」
声が、震えた。
「馬鹿だよ、あんたは……」
ネフェルは、盤の縁を握りしめた。指先が、白くなるほどに。
この目があった。
トキの王から授かった、人の心を見透かす目。あの手紙が届いたとき、この目でほんの一瞬、あの男の心を覗いていれば。雨林へ行くという言葉が嘘だと、すぐに分かったはずだ。止められたはずだ。
約束を守ったから、止められなかった。
覗かないと誓った、その誓いが、あの男を砂漠の地獄へ送り出したのだ。
ネフェルは、盤に額を押しつけた。
駒が、かたりと鳴った。黒い駒と白い駒が、何年も前と同じ場所で、身を寄せ合っていた。
泣かなかった。
泣き方を、ネフェルは知らなかった。シムティ族の村が燃えた日も、泣けなかった。父の亡骸を見た日も。
だから、ただ、盤に額を押しつけていた。
夕日が沈みきって、部屋が暗闇に沈むまで。
やがて、ネフェルは顔を上げた。
暗闇の中で、翠色の目が、静かに光っていた。
立ち上がる。外套を手に取る。
アシュルが、扉の前で小さく鳴いた。行くのか、と問うように。
「ああ。行ってくる」
ネフェルは、アシュルの頭を一度だけ撫でて、夜の中へ出ていった。
◇
野営地の北に、崩れかけた古い風車小屋があった。
羽根はとうに朽ちて、骨組みだけが夜空に突き出している。その根元で、セネトは一人、膝を抱えて座っていた。手の中で、小刀と木片が、かすかな音を立てていた。
足音に気づいて、顔を上げる。
月明かりの中に、深緑の髪の女が立っていた。
「……ネフィ」
今度は、人違いだとは言わなかった。
セネトは、小刀を置いて立ち上がった。逃げようとはしなかった。ネフェルの顔を見て、それが無駄だと分かったのだろう。
ネフェルは、まっすぐにセネトの前まで歩いてきた。
「偽りの特使は、あたしだ」
前置きは、なかった。
「教令院の衣を盗んだのも。イアブ族とウヌ族に嘘を吹き込んだのも。族長の首が飛ぶのを、砂丘の陰から見届けたのも。全部、あたしだ」
セネトは、何も言わなかった。
「あんたは、止めようとしてくれた。それでも止まらなかったあたしの後ろで、黙って痕跡を消して回ってくれた。……それだけだ。あんたがしたのは、それだけだった」
「違う」
セネトの声は、静かだった。
「僕だよ。偽りの特使は、僕だ」
うなじの焼き印は、焼けなかった。
誓約が罰するのは、団への嘘だけだ。ネフェルへの嘘は、蛇の知ったことではない。
ネフェルの目が、セネトのうなじに向けられた。焼き印が疼かないことを、まるで見透かしたように。
「……あたしの目の前で、まだそれを言うのかい」
「言うよ。何度でも」
「なぜだ」
ネフェルの声が、初めて揺れた。
「なぜ、あんたがそんなものを背負わなきゃいけない。あたしの罪だ。あたしが選んで、あたしがやったことだ。あんたが片目を失う理由なんて、どこにもない。首に蛇を焼かれる理由なんて、どこにも――」
「君には、ナド・クライで作ったものがあるから」
セネトが、遮った。
穏やかな声だった。昔、焚き火の傍らで「もう一局」と言ったときと、同じ声だった。
「秘聞の館。北の大陸情報網。ヤフォダっていう、元気な子。アシュルっていう猫。飴をもらって喜ぶ、町の子供たち」
セネトは、指を折って数えた。一つずつ、大事そうに。
「手紙を送るようになってから、ずっと見てたんだ。遠くからだけど。君が、この寒い国で、一つずつ作っていくのを。……すごいなと思った。砂漠で全部失くした女の子が、こんなにたくさんのものを作れるんだって」
ネフェルは、何も言えなかった。
「教令院が昔の事件を洗い直し始めたとき、手がかりは君に向かってた。砂鱗団が君にたどり着いたら、君が作ったものは全部壊される。館も、ヤフォダも、子供たちの笑う場所も」
セネトは、少しだけ笑った。
「僕には、何もなかった。アアル村の長老はもう亡くなってたし、家もなかった。持ってたのは、この曲刀と、セネトの駒くらいで」
「……だから」
「だから、僕が持っていくのが、ちょうどよかったんだ」
ちょうどよかった。
その言葉が、ネフェルの胸の真ん中に、深く刺さった。
ネフェルの手が、動いた。
セネトの外套の襟を、両手で掴む。引き寄せる。額と額が触れそうなほど、近くに。
「ちょうどいい、だと……?」
声が、掠れていた。
「あんたの人生が、片目が、首の焼き印が……ちょうどいい、だと?」
セネトは、されるがままだった。残された右目で、ネフェルを見下ろしていた。
「あたしは、あんたにそんなことを頼んだ覚えはない」
「頼まれてないよ」
「なら――」
「頼まれなくても、したかったんだ」
ネフェルの手から、力が抜けた。
襟を掴んでいた指が、ゆっくりとほどける。セネトの胸に、両手を当てたまま、ネフェルは俯いた。
「……あたしが、ハッザーンのところへ行く」
小さな声だった。
「本当の特使は、あたしだと言う。そうすれば、あんたは――」
「やめてくれ」
セネトの声が、初めて強くなった。
ネフェルが、顔を上げた。
セネトの顔から、穏やかな笑みが消えていた。残された右目が、必死に、ネフェルを見つめていた。
「頼むから、それだけはやめてくれ。ハッザーンは、本当の特使を見つけたら、迷わず殺す。誓約なんて関係ない。……君が死んだら、僕が何のために、ここにいるのか分からなくなる」
セネトは、その場に膝をついた。
ネフェルの足元に。砂漠の民が、族長に許しを乞うときのように。
「お願いだ、ネフィ。僕のことは、放っておいてくれ。僕は大丈夫だから」
大丈夫。
片目を失って、うなじを焼かれて、仇の剣として何年も生きてきた男が、大丈夫だと言う。
ネフェルの目に、それが嘘だと見えた。
覗く必要など、なかった。この目を使わなくても、分かった。
ネフェルは、ゆっくりとしゃがみ込んだ。膝をついたセネトと、目の高さを合わせる。
それから、セネトの左目を覆う布に、もう一度手を伸ばした。
今度は、セネトは身を引かなかった。
指先が、布の上から、失われた目のあたりにそっと触れた。
「……分かった」
ネフェルは、静かに言った。
「今は、まだ言わない。ハッザーンのところへは、行かない」
セネトの肩から、力が抜けた。
「でも、覚えておきな、セネト」
ネフェルの指が、布から頬へ、ゆっくりと滑り落ちた。
「あたしは、あんたをこのままにはしない。……絶対にね」
月が、二人を照らしていた。
崩れた風車の骨組みの影が、長く、砂の上に伸びていた。
今後の方針
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今迄みたいにぴったり10話で本編まとめて
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5話くらいでポンポンいろんなキャラ書いて