魔法科高校の超高校級学徒   作:ムキムキぷりん

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エピローグ2 超高校級兄妹の休日

2095年3月25日。

今日は大好きなお兄様とデートできる最良の一日になるはずだった。…なのに、まさかあんな事が起こるなんてーー

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「……これは、油断しているとはぐれてしまうかもしれないな。深雪、念の為だ。手を繋いでおこう。」

 

 

お兄様が気を利かせて手を握ろうと仰ってくれている。でも…横浜のこの場所はカップルばかり。傍目に映る男女は、皆腕を組んでいる。

でも、そうですよね…。私たちは恋人ではなく、兄妹なのですから。

 

深雪は兄が腕を組むのではなく、手を繋ごうという提案に一抹の寂しさを覚えながらも、達也が差しのべた手を優しく握る。

 

 

「はい…お兄様。」

 

 

でも、こうやってお兄様と手を繋いでいられるだけで幸せだわ。

 

 

「大丈夫か?もう少ししたら、人混みを抜けるから。」

 

「いえ、深雪は大丈夫です。お兄様。」

 

 

2095年3月25日の横浜某所。

多くの著名人もプライベートで訪れると噂されるこの場所で、一際注目を集めている少女がいた。男女問わず、見る者の目を釘付けにするその少女ーー『司波深雪』は間違いなく美少女そのものだ。

当然、そんな美少女が一人で歩いている訳もなく…彼女の傍には連れがいた。最も、彼女からしてみれば自分の方が連れなのかもしれないが。

 

人々の目を釘付けにする少女ーー『司波深雪』がこの場所を訪れている理由は、中学卒業と誕生日のお祝いを兼ねたプレゼント選びのためだ。彼女が愛してやまない兄ーー『司波達也』から、その申し出を受けただけでも少女にとって十分にお祝いの意味を持っている。ゆえに、愛する兄からのお祝いに上機嫌な少女が兄と共に横浜を歩いているだけでも、彼女にとっては価値のあるものだった。

ただでさえ、誰もが認める美少女なのだ。そんな美少女が上機嫌で歩けば、衆目の目を独占してしまうのも致し方ない事なのだろう。

 

 

「今の子、凄く綺麗じゃなかった?」

 

「芸能人かな?」

 

「でも、あんな綺麗な人が芸能人に居たかな?」

 

 

彼女の横を通った女性たちは次々に、少女の事を会話のネタにする。あるいは、恋人と一緒に歩いている男は少女に思わず見惚れて彼女から制裁を加えられるなど、少女の傍目で理不尽な暴力に晒される男性が少なくなかった。

そんな様子で少女の周りは喧騒で溢れていたが、少女にとってそんな事はどうでも良いことなのだ。今、自分の興味は一緒に居る相手にしかないのだから。

 

少女の傍に居る男性は、少女が「お兄様」と呼ぶ人であった。

少女ーー深雪が「お兄様」と呼ぶからには、従兄や近所の歳上の男性という可能性もなくはないが、彼女が兄と呼ぶ男性は間違いなく深雪の兄なのだ。

兄妹の容貌は余り似ていないのだが、見る人が見れば間違いなく兄妹に見えるだろう。だが、深雪が男性ーー達也に向ける感情が兄妹に似つかわしくないものであるがゆえに、大半の人間にはそう見えないのだろう。

 

彼女の兄、『司波達也』は妹 司波深雪ほど見目麗しいとは言えない。だが、『司波達也』単体だけを見れば、女性受けが良さそうな高身長に切れ長で理知的な印象を受ける目元、聞き惚れるような声ではないが、歳の割に深い印象を与える声と女性人気が高そうな見た目と声である。

それに加えて、彼を知るものーーこの場では深雪ただ一人なのだがーーからすれば彼は文武両道で中学時代には、自分の預かり知らぬところで生徒会長に選出されるなど内面もかなりの人気がある。

 

だが、そんな彼も妹 司波深雪と並んで歩いていると、どうしても彼の評価は下がってしまう。達也一人で歩いていれば上の中か上の下と評価される彼だが、深雪という比較対象が居ると彼女が極上ゆえに、どうしても評価は中の上か中の中と評価は下がってしまう。

 

 

「あの子、可愛いけど男の趣味はちょっと…」

 

「そうかな…私はカッコいいと思うけど。」

 

「確かに、カッコいいけど…あの子とは釣り合ってないような気がするのよ。」

 

「言われてみれば確かに…。」

 

 

達也と深雪が二人並んで道を歩くと、大抵はこのように道端の影でコソコソと深雪と達也の品評会が始まってしまうのだが、深雪は周囲がなんと言おうと達也と一緒に居られれば幸せで、達也の方も言われ慣れているので特に気にしていないのだ。

この二人は兄妹だが、同い年である。ただ、同い年と言っても達也は4月生まれで深雪は3月生まれと、同い年である期間は僅か1ヶ月の実質1歳差の兄妹である。

中学時代の最初しか知らない人間からすれば達也と深雪の関係性に驚く者も居るだろうが、今では深雪にとって達也に尽くす事が何よりの幸せなのだ。

 

 

達也が深雪と並んで歩いていると、傍目にショーウィンドウが写った。ショーウィンドウに展示されている精巧な髪飾りが気になった達也は、足を止めてほんの数秒眺めていた。

達也がいきなり足を止めた事に気付いた深雪は、達也が何を見ているのか気になって達也の目線を辿った。

 

 

「お兄様?どうされましたか?」

 

「……あら!綺麗な髪飾りですね。」

 

 

深雪が反応を見せた髪飾りを見て、達也は深雪の顔を眺めながら彼女に似合うか思案した。最も、思案したのは時間にして1秒もない。不意に、達也に見つめられた深雪は顔を赤らめながら達也見つめ返す。

妹がこの髪飾りを付けている事を想像して、似合いそうだと思った達也は深雪に店に入ろうと誘う。

 

 

「深雪、店の中に入っても良いか?」

 

「はい、もちろん。」

 

はぅ…いきなり、見つめられて恥ずかしかったです。

 

 

達也は入店すると直ぐに、店員へショーウィンドウにあった髪飾りを見せてもらうようにお願いした。

店員が持って来た髪飾りを手に取ると、深雪の髪にあてて似合っているか確認する。髪飾りを持った達也の手が顔に近付いて少し顔を赤らめながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

「なんて美しい…まるで、お客様のために作られたようですわ!」

 

 

店員がこう表現した言葉を大袈裟だと判断する人間は居なかった。いや、仮に他の客が居たとしても誰もが納得するほど達也が手に取った髪飾りは深雪に似合っていた。

 

 

「似合いますか?」

 

「っと、鏡はそっちか。」

 

「それには及びません。お兄様のご意見を伺えればーー」

 

「ーーああ、よく似合っている。」

 

 

達也に髪飾りが似合うと褒められた深雪は、顔を赤らめながら上目遣いで達也に髪飾りをおねだりした。

本来、兄妹であるならお互いにこういったやり取りは適切ではないのかもしれない。だが、深雪にとっては兄の意見が第一であり、達也もまた初めから深雪に似合うと思って入店したのだ。

深雪は最初から兄の買い物に口を挟むつもりはなかったが、達也の一言で彼女の考えは完全に纏まったようだ。

 

 

「では…この髪飾りをおねだりしてもよろしいでしょうか?」

 

「当然だ。俺が選んだようなものだしな。」

 

 

深雪の可憐なおねだりに居合わせた店員は魅力されたが、一方の達也にも関心を向けていた。これほど、可憐な美少女の上目遣いに一切動じずに受け答えをした達也の態度にも、大人の余裕とでも思えるような魅力を感じて惹かれたのである。

 

会計を済ませて包装された髪飾りを深雪に手渡す。特に、特別な渡し方をした訳ではないが、深雪は上機嫌であることを隠さずにニコニコしながら受け取った。

 

 

「ありがとうございます!一生、大切に致しますね!」

 

「一生は大袈裟じゃないか?気に入ったものがあるなら、また買ってやるさ。」

 

「良いんです!お兄様から頂いたものであれば、どのような高級品よりも価値があるのですから。」

 

 

兄に向ける言動としては適切ではない深雪の言葉に、若干の不安を覚えつつもスルーできる達也もまた普通の兄ではないのだろう。

最も、そんな事を突っ込める人間はここに居ないのだが。

 

 

 

□□□□□

 

 

兄に買ってもらった髪飾りが包装された袋を見蕩れて、前を全く見ずに歩いていた。そんな深雪を達也は窘めながらも、深雪が転ばないように注意を払ってエスコートしていたためか、彼女が転ぶような事態は起きなかった。

そして、袋を愛らしそうに見蕩れながら抱える深雪の姿にすれ違う周囲の人々を魅力して、足を止めさせていた事もあり、誰かとぶつかりそうになるような事も起きなかった。最も、達也がそんな事を許す訳もないのだから、そんな心配は無用と言える。

だが、愛おしそうに髪飾りが入った袋を見つめながら歩く深雪に一応の注意をしておこうと、達也は前を見るように窘める。

 

 

「深雪、前を見ないと危ないよ。」

 

「すみません、つい…。」

 

深雪を窘めた達也だったが、相変わらず袋を愛おしそうに見つめているあたり、効果はなかったようだ。

達也は内心溜息を吐きながらも、妹が喜んでくれている様子に目元を緩めた。

 

 

「お兄様、素敵なプレゼントをありがとうございます。」

 

「気に入ってくれたなら何よりだ。他にも、気に入ったものがあるなら遠慮せずに言ってくれ。これは、約束した以外のおまけのようなものなのだから。」

 

 

達也のこの言葉は本心なのだが、素面で淡々と告げられた言葉に深雪は耳を赤くした。深雪が達也の言葉に耳を赤くして顔を赤らめた姿に、すれ違う人々は思わず固まってしまったのだが、達也は特に気にした素振りを見せなかった。

 

 

 兄に買ってもらった髪飾りを入れた袋を見つめ、全く前を見ていないで歩いているのにも関わらず、深雪は誰ともぶつかる事無く歩を進めている。深雪が達也から貰った髪飾りの入った袋に見とれているように、周りの人間はそんな深雪の姿に見とれていた為に誰ともぶつかる事は無かったのだ。

 当然誰かがぶつかりそうになっても、達也がそんな事を許すわけ無いのだから、元から深雪は周りを気にする必要無く贈り物に見とれていても良かったのだ。

 

「お兄様、素敵なプレゼントをありがとうございます」

 

「気に入ってもらえたのなら何よりだ。だけど遠慮は要らないぞ、これは約束した以外のおまけのようなものだから」

 

 

 達也の発言は謙遜や照れでは無く本心からの言葉なのだが、深雪はこの発言に大いに照れた。その姿を見た周りの人間に思考停止を誘発させる事間違い無しの表情をしてるのに、達也は特にその事は気にしたりしない。

 深雪は達也の事を想っているのだが、達也は深雪の事を妹としか思っていない……いや、思えていないのだ。

 

「おまけだなんて……それでも深雪は嬉しいです!」

 

「ちょっと目に入って深雪に似合いそうだったからな」

 

「目に入った……ですか?」

 

 

 達也がこの髪飾りを見つけたのは偶然なのだが、普通なら気にする事無く通り過ぎた可能性の方が高かっただろう。だから深雪は兄がこの髪飾りを気にした理由が気になった。

 

「良く考えられたデザインだと思ってな。恐らくこれを設計した人間は魔工師なんだろうな。飾りの部分が魔除けになっているんだ。恐らくアルバイトか何かで作ったものなんだろうなと思ってな」

 

「そうなのですか? ですが魔法的な力は感じませんけど……」

 

 

 達也の発言を受けて、深雪は改めて髪飾りの入った袋を眺める。魔法を感じる力なら達也より深雪の方が上なので、達也が感じ取れるのなら深雪にも感じ取れるのだが、深雪にはそう言った類の力は感じられないのだ。

 

「そんな危険な物をお前に送らないよ」

 

「そうなんですか///」

 

 

 達也に他意は無く、純粋に危険な物を送るはずも無いと言う意味で言ったのだが、深雪はその解釈を大幅に自分に都合の良い方向に捻じ曲げて受け取った為照れた。達也にしてみれば何故深雪が照れたのか理解に苦しむのだろうが、生憎そんな些細な事を気にするような神経の持ち主では無かったのだ。

 

「それに、知っての通りそんな簡単に魔法は使えるものでは無い」

 

「そう…ですね……」

 

 

 達也の発言の裏に込められた気持ちを、誰よりも理解している深雪にはそう答えるしか出来なかった……魔法は誰もが簡単に使えるものでは無いのを、彼女の兄が知ってるように、彼女もまたその事を知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も色々と見て回った2人は、そろそろ昼食時期なので達也が予約した店に向かう事にした。

 色々の中に水着や下着の試着もあったのだが、その事は瑣末事なので特に書き記す事はしない。

 

「いらっしゃいま……せ」

 

 

 店に入るなり店員が元気良く声をかけてくるのは当然なのだろうが、途中で力が抜けていくのも、深雪を見たら仕方の無い事なのだろう。

 深雪本人もその事には慣れているので、特に気にした様子は無いのだが、何時までも固まっている店員に対して少し苛立ち始めている。その事を鋭敏に感じ取った達也が、店員に話しかけた。

 

「予約していた司波ですが」

 

「あ、はい! お待ちしておりました」

 

 

 達也に話しかけられたおかげで(?)、店員は意識を取り戻しお客を逃す事は無かった。深雪は達也に自分の態度が子供っぽいと思われて無いか気にしているが、達也がそんな事を思う訳無いのだ。

 2人が案内されたのは窓際の席、店員が椅子を引こうとしたのを達也が制し、深雪の背後に回って椅子を引く。その事を始めから分かっていたかのように(分かっていたのだろうが)、深雪は振り向き軽く会釈をしてから席に着いた。その後達也が向かい側に座り、店員に注文をした。

 その一連の動作に周りのカップルはフリーズした。男は深雪の可憐さに、女は達也の自然な動作に心奪われ、その後に自分の連れを見て盛大にため息を吐いたのだった。

 そんな中2人は自分たちに向けられた視線など特に気にする事も無く食事を勧めている。窓際の席で外から深雪が見えれば、本人たちにその気が無くとも客寄せになってしまうのだ。先ほどから訪れる客が多いのはその為なのだが、知らずは本人のみで他の全員はその理由が分かっていた。

 だからなのか食後のデザートに頼んでも無い恋人パフェが運ばれてきた時、達也も深雪も困惑した。

 

「あの、頼んで無いのですが……」

 

「当店特製の恋人パフェでございます。お2人があまりにもお似合いなので是非お召し上がりいただきたいと思いまして。もちろん此方の御代は結構ですので」

 

「俺たちは恋人では無くきょうだ……」

 

「良いじゃないですかお兄様。せっかくですので頂きましょう」

 

「……お前がそう言うなら」

 

 

 深雪は別にパフェが食べたかった訳では無い。達也と恋人同士に見られたのが嬉しく、またこのパフェの食べ方に魅了されたのだ。

 自分で食べるには少し長いスプーンは、互いに互いが食べさせ合うように作られているのだ。つまり深雪は達也に食べさせてあげられるし、自分も達也に食べさせてもらえるのだ。

 

「深雪、口元に付いてるぞ」

 

「え!? 何処ですか!?」

 

「ふふ、冗談だよ」

 

「もう、お兄様ったら!」

 

 

 このように甘々な雰囲気を見せ付けられたら、自分たちもやってみたいと思うカップルが居て当然だろう。店側の戦略勝ちで、恋人パフェはこの店始まって以来の売り上げが出たのだが、もちろんそんな事は達也と深雪は知らないのだ。

 思わぬハプニングはあったが、そのハプニングすら喜んだ深雪に満足して達也は会計を済ませた。店側は達也と深雪を使って利益を得たので当初の言い分通り恋人パフェの料金を取るつもりは無かったのだが、達也は店側の思惑も見通していたのだ。客寄せとは言え食べた物には料金を支払うべきと考えている達也は、メニューに書かれている金額を上乗せして食事代を支払った。

 

「もしもし?」

 

 

 店から出て暫く歩いたところで、達也の携帯が鳴った。電話で話している達也を見て、深雪はその電話が自分たちにとって嬉しく無いものである事を感じ取ったのだ。

 

「分かりました、すぐ向かいます」

 

「お兄様?」

 

「悪い深雪、叔母上からの呼び出しだ」

 

「叔母様からですか!?」

 

 

 深雪にとって、叔母はある意味で達也に会わせたく無い人物なのだが、叔母の呼び出しとはつまり本家からの呼び出しなので簡単に断れる用事では無いのだ。

 

「関東支部だからすぐに行けるが、何故今日……」

 

「私の事は気にせずに、お兄様は行ってください」

 

「すまないな……すぐに戻る」

 

「お気をつけて、深雪はお兄様のお帰りをお待ちしています」

 

 

 まるで新婚の夫の帰りを待ってるかのような雰囲気を醸し出す妹に、達也は苦笑いをしながらもその頭を優しく撫でた。なるべく早く戻れるようにしようと思った達也も世間一般の兄とは少しズレているのだろう。

 この後、自分たちがどんな事件に巻き込まれるのかも知らずに、達也は呼び出された場所に急ぎ、深雪は離れていく兄をもの寂しげに眺めていた……

 

 

 

 

 叔母から呼び出された達也は、指定された日本魔法協会関東支部に到着した。普通ならこんな大それた場所に達也のような若者は入れないのだが、呼び出した叔母が普通では無いので問題無く入る事が出来るのだ。 

 達也を呼び出した叔母、『四葉真夜』はその苗字からも分かるように、十師族である四葉の当主である。

 では何故達也や深雪が『四葉』では無く『司波』の苗字を名乗っているのかと言うと、これまた色々とあっての事なのだ。

 達也と深雪の母親は現四葉家当主の姉にあたるのだが、当主を継いだのは妹の真夜だったのだ。しかし真夜は未婚で後継者が居ないので、親族で次期当主を争っているのが四葉の現状なのだ。

 だが達也が呼び出されたのはそんな跡目争いとは関係無い、全くの別件なのだ。

 

「司波達也様ですね。上でお待ちしております」

 

「分かりました」

 

 

 一介の高校生(正確にはまだ入学してないが)相手に恭しく対応するのは、達也が普通では無いと知っているからだ。もし事情を知らない人が見れば、何故受付が達也をあそこまで丁寧に扱うか疑問に思うのだろう。

 呼び出された側ではあるが、達也はあまり気が進まないのだ。別に呼び出された内容が何であろうと気にしないのだが、呼び出した相手に達也は嫌気がさしているのだ。

 

「失礼します」

 

「時間通りですな、達也殿」

 

「葉山さん、ご無沙汰しております」

 

 

 部屋で待ちうけていたのは、四葉家執事にして、叔母である真夜の筆頭執事でもある葉山だった。

 

「葉山さんが屋敷を離れても平気と言う事は、今回の仕事はかなり重要なのですね」

 

「何時も通りの勘の良さ、さすがは達也殿ですな」

 

「葉山さんが来るほどと言う事は政治的……防衛軍絡みですか」

 

「その通りよ!」

 

「ッ!?」

 

 

 達也が推測を進めていると、隣の部屋から女性の声が聞こえてきた。その声に達也は身構え、葉山はやれやれと首を左右に振った。

 

「……葉山さん、何とか出来ませんか?」

 

「そんな恐れ多い事は出来ませんよ」

 

「ハァ……」

 

 

 声の主が誰だか、この2人には良く分かってるのだ……いや、葉山は隣に彼女が居る事は知っていたので驚かないが、達也はまさかこんな場所に彼女が居るとは思って無かったのだ。

 

「たーくん、久しぶりー!!」

 

「……ご無沙汰しております、叔母上」

 

「相変わらず硬いな~たっくんは、何時も言ってるように『真夜ちゃん』で良いのに」

 

「……それで葉山さん、今回の資料は?」

 

「おおそうでしたな。これが今回の資料です」

 

「紙ですか……厳重ですね」

 

「あれ? たーくん、何だか怒ってる~?」

 

 

 達也に抱きついて来た女性、四葉真夜の事を居ないものとして話を進める達也と葉山。その態度に首を傾げる事しか出来ない真夜を見て、ついに葉山が耐えられなくなった。

 

「失礼……」

 

「せっかく流したんですから、もう少し我慢してほしかったです……」

 

 

 自分が仕えている主の行動に耐えられなくなり、葉山が噴出してしまったのだ。こうなっては達也も無視を続ける訳には行かなくなってしまった。

 

「叔母上も此処に来ると言う事は、この相手の目的が近いと言う事ですか? 資料には何も書いて無かったですが」

 

「そうだよ~! さすがたーくん、何でも分かっちゃうんだね!!」

 

「……それで葉山さん、この英雄になり損ねた実験体は何時何処を襲うんですか?」

 

「………」

 

「葉山さん?」

 

 

 老執事が笑いを堪えてるのを見て、達也は思わずため息を吐きそうになったが、そんな事をしたらこの叔母が何をしてくるか分からないので堪えた。

 

「この出来損ないはね~、今日此処を襲うんだよ~」

 

「何ですって?」

 

 

 達也は別に聞き取れなかった訳では無い。ただ叔母が言った事が信じられなくて聞き返したのだ。

 

「だから~、今日この建物を襲うつもりなんだよ~! 人間発火装置だから、ひょっとしたら何か燃やすのかもね~」

 

「真夜様の言う通り、件の男は自分の人生を破壊した魔法協会をターゲットにして示威行動を行うと予想されます」

 

「………」

 

 

 葉山に無言で礼をして、部屋から飛び出して行く達也。このビルには妹の深雪も来ているのだから、達也が慌てないはずも無いのだ。

 そんな慌てた達也の姿を見て、真夜はつまらなそうにため息を吐いた。

 

「あ~あ、たーくん行っちゃった……」

 

「真夜様、達也殿にも色々と事情があるのですよ」

 

「そんな事分かってるけど、もう少し一緒に居てくれても良いじゃないのよ」

 

「はぁ……」

 

「まぁ良いわ。葉山さん、お茶」

 

「畏まりました」

 

 

 達也には甘えまくっていた真夜だが、それはあくまでも相手が達也だからで、普段はこのように冷めた態度で接するのだ。

 四葉家内でもこの事を知っているのは葉山くらいなもので、後は当事者の達也と妹の深雪以外にこの事を知っている人間は居ない……それくらい葉山は真夜に信頼されている証拠なのだ。

 

「それにしてもたーくん、また一段と逞しくなってたな~。今度はゆっくりと会えると良いな」

 

 

 深雪が達也の事を真夜に会わせたく無いのは、達也が真夜に取られてしまうのでは無いかと心配しているからなのだが、とある事情で達也は深雪の傍から離れられないのだから、それは深雪の杞憂に過ぎないのだが、この叔母はその杞憂すら現実にしてしまう可能性を秘めた相手なのだ。 

 一方真夜も、深雪の事を自分の後継者として認めているのだが、あまりにも深雪が達也に溺愛しているのではっきりと後継者にすると言えて無いのだ。もし公言すれば深雪と自分は簡単に会えなくなる。そうなると必然的に達也とも会えなくなってしまうので、真夜は自身の後継者を誰にするかの公言を避けているのだ。

 

「真夜様、お茶が入りました」

 

「ありがとう……何?」

 

「いえ、相変わらず達也殿にだけは甘えるのだなと思いまして」

 

「いけない? たーくんは私の可愛い甥っ子なのだから」

 

「そうですが、それですと普通甘えてもらいたいのでは?」

 

「たーくんが甘えてくれないから私が甘えてるのよ」

 

「左様ですか」

 

「深雪さんが羨ましいわね。何時でも何処でも甘えられるのだから……」

 

 

 とても叔母が姪に思うような事では無いのだが、そんな事を指摘するほど葉山も老いぼれてはいない。主の機嫌を損ねるような事は言わないのが、執事の常識なのだ。

 

 

 

 

 

 真夜が達也に甘えている事を何となく予測していた深雪は少し苛立ちを覚えながらベイヒルズタワーをウロウロしていた。その姿を見た男共は声を掛けようとしたが、手が届く距離まで近づいて、深雪の魅力に耐えられなくなり離れていくと言う事を何人もが繰り返したのだった。 

 その事を何となく見ていた深雪だったが、そんな悠長な事を考えている暇は、幸いな事に(結果からすると不幸だったかもしれないが)長くは無かった。

 けたたましく鳴り響く火災警報が、ここら一帯の状況を一気に変えたからだった。

 

『当ビル内で火災が発生致しました。壁面の避難経路にそって速やかに退出してください』

 

「(火事ですって!?)」

 

 

 今の世の中、どんなに小さな火だろうと、早急にスプリンクラーが発動して鎮火するのを、深雪は知っているのだ。だが避難経路が映し出されているモニターには、熱でスプリンクラーが故障しているため作動しないと出ている。

 今の時代のスプリンクラーは熱対応もバッチリなので、故障するはず無いのだ。

 おかしい……深雪の頭の中にこれは異常事態だと言う事が浮かび上がる(火災自体異常事態なのだが、その中でも特に異常だと思ったのだ)。これは強い力をもった魔法師の仕業だと理解したのだ。

 

「(警報機が鳴る少し前、強力な魔法が行使されたのを感じた……お兄様が呼び出された事と関係あるかもしれない)」

 

 

 この発想は単なるブラコン発言なのだが、深雪は知らずして真相に辿り着いていたのだった。

 大勢の人間が避難するなか、深雪はその波に逆らって火災現場に向かった。途中見ず知らずの紳士が深雪に避難するように促したのだが、そんな事で逃げ出すようなら最初から現場に行こうなど考えない。深雪は笑顔で紳士の提案を退け、止まる事無く歩を進めた。

 

「(もしかしたらお兄様のお力になれるかもしれない)」

 

 

 こんな異常事態にも関わらず、深雪の頬は熱さとは違う理由で赤くなっていた。達也の力になれるのなら、深雪はそこが戦場だろうが何だろうが嬉々として向かう事だろう。

 結果として深雪の行動は、達也の力になるとかは別にして正解だったのかもしれない。燃え盛るビルの中心に居たのは、深雪と同じ魔法師だったのだから……

 

「(あれだけの魔法力、結構強い力を持っているのね)」

 

 

 この熱い中、黒いフードを被った男がはしゃいでいた。深雪は達也から送られた髪飾りの入った袋を柱の影に置き、この状況を打破する為に動き出した。

 

「(お兄様に貰った髪飾りの所為で失敗したなんて、お兄様に笑われてしまいます!)」

 

 

 この状況でも深雪の頭の中は達也でいっぱいだった。そんな余裕のある状況では無いのだが、深雪にはそんな状況でも余裕を感じられるだけの実力があるのだ。

 鞄から魔法演算装置(CAD)を取り出し想子サイオンを注入する。

 彼女が得意としてる魔法は振動系統の中の冷却魔法、つまり今の状況に適した魔法だと言えるだろう。

 だが相手の魔法力よりも強い魔法力を持っていなければ相性を差し引いてもあまり意味を持たなかっただろう。

 燃え盛る炎を一瞬で消し去った深雪は、やはり実力者と称されるだけの事はあるのだろう。消え去った事に驚いた犯人が怒鳴り声を上げた。

 

「誰だ!!」

 

「貴方こそ何者です! 魔法を使って放火を働くなんて、断じて許されませんよ」

 

「誰が許さないんだ! 国か! 軍か! それとも偉そうに俺を見下した協会の人間か!?」

 

「何を子供じみた……いい年をしてやって良い事と悪い事の区別もつかないのですか」

 

 

 自分が悪い事をしているのに、全く悪びれていない相手に、深雪はとてつもなく冷たい視線を向けた。魔法など使わずとも相手の事を凍らせるのではないかと錯覚するような冷たい目だった。

 そんな視線を浴びせられて、この男が黙っているはずもなかった。精々自分の1/3しか生きていない女子に、そんな事を言われて逆上しない精神を持っているのならこんな事は仕出かさなかっただろう。

 

「餓鬼が生意気な事を!」

 

 

 拳銃に似たものを突きつけられても、深雪の目は変わらない。あれがCADだと言う事は分かってるし、CADが本来の力を発揮出来ない事も深雪には分かってたからだ。

 

「俺を馬鹿にするな! 見下すな! そんな目で見るな! おれは出来損ないじゃ無い!」

 

 

 深雪の侮蔑を隠そうとしない目を見て、男はそんな事を言い出した。恐らくは彼が体験してきた事を思い出したのだろう。

 

「俺は能無しでは無い! その事を証明してやる!!」

 

 

 CADに想子を送り込み魔法を発動させようとする男。魔法の発動に成功すれば深雪は黒こげの消し炭になっているはずなのだ。

 

「何!?」

 

 

 だが男の思惑とは違い、魔法は発動する事無く想子が霧散していく。

 

「まさか、領域干渉だと?」

 

 

 この男が驚くように、領域干渉は深雪のような若い魔法師が簡単に使えるような魔法では無い。たとえ使えたとしても此処まで高度な魔法力を持った男に対抗しえるものでは無いのだ。

 

「馬鹿な!? 指1本動かさずに、俺の魔法を無力化したと言うのか!」

 

 

 この事実が信じられずに、男は何処か穴が無いか必死に探した。しかしいくら魔法を発動させようとしても、発動する前に想子が霧散していく……つまり深雪の魔法力が男の魔法力を凌駕してる証拠なのだ。

 

「惜しいですね」

 

 男の魔法力がどれだけの物か分かる深雪が、男にそんな言葉を掛けた。実力がありながらその力を発揮する事無く終わる男を哀れんだのか如何かは分からないが、男はそう受け取ったのだ。

 

「俺はまだ終わってない!」

 

 

 懐から銃を取り出し深雪に向けて発砲……出来なかった。

 

「実弾なら勝てると思いましたか? 残念ですが全ての発火現象を抑えているので炸薬に火はつきません」

 

「(これが、上級魔法師との差……)」

 

 

 自身の無能さを理解していながらも受け入れる事が出来なかったこの男も、これだけの実力差を見せ付けられたら認めざるを得ない。自分が無能だった事、CADなど役に立たない事、自分が処分される理由。その全てを受け入れざるを得ない状況になってしまったのだ。

 

「(やはり俺の人生は……)」

 

「今更手遅れですが……せめて自首したら如何ですか?」

 

「(俺の人生は!)」

 

 

 発火現象を起こす武器は使えないと理解した男は、隠し持っていたナイフを深雪に向けて突進してきた。

 自分の人生が此処までだと理解したが、せめて深雪だけでも道連れにしようとしたのだ。

 

「(そんな! まだ武器を持っていたなんて……)」

 

 

 魔法ならそこらへんの人間に負ける事は無い深雪だが、体術はそこまで得意では無い。まして相手は男だ、女である深雪が簡単に勝てる相手では無い。

 深雪は目を思いっきり見開いて驚いていた。自分は此処で死んでしまうのかと思って。

 

「俺の妹に何をする」

 

 そんな深雪の耳に、もっとも信頼して、もっとも敬愛する達也の声が聞こえてきたのだった。

 

 

 

 

 

 達也から監視カメラの映像のチェックを頼まれた葉山は、少しつまらなそうに作業をしている主の事が気になった。

 普段からあまり積極的に作業をする主では無いのだが、達也から頼まれた事にまで気乗りがしていないのは非常に珍しいのだ。

 真夜は達也から頼まれればそれがどんな事だろうと喜んで作業するのだが、今回は何故か何時ものようなテンションの高さは感じ取れなかった。

 

「真夜様、如何かいたしましたか?」

 

 

 普段あまり立ち入った事は聞かない葉山だが、もし体調不良とかだったら困るので今回は聞く事に……それが面倒事になると分かっていながらも主の事を心配してしまうのがこの老執事の良い所でもあり悪い所なのかもしれない。

 

「別に如何もしないわ……何故そんな事を聞くの?」

 

 

 やはり何時ものような雰囲気は感じられない……もしかして本格的に体調が優れないのかもしれないと葉山は焦った。

 

「やはり何処かお身体が……」

 

 

 だが、真夜が普段と違うのは別に体調不良が原因では無かったのだ。

 

「大丈夫、そっちの心配はしなくて平気なのだけど」

 

「では?」

 

「これを見て頂戴」

 

 

 真夜がチェックしていたのはベイヒルズタワーの監視映像。達也に直接頼まれた葉山ならそれを見間違える事はしない。

 

「これが何か?」

 

「問題はこの後! こっちに移った後よ!」

 

「はぁ……」

 

 

 主が声を荒げている原因が思いつかず、熟練の執事にあるまじき生返事をしてしまった。だが真夜はそんな事を気にするほど余裕が無い感じがしている……よほど重大な何かが映っているのだろうと葉山は緊張感を高まらせた。

 だが何時まで経ってもそんな感じがする映像は流れない……葉山は真夜の顔を見て困惑の表情を浮かべた。

 

「今の何処に問題がありましたか?」

 

「葉山さん、今のちゃんと見てたの?」

 

「えぇまぁ……ですがさほど問題があるような映像は無かったかと」

 

 

 達也の魔法で深雪の姿ははっきりと映ってなかったし、達也が使った魔法だってこの映像からでは確認出来ないようになっている。これならあの2人は『普通』に注目されるだけで済むだろう。

 そう思っていたのだが自分の見落としている問題があるようなので、葉山はもう1度監視映像を初めから確認する。

 

「やはり問題は無いように思えますが」

 

「ハァ……葉山さん、貴方でも気付かないなんてね」

 

「申し訳ありません」

 

 

 主にため息を吐かせた事を恥、葉山は深々と頭を下げた。これが青木ならば土下座をしたのだろうが、葉山は彼ほど真夜に呆れられたと思って無いのだ。

 

「これよこれ!」

 

「どちらです?」

 

 

 映像を早回しして問題のシーンが映っているを指差して声を荒げる主を気にしながらも、問題のシーンを確認する。

 

「これが……ですか?」

 

「そうよ!」

 

 

 モニターに映し出されているのは、よろけた深雪を達也が抱きとめ、何回か言葉を交わした後に深雪が達也に抱きつくと言ったシーンだった。

 確かに達也と深雪は兄妹なのだから、こう言った事は問題になるだろうが、彼らの事を良く知っている真夜が問題視するような事でも無いように葉山には思えた。

 

「これくらいなら達也殿と深雪様なら日常茶飯事なのでは」

 

 

 だから気にする必要は無いと言いたかったのだが、如何やら葉山が問題視した事と真夜が機嫌を悪くしてる原因は似ているようで大いに違った。

 

「だからよ!」

 

「はぁ……」

 

「たーくんにこうやって甘えられる深雪さんが羨ましいしズルイのよ!」

 

「なるほど……」

 

 

 真夜の本性を知っている葉山としては、何故そう言った考えに至らなかったのかと自分を責める……自分なら気付けそうな事だったのに気付けなかったからだ。

 

「大体たーくんがあんな風に現れたらますます深雪さんがたーくんに依存しちゃうじゃないのよ!」

 

「深雪様には達也殿しか居ませんので……」

 

「姉さんが表向き死んだからってまだあのサイオン量だけの男が居るでしょ!」

 

「龍郎殿は後妻と仲睦まじくしております故」

 

「あの男は……」

 

 

 真夜にとって義兄にあたるのだが、龍郎の事をよく思って無いのだ。表向き姉が病死してからすぐに再婚した男を、真夜は快く思って無いのだ。それはそのはず、如何に複雑な感情を抱く姉に対してかつ、その結婚生活が終始一貫して完全に冷え切っていたものであったとしても、四葉家の体裁と純粋に一人の女性として、四葉家の人間と関係を持った男性が客観的に見れば、倫理に反している行動をしているのだ。眉を顰めないはずもない。

 

「ですから深雪様が多少達也殿に依存してしまっても仕方ない事だと……」

 

「分かってるのだけど、たーくんにもっと甘えたい私に見せ付けてるような感じがするのよ!」

 

 

 穿ち過ぎな真夜の見方に若干の呆れを覚えながらもその事を顔に出さない葉山は、やはり一流の執事なのだろう。

 

「あぁもう! 深雪さんが羨ましいわ!」

 

「おや?」

 

 

 葉山の懐で携帯が震えた。真夜に呆れてたので気分を変えるには丁度いいタイミングだったので葉山は真夜に一礼して携帯を取り出した。

 

「はい」

 

『葉山さん、達也です』

 

「おぉ達也殿!」

 

 

 まさに今この展開を解決出来る可能性のある相手からの電話に、葉山は年甲斐も無く大きな声を出した。

 

「えっ、たーくんからなの!」

 

「えぇまぁ……」

 

『想像通りの展開になってますね』

 

「さすが達也殿、お見通しでしたか」

 

 

 このタイミングで達也が葉山に電話を掛けてくるなど、普通ならありえないのだ。後処理を任せた時点で達也の仕事は終わってるのだから。

 だが達也が電話してきたのは、葉山が真夜に絡まれているだろうと分かった上での行動だったのだ。もちろん葉山にもその事は分かっている。

 

『叔母上に代わってください。後は俺が引き受けますから』

 

「よろしく頼みましたぞ」

 

 

 電話越しに頭を下げる葉山。それほど今の主を相手にするのは大変なのだろう。

 

「真夜様、達也殿が代わるようにと」

 

「本当! たーくんとお話が出来る~」

 

 

 葉山から手渡された携帯電話を、まるで家宝を扱うように丁寧に包み込み会話を始める真夜を見て、葉山は人知れずため息を吐いたのだった。

 

「もしもし?たーくん、何か用なのかな?」

 

『いえ、別に対した用では無いのですが』

 

「ん~?」

 

『色々と今回はお手を煩わす事になってしまった謝罪と、感謝の言葉をその……『真夜ちゃん』に伝えようかと』

 

「!?」

 

 

 普段からどれだけおねだりしても呼んでくれなかった呼び方でお礼を言われ、真夜の気分はすっかりと晴れたのだった。

 これが達也の目的だったのだが、真夜をちゃん付けで呼んだ事で今度は深雪の機嫌をとることになってしまったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 国立魔法大学付属一高等学校生徒会室、入学式前で忙しいのだから役員全員が忙しなく働いている――

 

「こら真由美!」

 

 

――訳では無いようだ。

 生徒会長で真由美と呼ばれた彼女は、PCを使って情報収集をしていた。

 

「お前は……」

 

「摩利にとやかく言われる筋合いは無いわよ。貴女だって野次馬でしょ?」

 

「だからと言って中条や服部が忙しそうにしてるのにお前が暢気にPCを弄くってたら士気に関わるだろうが!」

 

 

 摩利と呼ばれた女性の言う通りで、会長である真由美が遊んでいたら他の生徒のやる気にも関わってくるのが普通だろう。 

 だが……

 

「いえ、会長にはまだ見ていただく段階ではありませんので! この書類が書き上がったら精査していただけますか?」

 

 

 この生徒会役員は全員が非常に優秀なので、会長である真由美が遊んでいようが何をしていようが仕事はしっかりとこなすのだ。

 もちろん真由美も普段はしっかりと仕事をこなす会長だからこそ遊んでいても役員から文句は言われないだのが。

 

「分かった? だから摩利が心配するような事じゃ無いのよ」

 

「分かった分かった! それで、いったい何のニュースを見てたんだ?」

 

 

 真由美に降参を示した後、興味を抑えられないような感じでPCを覗き込む摩利。何だかんだ言って彼女も気になっていたのだ。

 

「魔法協会関東支部脱走兵の襲撃を受ける? 犯人は元防衛軍曹長の魔法師?」

 

 

 達也と深雪が片付けた事件がもうニュースに上がっているほど、あの事件は重要な意味を持っているのだ。

 魔法師が起こした事件はそれだけで取り上げられるのだが、その魔法師が襲ったのもまた魔法関係の場所だったので、メディアはこぞって騒いでいるのだ。まぁ、それなりに大きな事件なので取り上げられても別におかしくは無いのだが。

 

「随分と物騒だな」

 

「嫌な話よね、魔法師同士で争うなんて」

 

 

 近頃は魔法排斥運動などが再び熱を帯びてきているので、こう言った事件はその思想の持ち主たちからすれば良いネタになるのだ。魔法があるからこんな事件が起こるのだと。

 他の魔法師からしてみれば、こんな自分の首を絞めるような事件の事をとてもじゃないが面白いとは思えないのだ。

 

「そんな事いっても真由美、やけに面白そうにこのニュースを見てた気がしたが?」

 

 

 摩利が指摘したように、真由美は魔法師にとってあまりありがたく無いニュースを面白そうに見ていたのだ。

 

「じゃん!」

 

「何々……勇気ある謎の美少女魔法師のおかげで……なるほど、少しは骨のあるヤツが居るんだな」

 

「ちょっと無謀かなって思うけど、この正義感は頼もしいわよね」

 

「それで、何処の誰なんだ? 謎のって事は詳細は分かってないのか?」

 

「そうなのよ……何故だか粗い画像しかなくって」

 

「おかしな話だな」

 

 

 深雪の鮮明な画像が残って無いのは、達也が魔法を使ってあやふやにして、真夜が流失を抑えたからなのだが、高校生がそんな事を知る由も無いのだ。

 

「だけどね……コレを見てくれる?」

 

「何だ、随分と粗い画像だな……ん?」

 

 

 目を細めて画像を見た摩利が何かに気付いた。真由美もその事を待っていたとばかりに別の画像を取り出した。

 

「似てると思わない?」

 

「確かに……新入生総代なら頷ける」

 

「ほんと頼もしいわよね、こう言った子が当校に入学してくれるのは」

 

 

 真由美が出したのは新入生の写真。ぶっちぎりの学年トップの成績で入学を決めた深雪の画像だった。

 

「コイツは生徒会に入れるんだろ?」

 

「当然よ! なんて言ったって主席なんですから!」

 

「主席入学が生徒会に入るのは伝統だからな……そうじゃなきゃ風紀委員に欲しかったのに」

 

「でもでも、最終的に取り押さえたのは同年代の男の子らしいわよ」

 

「あぁこれか、謎の美少女のピンチに現れた王子様ってやつだろ」

 

「この女の子も凄いけど、この男の子も凄いわね」

 

「だが、コイツは魔法じゃなく力技で取り押さえたんだろ?」

 

「まぁね」

 

 

 記事に書いてある通り、達也は魔法を使わずに犯人を殴り倒したのだ。別に達也が魔法を使えないから殴り倒したのではなく、達也の魔法では犯人を『倒す』事は出来ても『捕まえる』事が出来ないのだ。

 だがその事を知らない人間から見れば、達也は武闘派に見えるだろうし実際に記事でもそう書かれている。

 

「もしコイツが当校に入学してきているのなら、無理矢理にでも風紀委員に引き込むんだがな」

 

「無理矢理って……面白そうね」

 

 

 ニヤリと顔を向き合わせて笑みを浮かべる真由美と摩利を見て、生徒会役員の1人がコッソリとため息を吐いたのだが、真由美は摩利を、摩利は真由美を見ていたのでその事には気付かなかった……

 

「だがそっちの男の子の画像は、全く無いのよね」

 

「さっきの粗い画像でも無いのか?」

 

「そうなのよ……問題の殴り倒したシーンだって、遠巻きに見てた人の証言からだしね」

 

「何者なんだ、その男は……」

 

「彼女の事を助けたって事は、それなりに関係のある男の子だとは思うんだけどね」

 

「恋人か?」

 

「如何だろう……ついこの前まで中学生だった彼女に恋人が居るとは思えないんだけど」

 

「真由美、それはお前に未だに彼氏が居ないからだろ」

 

「摩利!!」

 

 

 気が置けない友人、本人たちは悪友と称しているが、周りから見れば2人の関係は親友同士だ。その2人が恋人の有無を把握していてもなんら不思議は無いのだが、真由美は知られている事に驚いた。

 家庭の事情も多分にあるのだが、真由美は男性と付き合った事は無い。もちろん女性ともだ。

 

「高校3年にもなって未だに付き合いが無いとは悲しき高校生活だな」

 

「摩利は事情を知ってるでしょうが!」

 

 

 こうして生徒会室で会長の叫び声が響き渡り作業が中断されてしまったのだが、問題無く入学式を迎える事になった。

 つまり、波乱の幕がついに上がるのだ……

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