魔法科高校の超高校級学徒   作:ムキムキぷりん

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第1話 入学式の始まり

 国立魔法大学付属第一高等学校入学式当日、緊張と興奮が綯い交ぜになりながらも誰もが気持ちを同じくして入学式に望む――

 

「やっぱり納得出来ません!」

 

 

――訳では無さそうだった。

 校門を少し過ぎた辺りで少女の声が響き渡った。周りに居た他の生徒たちは、遠巻きにその声がした方向を見ている。

 

「如何してお兄様が補欠なのですか!! 入試の成績だってトップだったじゃありませんか!!」

 

「まだ言ってるのか……」

 

 

 周りの人間からしてみれば初めての光景だが、司波兄妹からしてみれば、このやり取りは既に両手の指では数え切れないくらいしてきたやり取りなのだ。

 だから達也は冷めているし、深雪も普段以上に苛烈になる事は無いのだが……

 

「何度だって言いますよ! お兄様が補欠なのはおかしいのです!!」

 

 

 深雪は自分よりも達也の方が優れていると思っているので、何度だって熱くなるし、何度だって同じ事を言う。

 達也にもそれが分かっているのだが、こうなった妹を宥めるのは達也だって容易では無いのだ。

 

「新入生総代は、私ではなくお兄様がするべきなのです!」

 

「あのな深雪、此処は魔法科高校、ペーパーテストの成績より魔法技能が優先されるのは当然だ。俺の技能からすれば補欠でも下の方から数えた方が早いだろうからな」

 

 

 達也のこれは謙遜では無く本音だ。『普通』の魔法科高校での試験では、達也が得意としている魔法を見せる事も出来ないし、そもそも評価対象にはならないのだ。

 

「そんな事言って! お兄様に勉学や体術で勝てる人間などおりません!」

 

 

 深雪のこれも過大評価では無く、高校生レベルで達也に勉学でも体術でも勝てる人間などそうそう居ないだろう。

 だが次の言葉は達也にとって看過出来るものでは無かった。

 

「本当なら魔法だって――」

 

「深雪!!」

 

 

 突如声を荒げた達也に、深雪はハッと息を飲み、傍観してた生徒たちはビクついた。それだけ達也の声には迫力があったし、それまでの言い聞かせるような口調からは考えられないほどの圧力が達也の声には含まれていたからだ。

 何故達也が声を荒げたか、本当の意味で理解出来たのは深雪だけなのだが、周りの生徒は深雪と達也が兄妹だとは思って無いので聞き分けの無い彼女に彼氏が怒ったと思ったのだった。

 

「あのな深雪、それは言っても仕方の無い事なんだ。お前にだって分かっているのだろ?」

 

 

 そう言って達也は自分の左胸の辺りを指差す。その指で今度は深雪の左胸の辺りを指差した。

 深雪の制服には八枚花弁のエンブレムがあしらわれているが、達也にはそのエンブレムが無い。

 第一高校では一科生と二科生の区別をつける為に制服に違いがあるのだ。達也にはエンブレムが無いと言う事は、達也の言う通り彼は二科生なのだろう。

 

「も、申し訳ありません……お兄様」

 

「謝る必要は無い。お前は何時も俺の代わりに怒ってくれる。それだけで俺は救われてるんだ」

 

「嘘です……」

 

 

 喧嘩していたように見えた2人が、うって変わって甘々な雰囲気を醸し出し始めたので、周りにいた野次馬たちはすごすごと退散した。この甘々な雰囲気に耐えられる猛者もそう居ないのだ。

 

「お兄様は何時も私を叱ってばかりです……深雪は駄目な妹です」

 

「嘘じゃないって。それにお前が俺の事を考えてくれているように、俺はお前の事を思ってるんだよ」

 

「………」

 

 

 突如訪れた間。達也は別におかしな事を言ったつもりは無かったのに、深雪が固まってしまったのに多少疑問を持った。だが寸でのところで首を傾げるまではしなかった。

 

「そんな……お兄様……」

 

 

 動きを取り戻したと思ったら、深雪の頬はもの凄い勢いで赤くなっていく……達也はますます首を傾げたくなった。

 

「私の事を想ってくれてるなんて」

 

「?」

 

 

 達也が使ったのは『思っている』なのだが、深雪の中で『想っている』に誤変換されているようだった。 

 だが達也にはその事は分からないし、ニュアンスが致命的に違ってるとしか思わなかったのだ。

 そんな事よりも達也には片付けておきたい問題があったからでもある。

 

「深雪」

 

「はい」

 

「例えお前が答辞を辞退したとしても、俺が代わりに選ばれる事は無い。そんな事をすればお前の評価が下がるだけだ。賢いお前なら分かるだろ?」

 

 

 達也は二科生であって、新入生であったとしても代表に選ばれる事は万に一つでもありえないのだ。その事は深雪にも分かっている。

 だから深雪はその事を指摘されて非常に困ったのだ。だが……

 

「それにな深雪、俺は楽しみなんだ」

 

 

 この達也の言葉には深雪も首を傾げた。この兄がいったい何を楽しみしているのか、深雪には皆目検討が付かなかったのだ。

 

「可愛い妹の晴れ姿をこの駄目兄貴に見せてくれないか?」

 

 

 後ろから抱きしめられるような格好で耳元でささやかれた深雪は、先ほどとは比べ物にならないくらい顔を赤らめた。

 だが達也のセリフの中に、深雪には受け入れられないフレーズがあった。

 

「お兄様は『駄目兄貴』ではありません! 深雪の自慢のお兄様です!」

 

 

 達也の事を悪く言う相手を、深雪は絶対に許せないのだ。それが例え兄自身であってもだ。

 

「ですが、お兄様がそこまで言うのであれば分かりました。深雪の姿しっかりと見ていてくださいね」

 

「あぁ見させてもらうよ。さぁ行っておいで、そろそろ打ち合わせの時間だろ?」

 

「はい! 行って参りますお兄様! ちゃんと見ていてくださいね!」

 

「ちゃんと見てるさ。何があろうとな」

 

 

 新入生総代のお供を終え、達也はこの後入学式まで如何やって時間を潰すかを考えながら校舎を見上げる。 

 これから3年間"何事も無ければ"この学び舎で生活するのかと、改めて思ったのだった。

 

 

 

 

 

 深雪のお供と言う大役を終えた達也は、入学式が始まるまでの時間を如何やって潰すかを悩んでいた。家に帰っても特にする事は無いし、そもそももう一度学校に来る手間を考えるとこの場で出来る事が望ましい。

 そう思って達也は携帯端末に保存されたお気に入りの書籍サイトで時間を潰す事にした。ちょうど中庭に設置されたベンチもある事だし、達也はそこに腰を下ろして端末に目を落とした。

 

「ねぇあの子、ウィードじゃない?」

 

「こんなに早く……補欠が張り切っちゃって」

 

「所詮スペアなのにね」

 

 

 達也のすぐ傍を通った女子たちの口から発せられた言葉、「雑草ウィード」、学園側は禁止用語としているが、生徒の間では普通に使われている言葉だ。

 一科生を花冠(ブルーム)、二科生を雑草、一科生のブレザーには左胸と肩に八枚花弁のエンブレムがある事から、自分たちを花冠と呼ぶようになり、それが無い二科生の事を雑草と揶揄するようになったのだ。

 

「雑草か……そんな事は分かってる」

 

 

 達也がこの学校に進学したのは、深雪からの強い要望があったのと他にもう1つ理由があるのだ。

 二科だろうが一科だろうが、関係無い事なので、達也はあまりその事を気にしてないのだが、深雪が聞いたら大変だろうなと思いそうつぶやいたのだった。

 書籍サイトに集中していたのか、アラームが鳴るまで達也は時間の事を気にしたいなかった。開始30分前にアラームをセットしてなかったら、時間を忘れて読書に没頭していた事だろう。

 達也は別に入学式などに興味は無いが、深雪を宥める際に晴れ姿を見せてくれと言ってしまった手前、サボって見なかったでは済まされないのだ。

 

「(そろそろ講堂が開く頃か……)」

 

 

 端末の電源を落とし、胸ポケットにしまい立ち上がろうとしたら目の前に気配を感じ取って達也は動きを止めた。

 

「新入生ですね? 開場の時間ですよ」

 

 

 達也は下からゆっくりと視線を上げていく。まず始めに目に付いたのはスカート。相手は女子だと言う事が分かる。その次に目に付いたのが左腕に巻かれた大きめのブレスレット。

 

「(術式補助演算機(CAD)か……確か学園でCADの常時携行が認められてるのは生徒会の役員と限られた生徒のみ……彼女はそれなりの地位を持っているのか)」

 

 

 地位のある先輩に目を付けられるのは好ましくない。達也はそう思って素直にお礼を言ってこの場を立ち去ろうとした。

 

「ありがとうございます。すぐに向かいます」

 

「感心ですね。スクリーン型ですか」

 

 

 達也がしまい損ねた端末を指差してしきりに頷く女子。生徒会役員かそれに順ずる役職についている優等生と、あくまで補欠である自分が積極的に関わるべきでは無いと達也は思っていたのだが、如何やら彼女はそうではなかったようだ。

 此処で漸く達也は目の前に立つ女子生徒の顔を見た。顔の位置は達也から25㎝は下にある事を考えると、彼女の身長は150前半、155は無いだろうと達也は思った。

 

「(随分と小柄な女性だな……)」

 

 

 自分よりも年上だと言う事を考えると、その印象は更に強まった。深雪もそこまで大きくは無いが、彼女よりは身長はある。そう考えると彼女が小柄なのは遺伝か何かなのだろうと結論付けたのだった。

 

「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。ですが仮想型端末を利用する生徒は大勢います。ですが貴方は入学前からスクリーン型を利用してるんですね。関心します」

 

「仮想型は読書には不向きですから」

 

 

 達也の端末は相当年季が入っているのは誰が見ても分かる事なので、彼女もそれ以上質問する事は無かった。

 だが彼女は達也を解放するつもりも無かったようだ。

 

「動画では無く読書ですか、ますます感心ですね。私も映像資料より書籍資料の方がすきだから嬉しくなるわね」

 

「はぁ……」

 

 

 別に読書派が希少って訳でも無いのだが、如何やらこの上級生は人懐っこいのだろうなと達也は思い始めた。口調が砕けてきたり、徐々に近づいて来ているのから見てもきっとそうなのだろう。

 

「あっ、申し送れました。私は一高の生徒会長を務めています、七草真由美って言います。「ななくさ」と書いて「さえぐさ」って読みます。よろしくね」

 

 

 何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也はそんな事とは別の事が気になっていた。

 

「(数字付き(ナンバーズ)……しかも「七草」か)」  

 

 

 遺伝的な素質に左右される魔法師の能力、そしてこの国において魔法に優れた血を持つ家は、慣例的に苗字に数字を含むのだ。

 達也は自分が持つコンプレックスに唇を噛み締めたくなる衝動を覚えたが、彼がそんな事をするはずも無く、自分も名乗る事にした。

 

「俺は……いえ、自分は司波達也です」

 

「えっ! 君があの司波君なの!?」  

 

 

 達也の名前を聞いて大げさに驚く生徒会長、何か意味ありげな視線を向けられて達也はうんざりしていた。

 彼の中で、生徒会長が驚く理由に心当たりがあるのだ。

 学年トップで入学した司波深雪の兄なのに、まともに魔法が使えない『あの』司波達也と言う事なのだろうと……だから達也は礼儀正しい沈黙を守っていたのだ。

 だが生徒会長のこの反応には侮蔑が含まれている感じはしない。

 

「先生方の間では貴方の噂で持ちきりよ」

 

 

 まるで自分の事を褒められているような、楽しそうな雰囲気まで感じ取れる。だが達也の中では、これほど差のある兄妹も珍しいとか、そう言ったネガティブな噂だろうと言う考えが離れなかったのだった。

 

「入試七教科平均、100点満点中100点満点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学ね。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点! 学校始まって以来の前代未聞の満点だって」

 

 

 そんな事を新入生に話して良いのか……例え本人であっても入試成績の結果は教えてもらえないのではないか? 達也はそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 達也は、真由美の反応が少し不思議だった。如何してこの人は人の事を自分の事のように話し、そして自分の事のように喜んでいるのだろうと思っていたのだ。

 

「どれだけ凄いと言われようと、あくまでもペーパーテストの成績、情報システムの中だけの話ですよ。その証拠に、自分にはエンブレムもありませんし」

 

 

 魔法科高校生の評価として優先されるのは、テストの点数では無く魔法技能の評価なのだから。

 達也は愛想笑いを浮かべようとしたが、実際に浮かべられたのはかなり苦い笑いだった。そうして自分の左胸を指差し、テストの点数は何の意味も無い事を示す……生徒会長である真由美に、達也が意図した事が分からないはずも無い。

 だけど真由美は嬉しそうな顔を変える事無く首を左右に振った。

 

「そんな事無いわよ。少なくとも私には無理だもの。私ってこう見えて理論系も結構上の方なのだけどね」

 

 

 如何見られてるのだろうかと思ったが、達也は余計な事は言わなかった。知り合って間もない相手の話を途中でぶった切る事はさすがの達也でも出来なかったと言った方が正しいかもしれないが。

 

「入試問題と同じものを出されたとしても、司波君のような凄い点数はきっと取れないと思うな~」

 

「そろそろ時間なので……失礼します」

 

「え? ちょっと!」

 

 

 まだ何か話したそうな真由美にそう告げて、達也は横を通り過ぎて行く。背後から呼び止められる声が聞こえたが、生徒会長が新入生を掴まえて入学式に遅刻させたとなれば問題になると真由美も分かっていたので、さすがに追いかけては来なかった。

 達也は足早に真由美から距離を取り講堂に向かった。自分が何かに恐れているとは気付かずに……

 

「真由美、こっ酷く振られたな」

 

「摩利!?」

 

 

 達也が居なくなった中庭で、残された真由美をからかうような声で話しかけてきた女子が居た。彼女は影からずっと達也と真由美のやり取りを見ていたのだ。

 もちろん達也は気付いていたのだが、別に害意も感じなかったので放っておいたのだが、如何やら真由美は気付いていなかったようだった。

 

「それにしても真由美はああ言った男が好みなのか」

 

「そんなんじゃないってば!」

 

「アイツ、新入生だろ? 服部が知ったら如何なるかな~」

 

「はんぞー君は関係無いでしょ!」

 

「何だ真由美、お前アイツの気持ちに気付いてるんじゃないのか?」

 

「それは……」

 

 

 真由美はもちろん服部が自分に先輩以上の好意を寄せているのには気付いているが、残念ながら真由美にとって服部はからかう相手であってそう言った対象では無いのだ。

 

「それにしても、何をあんなに楽しそうに話してたんだ? 初対面の男相手にお前があんな顔をするとは思って無かったぞ」

 

「ちょっと趣味が合ってね。彼も読書派だったのよ」

 

「ふ~ん」

 

「あれ?」

 

「本当にそれだけか?」

 

「だからそう言った事じゃ無いってば!」

 

「私はまだ何も言ってないぞ。真由美、お前は何の事だと思ったんだ?」

 

「もう! 知らないもん!」

 

 

 悪友にからかわれて、真由美はフイと顔を逸らして講堂に向かった。そんな真由美の態度が面白かったのか、摩利は声を出して笑った。

 

 

 

 

 

 

 生徒会長と話しこんでいた所為で、達也が講堂に入った時には既に半分の席は埋まっていた。

 特に座席の指定は無いのだから、最前列だろうが最後列だろうが、端だろうが真ん中だろうが自由に座れるのだが、達也は座っている生徒を見てため息を吐きたくなった。

 前半分が一科生(プルーム)で後ろ半分が二科生(ウィード)に分かれているのだ。同じ新入生でありながら前と後ろで綺麗に分かれているのを見て、関心と呆れを感じたのだ。

 

「(もっとも、差別意識が強いのは、差別されている側だろうがな)」

 

 

 達也にはそんな意識は無いのだが、他の二科生も自分と同じだとはさすがに思っていない。この中の何人が達也と同じ思考の持ち主かを見つけるのは恐らく困難だろう。もちろんそんな事はしないのだが。

 前後で分かれているのが意識的だろうが無意識だろうが、その流れに逆らって波風立てるのも面倒だと思い、達也も二科生が集まっている後列、その中でも後ろの方に目をつけ、端っこが開いている場所に移動した。

 横に誰が座っても別段気にはしないのだが、出来る事なら端っこの方が気が楽なのだ。

 

「(あと20分か……何をするにも中途半端な時間だ)」

 

 

 席に腰を下ろして時計を確認して、さてこれから如何やって時間を潰すかと悩んだ。通信制限が掛かっている講堂では端末にアクセスは出来ないし、そもそもこんな場所で端末を広げるのはマナー違反だ。

 

「(深雪は今頃最終チェックをしてる……いや、深雪がこんなギリギリまでそんな事をしないか)」

 

 

 こんな時に自分の妹の事を考える辺り、達也も普通の兄では無いのだろう。自分の考えてた事に苦笑いを浮かべようとしたら、声をかけられた。

 

「あの、お隣空いてますか?」

 

 

 寝ようとしてた達也は、組んでいた腕を解いて閉じかけていた目を開いて声のした方を確認する。そこには女子が立っていて、間違いなく自分に掛けられて声だと理解した。

 

「どうぞ」

 

 

 別に連れが居るわけでも無いし、どうせ隣に座るならムサイ男よりも女子の方が良い。そんな事を達也が思ったか如何かは知らないが、達也は声を掛けて来た女子を隣に座らせた。

 まだ空きは多いのに、何故こんな所に来たのかが、達也は気になっていたのだ。

 

「良かったね~」

 

「これで一緒に座れるね」

 

「4つとなると探すの大変だもんね」

 

 

 如何やら彼女は1人では無く4人組だったようだ。それならこんな場所を選ぶのにも納得が行く。 

 だが、この4人は如何言った関係なのだろうか……中学からの友人なのだろうか?

 

「(でも、それなら誰か1人くらい一科生でも良さそうなもんだがな)」

 

 

 4人の関係を考えながら、達也は再び腕を組み目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 隣に誰が来ようと別に達也は気にならない。だからそのまま寝ようとしたのだが、何やら見られているような感じがしてうっすらと目を開いた。

 そのまま横を見れば、やはり彼女は達也の事を見ていたのだった。

 

「(別に肘は当たってないだろうし、文句を言われる事はしてないよな?)」

 

 

 別に非難しているような目では無かったのだが、反射的に達也はそんな事を考えたのだった。

 

「あの私、柴田美月って言います。よろしくお願いします」

 

 

 なんてことは無い。彼女はただ自己紹介をしようとして達也の事を見ていただけなのだ。人を見た目で判断するのは危険だが、見た目通りの気の弱そうな声での自己紹介に、達也は警戒のレベルを下げた。

 

「司波達也です。此方こそよろしく」

 

 

 今時珍しい眼鏡を掛けた女子、柴田美月をじっくりと、だが不快に思われない程度に観察した達也は、無難な返事をして考え込んだ。

 

「(霊子放射光過敏症か?)」

 

 

 よほどの先天性視力異常でも無い限り、今の時代に視力矯正は必要ない。かと言っておしゃれで眼鏡をかけるのなら、あの様な丸眼鏡は使わないだろうと思ったのだ。

 角度を変えて見てみれば、あのレンズに度が入っていない事が分かった。つまり視力矯正で眼鏡を掛けている訳では無い事が分かったのだ。そして彼女はおしゃれで掛けていないと決め付けるのなら、やはり霊子放射光過敏症の可能性が高いと、達也は判断した。

 

「(見えすぎる目か……)」

 

 

 霊子放射光過敏症とは、意図せずに霊子放射光が見える、意識して霊子放射光を見えなくする事が出来ない、一種の知覚制御不全症だ。とは言っても病気でもなければ障害でも無い。感覚が鋭すぎるだけなのだ。

 霊子放射光は、それを見ている者の情動に影響を及ぼす。その為に霊子放射光過敏症者は精神の均衡を崩しやすい傾向にある。

 これを予防するもっとも簡単な手段が特殊加工されたレンズを使った眼鏡を掛ける事なのだ。

 

「(彼女の前では注意した方が良いかもしれないな)」

 

 

 達也には色々と秘密にしなければいけない事がある。いくら彼女が霊子放射光過敏症の可能性が高いとは言え、そう簡単に見破れるはずもないのだが、達也は心の片隅にその事を覚えておく事にした。

 

「あたし、千葉エリカ。よろしくね、司波君」

 

「こちらこそ」

 

 

 美月の向こう側に座っていた女子に声を掛けられて、達也は思考を一旦中止した。結果的にエリカが声を掛けた事は、この場においては良い事だったのかもしれない。

 無意識に見つめていた達也の視線に、美月がそろそろ耐えられなくなってきていたからだ。別に恋愛感情からの照れでは無く、単純に視線に耐えられなくなってきてただけなのだが。

 

「それにしても、面白い偶然って感じかな?」

 

 

 如何やら彼女は活発な女の子らしい、達也はそう思いながら聞き返す。

 

「面白いって、何がだ?」

 

「だってシバにシバタにチバでしょ? 何だか語呂合わせみたいで面白くない? ちょっと違うかもだけどさ」

 

「……なるほど」

 

 

 言われて見れば似ているような気にもなるが、達也が気になっていたのはまだ別な事だった。

 

「(千葉……また数字付き(ナンバーズ)か? だが、『あの』千葉家にエリカと言う娘は居なかったと思うんだが、傍系と言う可能性もあるしな……)」

 

「ん? 司波君、ジッと見つめられると照れるんだけど」

 

「別に他意は無いんだが、すまないな」

 

 

 美月程では無いにしても、達也に見つめられたらエリカのような女子でも恥ずかしいと思うだろう。

 だが美月と違い、エリカの表情にはまんざらでも無さそうな雰囲気が混じっていたのだが、達也はもちろん、美月も、そして本人のエリカですらその事には気付かなかった。

 

「ところで、4人は同じ中学なのか?」

 

 

 残り2人の自己紹介が終わった所で、達也が疑問に思っていた事を尋ねた。入学早々友達が出来たと言う訳でも無いだろうし、それ以外に4人で行動を共にしている理由が思いつかなかったのだ。

 

「違うよ。全員さっきが初対面だよ」

 

「初対面?」

 

「案内板の前でにらめっこしてたら美月が声を掛けてくれたんだ」

 

「案内版? にらめっこ?」

 

 

 エリカの表現が独特すぎて、達也にはちょっと理解するのが難しかった。

 

「いや~講堂の場所が分からなくてさ~」

 

「……端末は如何した? 地図くらいならそれで分かるだろ」

 

 

 入学式のデータは会場の場所を含め全て、入学者全員に配信されている。それがあれば端末に標準装備されたLPS(Local Positioning System)を使えば、仮に式の案内を読んでなくても、何も覚えてなくとも迷うはずはないのだ。

 

「あたしたち3人とも、端末持ってなくて…」

 

「だって仮想型は禁止だって入学案内に書いてあったし」

 

「せっかく滑り込んだのに、入学早々目をつけられたくなかったし」

 

「あたしは単純に持ってくるのを忘れたんだけどね……」

 

「そう言う事か……」

 

 

 本当は納得した訳では無い。自分の入学式なのだから、会場の場所ぐらい把握しておけよと言うのが達也の偽らざる本音なのだが、そんな事を口にはしなかった。

 無闇に波風を立てる必要も無いだろう。特に同じ二科生同士、これから色々とあるだろうからと、達也は自重して再び腕を組んで睡魔に身を任せ眠りにつくのだった。

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