牙狼はもっとえぇぞ~。
人々が寝静まる頃。辺りはすっかり暗くなり、小さな街灯が仄かに街を照らしている。
街を囲むように聳える外壁。
その上で街の様子を伺うように見下ろす青年がいた。
歳は二十代半ば程。丈の長い白のロングコートを靡かせる彼は、視線をそのままに、左中指に嵌められていた髑髏を象った指輪に話しかけた。
「どうだ、何か感じるか?」
『あぁ、ホラーの臭いがプンプンしやがる。今夜も長い夜になりそうだぜ』
どこか皮肉屋な印象を受ける指輪に「そうか……」と。青年は短く返す。
瞬間、青年はその場で跳躍。二〜三〇メートルはあろう外壁から躊躇なく飛び降り、そのまま夜の街へと消えていくのだった───。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
VRMMORPG〝ユグドラシル〟。
西暦2126年にリリースされた仮想体感型オンラインゲーム。1000を越える職業、アバターの外見に留まらず、武器や防具、果てはギルドホームまでもがプレイヤーの自由にデザイン出来るほどの圧倒的自由度を誇る。
しかし、そんなユグドラシルも次第に過疎化が進み、公式運営がユグドラシルサーバーの停止を正式発表した。
そして、2138年の今日午前0時。ユグドラシルは12年の歴史に幕を閉じた。
───ハズだった。
「……ん?」
次に目を開けた時、初めに感じたのは、違和感だった。
鬱蒼とした森林地帯。柔らかな風が頬を撫で、木々の隙間からは優しい陽光が差し込んでいる。
「ここは、いったい……?」
元の世界ではまずお目にかかれない光景に、自分は疑問符を浮かべることしかできずにいた。
『ようやくお目覚めのようだな、レンガ』
すると、何処からともなく声が聞こえてきた。
思わず顔を左右に回す。しかし、それらしき存在は見当たらない。
『下だ、下。まったく、寝ぼけるのもほどほどにしろよ?』
言われるがまま声の元をたどるように視線を落とす。その先にあったのは自身の左手と、その人差し指に嵌められていた一つの髑髏を象った指輪だった。
「お前、ザルバ、か?」
『おいおい、まだ意識がはっきりしないのか? 守りし者がそんな体たらくじゃ、この先生き残れないぜ?』
そう言って口をカチカチと動かしながら、ザルバは皮肉を投げかけてきた。
魔導輪ザルバ。
とある
こんな流暢に会話なんてできなかったはずだぞ。
「ザルバお前、どうしてそんなに喋れるんだ? 今までは決まった言葉しか喋らなかったのに……」
『さぁな、俺にもよく分らん。だが、こうしてお前さんと話せるのは悪くない気分だ』
「そ、そうか……」
本来のザルバは運営側が設定した定型文を話すだけだった。
いったい何がどうなってるんだ……?
流石に頭がこんがらがってきたため、一度状況を整理することにした。
一時間ほど前。いつものように仕事を終えて帰宅した自分は、飯やシャワーを後回しにし、急いでユグドラシルにログインした。
本来であればもっと早くにログインできるはずだったのだが、職場の上司が突然仕事を押し付けてきて急遽残業をする羽目になった。流石はブラック企業、こっちの予定はお構いなしだ……。
気合と根性でどうにか日を跨ぐ前に仕事を終わらせ、なんとかサービス終了前に間に合うことができた。時間は殆ど残ってなかったが、それでもゲーム内で見つけたお気に入りの場所なんかを巡ったりして、過去の思い出に浸りながら最後の瞬間を迎えたはずだった。
しかし、現実はこれである。
最初はサーバーダウンが延期になったのかと思ったが、ザルバの様子をみてその考えは吹き飛んだ。あの黄金期を迎えていた時でさえ会話プログラムにパッチが充たることはなかったのに、今は自然にやり取りができている。
この場所だってそうだ。似たようなフィールドはいくつかあったが、こんな場所はユグドラシルでは見たことがない。
それに植物のこの質感。電脳法で触覚の一部を制限されていたあの時代のVRゲームではまず再現できないリアルさだ。
「やっぱりここって、ゲームの中じゃないよな」
現状そう考えるのが妥当だった。
とりあえずその場から立ち上がり、改めて今の自分の姿を確認する。
目線の高さからして、身長はざっと180前後。丈の長い白のロングコートを纏い、インナーは黒の皮シャツを身に着けている。髪は黒のショートヘア。顔は……触った感じそこそこ整った顔立ちだ。
この格好、それに先程ザルバが自分の事を〝レンガ〟と言ってたあたり、今の自分はゲーム内で使用していたアバターの姿をしているようだ。
「となると、次に気になるのはアイテム関連だが……」
試しにコートの内側に手を伸ばしてみる。すると自分の腕がみるみる中に入っていき、そこで
因みにこのコート、正式名を『魔導衣』と呼ぶ。斬撃や刺突耐性にやや脆弱性を孕んでいるが、打撃や魔法系の攻撃に関しては並の金属製防具を凌ぐ性能を秘めている。
このコートにはアイテムのショートカット機能が備わっており、収納数は少ないが
そうしてコートの内側から取り出したのは一振りの直剣だった。
各所に金の装飾が凝らされた赤鞘の直剣。短い鍔。柄の中心には三角を象った紋章が刻まれている。
「おぉ……」と、思わず声が出てしまう。まさか本当に取り出せるとは思わなかったからだ。
再度コートの中に手を伸ばし、次に取り出したのはユグドラシルでは誰しもがお世話になる下級の回復アイテム。どうやら頭の中でイメージすることで取り出せるものが変わってくるようだ。
しかし、元々所持していないものはどれだけやっても取り出すことはできなかった。とはいえ、右も左も分からない場所に空手で放り出されなかっただけマシではあるが。
「後はスキル周りを調べたい所だが──」
瞬間。何かを感じ取ったザルバが再び口を鳴らす。
『レンガ、ホラーの気配だ』
「っ!」
ホラー。ユグドラシル内に存在する悪魔系のエネミーの一種。
特殊な素材を用いた武器でしかダメージを与えられず、何より厄介なのは人間種に憑依する事で脅威度が増す厄介な敵だ。
まさかこの世界にホラーが居るとは思わなかったが、同時にスキルの有無を確かめる良い機会でもある。
「ザルバ、ホラーのある場所は分かるか?」
『あぁ、この森を真っ直ぐ抜けた先にいるようだ』
「よし、なら早速向かうとするか!」
ザルバに行き先を示して貰った後、地面を蹴り、走る。
速い……! 身体の影響なのか、前の自分とは比べ物にならないほどのスピードで森の中を駆け抜けられている。
風景がどんどん後ろに消えていく。まるで風にでもなったような気分だ。
しかも軽く走ってこれだ。推測だが、ゲーム時のレベル補正もかかっているのだろう。でなければこの速度はあり得ない。
最早超人の域だ。迫りくる木の枝もスローモーションに見えるし、常人では飛び越えられないような崖も軽くジャンプすればひとっ飛びできる。
レベル100の身体能力、ぱねぇ……。
そんなことを思いながら、ザルバの案内の下ひた走り、森の中へと進んでいくのだった───。
とまぁこんな感じの物語です。
もしユグドラシルに魔戒騎士というジョブがあったら…という妄想で書き殴りました。
ちまちま進めていきますので、読んで頂ければ幸いです。