私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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グラスの中で氷がカランと音を立てながら崩れ落ちた。

 

液体の浮力が無くなり自由落下した氷はグラスの中で小さな塊となって2つに別れる。

 

どうやら、気付かなぬうちにコーヒーを飲み干してしまっていたようだ。

 

どれだけガムシロップを入れても苦い。

 

やっぱりだめだな。

 

俺の身体はMAXコーヒーしか受け付けないらしい。

 

 

小さく溜息を吐きながら、いつかの日、”あいつ”に奢ってもらった喫茶店で時間を潰す。

 

あの時と違うのは……

 

 

恩着せがましいやつが目の前に居ないだけ。

 

 

それだけだ。

 

 

「……」

 

 

 

三浦が家を飛び出して3週間。

 

 

音沙汰のない俺の身の回りには、あいつと出会う前に逆戻りした空間が広がっている。

 

 

ぼっち最高。

 

 

ぼっちこそ至高。

 

 

ぼっち……。

 

 

 

なんて、少しばかり高校生の頃のように反発してみる。

 

俺は今も昔も変わらない。

 

変られない。

 

 

………。

 

 

 

喫茶店に1人の男性が入店してきた。

それと同時に、俺は腕時計を確認する。

 

 

「……遅いぞ」

 

「ははは。急に呼び出しておいてそれはないだろう」

 

「む……。ついに集合時間も守れなくなったの?あなたの存在価値は二酸化炭素以下ね」

 

「雪ノ下さんの真似かい?」

 

「お茶目だろ?」

 

「腹が立つよ。それで、急に呼び出した理由は?」

 

 

彼はコーヒーをブラックのまま飲み込んだ。

 

地獄の所業だ。

 

しかし、こいつがガムシロップを沢山入れる姿は想像出来ない。

 

 

 

「……。単刀直入に言う。俺を助けろ、葉山」

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

アルコールが身体に充満するような感覚。

重力が無くなり、ふわりと宙に浮いているみたいな……。

 

でも、あの時のことを思い出すと、血液を巡るアルコールは姿を消して、私は現実に引き戻される。

 

 

 

私は電源の切れかかったスマホをポケットにしまい、待ち合わせしているバーでカクテルを傾けた。

 

 

バーの扉がゆっくりと開かれ、1人の女性が現れる。

 

 

「……遅いし」

 

「あら、急に呼び出しておいてその言い草はないんじゃないかしら」

 

「む。……集合時間も守れないなんて、ついに時計の見方も忘れてしまったの?」

 

「……誰の真似をしているのか分からないのだけど、すごく腹が立つことは確かね」

 

「ふん」

 

「それで、急に呼び出した理由をそろそろ聞かせてもらえないかしら」

 

 

私は空になったカクテルを注文し直すと、彼女も同じものを注文した。

 

綺麗な黒髪が耳に掛けるように、手で髪をかきあげる。

 

 

 

「……奉仕部に依頼があるんだけど…。雪ノ下さん」

 

 

 

少しだけ驚いたように、雪ノ下雪乃は私を見つめる。

姿勢正しい彼女の驚いた顔は少し笑えてしまう。

 

そんなところが浮世離れしてると言うか。

 

結衣が構いたくなる理由も分かってしまう。

 

 

「……懐かしい名前を出すのね。…それで、依頼の内容は?」

 

「……。わかんない」

 

「は?」

 

「わかんないんだし。……どうしたらいいか」

 

「….…。類は友を呼ぶとは本当らしいわね。とても似ているわ。由比ヶ浜さんと」

 

「……」

 

「感覚と感情で動く。後先は考えない。その癖、後悔は人一倍するのだから」

 

「うっせ。で?どうすればいいの?」

 

「も、もう少し具体的に教えてもらえないかしら」

 

「え、ちょっと恥ずいから言えなんだけど」

 

「相談をする気があるのかしら……」

 

 

そう言って、雪ノ下さんは呆れながらもカクテルを傾ける。

 

その姿がどことなくヒキオに似ていて、私はこいつこそ類は友を呼ぶと言えるじゃないかと思ってしまうが、なんとなく悔しいから言わない。

 

 

「……ヒキオの優しさに甘えて、酷いことしちゃった」

 

「……そう」

 

「…悪いのは、全部あーしなのに」

 

「……なら、謝れば良いじゃない」

 

 

謝れば許してくれる。

ヒキオのことだから、なにも無かったかのように接してくれるだろう。

 

でも、万が一にも。

 

いや、億が一にも。

 

 

ヒキオに拒絶されたら、私は立ち直れなくなる。

 

 

全部を否定される、そんな想像が頭を駆け巡ってしまう。

 

 

 

「……怖い。あいつと離れ離れになるのが、……すごく怖い」

 

「……」

 

 

 

この数ヶ月の思い出が黒く塗り潰されてしまう。

私はあいつとの記憶に一生懸命 色を塗り続けてきた。

 

 

 

「比企谷くんは……、必ず助けてくれるわ」

 

「……」

 

「私も、由比ヶ浜さんも、一色さんも、川崎さんも、海老名さんも、葉山くんも、姉さんも、….…みんな彼に救われてきた」

 

「…」

 

 

鋭く睨むような視線はどこか怒っているようだ。

まるで恋敵を睨むように。

 

いや、彼女にしてみては、私は恋敵になるのか。

 

 

「あなたも必ず救われる。彼に選ばれた特別なあなたは、必ず救われるわ」

 

「そ、そんなの…」

 

「彼が信用できない?」

 

「ち、違う….…、けど」

 

 

「だったら私が貰うわ。……彼を私に頂戴。少なくとも、今のあなたよりは彼を信用してあげられるし、あなたに負けないくらい彼を愛してみせる」

 

 

 

店内に流れていたBGMが途端に鳴り止む。

まるで、静かな嵐から逃げるように、空気も音も、全てが固まった。

 

 

「……なんてね。ごめんなさい、これから用事があるから失礼するわね」

 

「あ、ちょっ……」

 

「…忘れないで頂戴。……私や由比ヶ浜さんが彼をまだ好きでいることを」

 

「っ!…」

 

 

 

「………彼を悲しませたら……、あなたの一族を全て抹殺してあげる」

 

 

 

そう言い残し、雪ノ下雪乃は店を後にする。

私は背中を見つめることしか出来なかった。

 

 

彼女の言葉は深裂で、とても慰めるような優しい言葉ではなかった。

 

 

私は相談相手を間違えてしまったのだろうか……。

 

 

彼女を本気にさせたらどれだけ怖いか、今日 初めて分かった気がする。

 

 

それでも、彼女の言葉が私を動かしたのは事実だ。

 

 

負けない。

 

 

絶対に負けれない。

 

 

 

 

そう思わせてくれただけで、彼女に、……奉仕部に相談した価値はあったのかもしれない。

 

 

 

 

.

……

………

…………

 

 

 

 

 

バーで雪ノ下雪乃と会合をして数時間後、私は既に暗くなり始めた空を見上げながらゆっくりと歩く。

 

気づくと息は白く染まっていた。

 

冬が来たんだ。

 

寒さとは裏腹に、どこか胸の中で熱くなる感情が私の身体を縛り付ける。

 

 

会いたい。

 

 

また、優しくギュってしてもらいたい。

 

 

不貞腐れながら隣を歩いて居てもらいたい。

 

 

暖かい手で、頭を撫でてもらいたい。

 

 

 

 

「……許してくれるかな…」

 

 

 

「虫が良すぎるんじゃないかい?」

 

 

 

帰ってくる筈のない独り言が会話を始める。

 

思わず私はその声の主を睨みつけるが、まるで幽霊を見たときのように全身から力が抜けてしまう。

 

血が冷めるように、私はそいつと目を合わせる時間に比例して体温が下がっていく。

 

 

 

「…っ。…隼人」

 

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 

 

神様は残酷だ。

 

会いたいと願うと、会いたくない人物を私に寄越すのだから。

 

 

 

「……、久しぶり」

 

「比企谷と付き合ってたんだってね。彼から聞いたよ」

 

 

 

付き合っていた。

 

その発言の真意を問いただす時間も無く、彼は話し続ける。

 

 

 

「学生の頃から、君は表面でしか人を見ることができなかった」

 

「……何が言いたいんだし」

 

「俺が君をフった理由だよ。優美子」

 

「っ……」

 

「比企谷と付き合ってると聞いて、少しは君も人間の内面を見ることが出来るようになったと思ったけど……。どうやらあの頃と変わらなかったようだね」

 

「…あんたに何が分かるのよ」

 

「彼に依存して、甘えて、頼って…。結果、彼を傷つけた」

 

 

 

私の知らない隼人だ。

 

こんなに感情を剥き出しに話す奴ではなかった。

 

そして、隼人の言葉が確信を突いているのも事実。

 

私は何も言い返せない。

 

 

 

「優しい彼ならきっと許してくれる。だけど、そうやって作られた関係は”本物”かい?」

 

 

 

許してくれる。

 

あいつは優しいから。

 

でも、それって……。

 

 

本物なの?

 

 

 

ぐるぐると回る思考に考えが追いつかない。

 

 

 

「君には彼の側に居るべき人間じゃない」

 

 

 

そして、葉山隼人は私の前から居なくなる。

 

重い重い言葉を残して。

 

 

 

 

 

1通のメッセージがスマホに受信される。

 

 

それは終わりを告げるメッセージ。

 

 

最後のメッセージ。

 

 

 

 

比企谷

【ごめん。】

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ……っ!」

 

 

 

息が切れようとも構わず、私は頼りないお頭をあてに走り回る。

 

 

一緒にご飯を食べた家。

 

課題に取り組んだ図書館。

 

甘いコーヒーを飲んだ喫茶店。

 

青く広がる空の下でピクニックをした高原。

 

 

思いつく場所へ片っ端から向かってみたものの、彼の姿どころか人の影すら見えない。

 

もう日にちが変わる。

 

LINEのメッセージは帰ってこない。

 

 

気づけば足から血が出ている。

 

それでも走り続けるのは、最後に顔を見たかったから。

 

涙は止まらないのに、私とヒキオの時間は止まってしまう。

 

 

どうしても伝えたい。

 

 

ありがとう。

 

 

好きになってくれて。

 

 

私も大好き。

 

 

って。

 

 

 

冬の空は容赦なく体力を奪い続ける。

 

もう、思い当たる場所はない。

 

 

 

……いや、一つだけある。

 

 

 

ほんの小さな可能性に縋るように、私は大通りに出てタクシーを止める。

 

 

 

「す、すみません!千葉の総武高校まで!!」

 

 

 

.

……

………

…………

……………

 

 

 

薄暗い校舎が堂々と構える。

何年振りだろう。

総武高校の裏門を抜け、講師専用の入口のドアノブを握る。

 

軽く捻ると鍵が掛かっていないことに気付いた。

 

 

廊下を走り、懐かしむ間も無く一つの教室の前にたどり着く。

 

 

奉仕部の部室は、今尚奉仕部の部員によって使われているのだろうか。

 

 

そんなことを考えながら、私はドアを開ける。

 

 

予感がしていた。

 

 

椅子に座って、文庫本を読む彼の存在を。

 

 

だからこそ、私は慌てることなくこう言える。

 

 

 

「……。こんなところで何やってんだし」

 

「ノックぐらいしろよ」

 

 

彼は文庫を机に置く。

 

月光で照らされている部室には、私とヒキオしか居ない。

 

 

「……」

 

「で?依頼は?」

 

「…は?」

 

「依頼があるから来たんじゃないのか?」

 

「……。依頼は……」

 

 

ヒキオが椅子から立ち上がると、月明かりで反射した埃が舞い上がる。

 

どうやら普段、この部室は使われていないようだ。

 

 

 

「…好きな奴に謝りたい」

 

 

「……」

 

 

「いっぱいいっぱいごめんねって伝えたい」

 

 

「……そうか」

 

 

「ヒキオ、許してくれなくていいよ。でも、ごめん。……あんたは優しいから…」

 

 

 

冷たい雫が目から零れ落ちる。

 

優しいから、私と居たらあんたが傷つく。

 

本物はきっと生まれないから。

 

私はヒキオから離れなくちゃいけない。

 

 

 

「……俺は優しくなんてない」

 

「……」

 

 

 

ゆっくりと、彼は私に近づいてくる。

 

何かをポケットから取り出すと、私の前に差し出した。

 

 

「これ、落としてたぞ」

 

 

宝石のように光るピンキーリングがヒキオの手のひらに乗せられている。

 

あの日に落とした物だ。

 

 

「でも、もう要らないよな?」

 

「っ…!!」

 

 

彼はそれを握りしめ、力強く窓の外に投げ捨てた。

 

リングは放物線を描き、綺麗な流れ星のように夜空を横切る。

 

どこかに落ちていってしまったリングは行方を消した。

 

終わったのだ。

 

これで。

 

 

 

「……お終いだ」

 

「……」

 

 

 

儚く壊れる思い出が、涙となって床に落ち続ける。

 

心って、こんなに簡単に壊れるんだ。

 

不甲斐なく泣き続ける私は床に付けられる涙のシミを見ることしかできない。

 

出会いも唐突なら、別れも唐突。

 

 

優しく、暖かい、夢のような時間は、もう取り返し効かないくらいに脆く崩れ去ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、彼は私の左手を自分の胸辺りまで持ち上げる。

 

 

 

 

そして、なぜか赤く染まった彼は私を見つめ続けた。

 

 

 

 

冷たく光る小さなリングが、気づけば左手の薬指にはめられている。

 

 

 

 

シンプルなシルバーリングは冷たくも暖かく、静かにそこに存在している。

 

 

 

 

「これから、また始めよう

 

 

ーーー結婚してください」

 

 

 

 

 

彼の言葉を理解出来ぬまま、私は薬指の指輪を凝視する。

 

 

 

「……怖かったんだ。…、三浦があの日、家を飛び出したとき。…もう戻って来ないんじゃないかと思って…」

 

 

「…っぅ」

 

 

「……厳密に言うと、関係が失われるんじゃないかと思った」

 

 

「……な、なんで…」

 

 

「だから、誰かれ構わず助けを求めた。雪ノ下や由比ヶ浜に相談して、葉山に悪役を演じてもらって、平塚先生に学校の鍵を開けてもらって……」

 

 

 

涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、ヒキオはゆっくりと私の頭を撫でてくれる。

 

 

「嫌われるんじゃないかと不安だった。ここに来てくれるのかも定かじゃなかった。……でも、信じてた」

 

 

夢のような現実が、まるで手を伸ばせばそこにあるような……。

 

 

確かに伝わるヒキオの暖かさ。

 

 

薬指にはめられたリング。

 

 

誓いの言葉。

 

 

夢だと勘違いしても仕方がない程の出来事が次から次へと湧き起こる。

 

 

 

「…き、嫌いになるわけないし!!…ずっと居たいよ…、ヒキオの側に…」

 

 

 

教室に響き渡る声。

 

 

 

「……大好きだから…」

 

 

「ん、俺もだ」

 

 

 

じんわりと伝わる実感が、寒さを吹き飛ばしてしまったのかと思うくらい身体を熱くした。

 

 

 

「……この前の研究発表会で、教授から大学専属の研究者として推薦してもらえたんだ」

 

「え!?ヒキオ働くの!?」

 

「ん。……だから、まぁ、その…」

 

「……?」

 

 

 

 

ヒキオは頬を掻きながら目を反らす。

 

いつもの癖だ。

 

 

 

 

 

 

「改めて言うが、……結婚してください。三浦優美子さん」

 

 

「ふふ。……うん、お願いします。比企谷八幡さん」

 

 

 

 

 

 

安心したのか、彼の肩から力が抜ける。

 

いつもの冷静さはどこへやら。

 

 

でも、そんな彼が愛おしい。

 

救ってくれた彼が愛おしい。

 

誰よりも近くに居る彼が愛おしい。

 

 

 

チャペルは無いが、私はヒキオに誓いのキスをする。

 

 

 

「キスするとき、いつも身体がビクってなるし」

 

「おまえも、キスした後に顔赤くするだろ」

 

「へへ、じゃぁお互い様だね」

 

「そうっすか。……じゃ、帰るぞ」

 

「おっと、帰るならあーしを背負ってもらおうか」

 

「は?」

 

「足痛い…」

 

「はぁ?……って!?血だらけじゃねぇか!?…アホなの?」

 

「もっと心配しろし!」

 

「してるよ。ほら、乗れよアホ」

 

「アホじゃないし!!」

 

「ん。……はぁ、後で葉山に謝んねぇとな」

 

「えー、謝んなくてもいいっしょ。あーし、ガチで傷つけられたし」

 

「君ねぇ……」

 

「あーしも早く就職先見つけないと」

 

「……いいんじゃないか?働かなくても」

 

 

「そんなわけにはいかないし。それに、前にも言ったでしょ」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 

「あーしがあんたの世話をしてやるって!!」

 

 

 

 

 

〜end〜

 

 

 

 

 




これでラストです。

だいぶ前から最終話は書き終わってたんですが、少し内容を明るくしようと思って修正してました。

本当はもっと短編で終わらせようとしてたんですが、結構評判良かったんで長々と書かせて頂きました笑


本当はいろはすか陽乃のラブコメ書きたかったのに!!笑


ありがとうございました。

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