夏の日差しを感じながら、運転手を使わずに自らの足で待ち合わせの場所へと脚を動かす。
大胆に出した腕にはしっかりと日焼け止めを塗っているから安心だ。
派手過ぎない装飾品と薄い化粧。
先日に慌てて切った髪。
……って、なんでこんなに気合入れてるのよ。
なんて思いながらも、アパレルショップの窓ガラスに映った自分に不備は無いかとさり気なく確認する。
「……さて、比企谷くんが言ってた喫茶店ってあそこよね?」
もう目と鼻の先にある待ち合わせ場所に、ほんの一瞬、私の心臓は強く脈打つ。
楽しみにしてるんだ。
彼と会うのを。
……っ、違う違う!
彼で遊ぶのが楽しみなのよ!!
冷静を保ちつつ、私は喫茶店のドアに手を掛ける。
都内では良く見かけるチェーン店の喫茶店は、休日の昼間だと言うのに店内はガラガラだ。
そのためか、私は直ぐに彼を見つけるとが出来た。
「……。比企谷くん!久しぶりー!」
「…ども」
……こいつ、スマホを弄りながら私に目も向けないとは…。
彼の座る対面に腰を落とし、メニューを見ることなくアイスコーヒーを注文すると、既に注文していたであろう彼の前にはコーヒーと大量のガムシロップが置かれていた。
「…ふふ。うん、変わらないね。君は」
「え、突然に何ですか?」
ようやく顔をスマホから上げた彼は、あの頃よりも大人びいて見える。
それもそうか。
彼も立派な成人なんだもんね。
「あ、早速だけどコレ。はい」
「どうも。はい、コレ」
彼は私から紙切れを受け取ると、用意していたであろうお金を直ぐさま私に差し出した。
「……本当に用意したんだ」
「は?」
「…なんでもないよ。このお金はさ、やっぱりいらないや」
と、私は10枚の一万円札を比企谷くんに返してあげる。
それでもやはり、彼は懐疑的な視線で私を見ながら、それを受け取ろうとしない。
そのやり取りを見て、アイスコーヒーを運んできてくれた店員さんは驚いていたけど…。
「…なんです?苦学生を哀れんでるんですか?」
「ふふ、違うよー。10万なんて冗談に決まってるじゃない。そもそも私、花火なんて見る気なかったし、誰かに譲るつもりだったの」
理由を言っても尚受け取らないのは、彼なりの意地か、それとも見栄か。
「……ふむ。不慣れな日雇いバイトで稼いだ金なんですがね。汗水涙血を流して働いたんですけど、要らないって言うのなら受け取りましょう」
「……なんで上から目線なのよ」
私は呆れながら、その10万を大事に彼へと渡す。
「せっかく頑張って稼いだんだから、自分のために使いなさい」
「…それもそうですね。じゃぁ…」
甘そうなアイスコーヒーをゆっくり傾けると、彼は表情一つ変えずに口を開いた。
「買い物に行きましょう。付き合ってください」
「……へ?」
.
…
……
………
…………
都内でも大型のショッピンモールはうるさいくらいに賑わっている。
普段ならぷらっと1人で来ることが多い私だが、今日は隣に肩を並べる人物が。
あれ?背も高くなったかしら…。
それでも猫背は変わらないのね。
「雪ノ下さん?歩くの早かったですか?」
「え?あ、ごめんごめん。ちょっと考え事をね…。それにしても比企谷くーん、ちゃっかりお姉さんをデートに誘うなんてどういう風の吹き回し?」
「…たまには旧知の知り合いと歩くのも悪くないでしょ?」
「へぇ…。じゃぁさ…、えいっ!」
余裕たっぷりな返答に若干苛立ちを覚えた私は、悪戯心をそのままに、彼の腕へと抱き着いた。
「…っ!ちょ、何するんスか」
「たまには旧知の知り合いと腕を組むのも悪くないでしょ?」
「天邪鬼か!」
「君に言われたくないよ!」
と、ジャレ合いながら、比企谷くんは顔を私から背けつつそれを受け入れる。
ふふ、まだまだ青いなぁ〜。
「…むー。あ、この店、雪ノ下さんの趣味とは真逆でしょうけどどう思います?」
「ん?この店?……ちょっと、ファンシーショップが私と真逆ってどうゆう意味!?」
「……んー。あいつはこんなんでも喜ぶのか…?」
あいつ…?
あいつってやっぱり、花火大会に一緒に行く娘かしら。
そういえば、未だに聞けてないのよね、誰と行くのか。
まぁ、雪乃ちゃんかガハマちゃんでしょうけど…。
ウィンドウガラスを睨みながら考える彼は、どこか無防備で、私にはその姿が可愛らしく見える。
そして、こんな彼がこれだけ大切に思える人を羨ましく思える。
「……」
「…ふむ。…ん?どうかしましたか、雪ノ下さん」
「……っ。んーん。どうせなら中に入ってみようよ。私達には無縁な世界だけどさ、経験してみるのも悪くないでしょ?」
と、彼を促すと、少し嫌そうな顔しつつも店内へと入っていった。
店内の商品はゆるキャラとかキラキラ系アクセサリーとか、なんとも受け入れ難い物ばかりだ。
ほぇ〜、こんなキーホールダーが売れるのかしら。
「…ねぇ、比企谷くん。コレなんて君にお似合いじゃない?」
「なんすかそれ?カバ?トンボ?」
「羽が生えた猫ぬいぐるみって書いてあるよ」
「……世紀末ですら売れなかったでしょうね」
私はそのぬいぐるみと睨めっこするも、どこが可愛いいのか分からない。
猫か……。
「雪ノ下さんにはこっちの方が似合ってますよ」
「え?どれどれ!?」
「はい」
ぽん、と私の手に置かれたのは小さなキーホールダーだった。
毛むくじゃらの黒い球体のそれは、触るとふかふかしている。
「……なにこれ」
「黒まりも人形です」
「…。なんで私にお似合いなのよ」
「雪ノ下さんの腹黒さと形を表しています」
「…良い度胸じゃない」
掴んでいた手の力を強めながら、少し歪んだ彼の顔を見つつ、私はトドメを刺す。
「はちま〜ん。このカワイイやつ買ってぇ〜」
「へ?ちょ、雪ノ下さん?」
「お揃いのやつ買おうよぉ〜」
「こ、声が大き…っ。わ、分かりましたよ、謝りますから」
私と比企谷くんのバカップル振りを見て、周囲に居たお客さんと店員さんは笑っていた。
彼のもっとも嫌う状況だ。
「ちっ、…そ、それを買えばいいんですね?ちょ、店員さん、コレください」
「2つちょうだい!」
「俺はいらねぇよ!」
苦笑い気味に黒いまりも人形を2つ受け取った店員さんは、それを包装して渡してくれる。
流石の私も恥ずかしかったな…。
耳まで真っ赤にした比企谷くんはその店をそそくさと退散し、私もそれを追いかけるように店を出た。
「……コレ、どうします?」
「上げるよ。2つとも」
「…使用用途を教えてください」
.
…
……
………
その後、気の向くままにショッピンモール内を歩き、それでも何も買わずに時間は過ぎていく。
…結局何を買いにきたのかしら。
すると、比企谷くんは突然アクセサリーショップの前で足を止めた。
「……ん?ジュエリー?君にはまだ早いでしょ。どっちかと言うとランジェリーの方が好みじゃない?」
「口を慎みましょう。…別に、買おうと思ったんじゃなくて、ただ綺麗だなと、思いまして」
「ふーん」
比企谷くんにもそう言う感性があるのか、と思いつつ、好きな物を好きに買える私にとって、それらのアクセサリーは特段素敵な物だと思えない。
どっちかと言うと、雪ノ下と言う名家を体現するための道具。
それを着けるとき、私は別の顔を貼り付けお偉いさん方の相手をしなくちゃいけなくなる。
そう考えると、いくら華麗な装飾品だろうと、私にとっては重しにしかならない。
それは母の言う通りに振る舞うだけの偽物の私には重すぎて。
雪乃ちゃんが言う、大切な人に出会えなかった私には眩しすぎる。
その場で足を止めながら、比企谷くんは私の変化に気付いたかのように優しい声を掛けてくる。
「…聞きましたよ。……結婚するんですってね」
ちょっと足早です。
すみません。