学校の廊下で隣を歩く彼は、普段よりも幾分か身長が小さい。
少しだけ背伸びをしないと届かない唇も、今は楽々と届きそうだ。
ただ、並び歩く2人の間に出来た距離が少しだけ物悲しく、歩く歩幅もバラバラである。
それが今の私とヒキオの距離感。
ーーーーー。
読書部の廃部宣告を受けた翌日。
それまでと変わることのない日常は平等に過ぎていき、まるで私が廃部に悩んでいることを嘲笑うかのごとくに時間は過ぎていった。
廃部を免れるために必要な部員数は残り1人だと言うのに、声を掛けたガキ共に感触のある反応を示した奴は居ない。
放課後になれば、ほとんどの生徒が所属している部活動へと去って行き、いつのまにか、教室には頭を抱えて没頭する私と、文庫本に目を落とすヒキオだけが残されていた。
「こ、このままじゃ廃部になっちゃうし!」
「…そうだな」
「クソガキ共が!マネージャーなんかやって男の尻を追いかけてるくらいなら活字でも読んで知性を養えし!!」
「……。」
「ちっ!…こうなりゃ気弱そうな奴を脅して…」
「やめとけ。……つぅかよ…」
「あ?」
「…なんでそんなに必死なんだよ?」
ヒキオはどうでも良さそうに、それでも少しだけ真剣に、文庫を机に置きながら私に問いかける。
「…っ。あそこはあんたにとって大切な場所になるの…」
「…?」
そう言いながら、私はあの頃の奉仕部を思い出していた。
大切な時間を過ごしていたヒキオ達を思い浮かべながら。
「……」
「……まぁ、胡座をかいて勧誘活動をしてこなかった俺にも責任はあるが、今は時代が時代だからな」
「どうゆうことだし…」
「今やスマホ1つで小説だって読めちまう。わざわざ図書室で本を読もうなんて奴は居ないってことだ」
「……」
「時代遅れ……。廃部になるべくして廃部になる部活なんだよ。読書部ってのは」
「……違うよ。…違うんだし」
身体は小さいくせに口だけは変わらない。
太々しく博識で。
諦めの良さまで変わってはいなかった。
「……あんたが部活をすることが大切なの。あんたの居場所に誰かが踏み込んでくることが、…大切なの」
「…俺は1人で居たいんだがな」
自分をぼっちだと呼称する物言いが懐かしい。
出会った頃のヒキオもこんな風に捻くれた奴だったかもしれない。
それでも、いつしかヒキオの世界は色んな人に荒らされて、そんな台風みたいな周囲の環境を嫌々そうにしながらも満喫していたんだ。
ここには居ない、結衣や雪ノ下さんのおかげで。
「あーしが…、そんなこと思えないようにしてやるし」
「な、なんだよ。それ…」
ふと、ヒキオが私の言葉に戸惑いを見せながら目を逸らそうとした時、教室の扉が誰かによって開かれた。
「あれ?優美子ちゃん?よっす!最近放課後に良く会うねー」
「かおり…」
「ん?比企谷も居るじゃん!ウケる!」
「…おう」
ウケるー!
と言いながら私達に近寄ってくるかおりは左手にノートと筆箱を抱えていた。
どうやら中間テストの勉強会を友達としていたようだ。
「比企谷も勉強してる?」
なんて、軽口を叩きながらヒキオの隣に歩み寄るのは、どこか私達の間に漂っていた雰囲気を変に勘違いしたからなのかもしれない。
「…まぁな」
「頭が良い奴は余裕があっていいなぁー」
「…ふん。じゃぁ、俺はもう行くから」
ふわりと揺れるアホ毛に同調するように、ヒキオの顔が少しだけほころんだ。
ズキ。と。
私の胸を襲うのは謎の痛み。
「……っ。ま、待てし!廃部の件、どーするつもり?」
私は胸の痛みを誤魔化すために、立ち去ろうとするヒキオの腕を掴んだ。
ほんのりと温かさが伝わるのはヒキオの体温。
それでも彼の視線は私に向かない。
「廃部になるならなっても構わん。特に思入れがある部活でもないしな」
「だ、だから……っ!」
「……廃部?なんの話?」
流れに逆行するように、かおりは場にそぐわない声でその場を静まらせた。
.
…
……
ポカンとするかおりに、廃部の件をざっくりと伝えると、彼女は少しだけ悩みながらノートの1ページを切り取り何かを書き出す。
「ちょっと待っててねー」
「「?」」
スラスラと、ノートから破かれた1枚の髪にボールペンを走られせると、書き終えたそれを私とヒキオに見せつけた。
「ほい!これで廃部しないんでしょ?」
「?……入部、届け」
それには丸い文字で大きく書かれた”入部届け”の文字と、折本かおりのフルネーム。
ご丁寧にふりがなまで付けられている。
「私、部活とか入ってないし。読書部に入部してあげる!」
.
…
……
…………
………….……
教室の静けさとはまた違う図書室の静けさ。
以前に図書室は何でこんなに静かなのかとヒキオ(大人)に尋ねたことがある。
なんだか小難しいことを言っていたが、とりあえず本が音を吸収するからだったと覚えている。
なんでそんなこと知ってんだし。
と、呆れながらもそんな雑学を披露するヒキオの横顔を嬉しそうに見ていたのは紛れもなくこの私だったな……。
「相変わらず静かだね、図書室は」
「本が音を吸収してんだし」
「……詳しくは本が空気の振動を止めているんだがな」
「あんたがこうやって教えてくれたんでしょ!」
「……教えた記憶がない」
教室から図書室に場所を移した私達は、四角いテーブルを囲むように座る。
鍵を開けたヒキオが最初に座り、私はその隣に座ろうとするとかおりが先にそこへ腰掛けた。
この女……。
「それでさ、読書部って何をやる部活なの?」
「…まぁ、名前の通りだが、本を読んで読んで読みまくる。それだけ」
「なにそれウケるんだけど!」
「……ウケるのか」
「あ、そういえば申請書に活動内容とかも書いてあったし」
私は昨日に頂いてきた読書部の申請書を鞄から取り出す。
「どれどれ」
申請者の欄と部員名の欄には10名程の名前が書かれていた。
どうやら創部当時はそこそこの規模を誇っていたらしい。
その申請書には、読書部を作る理由と活動内容を書くために設けられた欄があるのだが……。
「……読書部は暇な時間を持て余す生徒が、学校の問題を解決、手助けをする部活です。……。比企谷って学校の問題を解決したり手助けしたりしてたの?」
「…してない。てゆうか、俺も活動内容を初めて知った」
「ウケる」
「ウケないだろ」
読書部……。
私の知っている”とある部”も、生徒間や学校でのトラブルを意欲的に解決していた。
依頼だなんだといって、普段は暇そうにしている3人がせっせと働く姿が印象に強く残る。
この活動内容って…。
「……奉仕部?」